【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

第三章◆魔ノ香

魔ノ香～Ⅷ

　
　
　
療養所内の階段手前に広々と設もうけられたリビングテラスにて。
クロイツは立ち止まった。

そそぐ陽ひの光と、黄金色に輝くかのような木ノ花。
金合歓アカシア、咲き乱れる中庭の傍かたわらに。
とある女性のシルエットを見た気がしたのだ。

しかし振り向いて直すぐに、そんなはずはないと思い正ただす。
どうやら近くを通りかかった女性の姿を、それと錯覚さっかくしてしまったよう。

こちらの視線に気付いて会釈えしゃくし行き過ぎる女性に、目礼を返すが。
そのまま伏ふせっきりになった瞳の奥で、悲しみが揺らいだ。

『お母様 !　私たちの妹は、いつ、お生まれに？』 

記憶の中の二人は、まだ幼い。

『アレセルも気にかけています。お医者様とは、どのようなお話を？』

かつての自分の声が脳裏に木霊こだました。
弟と共に息を切らし、駆かけつけた一室の片隅かたすみに見る ... いつぞやの光景が、
白黒の幻まぼろしとなって目の前に現あらわれるも、直視できぬまま。
クロイツは、ただ悲しみに暮くれる母の姿を回想する。

　　　嘘 ... ...　嘘 ... ...　お願いです... ...　嘘と言って下さい... ...

『奥様 ... どうか、お気を確かに。まだ、詳くわしく調べてみなければ分かりませんし。
　母体に問題がないとすれば、今ならまだ、手のうちようが ... ... 』

『腹はらの子を見捨て、自分だけ助かれと仰おっしゃるのですか！？
　霧ノ病きりのやまいに侵おかされているのが、この子の方だとしても。
　問題があったのは母である私の心の方でしょう？ それなのに！？』

『奥様 ... 奥様、どうか落ち着いて下さい、奥様 ... 』

老メイドを交まじえた母と医者のやり取りを聞いて、言葉を失っていると。
場の空気を読んだうえクロイツの手を握にぎり、共に退室するアレセルが言った。

『ここは、婆ばあやとお医者様に任せて、お父様の帰宅を待ちましょう。
　今、僕たちが行っても、お母様に無理をさせてしまうだけでしょうから』

その間あいだも、切々せつせつと言い連ねる母の声は止やまない。

　　　女の子の出生率が異常に低い私の種族にとって、この子は宝たからなのです！！
　　　同種族の男達に囚とらわれていた私を救い出し、
　　　守ってくれた主人の子なのですから尚更なおさら、失いたくありません！！
　　　ですから、どうか ... この子だけはお救い下さい !　どうか、この子だけは！！

息遣いきづかいも、発声の強弱も不規則で、常軌じょうきを逸いっしつつある事が窺うかがえた。
扉の向こうで取り乱す母を想うと、動悸どうきが増していく。

『アレセル ... お前はどうして、そう冷静にしていられるのだ？』
『さぁ ... ... 』

動揺する気持ちを静めるためにはどうしたら良いのか、知りたくて尋たずねただけ。
だが、的外まとはずれな答えを聞いて悔くい已やむ。

『あなたとは違って、僕の血が繋がっているのはお父様とあなただけ。
　もしかしたら、そのせいかもしれませんね ... 』
『お前という奴は ...！ 真まことの母でなければ、同情も出来ぬと言うのか！？』

今思えば、落ち着き払う弟の言動に、違和感を覚おぼえたたとは言え。
疑うべきではなかったし、選よりにも選よって最悪の言葉を口にしたものだと我われながら呆あきれる。

あの時は、お互いにどうかしていたのだ。

『同情なんて ... 痴おこがましい。
　お母様は僕を受け入れ育てて下さった恩人であり、最も尊敬する女性です。
　それに引き換かえ僕は、所詮しょせん、
　 お父様が気の迷いで通じた娼婦しょうふの子でしかないと言っているのです』

『お前！！ そういう卑屈ひくつな言い方はよせと常々つねづね ... 』

『論点を差し替かえるのですか ?　
　ならばまず、自身の言葉を振り返ったうえ、撤回てっかいして下さい。
　堪こらえられる程度の悲しみなら、大したものではないとでも？
　分け隔へだてなく、あなたと同様に愛情を注そそいでで下さったお母様が、
　どうなるかも分からないなんて時に ... ！

　平然としていられる僕が冷酷な人間に見えますか ?

