白銀(ぎん)の魔女

中富虹輔

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第2章

第2章 過去の遺産(3)

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「西の里へ向かう?」
 ハーディの声は大きかった。
「それじゃあなにか、白銀の奴に、みすみす回復の機会を与えようってのか?」
「まあ、結果的にはそういうことになってしまうかな」
 納得できない、といった様子で、戦士は老魔法使いを睨みつけた。
「相手は手負いなんだぞ。あの手傷だ、そう遠くへ行けるわけもねえ。今のうちに奴を捜し出してやっつけちまえば、それで解決じゃねえか」
「セシルが一人ならば、それもできようがな。あの棒術使い……ダン・エリックがセシルについていることを忘れてはならんぞ」
 レイバーグは静かに応えた。
「奴が魔法を打ち消すのを、君も見ているだろう」
 非常識なことを平然とやってのけた棒術使いのことを思い出したのか、ハーディはむっつりと黙り込んだ。
「そもそもあいつは何なんだ? じいさん、あんたはあいつを知ってるのか?」
「古い知り合いだよ。奴は、自分のことを『すべての始まりを求める者』といっておったな」
 セルマは首をかしげて師の顔を見た。古いといったところで、あの棒術使いはさして年齢がいっているようには見えなかった。姉と同じか、せいぜいそれよりも少し年上程度ではないのか。
 そんな彼女の疑問に応えるように、師は平然と
「奴と最後に会ったのは、四十年くらい前だったかな」
「冗談も大概にしろよ、じいさん。どう見たってあいつは三十なるならずじゃねえか。そんなのがどうやって、四十年も前にじいさんと会うっていうんだよ?」
「そんなことを私に聞かれたって答えようなどないわい。とにかく奴は、四十年前にもあの姿で、あの棒を持って、私の前に現れたのだよ」
 そう、あの棒だ。
「あの棒は何なのですか? 私には、あの棒が魔法を打ち消しているように見えましたが」
「旧代の魔法使いに対抗するために、当時蛮族といわれていた人々が、魔法をうち消す金属を作った、という話は知っているかね? 奴が持っている棒は、その金属でできているのだろう」
 師の言葉でセルマが思いついたのは、旧代の魔法使いのことだった。当時は不老不死の研究も盛んに行われ、その成果として人間の寿命をはるかに延ばす魔法も完成したと聞く。ダン・エリックも、そういった魔法使いの一人ではないのか。であれば、あの男がそのような金属棒を持っているのもうなずける。
 セルマがその可能性を問うと、師は少々難しい顔でうなずいた。
「まあ、確かにそう考えるのが一番なのだろうがね。ただちょっと引っかかることがあってね」
 はあ、と曖昧にうなずくと、師は口をゆがめて、
「私は、奴が魔法を使っているのを、一度も見たことがないのだよ」
「私たちの知らない方法で魔法を使っているという可能性はありませんか? 旧代の魔法使いなら、そういったことも可能なのでは」
「まあ、旧代の魔法使いについてはわかっていない点も多いからな。その可能性も、無論ないとはいえん」
 レイバーグはうなずいた。
「……話をセシルに戻していいかね? 彼女の傷が回復するのには時間もかかろうから、その間に、我々は西の里の防御を固めようと思う」
「奴がもう一度南の里に行って、宝珠が保管されているところに魔法装置で直接転移する、って可能性はねえのか?」
「ないとはいいきれんが、ここからフェルト山を越えて南の里へ向かうくらいなら、直接西の里へ向かった方が早い。それに、マークの籠手を手に入れたセシルの魔法は、さらに強力になる。そうなれば、小細工などせずとも、正面から堂々と西の里に乗り込んで、力ずくで宝珠を奪えると勘違いするのは間違いあるまい」
「勘違いだったらいいけどよ、ほんとに奴がそれだけの力を身につけてたらどうするつもりなんだ?」
