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第七話 孤影に届く声
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「私も魔力が回復するまで、休ませてもらいます」
レンにそう伝えて、私は操縦席のシートに身体をゆだね、目を閉じた。
魔力の枯渇は、当然ながら私の身体にも大きな負担になる。私はいつの間にか眠ってしまっていた。
目覚めると操縦室は真っ暗になっていて、天井にともっている小さな白い光が、唯一の灯りだった。
私の睡眠を検知して〈ドルソーラス〉も休眠モードになったのだろう。
ひとまず私は〈ドルソーラス〉を再起動した。
各部を確認する。左腕、右脚、全六基の中の四基の翼。欠損した部位もすべて復活して、いつでも再出撃が可能な状態になっている。
……ずいぶん長い時間眠ってしまっていたらしい。レンを待たせすぎてしまったかもしれない。
「レン、それでは〈ドルソーラス〉に音声出力装置を増設してみますね」
声をかけてみたけれども、反応がない。
「レン?」
もう一度声をかけてみる。
やはり反応はない。
……ああ。レンがいっていた「いつでも〈ドルソーラス〉の中にいるわけじゃない」というのはこういうことなのか。
私は久しぶりに「落胆」という気分を味わった。
ただ、いつまでも落胆しているわけにもいかない。こうしている間にもどこかで魔物は発生するだろうし、もう一度レンが〈ドルソーラス〉に来てくれたときのために、音声出力装置は装備しておかなければ。
激戦となったガス惑星を近くに見ながら十日あまり。
音声出力装置の増設には予想よりも時間がかかってしまったけれども、その間に魔物を検知しなかったのは幸いだった。
レン本人がいないので作業は予想でおこなうしかないのだけれども、おそらくレンの意識は〈ドルソーラス〉の操作系を統括している魔導脳に宿っていたはず。
原理としては「声を遠くに飛ばす」魔法と同じ。簡単にいってしまえば魔導脳に遠隔発話魔法をかけた、ということになる。
時間がかかってしまった一番の理由は、私がその分野の魔法は専門外だったこと。
それでもどうにか魔導脳と遠隔発話魔法の接続には成功し、あとはこれが私の想定通りに機能してくれるかどうかを確認するだけとなった。
これまでの状況を考えると、少なくとも〈ドルソーラス〉が起動している状態でないと、レンは現れない。
そこで、試みに〈ドルソーラス〉を起動してみたけれども、レンは現れなかった。
レンに呼びかけてみても応えが返ってこなかった〈ドルソーラス〉の操縦席で、小さく息をつく。
改めてこれまでのことを思い返してみると、ここ何回かは魔物との戦闘が発生したときには必ずレンが現れていたように思える。おそらく次にレンが現れるのも、魔物との戦闘の直前ということになるのだろう。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、私は「早く魔物が見つからないかな」と思ってしまった。
……なにを馬鹿なことを。
私の使命は魔物を殲滅すること。魔物が現れなくなれば、私は使命を完遂することができるというのに、よりによって「魔物が見つかってほしい」なんて考えてしまうなんて。
「浮かれているんだな、私は」
声に出してつぶやいた。
魔物の殲滅のため、一人で戦い続けてもうどのくらいの年月が過ぎたかもわからない。そんな中で一人でいることに慣れ、感情というものにも縁遠くなっていたのに。
見も知らぬ、名前だけがわかっている何者かとほんのわずかな会話のようなことができただけで。
落胆したり浮かれたり。
私にはまだ、こんなふうに動く心というものが残っていたのかと、私自身に驚かされた。
そしてそれから数日後。
〈アルフェルム〉に搭載されている広域探知装置が、魔物の姿をとらえた。
距離は意外に近い。最大距離の転移であれば一度の転移で群れの近くまで接近できそうだけれども、長距離の転移は誤差が大きくなる。うっかり群れのごく近くに転移してしまえば、〈アルフェルム〉を防衛しながらの戦いとなるため、苦戦は必至となる。
ここは短めの転移を二回おこなって、誤差を小さくすべきところだ。
とは思ったのだけれども。
転移直後の安全確認や、転移用の魔力の再充填など、転移魔法を複数回使うのは時間がかかる。
