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第93話 それぞれの想い

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 先程からスチュアートは、憔悴しきった表情でラウンジのソファーに座り、額の辺りで両手を組み、頭を支えるように俯いて居た。
(うわ……すっごい落ち込みよう!背景めっちゃ縦線入ってるし、今にもSEが聴こえて来そうだわ!)

 そんな様子を見ていたマサキに「副隊長大丈夫ですかね?」と小声でアリシアが耳打ちして来たのだった。。

「どっからどう見ても大丈夫では……無いよな……かと言ってさっきのままティナに説明させても、恐らくそれこそ取り返しのつかない事になってたと思うからなぁ……」

 マサキはアリシアに耳打ちはせず、横を向いて、スチュアートには聴こえない様にトーンを抑えて話したのである。
(だ、だってアリシアに耳打ちとかっ!ハムハムしたくなってくるジャマイカっ!)

「ですよねぇ……」とアリシアも俯き、三人共打開策を建てられずに重い空気がその場を支配したのだった。

  すると、不意にマサキは立ち上がり、フロントへ足を向けて歩いて行ったのである。
 アリシアは、ぼんやりとその様子を伺いながら、マサキを目で追って居たのだが、頭を抱えているスチュアートに視線を移し、自分もこれからティナにどう説明をしようかと、密かに頭を悩ませていた。

 丁度その頃、少し振り向き、フロントからその様子を見ていたマサキは(うわ……焼き場で待ってる時かよ!)と不謹慎ながら、そんな事を思ってしまっていたのである。

  程無くしてマサキが戻り、天井を仰ぐように「ボフッ!」とソファーに腰を下ろしてタバコの煙をくゆらせ始めたのだった。

 天井に向けて、輪っかをを連発しているマサキに「何してたですか?」とアリシアは両膝を閉じて身体を此方へ向け、口から次から次へと作り出される煙に見蕩れるかの様に、視線だけをそちらに移し、話し掛けたのである。

「替えの服を持って来るまで手持ち無沙汰だからさ、コーヒー頼んで来たんだけど……朝から俺ら、飲んでばっかだから、腹いっぱいになるかもな(笑)」と呑気にマサキは答えたのだった。

「あ、ああ~確かに。なるほどです……」
 と、余程煙の輪っかが気に入ったのか、上の空でアリシアは返答した。

  すると、ボーイが三脚の白い磁器製カップを並べた銀色のパレットを片手で持ち、音も立てずにやって来た。

 マサキは周りに視線を移すと、このラウンジには自分等の他に、一組の客が、少し離れた所で、これからの予定を相談して居るのであろうか、談笑している姿が眼に入った。

「カチャ……コトッ……」と食器の当たる音が小さく聴こえ、そこまで大きく無いテーブルの上に三人分のコーヒーと砂糖壺、ミルクポーションが並べられ「ごゆっくり」と丁寧にお辞儀をして去って行ったのだった。

 視線を戻し、備え付けの灰皿でタバコの火を消して、ボーイがこの場を去るのを確認してからマサキは口を開いた。

「スチュアート、取り敢えずこれでも飲んでさ、気分を落ち着けさせたら?今更なった事を考えても仕方無いし、どう繕ったにしても、ティナにからしてみれば言い訳になるんだから、結局の所、正直に言うしか無いんじゃ無いのか?」

 そう言うと、マサキはミルクポーションを三つ取り、砂糖壺をアリシアに渡してやった。
 「あ、ありがとです。」とびっくりして恐縮しているアリシアを横目に、スチュアートにも砂糖とミルクの有無をジェスチャーで聞いたのである。

 スチュアートはゆっくりと額で組んでいた手を解き、居住まいを正してから「あ、恐縮です……私は無くても結構なので……」と久しぶりに声を発したのだった。

 マサキも砂糖とミルクをコーヒーに混ぜ、カップの皿を左手で持ってコーヒーを飲み始めた。
(さて……スチュアートがこんな状態でティナに上手く説明は出来ないだろうし……困った事になった。とは言っても、流石に先程の考えで説明させる訳にはいかなかったし……どうしたもんだか……)

