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第五章◆石ノ杜

石ノ杜~Ⅰ

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なお、燃え続ける火と、消火水に煙る帝都の夜気が ... 凄惨せいさんな情景をおおす中。

《異変》に見舞われた帝都の動勢を後追あとおう。

火災と、損傷したガス装置の爆発等。
二次災害を含め、被害は甚大。
各区、下火傾向にあるとは言え、予断を許さぬ状況下。

「落雷の建造物直撃が大多数だそうです」
「だろうな。まったく ... 覚醒前でこれだ。
 異端ノ魔導師に連れ去られてなきゃ、どうなってた事か」

焼け跡に立つ消防隊の話を盗み聞きするかたわら、彼女は息をひそめた。

そして、撮影機カメラ投影素材フィルムフレームを差し込みスチルを確認がてら。
命懸けでとらえた絵図をさかのぼっていくのだ。

落とされた九龍の首を元に分裂し ... 飛来した魔物の群れ。
それらを相手に迎撃戦を繰り広げた ... 重装甲車両の弾幕。

すると彼女は、ある場面に注目し手を止める。

人目に付かぬよう気にめながら。
更に、その一枚を引き出し拡大すると。

そこには。

空を割く法の一撃で、巨大な魔物キメラのあちこちから生えた頭を
軽々と斬り落とす ... 亡国の末裔の姿があった。

「さすが、偉大なる帝国魔導師の一人」

火力を比較し、対等と見做みなされる者は他に存在しないと。
軍関係者に絶賛される男だが。

「ふふ ... 面白いじゃないの。
 犬のフリして帝国に飼われていた怪物が、とうとう尻尾を出したってところかしら?」

彼女をはじめ、被害者には酷評されている。
何せ、霧ノ病を蔓延させておきながら始末に負えない ... この有様だ。

「ふふ ...本当は病の根絶なんて望んでもないんでしょ?
 悲しみに暮れる人達の絶望が、狂気に変わるのを待ってるんでしょ?」

しかしながら、あわれ。
様子をうかがっていた若者は思う。

「やれやれ。魔導師や助手が血を流したせいで、
 都中みやこじゅうの魔薬中毒者が病を発症したうえ、ゾンビ化してるっていうのに。
 相変わらずの命知らずなんだね。君は ... 」

ある時、見兼ねた口ぶりで声を掛けてみたところ、彼女は振り向いた。
右肩から前へ結い降ろされた瞑色めいしょくの髪が、ふわりと弧を描く。
大きめの丸眼鏡が街明かりを返し、瞳の色をさえぎっっていた。

魔導師の助手と言えば錬金術師、もしくは血ノ奴隷のこと。

消防隊の去った廃墟の壁に背を寄り掛けたまま、彼は続ける。

「霧ノ病をわずらった者の発作が相次あいつぐ恐れも、覚悟の上なんだろうね。
 現在フリーとは言え、報道関係者だった君が知らないはずはないし。
 スクープ写真をどの社に売ろうか考えていたのかな?」

「その声は、アシェルね?」

廃墟の壁際から歩み出る人影にたずねると、彼もまた、彼女の名を呼ぶ。

「やぁ、セシル。久しぶり」
本当ほんとね。でも、そっちから声を掛けてきておいて、
 しばらく会ってもくれなかった男に分かったような口、いて欲しくないんだけど?」

「教会でなら会えるって、言ったはずだけどな」
「あんなトコ、もう真っ平よ。
 教えと導きを得られたら気持ちが変わるかもって言うから、通ってみたけどね。
 やっぱり、そんな事なかったから」

「そう ... それは残念だ ... 」

「本物の魔物キメラはアイツ。異端ノ魔導師なのよ。
 私はね、あの人殺しを徹底的に吊し上げてやるの。
 そうやって生きていければいいのよ。
 私にとっては、この憎しみが全て。そういう人間だっている。
 でも ... 分かって欲しいなんて思ってないから」