一度の転移で魔物の群れに到達できるのであれば、時間の短縮になる。
……なにより〈ドルソーラス〉に設置した音声出力装置のテストが早くできる。
と、そこまで考えたところで、私は自分が冷静な判断をしていない、という事実に思い至った。
どう考えても優先すべきは〈アルフェルム〉の安全確保と魔物の殲滅だ。これまでの何回かは、毎回レンが私に協力してくれたけれども、今回は事情があって来られない可能性だってある。
来るか来ないかわからないレンのために、〈アルフェルム〉を危険にさらす可能性を高めるのは愚の骨頂だ。
頭でそう納得はしていても。
私は後ろ髪を引かれる思いで、転移先を短めの位置に設定した。
一回目の転移は無事成功。規定の状況確認をおこない、二度目の転移の準備を開始する。
魔力の充填が、ひどくゆっくりに感じられる。自分が冷静でないことはわかっていたけれども、それを取り戻すのが難しい。
……だめだ。こんな浮ついた気分では、絶対になにか大きなミスをする。
いったん魔力の充填を中断し、操縦席のシートに身体を預けて目を閉じ、ゆっくりと数を数える。
二百まで数えたところで、だいぶ落ち着いてきた気がして、私は再び転移魔法装置への魔力の充填を開始した。
魔力の充填が完了する。続けて転移先を設定し、転移を実行。
軽いめまいに似た感覚。次の瞬間には、外の景色はまったく別のものに変わっていた。
状況を確認する。設定地点との誤差は少なく、魔物とはほどほどの距離の地点に転移できた。〈アルフェルム〉の存在が魔物には気づかれにくく、〈ドルソーラス〉で近づいてもさほど時間がかからない距離。
私ははやる心を抑えて、格納庫へと向かった。
三番ケージに到達。片膝立ちの〈ドルソーラス〉に、起動用の魔力を注入する。
〈ドルソーラス〉の魔法金属でできた外部装甲に魔力の紋様が浮かび、起動完了と同時に紋様が消えていく。
私は〈ドルソーラス〉を見上げた。
「今日もよろしくね、〈ドルソーラス〉」
いつもどおりの言葉を告げ、〈ドルソーラス〉の操縦席に座る。胸部装甲を閉じて気密を確認しながら、
「レン、今日も私を助けてくれますか?」
問うと、〈ドルソーラス〉はいつものように右腕を上げ、握り拳の親指を立ち上げた。
よかった。今日もレンは来てくれた。
ほっと息をつく。
「音声出力装置を設置してみました。うまくいくか、試してみてください」
私の言葉が終わらぬうちに。
『あー、あー、聞こえてる? アーシャ』
若い男性の声。ちょっと低めの、落ち着きのある声だった。
「はい! 聞こえています!」
私もまた、彼の言葉が終わらぬうちに即答した。
『オーケー。積もる話もあるけど、まずは目の前の敵を片付けよう』
レンの言葉にはっとする。そうだ。私の目的の第一は魔物の殲滅なのだ。それをおろそかにするわけにはいかない。
「はい!」
私は応え、〈ドルソーラス〉を〈アルフェルム〉から飛び立たせた。
『下から来るよ! 気をつけて!』
「はい!」
声による注意喚起と、操縦桿に伝わってくる彼の意思。二つの組み合わせで、これまで以上に迅速に、魔物の攻撃に対応できる。もしも前回……ガス惑星の重力圏での戦いで……これができていれば、私たちはそこまで苦戦しなかったのではないか、とも思えてくる。
前回の戦いが困難だっただけに、特に大きな障害物もない通常の宇宙空間での戦闘は、より容易に感じられた。レンのサポートのおかげもあって、私は次々に魔物を撃破していく。魔物の数が比較的少なかったこともあり、これまでで最も短い時間で、敵の殲滅を成功させた。
魔物の姿がなくなった宇宙空間。近くには惑星の姿はなく、アトラニカから見えていた太陽に似た黄色い恒星が、はるか遠くに輝いている。
「ありがとう、レン。こんなに早く魔物の討伐が終わったのは、初めてです」
『ぼくは大したことはしていないよ。君の腕がいいんだ』
「褒めるのが上手なんですね、レンは」
レンが苦笑いをした……ような気がした。
少しの間。私たちはお互いに沈黙していた。訊きたいことは色々ある。彼は何者なのか、なぜ〈ドルソーラス〉の中にいるのか。
うまく言葉をまとめられないまま、私は口を開いた。
「あの。前回のことは、覚えていますか?」
『もちろん』
即答。
「でしたら、確認のためにもう一度聞かせてください。レン、あなたはアトラニカの生き残りではないんですね?」