「どうにかするさ。……いや、せねばならんのだよ。私たちは」
 レイバーグは悲痛な表情で応えた。
「さあ、あまりぐずぐずもしていられん。出発の準備をするぞ」
 レイバーグの言葉に従って、昨日の激闘の疲れを癒す間もなく、セルマたちはそれぞれ分かれて旅立ちの準備を始めた。当面の食料などを背負い袋に詰めながら、セルマはふと、この里を目指して同時に旅立ったモリー師らの一行のことを思い出した。
 モリー師らは、まだこの里には到着していなかった。師らがこの里に到着していれば、もう少し状況は変わっていたのだろうか。
 昨夜、最後に師と姉との間で戦わされた破壊魔法のせめぎ合い。その場にいたのが自分ではなくモリー師だったら、師は姉を打ち負かすことができていたのではないか。あるいは、この里の被害がこれほど大きくなる前に、姉を止めることができていたのではないか。
 北の魔法使いの里も、被害は甚大だった。
 たった二人の人間が、たった一晩で、二つの魔法使いの里に壊滅的な打撃を与えた。それはそれをなしえた側が桁違いに強大だっただけで、なされた側がことさら無能だった、というわけではない。姉によって一瞬でその命を奪われた魔法使いの中にも、セルマよりも優秀な者は何人もいただろう。
 ――私が、もう少し優秀な魔法使いだったら。
 今さらいっても詮無いことではあったが、セルマは思わずにはいられなかった。
 荷造りをする手を止め、脇に置いてある白銀の杖に目を向ける。
 ――姉さん。
 彼女は小さく息をついた。と。
「セルマさんって、白銀の魔法使いの妹さんなんですってね」
 唐突に後ろからかかった明るい声に、セルマは振り返った。
 くりくりとした目が印象的な少女が、そこに立っていた。南の里の治療術師は、セルマに向けてにっと笑った。その笑顔につられるように、セルマの口角がわずかに持ち上がる。
 セルマは「ええ」と短く応えた。
「それが何か?」
「あ、別に大したことじゃないんですけど。すごいなあって思って」
 エリィの言葉はあくまで無邪気だった。何がどう「すごい」のかよくわからないまま、セルマは小さく微笑んだ。
「私は全然すごくないわ。魔法使いとしての能力だって並以下だし……」
「あ、そういうことじゃないんです」
 エリィはぶんぶんと手を振って、セルマの言葉を遮った。
「私にも姉がいるんですけど、姉がそんなことをしてしまったら、とても姉を追おうなんて気にはならないだろうな、って思って。姉のことは大好きだから、実際に姉を目の前にしたら、セルマさんみたいに立ち向かうことなんて、できないと思うから」
 エリィの言葉は真剣だった。
 そういうことか。少女の言葉に納得して、また小さく微笑む。
「姉さんの説得がうまくいかなかった時はそうなるかもしれない、って覚悟はしていたから」
 小さく息を吐く。少女は、くりくりとした目でじっとセルマを見つめていた。
「それに、それがこの旅に私が同行するための条件だったから。『いざというときには、たとえそれが姉さんでも、魔法の刃を向けること』って」
 エリィはじっとセルマを見つめて、やがて心から感心した、といった様子で口を開いた。
「やっぱり、すごいですよ、セルマさん。私なんか、そんな条件を突きつけられたら、それだけでもうやる気がなくなってしまいますもの」
「エリィは、お姉さんが大好きなのね」
 言葉の端々に現れる、少女の姉への思い。それがひしひしと伝わってきて、セルマは微笑ましい気分になった。エリィは「はい!」と元気よくうなずき、
「セルマさんもお姉さんのことが好きなんですよね?」
 ええ。セルマはうなずいた。
「やっぱりすごいですよ。大好きなお姉さんを傷つけることも厭わないなんて」
 ――すごい、か。
 エリィは手放しで感心してくれているが、実際のところはどうなのだろう。
 ただ、無我夢中で姉を追っていた。それだけのような気がする。姉を説得できる自信があったわけでもなく、実際にその試みは失敗した。そして結果的には自らの魔法で、エリィのいう「大好きな姉」に重傷を負わせることになった。