セシル。そう呼ばれた女性は機材を肩掛けにしまいながら言った。

「もう話すコトなんてない。分かったでしょう?
 あんたもいい加減、ヘタなお芝居なんかやめたら?
 布教活動お疲れ様。サヨウナラ ...」

「待って ... 」

待たない。

うんざりする。彼女は振り向きもしなかった。
ところがだ。一体、何が起きたのだろう。
気付けば彼が目の前に居たのだ。

「何よ!」

困惑し、咄嗟に出た一言。
アシェルは耳元まで顔を寄せ、囁いた。

「もちろん。気持ちが変わらなかったなら、それはそれで。
 ありのままの君でいてくれたらいいさ」

すると素早く頬を返し、口付ける。

驚きのあまり油断した。
しかし、我に返って報復する。

《 ガリッ ... ! 》

アシェルの顔がわずかに歪むと同時、彼を突き放すセシル。

唇を噛まれたよう。

うつむき唇の血を指先でぬぐう相手に対し、彼女は言った。

「謝らない。最低なコトをしたのは、あんたなんだから」
「いいけど。あの魔導師の行方ゆくえを知りたくはないの?」

そして一瞬だけ戸惑う。

「何よ、信用できるワケないじゃない」

冷静に考えてみれば、今更。
背を向けた彼女は去り際に、こう言い残した。

「それから、自覚ないみたいだから
 最後に教えてあげるわね、アシェル。あんた怪しすぎるのよ」

かすみの向こうへ消える姿を見送り、たたずむ。彼の笑みは不適。

「分かってたよ。けど、そのお陰で君に興味を持ってもらえた ... それで十分」

後退し壁際へと戻る間に、人相どころか口ぶりまでも変貌していくのだ。

「俺の血、紅玉ルベウスを味わった ... お前はもう ... 血ノとりこ
 その憎しみが境地を見出すまで、血を求めずにはいられない身体からだだ。
 フフフ ... さて、お前の方こそ。それを自覚するのは 何時頃いつごろかな?」

廃墟の影に残忍な視線だけ不気味に浮いて、やがて消える。

真夜中の出来事であった。



特異血種との判定を受けた者の血に宿る魔力と瘴気しょうきは、ほぼ、比例する。

とは言え特性は様々。

強烈な魔ノ香まのかを発し、魔物を引き寄せる場合もあれば。
有害性をひそめ、摂取した人物の心と身体を徐々にむしばむ症例も報告されているのだ。

アシェル。彼の血は、後文の特性に該当する。

《 ガシャーン !! 》

テーブルに置きかけたグラスが手元から滑り落ち、砕けた拍子。
彼女は膝を付いてうずくまった。

「 ハァ ... ハァ ... 」

動悸と異常な喉の渇き。そして目眩。
ストレス過多。自律神経失調症によるものと思うが。

「何なの ... 」

水が飲みたい。飲みたい。飲みたい。
だが、いくら飲んでも満ち足りないのだ。

血中ナトリウム急減のため、水中毒を併発へいはつしかけたらしい。

その後、報道機関を訪れる際にもボトル入りの水が手放せなかった。
異端ノ魔導師の行方ゆくえについて有益な情報を得るため、メディア関係者と会う時ですら。

そんな彼女に目を付けたのは、とある政治団体の成員。

「しかし ... どうやら加減がよくないようだね。水をよく飲む... 」
「えぇ、医院に通ってるんですが、薬の副作用かも」
「そうかい、大事にしてくれたまえよ」

症状を一目見れば分かる。
上位貴族、及び上院議員マグナート》の勢に寄る男は、情報を交換する合間、こう述べた。

「ところで、私も喉が乾いて仕方がない日があってね。
 主治医に勧められた薬を飲んでるんだが。どうだい ...
 効くようであれば紹介するよ? まずは試してみて、それから連絡をくれたまえ」

差し出されたのは薬瓶。数日分のカプセル薬が残されていた。
丁寧に処方箋まで見せられ、戸惑うものの。

何を意図してか、蓋を開け。
わざわざ中身を見せてくる男の仕草と、漂ってくる仄かな香りに引き寄せられた。

なるほど。やはり ... ...

