勇者を救ったのは、強く残念な者たち。【Nice】あまりにも無謀で、あきれるほど強い。

桜良 壽ノ丞

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【前日譚】勇者に対する評価。

【前日譚】その日暮らしの冒険者、勇者の愚痴を呟く。

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【前日譚】その日暮らしの冒険者、勇者の愚痴を呟く。


「あー? あーね、あーね! 勇者っしょ? いい奴だよね、マジ悪い所何もないっつうか」

 勇者。

 勇敢で、正義感が強く、皆から称賛される。
 剣を天に掲げれば仕込まれたように雷鳴が轟き、旅先で美女に惚れられては先を急ぐ。

 勇者とはまさにそのような存在だ。

「いやあ凄いね勇者! 何とかいう悪の何とかを倒したとか」
「なんか誰も見た事ないような魔王? だか何だかを探して旅してるんっしょ、流石だわ。俺なんて魔王なんて言われても、最初何の事か分かんなかった」
「魔王の城の在り処を探してるって、いや、この人もう魔王が城に住んでる事までは分かってるんだって感心したよ」

 皆の憧れ、皆の勇気、まさに救世主。しかし、その皆とは誰か。考えたことがあるだろうか。
 残念ながら、「皆」の中に含まれない者もいる。

 勇者と同じ正義を持つ者であっても、時には勇者に物申したい事がある。

「ほら、あれ知ってるか? イノシシみたいな奴の群れを一瞬で討伐した話」
「え? いつの?」
「昨日だよ、昨日!」

 夕暮れ時の酒場は大繁盛。

 猛獣退治や貴重な素材を求めて旅をする「冒険者」が酒を飲み、楽しそうに笑っている。
 8つ並んだ木製のテーブルも、酒の瓶が並ぶカウンターも全て満席。3密どころの話ではない。

 そんな騒がしいパブの一角で、今日は若い駆け出し冒険者の男性2名が勇者について語っていた。

「この近所って事?」
「この町の外の草原だよ!」
「勇者来てたの? ほんと!?」
「嘘ついてどうすんだよ。まあ本物の勇者かどうかは分かんねえけど、俺的にあれは勇者で間違いない」

 茶色い短髪の男性冒険者が瓶に口をつけ、美味しそうにビールの喉ごしを堪能する。そして少しためてからニヤリと笑い、続きを語り始めた。

「商人が通りかかった時、イノシシの化け物が10頭で街道を塞いでいたのさ。猪突猛進に馬がパニック! ああ、積み荷の果物は食べられてしまうのね……! って時だった」
「商人は女だったのか」
「いや、男」
「口調紛らわしいんだよ! んで?」
「そこにちょうど通りかかった勇者様が居合わせたのさ」

 話を聞いていた男性冒険者は、く~っと声を漏らしながら拳を握りしめ、長めの前髪を掻き上げた。グラス半分になったレモンサワーを一気に飲み干す。

「そういうとこあるよな! そう、なんか勇者ってそういう求められてるタイミング分かってる感あるよな!」
「あっと言う間に化け物は討伐された。街道には馬車が通れる余裕を残して、丁度いい具合に死体が横たわってる」
「さり気ない気遣い!」

「商人のおっさんもニッコリ、空を飛ぶハゲワシもニッコリさ。なんなら馬もニッコリしたかもしれねえ」
「はー、勇者ってほんと勇者、マジ勇者だわ」

 レモンサワーを飲み干した冒険者は、大声でレモンサワーのお替りを頼む。

「でさ、商人がお礼をって申し出たらさ」
「はっ……、あれか、あれか!」
「そう! いえ、先を急ぎますんで……って!」
「あー! あー! あー勇者! あーもう完全に勇者! 本物だわ! そう、それ聞きたかった! 店員さん! こいつのビールも!」

 テンションが上がった冒険者が、話してくれた友人のビールまで追加でオーダーする。
 テーブルの上に置かれたハムやベーコンもあっと言う間に消えていき、ビールとレモンサワーが運ばれる頃にはすっかりなくなっていた。

「お姉さん! オムライス追加! な、勇者ってマジすげーだろ」
「いや、もし俺がその商人だったら惚れてるかもしれん」
「分かる。俺その時ちょうど依頼クエストを受けて化け物探してたんだわ」
「で、居合わせた、と」

 ビールを飲む方の男性冒険者……仮に名前をビール君としよう。
 ビール君はゆっくり頷き、しかし困ったような顔つきで瓶をテーブルに置いた。

「俺、その化け物を先に倒されちゃった訳じゃん」
「あー……、あーね。人助けだから仕方ねえけど、依頼を横取りされた事にもなるよな」
「そう。いや、悪気があった訳じゃないじゃん? 勇者だって正義感キメて立ち向かった訳っしょ。だから責められないんだけどさ、俺の稼ぎはどうなんのっていうね」
「そういうの他所でもあったな。化け物の群れが向かってるって事で、依頼受けて話を聞きに行ったら、もう通りすがりの勇者が倒したと」
「あー困るやつ! 交通費も日当も何も出ないで1日と疲れ分損するやつだわ。そう、まさにその気分」

 果たして正義感はキメるものなのか。
 それはさておき、良い事をしている相手に対し、邪魔をしただの、慰謝料を寄越せだのと言い寄るのはみっともない。

 しかし、ビール君にとっては有難迷惑だったのだ。
 相手が善人だからこそ消化しきれないわだかまりというものもある。

 そう話していると、今度はレモンサワーの方の冒険者……名をレモンサワー君としておく。彼が自身の持つ勇者の話を始めた。

「立ち寄った町を救った勇者がさ、僅かばかりの報酬貰って早々に立ち去るじゃん?」
「僅かっつっても俺の日当の10日分くらいあるらしいけどな」
「いや、肝心なのはそこじゃなくて。町長が縋る訳よ、うちの娘と一緒になってくれって」
「うわー来た。毎度おなじみだわそれ」