『うん、違う。アトラニカというのはどこかの地名なんだと思うんだけど、ぼくはそもそもアトラニカという場所を知らないんだ』
「わかりました。そしてあなたは、どこかの星系で進化した知的生命体や精神生命体でもない、と」
『うん。ついでにいっておくと、機械生命体でもないよ』
機械生命体。そうか、そういうものもあり得るのか。一時期、魔法でつくられた身体に生命を宿す研究がされたことがあったけれども、そういったものは機械生命体と呼んでもいいのかもしれない。
『まあ、きみから見たら、今のぼくは機械生命体みたいなものだとは思うけど』
「そう……ですね。それに近いかもしれません」
彼の言葉にうなずいてから。
『ごめんごめん、話が横道にいっちゃったね』
レンはひどく軽い調子でいった。
『ぼく自身もなんでこんなことになってるのか、その理由はわからないんだけど、ぼくはたぶん、きみから見たら異世界の人間なんだと思う』
「異世界、ですか?」
聞いたことはある。
私が生きているこの世界のほかに、まったく異なった文明や法則が存在する世界があるという。
魔物によってアトラニカが滅びの危機に瀕したときに、一部の魔法使いによって「人類を異世界に脱出させる」という計画が提唱されたこともあった。
ただ、世界を転移するとなれば空間転移以上に莫大な魔力が必要になることは明白だった。加えて転移先の世界が人類にとって安全な場所であるという保証もない。
このため、異世界への脱出計画は早々に頓挫したはずた。
レンは、そんな異世界からの転移を成し遂げた、ということなのだろうか。
「あなたは異世界から転移してきた、と?」
『うーん』
問うと、レンは言葉を濁した。
『そういうのとも、ちょっと違うんだ』
ちょっと違う、という言葉はなんとなく腑に落ちた。彼は「精神生命体ではない」といっている。だとすれば、彼の身体がどこかに存在しているはずで、けれどもすくなくとも私が見てきた範囲では、彼らしき生命体を発見した記憶はない。
『めちゃくちゃなことをいってる、って思わないでほしいんだけど、ぼくは、夜寝ているときに、夢の中で〈ドルソーラス〉になっているんだ』
※次回第八話は、3月7日(土)投稿予定です。
レンにそう伝えて、私は操縦席のシートに身体をゆだね、目を閉じた。
魔力の枯渇は、当然ながら私の身体にも大きな負担になる。私はいつの間にか眠ってしまっていた。
目覚めると操縦室は真っ暗になっていて、天井にともっている小さな白い光が、唯一の灯りだった。
私の睡眠を検知して〈ドルソーラス〉も休眠モードになったのだろう。
ひとまず私は〈ドルソーラス〉を再起動した。
各部を確認する。左腕、右脚、全六基の中の四基の翼。欠損した部位もすべて復活して、いつでも再出撃が可能な状態になっている。
……ずいぶん長い時間眠ってしまっていたらしい。レンを待たせすぎてしまったかもしれない。
「レン、それでは〈ドルソーラス〉に音声出力装置を増設してみますね」
声をかけてみたけれども、反応がない。
「レン?」
もう一度声をかけてみる。
やはり反応はない。
……ああ。レンがいっていた「いつでも〈ドルソーラス〉の中にいるわけじゃない」というのはこういうことなのか。
私は久しぶりに「落胆」という気分を味わった。
ただ、いつまでも落胆しているわけにもいかない。こうしている間にもどこかで魔物は発生するだろうし、もう一度レンが〈ドルソーラス〉に来てくれたときのために、音声出力装置は装備しておかなければ。
激戦となったガス惑星を近くに見ながら十日あまり。
音声出力装置の増設には予想よりも時間がかかってしまったけれども、その間に魔物を検知しなかったのは幸いだった。
レン本人がいないので作業は予想でおこなうしかないのだけれども、おそらくレンの意識は〈ドルソーラス〉の操作系を統括している魔導脳に宿っていたはず。
原理としては「声を遠くに飛ばす」魔法と同じ。簡単にいってしまえば魔導脳に遠隔発話魔法をかけた、ということになる。
時間がかかってしまった一番の理由は、私がその分野の魔法は専門外だったこと。
それでもどうにか魔導脳と遠隔発話魔法の接続には成功し、あとはこれが私の想定通りに機能してくれるかどうかを確認するだけとなった。