男は思う。

彼女の身体からだは既に、魔ノ香まのかを察するまでに変質していたのだ。



得られた情報は少ない。

作戦関係者の聴取を済ませた帝国軍の報告と見解をみ。
末裔の動向に関する情報の一切は、非公開として閣議決定される見通しとの事。

つまりは機密あつかい。

反してさぐりを入れる者は監視対象となる。
ゆえに、彼女が異端ノ魔導師を追い、帝都を離れる日は ... まだ遠い。



では、その間に何が起きたか。


親愛なる友人と共に生きるため、
命を懸けると同時に、多くを犠牲にした男と ... 

そんな彼をあらため従えると心に決め、連れ去った魔導師、当人。

そして、両者の運命を左右する程の血ノ魔力を秘めた少年。

彼等は、その後 ... 帝都を去り。やがて夜明けを迎えた。



何時いつからか、記憶の端々はしばし滑落かつらくしている事に気が付く。

フェレンスの息は浅かった。

意識を失いかける事、何度目か。
ほぼ、全ての首を落とした後の変異体に戦神オーディンを降ろし、
ここまで引き連れて来たのだ。

体力の消耗がいちじるしい。

それもそうだろう、彼は夜通し心身共に負荷の大きい空間移動を繰り返している。
通常であれば移動装置ポータルを組み上げ利用するものだが。

当然、そんな余裕は無かった。

その上、巨大な神化体が収まるほどのゲートともなれば長距離の移動は難しい。
帝都を出る際には三百里を想定したが、それもままならず。
以降は、数十里を転々とするのが精一杯だった。

国境は越えたか。

確信は持てない。

眼下には広大な樹林帯。
空と大地の狭間はざまには、雪を残した山岳が連なる。

追跡を指示されたであろう探査塔の目をあざむく必要があった。

周辺には境界を敷くなどして工作を重ねてきたゆえ
追手が掛かるのも、だいぶ先の事だろうとは思うが。
意識ある限り、帝国から距離を置かねばならぬ。

しかし、とうとう限界を迎えたよう。

視界が暗転していく。

最後に開いたゲートへと戦神オーディンを招き入れ、
連れた先は ... 月白げっぱくの大地、上空。

「起きなさいチェシャ ... 」

羽衣に包まり腕の中で眠るチェシャに告げる。
フェレンスの声は弱々しい。

不覚にも眠ってしまっていたことに慌てふためき起きた幼子は、
疲れ果てうつむく様子を見て息詰まった。

何をするべきだろう。
一先ひとまずはフェレンスの言葉を黙って聞く。

「法が解けたあと、彼もしばらくくは目を覚まさないだろう。
 何が起こるか分からない ... 決して ... 傍を離れるな ... 」

それから何度も頷いて返した。
ところが、フェレンスには見えていないらしいのだ。

と言うか、既に意識が無い。

「 ヒッ ... ... !! 」

まさかの事態に、チェシャは引きり声を発した。

スルリ ... ...

フェレンスの腕が力無く落ちていくのと同時。

「 ヤッ ヤッ ヤッ ヤッ ! シャ 、マ ! 」

衣の浮力もまた、失われていくので焦る。

「 ヤッ ! ヤッ ! メッ 、ナノ !! 」

イヤだ。今は不味まずい。しっかりしろと言いたかった。

何せ、ここは雲の上。
下を見れば足元に雲。

「 キャァ ----------------- !! 」

その合間に一筋の渓流らしきを目にするも、
一端いったんおび程度に見えてしまうのだ。

チェシャの悲鳴を聞きつけ、戦神オーディンは顔を上げた。

転移先へは急に抜け出せないが、ゲートが機能しなくなっては元も子もない。
槍を端々に掛け、一刻も早く。

形振なりふり構わず先に出しきった側の足を槍に掛け、遮二無二しゃにむに、踏ん張る神化体。

そのさまを見やれば。
誰かさんの面影が重なって見えるよう。

「 ツェ ル -------------- !! 」

チェシャが彼の名を呼ぶと、間一髪。

抜けた !!