　ふざけるな ... ！！ 　僕はただ、今のあなたに出来ない事をしているだけだ。
　悲しみを負おった人のぶんまで、強くありたいのです！！』

大声にならぬよう抑おさえながらも力を込める。

互たがいに襟えりを掴み上げ、睨にらみ合い。
大人ぶって偉えらそうな口を利きいたのも、不安を誤魔化ごまかすため。

最終的に黙るかたちとなったのは、クロイツの方だった。

回想する中で、あらためて学ぶ不屈の精神。年の割に合わぬ主張。
随分ずいぶんと生意気なことを言う。今でさえそう感じるのに。
それを言い放った奴は確か、その時まだ十三。

負けてなどいられない。
視線を持ち上げ、クロイツは思った。

この程度の悲痛 ... 亡き母と妹のことを想えば ... ...

そう、元々は弟の気構えに倣ならい身につけた気丈きじょうさ。
あの〈病やまい〉の根源を絶つまでは、持ち続けねばならぬのだ。

こんな所で呆ほうけている場合ではない。

気持ちの整理を済ませたクロイツは、やがてすっきりとした表情で立ち返る。
例の二人は、少年を連れ出そうとするノシュウェルに文句を言っている頃だろうか。

待っても来る気配は無い。

即日、事を済ませるには手間を省はぶかねば、時間だって足りないはずだが。

何をしている ... ...

どうも気に掛かるので引き返したところ。
角かどを過ぎた先で、丁度よく姿を見せるノシュウェル。

目を見れば、徒ただならぬ雰囲気だ。
彼が抱きかかえる少年の表情にも、緊張の色が窺うかがえる。

「何事だ！ ノシュウェル！！」

駆かけつけ、尋たずねるも。
答えを聞く前に目撃するかたちとなった。

異常事態である。

ノシュウェルは後退あとずさり、軍羽織りの下から脇差拳銃わきざしけんじゅうを取り出した。
けれども、銃口を向けるに際さいし躊躇ためらっている。

そんな彼を押し退のけ、部屋に入ると。
握り締めた布切れと紙を宙に投げ、素早く指先で火の印を切るフェレンスの姿。


〈 La quema de la aniquilacion 〉
「　焼　滅　せ　よ　... ...　」


滑すべやかに呪文を唱となえる唇くちびる。

奴はいったい何を ... ... ？

不穏ふおんな状況から生じる疑問を順序立て整理し、やがてクロイツは悟さとった。
注視すべきは、二人を庇かばうようにして立つ魔導師の視線の先。

燃える印紙の向こうへ視点を押しやれば。
前のめりに俯うつむいて立つ下僕しもべ。
様子が可怪おかしいのは一目瞭然いちもくりょうぜんである。

壁際まで退しりぞいたフェレンスは、
目の前の紙布しふが燃え尽つきるのを確認して更に、奥を見据みすえた。

すると。喉元のどもと、目掛け視界を裂さく。
下僕しもべが伸ばした手は、主人の脈みゃくを断たつ勢いだが。

「フェレンス！！」

危機に直面し名を叫ぶ。
クロイツの声が耳に入ると同時。
フェレンスの指先が横一直線に蒼あおい光を引いた。

文字列と思わしきそれは、瞬時にして描えがかれた印文いんもん。

帝国魔導師としての資格、そして、地位と名誉。
彼に与あたえられたものの必然性を目の当たりにした瞬間。

冥府の炎ひを祓はらい。
激情を抑制よくせいする鎮しずめ詩うたを耳にする。


　　　冥府ノ炎ひ ... ... 極寒ごっかんを生じる蒼あおき焔ほむら... ...
　　　彼かノ下僕しもべに宿された力の本来の役目は、負の思念に毒された魂の浄化である。

　　　神ノ意識スフィラの向こうに存在す。
　　　生命の樹セフィロトの麓ふもとたる浄土エデンへと帰すため。
　　　
　　　一連の流れに差さし当たり。
　　　狂いを生じた魂アルマが直接、忘却レテの泉いずみに浸ひたされる事は無い。

