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【1】ものすごく怪しくて、あまり信用できない。
やりがい搾取と知っていても戦うのが勇者。
しおりを挟むニースの衝撃的な告白を前に、アイゼンもジェインも掛ける言葉が見当たらずにいた。
「……なんだ?」
その時、3人は馬車が何台も猛スピードで通り過ぎていく音に気付いた。
「……外が騒がしい。ちょっと見て来よう」
ジェインが部屋から出て確かめに行く。暫くして、ジェインと宿の主人が駆け込んできた。
アイゼンは慌ててフードを被る。
「大変だ! ワイバーンが何匹も飛んでいる!」
「ワイバーン!? ワイバーンが来るなんて、あり得ない……」
「あり得ないと言っても、実際に飛んでいるんだ!」
「ワイバーンは体の構造上、長距離は飛べないはずなんだ。こんな所に……」
狂暴で強いモンスターの襲来。
ワイバーンは翼竜種族であり、体長6~7メルテにもなる大型のモンスターだ。
トカゲのような姿をしていて、前足は大きな翼となっている。
毒のブレスを吐き、襲われなかった者にも病をもたらす。
「1匹だけでも厄介なのに……」
アイゼンとジェインが動揺している中、ニースがすくっと立ち上がった。
剣を手に持ち、そのまま部屋から出て行こうとする。
「ニース?」
「……ちょっと斬り倒してくる」
「何を言って……」
「オレはな、こんな色々悩むの苦手なんだよ!」
ニースがいつどの部分で悩んだのかは分からないが、それ以上何も言わず、走って宿を出て行ってしまった。
「ニース! ああもう、猪突猛進って、ニースみたいなのを言うんだ……ボクもみんなの避難の手伝いくらいは!」
ジェインも外へと駆けていく。
宿屋の主人は地下室への扉を開け、アイゼンに手招きをしている。
「お客さん! 早く地下室に! 上が燃えても問題ないくらい頑丈に出来ているから!」
「お、俺は……」
アイゼンは勇者を辞める、そう宣言した。今は正体を他人に知られないように旅をしている。
フードを取れば、相手がニースでもない限り勇者だとバレてしまうだろう。
だが、アイゼンの心にはニースとの会話が突き刺さっていた。
故郷を誰も守ってくれなかったというのに、ニースはこの町を守ろうとしている。
ワイバーンに襲われた町が、無傷で済むはずがない。
アイゼンは自分が勇者になった頃を振り返る。そうしてその頃の気持ちに素直になると決めた。
「俺、行きます」
「行くって、やめときな! 死ぬだけだ!」
「ただの冒険者ならそうでしょう。でも俺は……」
宿の主人がアイゼンのコートの裾を掴んで止めようとする。
「放して下さい、先を急ぎますので」
「あ、あんた……」
コートが引っ張られた事で、アイゼンの赤い頭髪が露わになった。
冒険者を相手にする宿の主人が、その姿を知らないはずはない。
「ゆ、勇者様!」
「俺は……もう勇者と呼ばれる程の者ではない。ただ、成すべき事を思い出しただけの男だ」
アイゼンがコートを主人に預け、颯爽と大通りへ飛び出した。
視線の先に飛ぶワイバーンは5体。既に冒険者が集まって討伐を試みているものの、苦戦している。
「だめだ、ワイバーンに炎や雷は効かない! 盾を構えたなら爪で引っ掻けられて空に……ああもう! 戦い方ってもんがあるだろう!」
アイゼンは勇者としての経験と知識で、戦い方をどんどん組み立てていく。
ワイバーンの相手をする冒険者へと指示を出しつつ、自身は双剣を構えた。
「冷気だ! 奴は翼があるだけのトカゲに過ぎないと思え! 治癒術士は常に毒の解除を! 盾は構えるな、盾ごと持っていかれるぞ!」
「ゆ、勇者様!?」
「お、おい、勇者だ、勇者が何で……引退したはずじゃ」
「ドラゴン戦の後で病み上がりなはずよ、どういうこと……」
突然現れた勇者を前に、冒険者たちの手が止まった。
勇者はそんな周囲に喝を入れながら、疑問に答えず指示を出して回る。
「ニース! ワイバーンは下からではなく上から攻撃だ!」
アイゼンが足場を探すニースへと追いつく。
「お前、戦ったらまずいんじゃねえんすか」
「俺は……困っている人の力になれない方が嫌だと気付いた。君のおかげだよ」
「あ? 何感謝されてんのか分かんねえけど、いいってことよ」
ニースはアイゼンの指示を受け、剥き出しの配管を伝って家の屋根へとよじ登った。
アイゼンは注意を逸らすため、双剣を構えて跳び上がる。
「毒でも吐いてみろォ!」
「フシュル……グルル……」
「ぶぇっ、本当に吐かなくてもいいじゃないか……ニース!」
ワイバーンがアイゼンへと毒霧を吐き出した。
毒霧を確実に浴びせるためか、ワイバーンは家の2階程まで高度を下げている。
太陽の中に、一瞬だけ黒い影が映った。次の瞬間、ワイバーンの背めがけ、黒く大きな剣が振り下ろされた。
「うおりゃあ!」
「ギエェェェーッ!」
その正体はニースだった。
彼はゴーレム退治の時のように空中で回転し、ワイバーンの首の付け根を深く斬りつけた。
ワイバーンが驚きと痛みで仰け反り、耳をつんざくような悲鳴を上げる。
しかし、まだワイバーンを地に叩き落とす事は出来ていない。ニースの剣は、まだワイバーンの首の中ほどを斬りつけた状態のままだ。
「ニース! ワイバーンが高く飛べば、振り落とされるぞ!」
「ふんぬぅー!」
ワイバーンが高度を上げようと首をもたげた。このままではニースが落下するのも時間の問題だ。
そんな中、ニースはニヤリと笑みを浮かべ、剣を握る両手に力を込めた。
「はっはっは、馬鹿め! 超頭脳派冒険者ニース様の作戦通りだ!」
ニースは斬りつけた剣を今度はしっかり差し込んだ。
そのまま握りを変え、渾身の力で剣を縦方向に回転させようとする。
「な、なにやってんだあいつ!」
「お、おい……なんだあの技」
ワイバーンが首をもたげた時、首の肉が締まって剣をガッチリと固定させた。
ニースの狙いはそれだった。
ニースが空中で剣を持ったまま回転した事で、ワイバーンも振り回される。
ワイバーンはそのまま地面へと叩きつけられた。
「凄い、凄いぞニース! そのまま翼を……落とす!」
アイゼンが腕を交差させて双剣を構え、前へ振り払うように刃を押し出した。
その動きは確かに一振りに見えた。
「うわっ!」
「ワイバーンの翼が、まるでみじん切り……」
一瞬の間の後、ワイバーンの翼が枯葉のように細かく散る。
目を欺くような早業に、思わずにニースも「すげえ」と感嘆を漏らす。
「眺めている暇はない! 頭を落とす!」
アイゼンはそう叫びながら、一振りでワイバーンの頭部を刎ね飛ばした。
その強さに周囲の者も呆然だ。
「こいつの後始末は頼んだ! ニース、他の個体を殲滅に行くぞ!」
「お、おう!」
皆の目に映るアイゼンは、誰もが憧れる強くて頼もしい勇者そのものだった。
「ドラゴンに負けたって、アイゼン様は勇者だ、誰が認めなくても……勇者だ!」
「ええ、そうだわ! 私が憧れた勇者様よ!」
冒険者達は、討伐も忘れてアイゼンの背を見つめる。その背後では、ニースがワイバーンから剣を引き抜こうとしていた。
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