健全なる社会

荒深小五郎

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終身刑を食らった東風平は冷たい獄中で数年のときを過ごした。

収容所内には人権がなく、つらい日々であった。

体重もへり、長髪も剃られた。
何よりも漫画を描けないのがつらかった。

獄中で自殺した師匠の気持ちもわかるというものだ。

しかし、自殺するほどの勇気があるわけでもない。

絶望的な日々が寿命が尽きるまで続くかと思われたある日、東風平は強烈な振動で目を覚ますことになった。

看守たちが大あわてで走り回っているのを見かけた。

何度も何度も振動は続いた。
巨大な振動であった。
初めは地震かと思われたが、どうも様相がちがう。

しかし、事情を探ろうにも看守たちは口をつぐみ、東風平たちに事情を知る術はなかった。

ただただ、眠れぬほどの振動と、時折聞こえる悲鳴と怒号に堪えるしかなかった。

20日ほどして、東風平の前に意外な訪問者が現れる。

故郷へ帰っていた元漫画家の友人、山田であった。

「やあ、東風平、えらく痩せたなあ」

山田は看守に命じて錠を開けさせ、東風平を獄中から連れ出した。

「一体、何がどうなってるんだ?」

「ま、まずは風呂にでも入れよ」

東風平は風呂から上がると、食堂に案内され、そこで1人の軍服姿の外国人を紹介された。

長身で青い目とブルネットの髪が特徴的な外国人は、流暢な日本語でドノヴァン中佐と名乗った。
歳は30だという。

説明される事情は東風平を驚かせた。

毎日聞こえた振動の正体は、隣国の共産主義国から降り注いだミサイルであったという。

精度の悪いミサイルは日本各地にでたらめに降り注ぎ、日本中は大混乱に陥った。

幸いにも核ミサイルではなかったので、世界的な死滅は免れたものの、日本は霞ヶ関も永田町もミサイルの被害を受け、指導者たちはちりぢりになり、無政府状態となった。

隣国指導者が国際社会から追い込まれ、自棄になり日本を攻めたらしかった。

自衛隊を廃止し、米軍基地を追い出した日本のおばさん政府を嫌ったアメリカが、共産主義国を煽動して日本を攻めさせたという噂もあったという。

ただし、ドノヴァンはその噂を笑って否定した。

ドノヴァンは東風平と山田のファンであると告白した。

ふたりの漫画のキャラクターをメモ帳に瞬時に書いたところを見ると、本物らしかった。

元々、日本製漫画のファンで、少しでも日本漫画の神髄に触れるため日本語を学んだという。

隣国は多国籍軍により征伐され、混乱した日本には新GHQが設置された。

おそらく日本は再度、アメリカの手によって、洗脳されることになるだろう。

日本語ができるということで、新GHQに配属されたドノヴァンは、尊敬する東風平が刑務所に入れられ、山田が断筆し故郷にいるという事実を知り愕然とし、手を尽くしたという。

「裁判もせずに牢屋に入れるなんて、日本の政治メチャクチャね。信じられないよ」

ドノヴァンが流暢な日本語で言うと、東風平は憎たらしい委員たちの顔を思い出していた。

数日後、幸いにも焼け残った自宅に戻った東風平は、規制解除された報道から、意外な人物の正体を知った。

委員会のメンバーのひとりで、唯一その経歴がわからなかった安田が、なんと共産主義国のスパイであったというのである。

関西で女性団体を結成し、政権に取り入っただけでなく、すこやか法を提案したのも安田であったという。

その行方は杳として知れない。

(日本政治は隣国の間者によって、精神からして崩壊させられていたのか……)

背筋が寒くなる思いをする東風平であったが、これを漫画にするかなとたくましい一面も見せていた。

委員会の横暴に対して戦った東風平は、今ではヒーロー扱いされ、仕事の依頼も殺到していた。

外出し、焼け野原を東風平は歩いた。
    
選挙演説がどこからか聞こえた。
新GHQ主導で新たに選挙が行われるのであった。

景気のいい演説が聞こえた。
わずかな聴衆を前に、演出上の工夫か蜜柑箱の上でそれは行われていた。

「諸君、我々はアメリカに救われた。やはりおばさんたちに政治などを任せたのはまちがいであったのだ。アメリカ型の自由に物を言える社会をつくろうじゃないか!」

誰であろう、忘れもしないその声の主は、東風平を尋問した委員のひとり、あの銀縁眼鏡で進行役を務め、嫌らしい官僚答弁的発言を繰り返した、欧米かぶれの大学助教授、藪であった。

(生き残ってやがったのか!)

東風平は自然と拳を握りしめていた。
爆撃で死んだか、政治犯として収容でもされているかと思えば、変節してのうのうと政治家に立候補までしているとは、うまく新たなる権力にでもすり寄ったというのか。

それにしても、言うに事欠いて、自由に物を言える社会とは何事か……

「表現の自由こそが……」

「おまえにそんなことを言う資格があるか!」

藪が受けたのは、聴衆の拍手ではなく、強烈なアッパーカットであった。

血の混じった泡を吹き、倒れた藪は、東風平の足下でただひとこと、「暴力反対!」と叫んでいた。

    

    
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