 ビール君は運ばれてきたオムライスをスプーンで小皿に取り分けながら、レモンサワー君の話を促す。

「勇者はこう言う」
「「いえ、先を急ぎますんで」」

 レモンサワー君の声とビール君の声が綺麗にシンクロする。勇者のこの台詞は、冒険者の間でも有名らしい。

「けどさ、町長の娘も既にその気な訳よ。箱入りなせいでまともに恋もさせて貰えない女の子だぜ?」
「一瞬で惚れるよな、そりゃそうだわ」
「結果、何年か待ち焦がれた後で出家」
「ちょ、出家って言い方。修道院に入ったって事か」

「いやいや、勇者が悪い訳じゃないよ? だってマジ急いでたかもしれないし。魔王の城探すのに浮ついてちゃ話が進まないし、ろくに戦えない嫁連れて旅って無理じゃん」
「現実的な選択だよな、ある意味勇者も恋を許されてないって事だ。気の毒だよな」
「そう。どんなに相手がめちゃくちゃ可愛い子でもさ」
「「いえ、先を急ぎますんで」」

 再びレモンサワー君の声とビール君の声が綺麗にシンクロする。だが今回はビール君の完成度の方が高い。
 実際に見たからだろうか、ニカっと笑い、左手を胸に当てて仕草まで真似をしている。

 悪気はないのだが、勇者の言動はもはやネタになっているようだ。

「女の子からも人気、国からも町からも大人気! 一方の俺達よ」
「まあっ、歳もあまり変わらないのに」
「同じ冒険者でもレベル差ってあるのね」
「何で勇者様みたいにできないの?」
「「うるせーわ!」」

 ビール君とレモンサワー君が、揃って瓶とグラスを乱暴に置く。

「いやほんと煩い! 勇者ってあれだから、出来るから勇者なんだってば! 勇者なんてその辺にゴロゴロいねえわ!」

 冒険者として活動していれば、やはり勇者と比べられる機会があるのだろう。
 その度に一般の冒険者は言い表せないもどかしさを感じる。

 かといって自分が勇者になりたいとは思っていない。
 全てを完璧にこなし、自身の私利私欲を一切排除したような人生は送りたくない。
 勇者との対比を甘んじて受け入れるしかないのだ。

「勇者様が猫を助けたわ! やっぱり素敵! 優しい方なのね!」
「一方の俺らよ」
「野良猫を捕まえて何する気だあいつ……」
「俺だって猫くらい助けるわ! 煮干しとかやるし」
「ああ、さり気なくお年寄りに手を差し伸べたわ! 勇者様やっぱり素敵! 聞いた通りの優しい方なのね!」
「一方の俺らよ」
「追いはぎか! 年寄りから物をふんだくろうったあ、そうはいかねえぞ!」

 自分達で話を振っておきながら、互いが深いため息をつく。
 勇者談議でずいぶんと時間が経ったが、勇者に対して思う事はいくらでもあるようだ。

「勇者を見習えって言うくせに、勇者みたいな行動したら疑われるわ、怒られるわ、踏んだり蹴ったりだ」
「何あれ、勇者特権なの? 他人に感謝されるのって勇者特権?」
「いや、ほんと悪い事は1つもしてないんだよ? 勇者ってほんと良い奴! 強いし、かっこいいし、優しいし、真面目で元気で礼儀正しいし!」
「そう! でも、勇者が良い事をすればするほど、俺ら惨めなんだよな……」

 オムライスを食べ終わり、いつの間にか追加されていた唐揚げも平らげた。飲み物も空いて、2人はまたため息をつく。

「まあ、どんなに愚痴をこぼしても、俺達の今日や明日が良くなるわけでもないし」
「そうそう。勇者が注目されるその片隅ギリギリで、俺達はひっそり日銭を稼ぐだけよ」
「んじゃ、帰りますか。また明日があるし」
「おーい大将、お勘定!」

 ビール君とレモンサワー君が席を立ち、お勘定をお願いする。ビール君は稼ぎを勇者に持っていかれ、懐が寂しいようだ。

 そんな2人に対し、大将がいつもの金額が書かれた紙を差し出す。

 そこには金額ではなく、文字が書かれていた。

「……え? 化け物退治はあなたの仕事だと後で知りました。いつもこの酒場に来ると聞きましたので、お詫びも兼ねて支払いはこちらでしておきます。勇者」
「はあああっ!? 勇者!」
「勇者が来てな。特徴やら何やらがお前さんと一致したもんで、間違いねえって言ったのさ。そしたら2万エル(1エル≒1円)置いて、お前さんの飲み代にと。次にまわしとくよ」

 大将が経緯を説明する間、ビール君もレモンサワー君も驚いた目で勇者の書いたメモを見つめていた。

「どうしよう、俺……勇者の事好きかも!」
「俺も! ああ勇者最高!」

 2人は満面の笑みで店を後にし、互いにまた明日と言って帰っていく。夜道にはそれぞれの声が響き渡る。

「勇者様最高! マジ良い奴! 素敵!」
「やっぱ勇者様だわ! もう俺出家しそう!」

 こうして勇者は今日もまた、自分に良くない感情を持つ者からの好感度を上げた。
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