 ――姉さん。
 セルマはその思考を無理に頭の隅の方へ追いやると、治療術師の少女に向けて、小さな微笑みを浮かべた。
「そんなことないわ。私なんて全然大したことのない、三流の魔法使いだもの」
 それ以上その話を続けるのが辛くなって、セルマは無理に話題を打ち切った。
「さあ、みんなが待っているわ。急がないと
 少女はセルマの意図に気づいているのかいないのか、「あ、そうですね」と、慌てた様子で自分の荷物を詰めに戻っていく。
 セルマも止めていた手を再び動かし、荷造りを終えると立ち上がった。
 もう一度、白銀の杖に目を向ける。
 ――これで、この杖ともお別れか。
 それを手放すのは、姉との接点がなくなってしまうような気がして名残惜しくもあったが、だからといっていつまでも三流の魔法使いである自分が、白銀の杖を持っていていいはずもない。セルマは小さく息をついて白銀の杖を手に取り、エリィに目を向けた。
「準備はいい?」
「はい、いつでも大丈夫です」
 治療術師も、セルマとほぼ同時に準備を終えていた。セルマは少女にうなずきかけると、「じゃあ、行きましょう」と、歩き出した。
 集合場所である里の出口でセルマたちを待っていたのは、ハーディ一人だった。
「遅えぞ」
 別段それを怒っている様子でもない戦士に「すみません」と返し、セルマは師の姿が見あたらないことを指摘した。
「じいさんなら、嬢ちゃんの杖を探しに行くっていって、それっきりだぜ」
 杖探しが難航しているのだろうか。レイバーグがハーディと別れてから、もうずいぶんと時間はたっているらしい。
 一体なぜそれほどに時間がかかるのだろう。
 昨夜の襲撃で命を落とした魔法使いは多い。少々不謹慎ではあるが、杖ならばいくらでもあるはずだったし、セルマ程度の魔法使いであれば、どの杖を使ったところで……白銀の杖を除けば……大して差はない。その辺から適当に見繕ってしまえばそれで十分のはずなのに。
 セルマが首をひねると、
「そういえばよ。前から不思議に思ってたんだけど、なんで最強の魔法使いの称号が、白銀なんだ? 炎とか龍とか、もっと強そうな呼び名なんていくらでもあるんじゃねえのか?」
 唐突にハーディが問うてきた。その目が、彼女の持っている白銀の杖に注がれている。
「ええっ、ハーディさん、ご存知ないんですか?」
 本気で驚いた、といった様子の声を出したのはエリィだった。ハーディに返すべき言葉を迷っていたセルマは、少女のひどく大げさな驚きように救われた気がした。
「そんなこといわれたってな。俺はただの傭兵上がりの軍人だぜ。戦争の仕方と剣の使い方は知ってても、魔法使いのことなんてわかるわけねえだろ」
 応える戦士の声は少々とまどい気味で、セルマはなんだか意外な気がした。そんな戦士の態度などどこ吹く風と、少女は右手の人差し指を立ててハーディに突き出すと、得意げな表情を浮かべた。
「仕方ありませんね。それじゃあ、特別に説明してあげましょう。二千年前に旧代の魔法使いたちが起こした戦争で、世界中が荒廃したのはハーディさんもご存知ですよね。その混乱は何年も続いたんですけど……」
 その混乱の中、各地を旅して回る、一人の魔法使いがいた。
 その魔法使いは、名前はおろか性別すらも明らかにはなっていない。伝承に残っているのは、その魔法使いは白銀の髪を持ち、そして白銀の杖を持っていた、ということだけ。
 その魔法使いがこの国を訪れたのは、旧代の魔法使いが起こした戦争が終結して五年ほどの後だった。
 戦争は終わったものの、人々はその際に呼び出された魔人、サイフェルトを倒す術を失っていた。魔人によって国は荒廃し、それを憂えた魔法使いは、この国の魔法使いたちをまとめ上げ、自ら先頭に立って魔人に戦いを挑んだ。壮絶な戦いの末、魔人はその力を二つの宝珠に封じられ、フェルト山の麓に封印された。
 その後、その魔法使いの指導によってこの国に四つの魔法使いの里が作られた。東西の里に宝珠を一つずつ安置せよという指示をしたのも、この魔法使いだったという。
