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聖女のお世話係になります!⑤

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 塔の与えられた居室で眠った翌朝、居住区の食堂で配膳の手伝いをしていたルルは目を見張った。聖女カルリアに届ける食事の内容に心底驚いたのだ。

「これだけ……。本当にこれだけなのですか?」
「はい」

 と、食事当番の修道士が頷く。

 トレイの上には、どうみても固くなったパンがひとつと具のないスープ。これが聖女の朝食だと言う。

「体調がよろしくないのですか?」
「いいえ」
「絶食後の回復期かなんか……」

 修道士は首を横に振る。

「いつもこのメニューなのです。過食は罪。常に正しくなければ聖女ではないと……。教えなのですよ」
「そうなのですか……」

 これが正しいと教えられれば、そうなのだと呑込むしかない。ルルは聖女の存在について知っていても、詳しくは知らないのだ。塔は知っていても、塔を建てる工程を知らないように。
 ルルが聖女の教えで知っていることといえば、食事の前と就寝前に感謝の祈りを捧げることのみである。

「貴女が聖女様のお世話係として配属されることになって、正直言って助かります」

 ルルがこてんと首を傾げると、修道士は苦笑いを浮かべた。

「ほら、階段が……」
「ああ……」

 ルルは修道士の格好を見た。着用しているスカプラリオは、足首が隠れるほどの丈がある。その格好で、両手が塞がれた状態で階段をのぼるのは、大変な困難を極めるであろう。トレイを片手に持ったとして、階段がのぼりやすいように裾を持ち上げれば手すりは使えないし、手すりを使いたければ裾を踏む恐れがある。

(なるほど。司祭様が転ばずにのぼれたのは両手があいていたからなのね。階段ののぼりおりが疲れるだけでなく、そんな罠が仕掛けられているとは……)

 ルルは自分が着用しているワンピースを見つめた。昨日、聖女に会いに行った時は太ももの張りが辛かっただけで、裾を踏むことなんて気にしていなかった。難なく階段をのぼれるよう、膝丈のワンピースを用意してくれたのだろう。持ってきてくれた司祭のお供に感謝する。

「聖女様のみならず、みなさまのお役に立てたなら幸いです。では、聖女様の元へ届けてまいりますね」

 食事のトレイを持ち、塔へ行く。聖女の祈りの像のモチーフがついたネックレスとは別に、首からぶら下がっているヒモを襟ぐりの中から引っ張りだした。
 ヒモについている鍵は三つ。塔の鍵と与えられた自室の鍵、そして聖女のいる部屋の鍵である。失くしてはならないと首からぶら下げているが、首の後ろがヒモで擦れて痛い。それに鍵を使用する度に首から外さなければならず、正直言って面倒くさい。
 
(司祭様みたいにポケットという手はあるけど、落とす自信があるのよねぇ……。かといって、ヒモを長くするわけにはいかないし……)

 スカートの裾から鍵がカチカチ。
 想像しただけで、アウトだ。

 うーんと何か良い手はないか考えながら階段をのぼり終えると、再び鍵を取り出した。首からヒモを外し、ドアの鍵を開ける。「おはようございまーす」とドアを開けると、「きゃっ!」という小さな悲鳴が聞こえた。

「どうかなさいましたか!?」

 ドアの鍵をかけるより先にトレイを手近なテーブルの上に投げ出すと、悲鳴の聞こえた衝立ての奥に走る。

「あっ、見ないでください!」

 そこには大きなたらいに入ったカルリアが沐浴をしていた。

「ごめんなさい!!」

 咄嗟に衝立ての後ろに戻ったルルだったが、目には痩せ細った聖女の後ろ姿が焼きついている。

(骨と皮しかなかった……。あんな食事じゃ、当たり前よね……)

 パンがひとつと具のないスープ。それが一日二食あるとはいえ、栄養不足なのは誰の目に見ても明らかだ。

「見苦しいものをお見せしてしまいました……」

 申し訳なさそうな聖女の声にルルは首を横に振る。

「いえ、そんなこと……」
「まだいらっしゃる時間ではないと思い込んでおりました」
「来るの早かったですか?」
「いえ、そんなことありません」

 ぱちゃり、水音が聞こえる。まだ沐浴を始めたばかりだったのであろう。悪いことをした。

「あのお湯でしたら、すぐに用意してきますが……」
「お気持ちだけで結構です。この世には貧困で苦しんでいる方がたくさんおりますのに、そんな贅沢など」

(贅沢……)

 ルルは昨夜、しっかりお湯をもらって身体を隅々まで洗った。確かに清貧を貫こうとすれば、お湯は贅沢かもしれない。
 
「でしたら、もう少しお水を」

 たらいの水はお尻が隠れるか隠れないかほどしかなかった。身体を洗うには不十分だろう。

「いえ、毎日運んでいただく飲み水の残りで十分でございます。ここ三日で十分たまりましたので」

(飲み水の残り!?)
 
「ただ申し訳ないのですが、汚物と一緒に沐浴に使った水の処理をお願いしたいのです」
「それは、構いませんが」
 
 しゅるりと衣擦れの音がした。しばらくするとカルリアが衝立ての陰から顔をだす。

「お待たせしました」
「いえ、私の方こそ急がせてしまったようで」

 いいえ、とカルリアは首を横に振る。 
 
「では、お食事をいただきますね」

 カルリアはルルが食事を置いたテーブルにつくと、両手を組んで祈り始めた。

(少ない食事に、十分とはいえない水。そこまでしないと神聖力って磨けないものなのかしら……)

 口にして良いものなのか迷ったが、疑問は答えをだしておかないと、気になって何も手につかない質なのだ。

「聖女様、お訊きしてもよろしいですか?」
「ええ」

 ちぎったパンを口に運ぶのを止めて、カルリアはルルを見つめる。

「その、そこまでしないと神聖力というものは磨けないものなのですか!? 食べるのを我慢して、清々しい気分になるのを我慢して、人生楽しいですか!?」

 カルリアはぱちくりと瞬きをした。

「そうですね、我慢することは辛いですね。けれどもその先に、みなさんの幸せが待っているかもしれないと思うと、やらずにはいられないのですよ」

 自己犠牲を払ってでもみんなの幸せを願う。
 穏やかな微笑みを浮かべるカルリアは、正真正銘の聖女だ。

「私、聖女のことを見くびっていたのかもしれません。そこまでしないと聖女になれないだなんて」
「いいえ、違いますよ。これはわたくしに課していることなのです。歴代の聖女様たちはこのようなことはしていませんし」
「そうなのですか」
「ええ、わたくしはまだまだですから」

(まだまだ、なんだ。人の怪我や病気を治療出来ても……)

 聖女の食事や汚物などを片付け終えたルルは、遅い朝食を摂っていた。冷めててもおかしくないはずなにのスープは具がたっぷりで温かい。パンはふわふわで、バターもついている。それに聖女の食事にはなかったフルーツが付け合わせてあった。

(いいのかな? こんな贅沢しちゃって)

 自分たちと聖女との食事の差に頭を悩ませる。あの、と通りがかった修道士に聞いても、当然だというように話されてしまう。

 そうか、そうなんだ。
 ルルはパンをしっかり噛み締めた。
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