　　　肉体を離れた情念は冥府ノ炎ひに灼やかれ。
　　　凍てつき、砕かれ、塵ちりと化し。
　　　徐々に〈修正〉されたうえ、清浄ノ水辺せいじょうのみずべへ誘いざなわれると言うのだ。


人々が恐れる奈落ならくの真意。

禁じられた法の一環いっかんである覚醒術かくせいじゅつは、
人体の魔物キメラ化を図はかるうえで魂魄錬金ネクロマンシーを駆使くしし、冥府との繋がりは密接。

魔導師と下僕しもべの間あいだで交わされた契約のもと。
カーツェルの両腕に刻まれた〈枷かせの刻印〉は蒼火あおびを秘め。
魔人化した後のちには、それを操ることが可能なのも道理という訳だが。

予想だにしなかった ... まさかの展開にクロイツの思慮しりょが鈍にぶる。

周辺を舞う印文いんもんはやがて、封陣を成し。
取り纏まとめカーツェルの胸に打ち込まれた。

首の皮に喰い込む爪先つめさきから、次第に力が抜けていくのが分かる。
力の加減に迷いが見られるのは、如何いかほどか自制心が活いきていた証拠だろう。

意識を失っても主人を想う気持ちの表あらわれか ... ...

負の思念を隠し持つ者が、強烈な魔の瘴気しょうきに当てられる事はあっても。
負の思念を封殺する〈冥府の炎の宿り主〉が、同じ理由で暴走するなど有あり得えぬ。

然されども、魔力を欲してフェレンスに襲いかかる
カーツェルの目色は、完全に常軌じょうきを逸いっしていたのだ。

彼かノ魔導師は言う。

「強い魔力は欲を煽あおる瘴気しょうきを発するので、直じかに扱あつかうのは危険。
　だが、精製しだいでは秘薬とも成なり得うる。分かるな？ クロイツ ... ... 」

視線で促うながされ振り向くと。
ノシュウェルに抱えられた姿で、肩にしがみつき横目でこちらを見つめる赤毛の少年と目が合った。

「まさか ... この少年の身体からだに流れる血が、〈紅玉ルベウス〉級だと？」

名高い魔導師の言葉とは言え、とても信じられぬ。
見開かれたクロイツの瞳に疑念が映り込んだ。
その様子を傍かたわらにカーツェルを見守りつつ、フェレンスは言う。

「ともすれば、それ以上の可能性も ... 」
「馬鹿な！！ 特等〈熾金剛イグニス〉は伝説と言われている！
　実際には、もう何百年もの間あいだそれと認定される者は現あらわれていないのだぞ！？」

「しかし可能性は零ゼロでは無い。かつて ... 〈あの人〉は確かに存在したのだから」
「 ... ... ！？ ... ... 」


　　　負の思念が膨張し続け、発症した〈病やまい〉の霧きりは欲を喰らう。
　　　治癒ちゆに必要な秘薬の精製に不可欠とされるのは魔力ばかりではなかった。
　　　血の魔力に比例する〈瘴気しょうき〉を活いかすは、毒を以もって毒を制すが如ごとく。

　　　故ゆえに ... ... 強い魔力を宿す人の血は、高値で取引されるのだ。

　　　中でも、特等・熾金剛イグニスは、第一等たる紅玉ルベウスを凌駕りょうがし。
　　　燃え盛さかる金剛石ダイヤモンドの異名を持つ。

　　　ところが、認定するに相応ふさわしい血を持つ者は現在、この世に存在しなかった。
　　　彼かノ戦を引き起こした、アルシオン帝国初代皇帝 ... その人を除のぞいては。


フェレンスの話から推測すいそくされる人物の名が、脳裏をよぎった。

ユリアヌス・ゼーン・エウフェミオ一世 ... ...