足が。

しかし反動で行き過ぎる。

戦神の巨体が、ビュンッ !! と真横を通過したのでビックリ。

何してんだ ---- という気持ちを込めて、チェシャは叫んだ。

「 コ 、ラ ァァ -------- !! 」

尻上がり。目一杯のツッコミ。

チビっ子のおしかりを受けた戦神が身をひるがえし、
体勢を立て直した時には神化も解けはじめている。

するとついに、フェレンスの体勢が崩れた。

フラリ ... ... 

宙に投げ出される身体からだ
チェシャは咄嗟とっさにストールを手繰たぐり寄せ、フェレンスにしがみ付く。

そして ... ...

「 キャァ --------------- ----- ----- ----- !!!! 」

只々ただただ、落ちて行った。

直ぐ様に追う。戦神の形態が完全に解かれたのは、その時。

光の法帯ほうたいが複数交差する中。
戦神のかく神ノ意識世界スフィラへとした。

気を失う既の所すんでのところ。チェシャは見る。
蒼く輝き、散るうろこの中心から飛びでたる、彼の姿を。

「フェレンス ------------- !!」 

カーツェルだった。


伸ばした腕から、指の先へ向け再形成が進む人体。
魔力の供給は、とっくに途絶えているためころもの類は皆無。


半覚醒状態まで回帰した自らの肉体を見れば、力の衰えも明白だが。
彼は吠え。ギリギリと拳を握り込んだ。

そして、身をひるがえす。

宙をあっし、眼下にえた氷塊ひょうかいかわすと同時、足場にするためだ。

踏みつけると、霜を散らしながら体積を増すそれは速度を上げて落下する。
氷結に巻き込まれる足をバリバリと無理に剥がせば、皮膚が破れた。

時としかせの刻印から突沸する冷寒とは比較にならない。
うつわたる魔人の姿でもなし。
半覚醒の生身で冥府ノを操ろうものなら、自身の血肉すら凍る。

意識の無いフェレンスのそばまで接近した彼は、素早く踏み切ったうえ両者を保護した。

更に上体を起こせば、地表も間近。

行き過ぎた氷塊が消える前に。
魔人の力を残す左腕を振り払い、カーツェルは叫ぶ。

「まだまだ ぁあぁぁ ----- !!!!」

来い、もう一発!!

覇気を放つと、縮小する氷塊から転じ柱を形成するそれは、瞬く間に伸び。
土煙を上げ、地表の森へと突き刺さった。

斜面に爪を突き立て、落下速度を緩める算段。

《 ガリガリガリ !! ガガガガガ !! バリバリバリバリ ...!!》

冥府ノを表に残す左腕の黒ずみは色濃く。
力を込めれば、ミシミシと音を立て次々と罅割ひびわれを生じる。


間に合うか。

間に合え!


「だあぁあぁぁ あああ ---------- !!!!」


腕が千切れぬよう、祈る思いでカーツェルは声を上げた。


止まれ。

留まれ!


「止 ぉおぉぉ --- !! ま --- ぁあぁぁ !! れ ぇえぇぇ --------- !!!!」


《 ガガガガガガガ ... !!!! 》



迫る ----- 石ノもり

そこは、地中の毒を吸う植生帯。

おそらくはアイゼリア王国、領地内。
最西端に面する地域と思われる。



間一髪。地上より数メートルのところで静止したところ。
カーツェルは足先つまさきで軽く柱を蹴ると、フワリ ... 背の低い滝のたもとへ降り立った。

それからフェレンスの肩を胸に抱き、両足を左脇まで持ち上げ。
数歩、行った先でひざを付く。

極力、平らな場所で寝かせてやりたかった。

ストールにくるまったまま、フェレンスの腹の上にまたがるかたちで
気絶してしまったチェシャを見ると、口元が緩む。

そのままでは互いに苦しかろう。

小脇に手を入れ、一度ひとたび、持ち上げた彼は ...
その小さな身体からだを主人の傍らに横たえてやりながら一息ついた。

そして、力尽きる。

半覚醒状態だった肉体をめぐる蒼き印文いんもんが、スッ ... と消えた折り。
寝かせた二人と並び、真横へと倒れたカーツェルの左半身からは水煙すいえんが立ちのぼった。

黒い肌。重度の凍傷を負ったよう。

自らが宿すにより、かれたのである。
 
 
 
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