勇者を救ったのは、強く残念な者たち。【Nice】あまりにも無謀で、あきれるほど強い。

桜良 壽ノ丞

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【1】ものすごく怪しくて、あまり信用できない。

やだと言えない勇者。

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 * * * * * * * * *



「いやー、勇者様! 引退などなさらずとも十分お強い!」
「勇者様のお連れの方々も、大変ご立派でした!」
「皆さまの強さなら、魔王とやらの討伐も時間の問題ですな!」

 ニース達は町の者達に労われ、青空の下、すぐに即席の宴会が開かれた。
 皆がアイゼンを持て囃し、あなたこそ勇者だ、あなたに勇者でいて欲しいと大合唱をする。
 アイゼンはニースを勇者にしたいと考えていたが、それを言い出せる雰囲気ではなかった。

「みんな、有難う。俺はやるべき事をしたまでです。真っ先に動いてくれたニースとジェ……コホン、この2人のおかげと思って下さい」
「まあ、勇者様は謙虚ね。そういう所が素敵!」
「勇者様はご結婚などされているのですか? この町のミスなど、どうでしょう」
「い、いえ……今はまだ試練の身。先を急ぎますので」

 5つの長テーブルに肉や野菜、スープなどの料理が大量に置かれた立食パーティーだ。ニース達は食事を摂りながら礼を言う者達の相手に追われていた。
 ジェインはジェイサンという偽名を使い、素性を隠して応対している。

「ニース様? 是非この町の者にも剣術を……ニース様?」

 ニースは多くの冒険者や町の住民に話しかけられ、その度に食べているものを飲み込み、皿やフォークを置いていた。
 ついでに言うと、近くのベンチできちんと座って食べている。大変行儀がいい。

 そんな彼は、自分のペースで食事を摂れない事に、少々ご機嫌ナナメだった。

「ゴホン、あの、いいっすか? オレ、飯食う時に喋んなって言われて育ったす」
「あ、そ……そうですね、失礼しました」
「オレそういうとこ大事にしてるんで」

 ニースは食べ終わってから応対するつもりだったようだ。恐らく、立食パーティーそのものを理解していない。

 一方、アイゼンとジェインは慣れているのか、食べるタイミング、話すタイミングをよく弁えている。

「……アイゼン、やっぱ勇者が似合ってね?」

 ニースは食べたい分を皿に盛った後、静かに食わせてくれと言ってベンチに戻る。
 その時、アイゼンに依頼をする住民の声が聞こえてきた。

「実は、ワイバーンと共に別のモンスターも入っているようでして……」
「家畜達が怯えているのです。正体を探っていただけないでしょうか」

 アイゼンはこのような依頼を断れない。
 決して勇者だからと何でもやらなければならない訳ではない。
 アイゼンの性格では、断れないのだ。

 このまま放っておけば、アイゼンは家畜を脅かす原因を探す羽目になる。
 このような依頼こそが、アイゼンの胃痛の原因だ。

「あー、これか」

 ニースは立ち上がり、ベンチに皿とコップを置く。そのままアイゼンの許に行き、住民との間に割って入った。
 案の定、アイゼンは笑顔を張り付けたまま、さり気なく胃の辺りを抑えている。

「おいおいおい、ちょっと、アイゼンおめーちゃんと言えって」
「に、ニース……」
「ちょいさ、勇者パシるのやめてもらっていいすか」

 ニースの声が思ったより響いたのか、周囲の者の声がピタッと止んだ。

「勇者じゃねえと出来ねえ事させてやれよ。勇者ナメてんすか」
「あなたにお願いをした訳じゃない、我々は勇者様にお願いをしている」
「分かってんよそんなこと! 冒険者こんなにいるのによ、他の奴じゃできないわけ? あ?」

 アイゼンが言い出せない事は分かっている。ニースはニースなりに、アイゼンに助け舟を出そうとしている。
 ジェインもそれに同意し、何でも勇者にやらせる現状を改めろと言って諫めた。