「この少年が、あの一族の血を引いているというのか ... ... 」

身なりからして、無免の錬金術師か、
魔薬の違法精製取り引きに関わる輩やからに売り買いされた者だろう。
その程度の予想はしていたが。

腑ふに落ちぬ。

「いや、だが。もし本当に、そのような逸材いつざいであれば、
　この界隈かいわいを一人で彷徨さまよい歩いて無事でいられるはずがなかろう！？」

クロイツから投げかけられる問いは後あとを絶たなかった。

「それこそ！ こんな ... 簡単に ... ぽんと現あらわれてたまるか！！」

見やると、少年は一言。 

「 ﾎﾟ ﾝ  ! 」 ＼(*´∀｀*)／

 ﾎﾟﾝ！  ﾎﾟﾝ！ と、万歳ばんざい三唱 。

とは言え、全てに答えてはいられない。

カーツェルの胸に打ち込んだ法により、蒼火を沈静化したものの。
今の彼は、とても不安定な状態なのだ。

得体えたいの知れぬ激情に混乱し。
見るものと幻覚が重なり合う現象に怯おびえ、震える身体からだ。

足元で蹲うずくまる彼の肩に手を添そえ。
フェレンスは、そっと声をかけた。

「辛つらいか？」

次ついでは、左腕の腹はらに ｸﾞｯ ...  と爪つめを当て肌を裂き、差し出す。

一筋流れた血。漂ただよう香り。

気付いてカーツェルは顔を上げた。
そして酔よい痴しれる。

差し出された腕うでに、指先を這はわせ。
ｽﾙﾘ ｽﾙﾘ と撫なで下ろしては、握にぎり込み。

やがて、傷口に舌したを付けるカーツェルは、
すっかりと血を舐なめ取ってから ... 一思いにしゃぶりついた。

〈 ｼﾞｭﾙｯ...　ﾁｭ ...　ｸﾁｭ... 〉

その間かん、腕うでに爪つめが食い込んでも顔色一つ変えず。
フェレンスは淡々たんたんとして述のべる。

「強い瘴気しょうきに当てられ欲が増すほどに、それを喰らう〈霧きり〉の膨張も倍加していく。
　発生を防ぐには負ノ思念を抑制するか、滅さねばならない。
　対して彼に宿った冥府の炎ひが、瘴気しょうきを感知し過度な免疫反応を起こした。
　放ほうっておけば瘴気しょうきを発する血の持ち主はおろか、
　彼自身の意識、肉体までも烙やかれていただろう ... 」

するとそこに、ノシュウェルの相槌あいづちが入る。

「なるほど ... それで ... 」

けれども煮え切らない。
そこに一突き入れたのは、やはりクロイツだった。

「それで ... 理性を失っても 〈待て〉 が出来た奴やつへの褒美ほうびと言う訳わけかそれは ... ... 」

あえて黙っていたのに。
言っちゃうのね、あなたと言う人は。
しかも平然として犬扱あつかいいとか、やめて。
こんな時だし、生きた心地がしないから。

心で泣いているのは隣となりの部隊長。

片かたやフェレンスの腕うでに ﾁｭｯﾁｭ と吸い付く大人の奇行きこうを ｼﾞｯ ... と見る少年は、
それとなく視線を遮さえぎるために立ちはだかり、せっせと横移動するクロイツと競争中。

いくら覗のぞき込んでも見えなかろう ... ...

ﾑｰﾑｰ ﾑｰﾑｰ 唸うなる子の声が、やたらと耳に付くのだが。
そこは我慢がまんの男ノシュウェル。
心を無にして遣やり過すごした。

ドン引きするクロイツもまた、取り合わないわけにはいかないので。
引き攣つった顔で訴うったえ掛ける。

フェレンスは少しだけ首を傾かしげた。

「何か、如何いかがわしい事をしているようにでも見えるか？」

察し。尚なおも ﾁｭｯﾁｭ と腕うでを吸われる当事者が尋たずねると。
傍見はたみの二名は揃そろって頷うなずいた。

要するに、子供にそんなものを見せるんじゃないと。
言わんとすることは理解できた。けれども ... ... フェレンスは続ける。

「まぁ、今の彼は我われを忘れているうえ、炎ひを縛しばられ
　煩悩ぼんのうを抑制よくせいすることが難むずかしい状態なので。
　こうして魔力で満みたしてやるなどしなければ、他ほかの欲が煽あおられ危険だ」

