「世界の半分をくれてやる」と言われて魔王と契約したらとんでもないことになった

山野エル

文字の大きさ
65 / 107
第2章 いきなりロボットアニメみたいな世界に放り込まれたんですけど

幕間:討滅者たち

しおりを挟む
~あの頃のこと~


 妖魔ようまと呼ばれる存在は古来からこの世界に息づいていた。それとは全く異なる魔形まぎょうという異界のものが現れるようになってからというもの、世界は一変した。

「この村も作物が腐ってる」

 山を越えて立ち寄った小さな村を見回って来たナズサが狼の顔を歪めた。イヅメはその声を背中で聞きながら、畑のそばに膝を突いていた。

「見ろ。魔形の足跡だ」

 畑の土の上に獣のものとは違う歪な指の形を物語る痕跡がはっきりと残されていた。魔形はこうして農作物を食い荒らし腐らせ、時には家畜や人を襲う。夜は彼らの時間だ。だから、日没は不吉の象徴だった。

「ここも駄目だったか」

 それがイヅメの結論だった。

「村の者の話では、畑で何も採れなくなったので獣と山菜を取りに山に入らなければならなくなったそうだ。だけど、猟師たちが魔形との遭遇を恐れて働きたがらないらしい」

 イヅメは腰にいた太刀に触れる。

 ──これで魔形を討滅しても、すぐに他が湧いて出る。

 ナズサがイヅメの肩に手を置く。

「仕方ないけど、わらわたちにできることはない。それよりもまずは白衣の連中を探さないと」

「分かってる」

   ***

 不思議な白い出で立ちの人影がイヅメたちの住む村で目撃されるようになり、人々は彼らを恐れるようになった。なぜなら、彼らの目撃された場所では必ず魔形が確認されていたからだ。それだけではない。どうやら彼らは人をさらっているようだった。
 そこで、村の中で腕の立つ二人の討滅者が選ばれた。イヅメとナズサだ。
 幼い頃から討滅者としての訓練を重ね、互いに研鑽けんさんし合ってきた。

「ここは我らに任せろ」

 村は地域一帯の討滅者を束ねる集団・韴祓ふつのはらいの統括地でもあった。祓手はらいてと呼ばれる長がイヅメとナズサの背中を力強く押した。
 韴祓ふつのはらいに伝わる妖魔の霊剣・千々秋月ちぢしゅうげつがイヅメに託され、二人は村を発ったのだ。

   ***

 腐った地の村を出て、山間の細道を隣り合うナズサが小さく笑みをこぼした。

「どうかしたのか?」

「別に。ただ、昔もこうやって獣を狩りに二人で勝手に山に入ったなぁと思ってね」

 イヅメも頬を緩める。気を張っていたイヅメの眉間の皺がいくぶんか和らいだ。

「そうだな。お前も最初はわんわん泣いていたのにな」

「泣いてない」

「いや、泣いてた。だからお前は弓の名手になった」

 イヅメはそう笑って、ナズサが背負う長弓に目をくれた。ナズサは頭を掻く。

「ずるい言い方をするな」

 昔から褒められると露骨に照れ臭そうにもじもじとするところは変わらない。イヅメは悪戯っぽく笑った。二人だけの時に見せる表情だった。

「まあ、いいじゃないか。それで弓の腕前でお前の右に出るものはいなくなったんだから──」

「話の途中だけど」ナズサの目つきが変わって、その手が弓を素早く構えて矢筒から矢を引き抜く。「何かいる」

 山間の細道は先の方でくだって見えなくなっている。その向こうで草がざわざわと騒がしくなる。
 下り坂の向こうから姿を現したのは、猪に無数の黒い腕が生えた異形いぎょうのものだ。それも、一体、二体ではない。ひたひたと無数の腕で身体を運ぶ化物が草木を掻き分けるように次から次へと躍り出る。

百腕むくでか」

 イヅメが太刀を抜いて歩み出る。

「妾が群れの尻から潰す」

「御意──」

 抜き身の太刀をげてイヅメが風のように駆け出すと、ナズサがつがえた矢を放った。山なりに飛んだ矢が群れの殿しんがりを歩いていた百腕の頭を撃ち抜いた。猪に寄生する百腕は頭をやられて行き場を失い、死滅した。
 その死をきっかけに火蓋が落とされて、せきを切ったように百腕の一団がイヅメたちへ殺到する。
 流れを迎え撃つ格好となったイヅメが太刀をぐと、雪崩なだれ込むように接近していた百腕たちが横一線に両断される。

「伏せて!」

 叫ぶと同時にナズサが放った三本の矢が屈み込むイヅメの上をかすめて速度を速めていた百腕の先頭集団を一度に沈黙させた。
 仲間の死骸につまずく百腕たちを斬り伏せながら群れを牧羊犬のように追い込むイヅメと、群れから外れつつある個体を的確に撃ち抜くナズサの阿吽あうんの呼吸で、百腕の群れが一か所に固められる。

 イヅメが太刀を構えると、ナズサが尖端に火をつけた矢を群れの只中に放った。火がついて百腕のぎゃあぎゃあとわめくような鳴き声が上がるが、群れ全体を燃やすことはできていない。
 イヅメが太刀に力を込めると、群れの中で上がっていた火の手がフッと掻き消えた。イヅメが百腕の群れに向かって太刀を振るうと、凄まじい炎の波が群れを飲み込んで轟々と燃え上がった。

 無数の百腕たちの断末魔を背に、イヅメは太刀を鞘へと収めた。

「今回はちょっと時間がかかったね」

 ナズサがさっきのお返しだと言わんばかりに悪戯っぽい笑いを向けると、イヅメは牙を見せて威嚇するような表情を返す。

「うるさい」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?

木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。 追放される理由はよく分からなかった。 彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。 結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。 しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。 たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。 ケイトは彼らを失いたくなかった。 勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。 しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。 「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」 これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

処理中です...