勇者を救ったのは、強く残念な者たち。【Nice】あまりにも無謀で、あきれるほど強い。

桜良 壽ノ丞

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【1】ものすごく怪しくて、あまり信用できない。

ものすごくストレスで、ほんとうに勇者やめたい。

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【1】ものすごく怪しくて、あまり信用できない。



「もう疲れた、主に心が疲れた!」
「おいおい、今日もまたどうした」

 酒場のカウンターで突っ伏して嘆く1人客。彼がこの世界で称えられる勇者である。

 勇者が首を振ってイヤイヤをする度に、赤い髪がぴょこんと跳ねる。
 数多の冒険者の頂点に立つ者にしては若そうだ。

「勇者様は何でもできるんだぞって、何だよ出来ねえよ! なんならおおよそ出来ねえわ! 日照り続きだから雨を降らせろとか馬鹿じゃないの」
「まーたいつものやつか」

 酒場のマスターは、そんな勇者の愚痴を幾度となく聞いてきた。勇者が弱音を吐ける相手は限られているのだ。

「偶然居合わせた勇者様お願いしますじゃねえよ……」
「んで結局どうした」
「近くの町に電話して給水車呼んだよ。呼ぶべきは雨雲じゃなくて給水車だよ」

 勇者は負けない、勇者は誠実、勇者は優しい、勇者は困っている人を見捨てない。誰もが描く勇者像だ。

 モンスター討伐だろうが猫の捕獲だろうが、勇者なら出来て当たり前。勇者に不可能はない。
 そんな無茶苦茶な期待に応えるため、勇者はあらゆる努力を重ねて来た。
 勇者の口から「できません」という言葉が出る事はない。

 ある時は法律全書を読み込み、ある時は地質に関する学術書を読み漁った。
 絵を描き、字を書き、歌やダンスまで猛練習した。泣く子をあやせば5秒で眠るようになった。

 もう勇者とは何なのかが分からないくらい何でもやった。

「給水は国の公共サービスだよ? へーそうなんですか、何でも知っているんですね! って、問い合わせたから知ってんだよ俺は!」

 彼は勇者に憧れ、勇者になりたくて冒険者の頂点に上り詰めた。だが、実際になってみると、その重圧はドラゴンの踏みつけより辛いものだった。

 彼にとって、「こんなはずじゃなかった」日々の繰り返しだ。

「俺勇者辞める、もうやだ。もう嫌、辞めたい」
「お、おいおい、今まで頑張ってきたじゃないか、勇者さんよ。いつもの事だが、もう少し楽にやりな」
「勇者って呼ぶな、もう俺はただの男に戻りたい……」

 勇者は勇者である事を辞めたがっている。
 口ぶりからして、昨日今日で辞めたいと思った訳ではなさそうだ。

「勇者様が来たからもう安心! とかさ」
「まあ、そりゃあホッとするだろうさ」
「勇者が酒飲んで酔うはずない! とかさ」
「まあ、いつもらしさを崩さないって印象はあるよな」

 勇者は世間の勇者に対するイメージを語り始める。勇者の青年はそのイメージに応え続けてきた。

「安心って何だよ、俺に何背負わせてんの、命だよ? もしくは逃げ出した家畜の豚だよ? 重過ぎ」
「そうは言ってもよ。お前さんが泣いてこの店に来た日からもう3年だぞ? 辞めたかったなら、何でもっと早く決断しなかった」

 マスターの問いはもっともだ。元々腕利きの冒険者だったのなら、勇者を辞めても需要はあっただろう。

 勇者は突っ伏したまま、左手の親指と人差し指で輪っかを作る。

「金か」
「そうだよ金だよ、金いいもん」
「簡単に辞めさせないように、国も払うもんは払ってるんだな」
「そりゃさ、役に立ちたいよ。何万エル(通貨単位。1エル≒1円)もらいたいとか、そんなの本当は二の次だ」
「でも実態は厄介事を押し付けられてるだけだもんなあ。気持ちは分かる」

 勇者はため息をつき、顔を上げる。意思が強そうなキリッとした眉に、大きな目。
 整ったその小顔で勇者なら、人々は用事がなくても呼び留めたくなる。

「誰か勇者やりたいって奴いねえかな……」
「ごまんといるさ。でも勇者が後継者を探しているとなれば、えらい騒ぎになる」
「そう、そこなんだよ。どうすっかな」

 勇者としての仕事を続けながら、後継者を育てる。
 引継ぎ中である事は世間に隠す。
 果たしてそんな活動が出来るのか。

 いや、勇者の辞書に不可能の文字はない。不可能など許されない。
 やらなければならない。

「マスター。俺、最後の大仕事に行ってくる」

 勇者は金を払ってフードを被り、夜の通りへと消えていく。

 そう、勇者を辞めるために。

 しかし。

「ああ、どうしましょう、こんな時に勇者様がいてくれたら」

 勇者は帰り道で、おろおろしている女性とすれ違ってしまった。
 フードを被り、人目につかないよう早足で歩いていたが、勇者としての矜持が足を止めさせる。

「どうしましたか」
「ああ、そのお姿は勇者様! 町の南の畑に夜行性のモンスターが!」
「……それは大変だ! どこだい、すぐに向かおう」

 勇者は駆け寄ってきた女性に場所を訪ね、指し示された方角へ走り出す。
 千鳥足など許されない。世間的に勇者が酔っ払うはずはないのだ。

 石畳の上に、時折雨も降っていないのに水滴が落ちる。
 吐く息に混じって呟きも漏れる。

「絶対、絶対やめてやる……!」

 決意の涙が乾く頃。
 勇者は南部の畑で、ヌートリアのようなモンスターを追い回していた。
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