「勇者が行ったとなれば、それだけで話題になる。だが、他の冒険者にも活躍するチャンスを作るべきだ」
「アイゼンにわざわざさせなくても、他の奴らにも仕事やれよ、何でも……」
「ニース殿。つまり、勇者様の活躍を阻止したい、という事ですかな」
「あ?」

 中年の小太りの男がニースを煽るように言い返す。ニースは眉間に皺を寄せた。

「てめー、人の話は最後までちゃんと聞いてから口開けって」
「あ、え?」
「オレ3歳ぐらいの時に親に教わった」

 ニースの突然の指摘に、男はしばらく開いた口がふさがらなかった。
 だが急に恥ずかしくなったのか、やや早口でまくしたてる。

「勇者様の活躍を阻止したい、という事ですな? そうでしょう」
「ん? 何?」
「勇者様には出来ない依頼だとでも? それは勇者様への侮辱では」

 ニースが再び眉間に皺を寄せた。今度はジェインを振り返る。

「……ごめ、聞き返したのにさ、このおっさん2回目は別の事言うから意味分かんなくなった。こいつ何て言ってんの」
「あ、えっと、アイゼンの邪魔をしたいのかと、そう言われたんだよ」
「え? 何で? オレ一緒に戦ったんだぞ」

 中年の男はまさか通じていなかったとは思わなったようだ。
 煽りが意味を成さなかったと分かって苛々している。
 それでも赤いベレー帽を取って被り直し、余裕の表情を張り付けた。

「勇者様がやるからこそ、仕事に箔がつく! 勇者様の武勇伝が1つ増える事になるのです。この町にも勇者様の足跡が残り、多くの観光客が訪れましょう」
「それはあなた達の利益のため、勇者を利用するつもりだと受け取っていいのかい」
「えっ……」

 今度はジェインの言葉が男の饒舌を止めた。男は図星を指され、言い淀む。
 要するに、うちの町では勇者がこんなことをしてくれた、と自慢したいだけなのだ。

「り、利用だなんてとんでもない! 我々は困っているからこそ、対処が確実であろう勇者様にお願いしたいのです」
「アイゼン、どうすんよ」
「お、俺は」

 勇者が断るなど、前代未聞だろう。
 だが、ニースはどうにも納得がいっていなかった。
 男を睨みつけ、腕組みをする。

「困ってんのは本当か?」
「も、もちろんだ! わざわざでっち上げの事件など用意しない」
「困んなくなりゃいいんだよな?」
「もちろん、解決して頂ける事こそが願いだ」
「じゃあ俺がやるからよ、それでいいだろ?」

 ニースが助力を申し出て、そのまま問題が発生している放牧地へ向かう。
 言葉を発せずにいるアイゼンの代わりに、ジェインがニッコリと微笑んで男にトドメを刺した。

「アイゼンはドラゴンとの戦いで傷を負った。君達も知っているはずだよね。その勇者を小間使いにするのが君達の礼儀なのかい」

 世間知らずで魔法の消し方すら習得していないが、ジェインは本来聡明な方だ。
 勇者への気遣いを持ち出されたなら、町の者も引き下がるしかない。

「他の者も、手を貸してくれないだろうか!」

 ジェインが呼びかけると、勇者のためならと大半の冒険者が名乗り出る。

「おれ達も手伝いますよ。そのおっさん、勇者様以外の冒険者は必要ないとでも言いたそうだけどな」
「アイゼン、君はもっと他人を頼った方がいい。君は気付いていないかもしれないけれど、頼れる仲間には恵まれていると思うよ」
「そうですよ勇者様。俺達が力になれる事ならやりますよ! さあ野郎ども! モンスター狩りだ!」

 冒険者が次々に会場から駆け出していく。

「アイゼン、ボクは出しゃばりすぎたかな」
「いや、有難う。とても……とても、心強いよ」
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