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第2章 いきなりロボットアニメみたいな世界に放り込まれたんですけど
幕間:パラダイムシフト
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~藍綬たちを見送った夏彦~
朝霧の手術完了を病院のベンチに座って待っていた夏彦は頭を掻き毟って溜息をついた。家が消滅したことは両親に報告済みだ。明日には出張先から帰ってくるらしいが、帰るための家はもうないのだ。
──夢じゃないよな?
夏彦はそう思いながら自分の頬をつねるという手垢のついたアクションで自我を保とうとしていた。
夏彦がスマホで調べた限りでは、家屋の損害が補償されるのは異獣または鎮守府に責のある被害に限るとなっていた。だが、今回はアイギスによる攻撃で家が破壊された。シリウスと藍綬はあくまで正当防衛で力を発揮しただけだ。これでは、家はただ破壊されただけだ。夏彦は家の保険がどうなっているのか知らなかったが、都合よく補償されるとは思えなかった。
──父さんも母さんも必死で働いてるんだ。あんまりじゃないか。
夏彦はハッとして、スマホを素早く操作し始めた。朝霧がアイギスの特殊部隊との会話を配信していたと言っていたのを思い出したからだ。
必死で調べる必要もなく、SNSがひとつの話題で持ちきりになっているのを夏彦は発見した。
〈人気VTuber・葉月レミア、突如開始した配信で鎮守府の闇に切り込む〉
その話題は一部のポップカルチャー寄りのネットメディアだけでなく、大手新聞社のニュースサイトでも取り上げられ始めていた。
メディアは、配信された会話の内容から、少なくとも日本と米国の対異獣機関が異獣を利用していることが示唆されていると説明していた。
夏彦は思わず手術室の方をじっと見つめた。
──え……? あの人VTuberだったの?
人は見かけによらないというのを目の当たりにした夏彦だったが、ネット上に拡散する彼女の配信映像は彼の家がアイギスによって破壊されたことを示す証拠になり得るもので、これがあれば家の損害を賠償させることができるかもしれないと夏彦は微かな希望を抱いた。
VTuberには詳しくない夏彦だったが、葉月レミアという配信者はそれなりの人気があったらしく、だからこそここまで急速に映像が拡散しているようだった。
夏彦は深く息をついてベンチの背もたれに身体を預ける。ふと気づく。
──もうゴールデンウィークじゃん。
藍綬の顔を思い浮かべる。ゴールデンウィーク中に彼女と出かける約束をしていたが、そんなことを考える暇は藍綬にはないだろう、と夏彦は寂しげに思う。彼女は戦いの渦中に飛び込んで行った。いつも冷静な彼女だ。夏彦は、きっと藍綬は大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
「夏彦くん」
廊下の向こうから声がした。朝霧の手術を終えた医者がそこに立っていた。
***
朝霧には医者の厚意でVIP用の個室があてがわれた。全て極秘かつ無償だ。
ベッドのそばに置いたひとり掛けのソファの中で微睡んでいた夏彦は窓の外から朝の光が差し込んでいるのに気づいて慌てて飛び起きた。
ベッドの上の朝霧が少しだけ微笑んだ顔を夏彦の方へ向けていた。
「お、起きてたの?」
「今起きたところ」
身体を起こそうとする朝霧を夏彦は両手で制する。
「とりあえず、今は絶対安静だって言ってたよ」
「でも、鎮守府やアイギスが……」
「大丈夫だよ、それは心配しないで。昨夜だって、誰も訪ねて来なかったんだから……」
言ってしまって、夏彦はバツの悪そうな顔をした。朝霧は口を歪めた。
「別にいい。もともと家族はいないから」
沈黙が流れる。
夏彦は場を和ませようと、口を開いた。
「あのさ、VTuberだったの?」
朝霧の顔が見る見るうちに赤くなって、彼女は顔を反対側へ向けてしまった。
「忘れて」
「でも昨日の映像が世界中を駆け巡ってる。世界が混乱してるよ」
「私にはあれしかできなかった」
悔しさの滲む彼女の声に、夏彦は痛感させられる。
──彼女も、みんなも、戦ってるんだ。
「ここを退院したら、また逃亡生活になる。田名土井くんはもう私に関わらない方がいい」
「そのことなんだけどさ」
夏彦は昨夜、一家でしばらく実家に移るという話を母から聞かされたことを朝霧に告げた。
「君も一緒にどうかなと思って。四国でちょっと遠いんだけど、のんびりしたところだよ」
朝霧の顔が夏彦の方を向く。思いがけない提案に狼狽えているようだった。
「そんな……。迷惑はかけられない」
「それに……」夏彦は強い眼差しだ。「僕だってみんなと戦いたいんだ。できることは限られてるかもしれないけど、僕だけ守られっぱなしなんて、居心地が悪いだけだからさ」
朝霧は微笑んだが、すぐに表情を引き締める。
「生半可な覚悟じゃダメ」
「生半可なんかじゃない。僕の大切な人だって戦ってるんだ」
夏彦の顔を見つめていた朝霧は、しばらく考えた末に静かにうなずいた。
朝霧の手術完了を病院のベンチに座って待っていた夏彦は頭を掻き毟って溜息をついた。家が消滅したことは両親に報告済みだ。明日には出張先から帰ってくるらしいが、帰るための家はもうないのだ。
──夢じゃないよな?