率直そっちょくに言って、今の彼は、人を喰い散らかしかねないので。

「それこそ、性的に欲情されでもしたら困るだろう？」
「貴様！ そこは、もっと違う言葉を選ばないか！！」

「何故なぜだ。恥ずかしいのか？」
「そうではない！！ そうではないが！！」

「なら、何と言えばいい。　... ... 発情か？」
「それはもっとまずかろうが！！」

「そうか ... 」

フェレンスは空気を読んで、あえて攻めるタイプなのだなと、ノシュウェルは思う。
先の率直そっちょくな例えが〈グロ系18禁〉な件には、あえて触れずに。

下目遣いに傷口を眺ながめ、物足りなそうに唇くちびるの先で啄ついばむカーツェル。
彼がフェレンスの腕を引いて、ぴったりと身を寄せていく様子は、確かにエロス。

かと言って、耳まで赤くして恥じらうほどか？

クロイツの斜ななめ後ろで見ていると、
珍しく戸惑とまどった素振そぶりを見せる目上に思わず笑いが込み上げてきた。

すると、しがみつく肩が上下に揺れるので、はたと顔を上げる少年。
周囲が落ち着いたと知って、再度、覗のぞきき込んでみるとする。

クロイツの背に遮さえぎられた向こう側の様子が、どうしても気になった。

「 ... ﾝ ｰ ... ? 」

抱きかかえられた格好かっこうのまま、めいっぱいに身を乗り出してみたところ。
フェレンスの肩口に顔を埋めるカーツェルが、床ゆかに座り込んで脱力しているのが見えた。

幼心おさなごころながら、黙って見てなどいられない気分。

「あっ ... ！ こら！」

ノシュウェルが止めるのも聞かずに、脇わきから滑すべり降りて走る。

 ﾃ ﾃ ﾃ  ... ... 

「貴様きさまと言う奴は！ 主従の契約を結んだなら、主人らしくだな！ もっと、こぅ、理知的に！」

 ﾃ ﾃ ﾃ ... ...

しかも小走り。

度々たびたび、後退あとずさりするクロイツの背中が、
ノシュウェルの懐ふところにくっつきそうになったところを擦すり抜ぬけて、駆かけ寄る。

少年はやがて、フェレンスの直すぐ傍そばに。
見ていたクロイツは不意ふいに黙った。

少年は何より先にフェレンスの胸元へ飛び込んでいって、
シャツの袖そでを ｷﾞｭｯ... と掴つかみ、高らかに唸うなる。

「 ﾑ ｩ ｩ ――――― ... ！！」

それから、言葉にならない思いを詰め込んだ身体からだを目一杯、押し付けて地団駄じだんだ。
極めつけに幼子おさなごは、こう言い放った。

「 ｼｬ 、ﾏ ！！　ｼｭ 、 ｷ ！！」

するとクロイツが、真っ先に首を傾かしげる。

「 ... え ... ？」

時間差でフェレンスの口をついたのは、呆気あっけの一言だった。
一瞬、何と言ったのか分からなかったが。
尋たずね返す者はいなかった。

月のように輝く瞳と、火照ほてり赤く染まる頬ほほと。
気持ちの高揚を抑おさえられずに ｿﾜｿﾜ とする身体からだ。
全てを使って〈好き〉を表現する少年の健気けなげさが周囲を黙らさせたよう。

そんな時。

これは、もしかしなくても、告白 ... か？
なんて考えたのはノシュウェル。

クロイツは意外にも冷静だった。
いや、むしろ我われに返ったかのように割って入る。

「茶番はそこまでだ。今すぐに、ここを発たつ。
　紅玉ルベウス級の魔ノ香まのかを匂におわせる血ともなれば、
　少年の存在を隠し、売り買いしていた連中が血眼ちまなこになって探しているはずだからな」

利用するまでもなく。好都合ではあるが。

少年の有する血の価値が桁外けたはずれなだけに、手段を選ばず襲撃しゅうげきしてくるやもしれぬ。
フェレンスに相手をさせれば、根を突き止める策も台無しにされかねない。
一刻も早く、この地を去らねばならなかった。

少年の姿が視界に入って幸い。

焼き餅もちを焼いて擦すり寄る少年が、フェレンスに懐なつきき過ぎるのも ... 
クロイツにとっては都合が悪かった。