 「スチュアートがさっきと今とでは、俺の危惧する事をちゃんと理解してくれたから、既に考え方が違うのは解ってるし極力フォローはするって!」
 
 とマサキは、慰める様にスチュアートに顔を向けて話し掛けるが、自責の念に駆られている最中のスチュアートの表情は、一向に晴れる様子はなかったのである。

「はぁ……まぁ……すみません……」
と口を開き、浮かない表情でコーヒーを啜る。

「頑張れとは言わんが、えっと……なんだっけ、失敗したらそれを糧に次に繋げる?だったかな?それが大人の特権らしいぞ!だから今回の事は勉強したと思えば良いんだって!」
(今の状況が、これが当てはまるかどうかはわからんけど、前世で見た某アニメの中の台詞で、こんな事言ってた気がするんだよなぁ……)

「確かに……。そうですよね。」

 そんなやり取りをスチュアートとしていると、護衛の者がアリシアの着替えを持って来て、それを受け取ったスチュアートは、「遅くなって済まなかったな」と一言添えてアリシアに渡し、着替えを促したのだった。
 
 受け取ったアリシアは「失礼します」と言って小走りに手洗いへ消えていったのである。
(トイレでかよっ!)

 視線を戻すと、未だに昨日からの行動を後悔しているスチュアートの表情には暗雲が満ちており、ついさっきまでのキレが全く無かった。

「おい、そんなにお前の精神力は弱かったのか?そんな事ないだろ?正直に話して、普通に自分の過ちを認めて、普通に謝ればティナはきっと許してくれるよ。言っとくけど、俺にしたって確実にティナに怒られるんだからな!」  

 そう言うとマサキはソファーから立ち上がり、スチュアートの肩をぽんと叩いたのである。

「どーんと行こうや!」



 暫くすると、アリシアが着替えて出て来る姿がマサキの目に止まった。

兵隊の制服を持って来て貰ったらしく。モスグリーンのシックスポケットパンツに同色のカッターを着ていた。

 「副隊長、クラタナさんお待たせしました。あと、着てたこれはどうしますか?」
 とアリシアは今迄着ていたメイド服を手に持ち、スチュアートに指示を仰いだのである。
(ロリ子、服ダボダボだよな……裾が長いのか腕まくりしてるし……てかそれは俺が貰ってハスハスしたい!)

 スチュアートはゆっくりアリシアの方を向き、心ここに在らずと言った感じで指示を出したのである。
「あ、ああ、備品扱いで一応購入したものだが、どっちにしろサイズがお前にしか合わないから、自分で保管して何時でも使えるようにしておけ!」

「了解」

 直立不動で聞いていたアリシアはそう言って元の席に座ったのだった。
(え、何時でも使える様に、って言ってたか?(笑)て事は、またメイドロリ子になる時もあるって事だな!ムフフ)

 次のチャンスがある事を切に願うクラタナであった。

 アリシアの支度も出来た事で、いよいよ移動する事になったのだが、相変わらずラウンジで飲んでいたコーヒー代は、経費で落とす為にスチュアートがフロントへ払いに行ったのだった。
(悪いね!スチュアート君!)

そんな様子を見て居たマサキであったが、何かを思い出す様に「あ、ちょっ待ってて」とアリシアに言って売店で、ティナへの責めてもの償いにお土産でコーヒーと紅茶を買ったのだった。
 基本的に、お金関係はティナに任せてあるのだが、全くマサキが待ってない訳では無いのである。
 何かあった時の為に、少ないながらもティナから現金を渡されて居て、今回はそれが功を奏し、その中からボーイへのチップや、お土産等の購入を賄えた訳である。

 「お待たせ!」とマサキは言って、無言で一部始終を見ていた二人の前まで来てホテルを後にする。

 昨晩、来た時は暗くてよく解らなかったのだが、日中は通り沿いにある店も開店して居り、荷物の搬入等で騒がしく、買い物客もそれなりに居て賑わっていたのだった。
 こうして落ち着いて見ると、昨晩の事が嘘に思える位の様変わりようであった。
(昨日は街の景色を見る余裕も無く、ただスチュアートに着いて来ただけだったからなぁ。)

 そんなマサキの想いも他所に、俯き、黙って黙々と歩く二人は、マサキの宿泊先に向けて進んでいるのだが、その気持ちを表すかの様に足取りはとても遅かったのである。

 マサキは二人を見て居て(まぁフォローするとは言ったけど、フォローの余地があればいいんだけど………)とネガティブな思考が頭に過るが、今更仕方が無いと自分に言い聞かせたのだった。