これまでの状況を考えると、少なくとも〈ドルソーラス〉が起動している状態でないと、レンは現れない。
そこで、試みに〈ドルソーラス〉を起動してみたけれども、レンは現れなかった。
レンに呼びかけてみても応えが返ってこなかった〈ドルソーラス〉の操縦席で、小さく息をつく。
改めてこれまでのことを思い返してみると、ここ何回かは魔物との戦闘が発生したときには必ずレンが現れていたように思える。おそらく次にレンが現れるのも、魔物との戦闘の直前ということになるのだろう。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、私は「早く魔物が見つからないかな」と思ってしまった。
……なにを馬鹿なことを。
私の使命は魔物を殲滅すること。魔物が現れなくなれば、私は使命を完遂することができるというのに、よりによって「魔物が見つかってほしい」なんて考えてしまうなんて。
「浮かれているんだな、私は」
声に出してつぶやいた。
魔物の殲滅のため、一人で戦い続けてもうどのくらいの年月が過ぎたかもわからない。そんな中で一人でいることに慣れ、感情というものにも縁遠くなっていたのに。
見も知らぬ、名前だけがわかっている何者かとほんのわずかな会話のようなことができただけで。
落胆したり浮かれたり。
私にはまだ、こんなふうに動く心というものが残っていたのかと、私自身に驚かされた。
そしてそれから数日後。
〈アルフェルム〉に搭載されている広域探知装置が、魔物の姿をとらえた。
距離は意外に近い。最大距離の転移であれば一度の転移で群れの近くまで接近できそうだけれども、長距離の転移は誤差が大きくなる。うっかり群れのごく近くに転移してしまえば、〈アルフェルム〉を防衛しながらの戦いとなるため、苦戦は必至となる。
ここは短めの転移を二回おこなって、誤差を小さくすべきところだ。
とは思ったのだけれども。
転移直後の安全確認や、転移用の魔力の再充填など、転移魔法を複数回使うのは時間がかかる。
一度の転移で魔物の群れに到達できるのであれば、時間の短縮になる。
……なにより〈ドルソーラス〉に設置した音声出力装置のテストが早くできる。
と、そこまで考えたところで、私は自分が冷静な判断をしていない、という事実に思い至った。
どう考えても優先すべきは〈アルフェルム〉の安全確保と魔物の殲滅だ。これまでの何回かは、毎回レンが私に協力してくれたけれども、今回は事情があって来られない可能性だってある。
来るか来ないかわからないレンのために、〈アルフェルム〉を危険にさらす可能性を高めるのは愚の骨頂だ。
頭でそう納得はしていても。
私は後ろ髪を引かれる思いで、転移先を短めの位置に設定した。
一回目の転移は無事成功。規定の状況確認をおこない、二度目の転移の準備を開始する。
魔力の充填が、ひどくゆっくりに感じられる。自分が冷静でないことはわかっていたけれども、それを取り戻すのが難しい。
……だめだ。こんな浮ついた気分では、絶対になにか大きなミスをする。
いったん魔力の充填を中断し、操縦席のシートに身体を預けて目を閉じ、ゆっくりと数を数える。
二百まで数えたところで、だいぶ落ち着いてきた気がして、私は再び転移魔法装置への魔力の充填を開始した。
魔力の充填が完了する。続けて転移先を設定し、転移を実行。
軽いめまいに似た感覚。次の瞬間には、外の景色はまったく別のものに変わっていた。
状況を確認する。設定地点との誤差は少なく、魔物とはほどほどの距離の地点に転移できた。〈アルフェルム〉の存在が魔物には気づかれにくく、〈ドルソーラス〉で近づいてもさほど時間がかからない距離。
私ははやる心を抑えて、格納庫へと向かった。
三番ケージに到達。片膝立ちの〈ドルソーラス〉に、起動用の魔力を注入する。
〈ドルソーラス〉の魔法金属でできた外部装甲に魔力の紋様が浮かび、起動完了と同時に紋様が消えていく。
私は〈ドルソーラス〉を見上げた。
「今日もよろしくね、〈ドルソーラス〉」
いつもどおりの言葉を告げ、〈ドルソーラス〉の操縦席に座る。胸部装甲を閉じて気密を確認しながら、
「レン、今日も私を助けてくれますか?」
問うと、〈ドルソーラス〉はいつものように右腕を上げ、握り拳の親指を立ち上げた。
よかった。今日もレンは来てくれた。
ほっと息をつく。
「音声出力装置を設置してみました。うまくいくか、試してみてください」