 魔法使いは四つの里の完成を見届けると、人知れずこの国を去っていった。
 それに気づいた里長たちは、魔法使いを捜して方々に探索の者を出したが、その行方を知る者はなかったという。
「……その魔法使いの功績をたたえて、非常に優秀な魔法使いに『白銀の魔法使い』の称号を与え、その人が使っていたのと同じ、白銀の杖を与えるようになったんです」
 なるほどねえ。腕組みをして、もっともらしい表情でうなずくハーディを見ながら、セルマはエリィの物語を補足した。
「あと、この白銀の杖というのは、普通の杖よりも大きな魔法を発現させることができるんです。白銀の称号を与えられるほどに強大な魔力を身につけた魔法使いは、この杖くらいのものを持たないと、その本当の力を発揮することができないというのも、白銀の杖を与えられる理由の一つだ、と聞いています」
「それじゃあ、その杖を持てば強力な魔法が使える、ってことなのか?」
「まあ、単純にいってしまえばそういうことです」
 あれこれと説明をするのも面倒だったので、セルマはハーディの問いにうなずいた。
「だったら、嬢ちゃんがその杖を持っていればいいじゃねえか。それでこっちの戦力が上がるんなら、わざわざそれを手放すなんて、あほくせえぞ」
「その資格もないのに、白銀の杖を持っていられるほど、私は厚顔ではないです」
 ハーディの提案はもっともといえばもっともだったが、さすがにそれをする勇気はなかった。ハーディから目をそらして、その手の中にある白銀の杖に目を向ける。
「白銀の杖を持つということは、その杖に見合うだけの魔法を使える、という証明でもあるんですから」
「そういうもんかねえ……お、来た来た」
 ハーディは首をかしげながら応えたが、すぐに遠くに目を向けた。その言葉で、セルマとエリィも戦士の視線を追う。
 レイバーグは、この里の者らしき何人かの魔法使いを連れてこちらへ向かっていた。その手に握られている杖は、彼がこの旅の間、ずっと持っているもの一本きり。
 ――新しい杖がない、なんてことはないはずなのに。
 セルマは師の姿を訝しく思ったが、老魔法使いはセルマの疑問に気づいているのかいないのか、里の魔法使いと言葉を交わしながら、こちらへと向かってきている。
 ほどなくして、魔法使いを引き連れたレイバーグは、セルマたちの元へ到着した。老魔法使いは、そのすぐ近くに立っている、五十歳ほどの男を「北の里の里長だ」と紹介した。
 北の里長は小さく礼をして、「あなた方の力になれず、申し訳ない」といった。
「気にするな。元はといえば、何も考えずにあの女に白銀の称号を与え、むざむざとオムニの宝珠を奪われてしまった私たちにこそ非はあるのだからな。有能な魔法使いたちを何人も死に至らしめてしまったこと、こちらこそ詫びなければ」
「……本当に、私の姉が大変なことをしてしまって」
 師の言葉の後を継いで、セルマは北の里長に向かって頭を下げた。そんな彼女に、北の里長は優しげな微笑みを浮かべた。
「話は聞いているよ、セルマさん。だが、白銀の魔法使いは白銀の魔法使い、君は君だ。君のお姉さんがしようと思ったことを君が変えられたとは思えないし、仮に君が白銀の行動を変えられたとしても、そこで生じるゆがみは、いつかもっと大きなものになって暴発していただろう。君が気に病むことはない」
「そういっていただけると助かります」
 セルマは短く応えた。北の里長はもう一度微笑みを浮かべると、ハーディ、エリィへと順に目を向けた。
「ハーディ殿とエリィさん。あなたたちのおかげで、この里の被害はずっと少なくてすんだ。感謝しています」
「自分の力量不足で、この里にこれほどの被害を及ぼしてしまったことを、大変申し訳なく思っております」
 ハーディは深々と頭を下げ、それに続いてエリィも頭を下げた。
 ――この人、こんな話し方もできるんだ。
 セルマは少し意外に思って、ハーディの顔を見た。戦士の顔は普段見ている表情とは打って変わって引き締まっており、それだけを見れば「歴戦の勇士」と呼ぶにふさわしくも思える。