 重苦しい雰囲気の徒歩での移動の間は、誰一人として口を開こうとはせず、とうとうマサキとティナが宿泊しているホテルに到着した。

「カラン……コロン……」

 数日間出入りをしている馴染みのドアを押して、マサキを先頭にスチュアートが続き、アリシアも中に入ると、意外にもティナはロビーに居て、護衛の者と話をしていたのである。

 ティナは誰か入って来たことに気づき、ドアの方へ振り返ると、入ってきたのがマサキと確認して
「あ、マサキ!おかえり!!」
と言いながらティナが駆け寄って来た。

 「ああ、ただいま。昨日は心配掛けたな。夜は大丈夫だったか?」
とマサキはティナの頭をポンポンと撫でた。

 続けて入ってきたスチュアートとアリシアも、ティナの姿を見るや否や
 「すいませんでした!」
と思い余って腰を直角に曲げて謝罪をした。

 ティナは咄嗟の出来事にキョトンとして、普段通りにスチュアートとアリシアに挨拶をした。

「お、おはようございます。ど、どうしたんですか二人とも……」

 そんなティナの反応を見て「い、いえ……」と、口篭りながらスチュアートは事の次第を説明しようとするが、ティナは何となく空気を察して「ここでは迷惑になるので一旦部屋にいきませんか?」と話を逸らしたのだった。

 そして、ティナは視線をアリシアに移してから
「もちろんアリシアさんも一緒に!」と付け加えた。

 (ティナ!ナイスフォロー!)

スチュアートは、移動して護衛の者に護衛訓練終了の指示を伝え、ティナは帰り際の護衛をしていた者に「お話ありがとう。」と挨拶をして、四人で部屋に移動したのだった。


 いつも寝ている、いつもの部屋に戻って来た。
部屋には2つのベッドがあり、テーブルと椅子のセットがおいてある。

 キョロキョロしてはいけないと思いつつも、色々気になるアリシアの視線は明らかに泳いでおり挙動不審になっていた。
(まぁ通常運行だな。)

 そしてもう一人挙動不審の人が居るのを忘れてはならない。
 どうにかポーカーフェイスを保ってはいるものの、額とこめかみには汗が滲み、スチュアートは明らかに緊張して居たのだった。

マサキは、そんな彼等を見ていたのだが、何処からどう説明をしようかと、頭の中を一旦整理する為にポケットからタバコを取り出し火をつけて大きく吸った。

この部屋にはマサキとティナ、スチュアートとアリシアの四人がいる。

「無事でなにより!おかえりなさい!」

と改めて笑顔でこっちを向いて挨拶をした後、通常運行のティナは、スチュアートとアリシアに空いてる椅子に座るように促したのである。

「失礼します」

と悲痛な面持ちのスチュアートとアリシアは席につき、マサキは座る所が無いのと、煙の配慮から窓辺で立ってタバコを吸っている。

「ふぅ~……」

 皆が腰を落ち着けるのを確認して「皆さんコーヒー、紅茶どちらにしますか?」とティナが各々の好みを聞いてお茶を入れ始めた。
 そんな様子を見てアリシアも「あ、私も手伝います!」と申し出たが、ティナは丁寧にそれを断り、黙々とお茶をいれている。

沈黙の空気が流れる中、煙をくゆらせながらマサキは見回すが、両名俯いて誰も言葉を発しようとはしなかったのだった。

 そんな空気に一番に耐えられなくなったのはマサキであり、
「ティナ、昨日はほんと心配を掛けたな」となるべく明るい口調でティナに声をかけたのである。

 ティナは一瞬振り返り、お茶を煎れてる手を止めて「いや、まぁ、あの時はすごく心配したけど、後から来た護衛さんに聞いたら訓練って聞いたからそうでも無かったよ!」と飄々とした感じで話したのだった。

その場に居たマサキを含む三人は「えっ?」と顔を上げ驚いたのである。

(なんだこれ……既にティナには訓練ってバレてるじゃん……どゆこと?情報の守秘義務とかどうなってんだ?本当は作戦内容とか言っちゃいけないだろ?情報統制ザルだぞ……)

 それを聞いたスチュアートが慌てたようにティナに問い掛けた。
「て、て事は、私達が出かけた後、直ぐ位には今回の事が実施訓練ってティナさんご存知だったのですね?」

そう言ったスチュアートにティナは向き直り「ええ。いやぁ~流石ですよね!あそこまで真剣に出来るなんて!私もあの時本当にドキドキしましたもん!なにがあったんだろう?って、まぁ訓練なら仕方ないですよね。」と笑いながらはにかんだのであった。

 些か要領を得ないスチュアートは、ティナから視線を外して言葉を濁す様に言葉を続けた。
「い、いえ、まぁ……あ、ありがとうございます。」
(あ~……これ、どうするんだ?)