夏彦はそう思いながら自分の頬をつねるという手垢のついたアクションで自我を保とうとしていた。
夏彦がスマホで調べた限りでは、家屋の損害が補償されるのは異獣または鎮守府に責のある被害に限るとなっていた。だが、今回はアイギスによる攻撃で家が破壊された。シリウスと藍綬はあくまで正当防衛で力を発揮しただけだ。これでは、家はただ破壊されただけだ。夏彦は家の保険がどうなっているのか知らなかったが、都合よく補償されるとは思えなかった。
──父さんも母さんも必死で働いてるんだ。あんまりじゃないか。
夏彦はハッとして、スマホを素早く操作し始めた。朝霧がアイギスの特殊部隊との会話を配信していたと言っていたのを思い出したからだ。
必死で調べる必要もなく、SNSがひとつの話題で持ちきりになっているのを夏彦は発見した。
〈人気VTuber・葉月レミア、突如開始した配信で鎮守府の闇に切り込む〉
その話題は一部のポップカルチャー寄りのネットメディアだけでなく、大手新聞社のニュースサイトでも取り上げられ始めていた。
メディアは、配信された会話の内容から、少なくとも日本と米国の対異獣機関が異獣を利用していることが示唆されていると説明していた。
夏彦は思わず手術室の方をじっと見つめた。
──え……? あの人VTuberだったの?
人は見かけによらないというのを目の当たりにした夏彦だったが、ネット上に拡散する彼女の配信映像は彼の家がアイギスによって破壊されたことを示す証拠になり得るもので、これがあれば家の損害を賠償させることができるかもしれないと夏彦は微かな希望を抱いた。
VTuberには詳しくない夏彦だったが、葉月レミアという配信者はそれなりの人気があったらしく、だからこそここまで急速に映像が拡散しているようだった。
夏彦は深く息をついてベンチの背もたれに身体を預ける。ふと気づく。
──もうゴールデンウィークじゃん。
藍綬の顔を思い浮かべる。ゴールデンウィーク中に彼女と出かける約束をしていたが、そんなことを考える暇は藍綬にはないだろう、と夏彦は寂しげに思う。彼女は戦いの渦中に飛び込んで行った。いつも冷静な彼女だ。夏彦は、きっと藍綬は大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。
「夏彦くん」
廊下の向こうから声がした。朝霧の手術を終えた医者がそこに立っていた。
***
朝霧には医者の厚意でVIP用の個室があてがわれた。全て極秘かつ無償だ。
ベッドのそばに置いたひとり掛けのソファの中で微睡んでいた夏彦は窓の外から朝の光が差し込んでいるのに気づいて慌てて飛び起きた。
ベッドの上の朝霧が少しだけ微笑んだ顔を夏彦の方へ向けていた。
「お、起きてたの?」
「今起きたところ」
身体を起こそうとする朝霧を夏彦は両手で制する。
「とりあえず、今は絶対安静だって言ってたよ」
「でも、鎮守府やアイギスが……」
「大丈夫だよ、それは心配しないで。昨夜だって、誰も訪ねて来なかったんだから……」
言ってしまって、夏彦はバツの悪そうな顔をした。朝霧は口を歪めた。
「別にいい。もともと家族はいないから」
沈黙が流れる。
夏彦は場を和ませようと、口を開いた。
「あのさ、VTuberだったの?」
朝霧の顔が見る見るうちに赤くなって、彼女は顔を反対側へ向けてしまった。
「忘れて」
「でも昨日の映像が世界中を駆け巡ってる。世界が混乱してるよ」
「私にはあれしかできなかった」
悔しさの滲む彼女の声に、夏彦は痛感させられる。
──彼女も、みんなも、戦ってるんだ。
「ここを退院したら、また逃亡生活になる。田名土井くんはもう私に関わらない方がいい」
「そのことなんだけどさ」
夏彦は昨夜、一家でしばらく実家に移るという話を母から聞かされたことを朝霧に告げた。
「君も一緒にどうかなと思って。四国でちょっと遠いんだけど、のんびりしたところだよ」
朝霧の顔が夏彦の方を向く。思いがけない提案に狼狽えているようだった。
「そんな……。迷惑はかけられない」
「それに……」夏彦は強い眼差しだ。「僕だってみんなと戦いたいんだ。できることは限られてるかもしれないけど、僕だけ守られっぱなしなんて、居心地が悪いだけだからさ」
朝霧は微笑んだが、すぐに表情を引き締める。
「生半可な覚悟じゃダメ」
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