「いや、あなたがあの棒術使いを抑えてくれなければ、この里の魔法使いから、もっと大勢の犠牲者が出ていたことでしょう。それに……」
 北の里長は今度はエリィへと目を向けた。
「南の里の治療術師。あなたがいたおかげで、死すべき者の多くが、その定めから逃れることもできた。本当に、いくら礼をいってもいい足りるものではない」
 白銀の魔法使いたちを取り逃がしてしまった後は、エリィの独壇場だった。寝る間も惜しんで負傷者の治療に当たり、彼女が寝床についたのは、もう明け方といっていい時間だったと聞いている。
 その割に少女が元気そうなのは……やはり若さなのだろう。
「そんなこと、ありませんよ」
 エリィは照れくさそうに笑った。少女に微笑みを返して、北の里長はレイバーグへと目を向けた。
「本当なら、我が北の里からもあなたたちに協力をすべきなのでしょうが、残念ながらこの惨状だ。なんの助力もできないことをお許し願いたい」
「気にすることはない」
 レイバーグは短く応えた。
「私の方こそ、このような状況下にあるのに、無理に食料の援助を頼んだりして、心苦しく思っているよ」
「それこそお気になさらずに。あと我々にできるのは、あなた方のご無事を祈るばかりです」
「ああ。必ずや、宝珠は取り戻してみせよう」
 レイバーグは力強くうなずき、セルマたちへと目を向けた。「さあ、時間も惜しい。そろそろ出発しよう」
「ちょっと待ってください」
 セルマは慌てて声を出した。
「私の新しい杖は……」
 ああ、そのことか。レイバーグはようやく思い出したように彼女に目を向け、
「色々と考えたのだがね、セルマ。君は、そのままその杖を使いなさい」
「そんなことできません!」
 セルマは即答した。
 師の言葉は薄々予想していたとはいえ、白銀の魔法使いではない者が白銀の杖を持つなど、いくらなんでも無茶苦茶だった。
「誰が使おうが杖は杖だ。それで君の価値が下がるわけではあるまい」
「私なんかがこんな杖を持ったら、白銀の称号の価値が下がってしまいます」
 セルマは力説したが、
「いいじゃねえか、別に」
 ハーディが、耳の穴に指を突っ込んでごそごそとやりながらいった。
「力の弱い魔法使いがその杖を持ったからって、その杖の力まで弱くなるわけじゃねえんだろ? それに、ほら。その杖、嬢ちゃんによく似合ってるぜ。前の杖より、ずっと立派な魔法使いに見える」
 セルマはハーディを睨みつけた。
「それじゃあ、ハーディさんは『似合うから』って理由で国王の身なりをして街を歩くことができますか? 魔法使いが白銀の杖を持つというのは、それと同じことなんですよ」
 そりゃさすがにできねえなあ。戦士は苦笑いを浮かべた。ハーディが救いを求めるような目をレイバーグに向けると、老魔法使いは心得たとばかりにうなずいた。
「セルマ。その杖の見た目が問題だというのなら、こうしてはどうかね」
 師の杖が、セルマの手の中にある白銀の杖に触れる。
 次の瞬間、杖が放っていた白銀の輝きは、一瞬にしてどぎついピンク色へと変わった。
 セルマはしばし、少々……というよりは相当に……下品な色へと変化してしまった杖をじっと見つめていたが。
 唐突に、横から大きな笑い声が響いた。
「あっはっは、こりゃいいや。ほら、嬢ちゃん。これなら誰もその杖が白銀の杖だなんて気がつかねえぜ」
 馬鹿笑いを続けるハーディを「ふざけないでください!」と怒鳴りつけ、セルマは師を睨みつけた。
「師匠も! 本気で白銀の称号を冒涜されるおつもりなんですか?」
「そんなつもりは全くないよ」
 セルマの勢いに怯む様子もなく、老魔法使いは飄々と応えた。
「君には話していなかったがね、セルマ。魔法使いと杖には、相性というものがあるのだよ」
 師がもう一度杖を振るうと、彼女の手の中の杖は元の白銀色を取り戻した。セルマは師と杖とを見比べる。
「相性、ですか?」
 うむ、とレイバーグはうなずいた。