「それで、アリシアさんはどうしたの?ギルドに残らなかったの?」

 ティナが発した言葉に3人の頭にうかんだのは「?」だったのである。

 すると、ティナを除く三人が各々の顔を見回して、この状況に対してどう言った言葉を発するのが正しいのかとお互い眼で探りあった。

「え?」どういうこと?と頭に浮かんだそのままの事をマサキが口に出した。

 ティナは、スチュアートとアリシアの前にティーカップを出しながら「いや、あの後さスチュアートさんとマサキは緊急招集の訓練で呼ばれたんでしょ?それで、隊員の皆さんと昨日の戦闘訓練の事について話し合うって聞いたんだけど……私達モアも壊しちゃったしさ、それも含めて今後のモアの開発とか?そんな感じの。」
 と護衛の者から聞かされたであろう事を説明したのだった。

 (なんかよくわからんけど、ティナはティナで誤情報をあの護衛から聞かされてるみたいだけど……まさか、こうなる事態を最初から予想して、そんな事までスチュアートはあの護衛に言ってたのか?もしそうなら相当出来る奴だぞ……この人……)
と、チラッとスチュアートを見たのである。

 「恐縮です……」とスチュアートは苦虫を噛み潰したような表情で、ティナに小さく御礼を言って俯いてしまった。

 マサキは煙を吐きながら視線を移すと、アリシアはアリシアで、ティナにどう答えるべきか悩んでいるようであった。

(まぁ、勘違いしてくれるんなら、それはそれで穏便に事が進むんだけど……それでもなぁ……)

 有耶無耶になりそうだったティナから自分に向けられた質問に答える様に「わ、私は今日は休みなので着いてきました。」とアリシアは戦々恐々とした面持ちで、若干震えながら声を発したのである。

 (無難だよな……下手な事言えんもんなぁ……こっちにも緊張が伝染りそうだわ……)

「そっか!昨日はみんな一晩中だもんね。てか何でみんなそんな俯いてるの?何かお通夜みたいだよ?(笑)」
(ん~……ナチュラルでこれを言ってるのか、嫌味で言ってるのか全く見当がつかない所がティナの怖い所なんだよな……)
 
 今迄の流れから、ティナは間違いなく誤解をしているんだが、実際、本当の事を伝えた方が良いのか、勘違いのままにしておいた方が良いのか、マサキは考えあぐねていたのである。

 知らなければ知らないで、少なからずティナが傷付いたりはしないし、今の状況を穏便にやり過ごす事出来るのだが、もしバレた時が最悪の展開になるって事が容易に考えられるのだ。

 そんな事を考えて居ると、スチュアートが意を決した様にティナに向き直り、悲痛な面持ちで口を開いたのだった。

「ティナさん。聞いてください。」

「は、はい……」
 
  ティナは真剣な様子のスチュアートを前に、少し怯えながら答えた。

「護衛訓練や、緊急招集の訓練は間違いなく実施されたのですが、一つ違うことがあります。」
(と、とうとう言いやがったコイツ!)

 マサキとアリシアは固唾を飲んで、今からスチュアートがどう説明するのかと一言一句聞き逃すまいと耳を傾けたのである。

「何が?ですか?」
 
 何を言われているのか理解出来ないティナは、そう答えながらも一瞬動きを止めたのだった。

「謝って済む問題でも無い事も重々承知してますが、本当に申し訳ありませんでした。」
とスチュアートは俯く事も無く、一礼して真っ直ぐティナを見てそう言った。

そのスチュアートの態度を見たティナは、何に対して自分に謝罪しているのかさっばり理解出来ず唖然としていたのである。

 (あ~……仕方無い。もう言うしかないか……)

とマサキも覚悟を決めて、ティナに説明を始めたのだった。




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