30年越しの手紙

星の書庫

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渡邊春樹に出来る事

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 今日の僕は、いつになく機嫌が悪い。
きっと、少しの事で怒ってしまうかもしれない。それは彼女に対しても同じで、一日中、彼女に話しかける勇気がなかった。
「ハルキー!かえろー!」
「ごめん。今日はちょっと……」
「そっかぁ。引き止めてごめんね!」
「ううん。君は悪くないよ」
 だから、一緒に帰ろうとも思えなかった。
少しの事で、彼女を傷つけてしまうのが、今の僕には怖くてたまらない。

 僕は、彼女に悪いことをしたなと思いつつ、一人で校舎の中を歩く。
声が聞こえてきたのは、図書館の近くを通りかかった時だった。
「でさー。授業中もずっと男の方向いてるの。キモくない?」
聞き覚えのある声だった。確か、同じクラスの女子だ。
「なにそれウケるんだけど!どんだけその男に取り入られようとしてんの?」
もう一人の方は知らない。おそらく違うクラスだろう。
誰の話をしているんだろうか?
 その答えは、すぐに出てきた。
「その佐野ひなって女。渡邊春樹って奴と付き合ってるんだけどね」
「うんうん」
「朝からずっとイチャイチャしてるの。周りの気もしらないでさー」
「うわぁ……。彼氏の方は何も言わないの?」
「それがさ。笑って彼女のご機嫌取りだよ」
「なにそれサイアクー」
「だよねぇ」
彼女の事を言っているのか。僕の悪口も少し入ってるように聞こえる。
話がそれだけなら、まだ良かった。

「……気分が悪くなるな」
急いでその場を立ち去ろう。そう思って、僕は歩みを進めようとした。
「マジでキモくない?外面だけ良くしちゃってさ」
「気持ちわるー……」
「あー。病気か何かで早く死なないかなー」
その瞬間、僕の中で何かがキレた。

 気が付くと、僕は女子を殴り飛ばしていた。
「きゃぁ!」
「えっ、ちょっ⁉︎渡邊!何してるのよ!」
僕が殴ったのは知らない女子の方だった。
同じクラスの方は、僕に気付くと顔を真っ青にする。
「おい……」
「な、何よ!」
「病気で、死んで欲しいって、誰に言った?」
「いや……。それは……」
「誰に言ったんだって聞いてるんだよ!」
「ひっ⁉︎ごめんなさい!」
「ごめんなさいって……。お前なぁ!」
僕は、彼女の胸ぐらを掴む。
「ごめんなさいごめんなさい!もう言いませんから!」
「あぁ⁉︎誤って済むのか⁉︎彼女は……。彼女はなぁ!」
「コラァ!やめなさい!何をしているんだ!」
 騒ぎを聞いて駆けつけたのか、先生達が僕を取り押さえる。
頭に血が上っていたのか、先生を突き飛ばしてしまった。
拘束が解けて広くなった視界に映り込んだのは、泣いている二人の、僕が手を上げた女子。
 いつの間にか集まっていた観衆。それに紛れて僕を見る、彼女の姿がそこにあった。
僕はそこでようやく、正気を取り戻した。
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