私の言葉が終わらぬうちに。
『あー、あー、聞こえてる? アーシャ』
若い男性の声。ちょっと低めの、落ち着きのある声だった。
「はい! 聞こえています!」
私もまた、彼の言葉が終わらぬうちに即答した。
『オーケー。積もる話もあるけど、まずは目の前の敵を片付けよう』
レンの言葉にはっとする。そうだ。私の目的の第一は魔物の殲滅なのだ。それをおろそかにするわけにはいかない。
「はい!」
私は応え、〈ドルソーラス〉を〈アルフェルム〉から飛び立たせた。
『下から来るよ! 気をつけて!』
「はい!」
声による注意喚起と、操縦桿に伝わってくる彼の意思。二つの組み合わせで、これまで以上に迅速に、魔物の攻撃に対応できる。もしも前回……ガス惑星の重力圏での戦いで……これができていれば、私たちはそこまで苦戦しなかったのではないか、とも思えてくる。
前回の戦いが困難だっただけに、特に大きな障害物もない通常の宇宙空間での戦闘は、より容易に感じられた。レンのサポートのおかげもあって、私は次々に魔物を撃破していく。魔物の数が比較的少なかったこともあり、これまでで最も短い時間で、敵の殲滅を成功させた。
魔物の姿がなくなった宇宙空間。近くには惑星の姿はなく、アトラニカから見えていた太陽に似た黄色い恒星が、はるか遠くに輝いている。
「ありがとう、レン。こんなに早く魔物の討伐が終わったのは、初めてです」
『ぼくは大したことはしていないよ。君の腕がいいんだ』
「褒めるのが上手なんですね、レンは」
レンが苦笑いをした……ような気がした。
少しの間。私たちはお互いに沈黙していた。訊きたいことは色々ある。彼は何者なのか、なぜ〈ドルソーラス〉の中にいるのか。
うまく言葉をまとめられないまま、私は口を開いた。
「あの。前回のことは、覚えていますか?」
『もちろん』
即答。
「でしたら、確認のためにもう一度聞かせてください。レン、あなたはアトラニカの生き残りではないんですね?」
『うん、違う。アトラニカというのはどこかの地名なんだと思うんだけど、ぼくはそもそもアトラニカという場所を知らないんだ』
「わかりました。そしてあなたは、どこかの星系で進化した知的生命体や精神生命体でもない、と」
『うん。ついでにいっておくと、機械生命体でもないよ』
機械生命体。そうか、そういうものもあり得るのか。一時期、魔法でつくられた身体に生命を宿す研究がされたことがあったけれども、そういったものは機械生命体と呼んでもいいのかもしれない。
『まあ、きみから見たら、今のぼくは機械生命体みたいなものだとは思うけど』
「そう……ですね。それに近いかもしれません」
彼の言葉にうなずいてから。
『ごめんごめん、話が横道にいっちゃったね』
レンはひどく軽い調子でいった。
『ぼく自身もなんでこんなことになってるのか、その理由はわからないんだけど、ぼくはたぶん、きみから見たら異世界の人間なんだと思う』
「異世界、ですか?」
聞いたことはある。
私が生きているこの世界のほかに、まったく異なった文明や法則が存在する世界があるという。
魔物によってアトラニカが滅びの危機に瀕したときに、一部の魔法使いによって「人類を異世界に脱出させる」という計画が提唱されたこともあった。
ただ、世界を転移するとなれば空間転移以上に莫大な魔力が必要になることは明白だった。加えて転移先の世界が人類にとって安全な場所であるという保証もない。
このため、異世界への脱出計画は早々に頓挫したはずた。
レンは、そんな異世界からの転移を成し遂げた、ということなのだろうか。
「あなたは異世界から転移してきた、と?」
『うーん』
問うと、レンは言葉を濁した。
『そういうのとも、ちょっと違うんだ』
ちょっと違う、という言葉はなんとなく腑に落ちた。彼は「精神生命体ではない」といっている。だとすれば、彼の身体がどこかに存在しているはずで、けれどもすくなくとも私が見てきた範囲では、彼らしき生命体を発見した記憶はない。
『めちゃくちゃなことをいってる、って思わないでほしいんだけど、ぼくは、夜寝ているときに、夢の中で〈ドルソーラス〉になっているんだ』
※次回第八話は、3月7日(土)投稿予定です。
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