「まあ、相性のいい杖に巡り会うことは滅多にないのだがね」
 そういって、師は自分の持っている杖をセルマに差し出した。
「この杖で魔法を使ってみなさい。おそらく、いつもの十分の一の力も出せぬはずだ」
 いわれたとおり、セルマはその杖を使って簡単な魔法を使ってみた。確かにその杖から発現した魔法は、普段の彼女の実力を考慮しても、さらにわびしいものだった。
「その杖はね、杖匠連中からは『失敗作』と呼ばれていたものなのだよ。どれほど強大な魔力を持った魔法使いでも、その杖を持った途端に凡百の魔法使いに成り下がってしまう」
 レイバーグは右手を広げてセルマに差し出した。セルマはそれに応え、師の手の中に杖を返す。
「だがね。この杖は、極端に持ち手を選ぶだけだったのだ。私がこの杖を持てば、こうなる」
 老魔法使いは、昨夜も使ってみせた、究極の破壊魔法を放った。レイ・ヴァースの紫色の光は、その先にあった巨大な岩を一瞬にして消し飛ばす。
 師のいいたいことを理解して、セルマは手の中にある白銀の杖に目を落とした。
「私と、この杖の相性がいい、ということなのですか?」
「そういうことだね」
 師は静かにうなずいた。
「魔法使いと杖の相性というのはね、杖を持って、魔法を使ってみるまではわからないのだよ。それ故に、相性のいい杖に巡り会うのは難しいが、巡り会うことができれば、私のように、強大な魔法を少ない労力で発現することも可能となる」
 そして、その杖と君の相性は、すこぶるいい。
 レイバーグはそういって、セルマに微笑みかけた。
「すごいじゃないですか! だったら、その杖を持たなきゃ絶対に損ですよ!」
 エリィが無邪気な感嘆の声を上げる。その声を聞きながら、セルマは白銀の杖をじっと見つめた。
 なんとも皮肉な話だった。三流の魔法使いに一番相性のいい杖が、よりによって超一流の証である白銀の杖だ、などとは。
「セルマ。君が『白銀』の名にこだわるのならば、その杖の色を変えることもできる」
 老魔法使いは杖を持ち上げたが、今度は何色にされるかわかったものではない。セルマは杖をかばうように胸元に抱き寄せ、それを見て師は小さく苦笑した。
「さっきのはほんの冗談だ。君の好きな色をいいなさい。いいようにしてあげよう。まあ、本気で君がその杖を持ちたくないと思っているのなら、仕方がない。ほかの杖を用立てよう」
 セルマはもう一度、師と、白銀の杖とを見比べた。姉の残した杖は何も語らず、師もまた、じっと彼女を見つめている。
 不意に、彼女は背中を力強い手で叩かれた。振り返ると、大柄な戦士がにっと笑って彼女を見つめている。
「もらっといたらどうだ。どうせ白銀の奴が捨てていった杖だ。ありがたく使わせてもらおうぜ」
「そうですよ。せっかくその杖がセルマさんの魔力を十分に引き出してくれるんですから、使わなければもったいないです!」
 ハーディに続いて、エリィが力説した。他人のことに、なぜそうも真剣になれるんだろう。エリィの大まじめな顔を見て、セルマは小さく微笑んだ。
 大きく息を吸って、吐き出す。
「わかりました。それでは、この杖は私が使わせていただきます」
 うむ。レイバーグはうなずき、ハーディは「それでこそ嬢ちゃんだ」と、彼女の背中をもう一度叩いた。セルマはハーディに目を向け、続けて師へとその視線を移す。
「でも、この旅が終わって、姉さんから宝珠を取り戻したら、私にふさわしい杖を見つけてください。……この杖の色は、私には荷が重すぎます」
 よかろう。レイバーグは重々しくうなずいて、成り行きを見守っていた北の里長へと目を移した。
「そういうわけだ。では、我々はそろそろ出発しよう。色々と世話になった」
「ご武運を」
 里長の返事にうなずきを返し、レイバーグは一同を見回した。
「では、出発するぞ。白銀よりも早く西の里へ着かねばならん。少々急ぐ旅になるが、頑張ってほしい」
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