11 / 11
11
しおりを挟む
終身刑を食らった東風平は冷たい獄中で数年のときを過ごした。
収容所内には人権がなく、つらい日々であった。
体重もへり、長髪も剃られた。
何よりも漫画を描けないのがつらかった。
獄中で自殺した師匠の気持ちもわかるというものだ。
しかし、自殺するほどの勇気があるわけでもない。
絶望的な日々が寿命が尽きるまで続くかと思われたある日、東風平は強烈な振動で目を覚ますことになった。
看守たちが大あわてで走り回っているのを見かけた。
何度も何度も振動は続いた。
巨大な振動であった。
初めは地震かと思われたが、どうも様相がちがう。
しかし、事情を探ろうにも看守たちは口をつぐみ、東風平たちに事情を知る術はなかった。
ただただ、眠れぬほどの振動と、時折聞こえる悲鳴と怒号に堪えるしかなかった。
20日ほどして、東風平の前に意外な訪問者が現れる。
故郷へ帰っていた元漫画家の友人、山田であった。
「やあ、東風平、えらく痩せたなあ」
山田は看守に命じて錠を開けさせ、東風平を獄中から連れ出した。
「一体、何がどうなってるんだ?」
「ま、まずは風呂にでも入れよ」
東風平は風呂から上がると、食堂に案内され、そこで1人の軍服姿の外国人を紹介された。
長身で青い目とブルネットの髪が特徴的な外国人は、流暢な日本語でドノヴァン中佐と名乗った。
歳は30だという。
説明される事情は東風平を驚かせた。
毎日聞こえた振動の正体は、隣国の共産主義国から降り注いだミサイルであったという。
精度の悪いミサイルは日本各地にでたらめに降り注ぎ、日本中は大混乱に陥った。
幸いにも核ミサイルではなかったので、世界的な死滅は免れたものの、日本は霞ヶ関も永田町もミサイルの被害を受け、指導者たちはちりぢりになり、無政府状態となった。
隣国指導者が国際社会から追い込まれ、自棄になり日本を攻めたらしかった。
自衛隊を廃止し、米軍基地を追い出した日本のおばさん政府を嫌ったアメリカが、共産主義国を煽動して日本を攻めさせたという噂もあったという。
ただし、ドノヴァンはその噂を笑って否定した。
ドノヴァンは東風平と山田のファンであると告白した。
ふたりの漫画のキャラクターをメモ帳に瞬時に書いたところを見ると、本物らしかった。
元々、日本製漫画のファンで、少しでも日本漫画の神髄に触れるため日本語を学んだという。
隣国は多国籍軍により征伐され、混乱した日本には新GHQが設置された。
おそらく日本は再度、アメリカの手によって、洗脳されることになるだろう。
日本語ができるということで、新GHQに配属されたドノヴァンは、尊敬する東風平が刑務所に入れられ、山田が断筆し故郷にいるという事実を知り愕然とし、手を尽くしたという。
「裁判もせずに牢屋に入れるなんて、日本の政治メチャクチャね。信じられないよ」
ドノヴァンが流暢な日本語で言うと、東風平は憎たらしい委員たちの顔を思い出していた。
数日後、幸いにも焼け残った自宅に戻った東風平は、規制解除された報道から、意外な人物の正体を知った。
委員会のメンバーのひとりで、唯一その経歴がわからなかった安田が、なんと共産主義国のスパイであったというのである。
関西で女性団体を結成し、政権に取り入っただけでなく、すこやか法を提案したのも安田であったという。
その行方は杳として知れない。
(日本政治は隣国の間者によって、精神からして崩壊させられていたのか……)
背筋が寒くなる思いをする東風平であったが、これを漫画にするかなとたくましい一面も見せていた。
委員会の横暴に対して戦った東風平は、今ではヒーロー扱いされ、仕事の依頼も殺到していた。
外出し、焼け野原を東風平は歩いた。
選挙演説がどこからか聞こえた。
新GHQ主導で新たに選挙が行われるのであった。
景気のいい演説が聞こえた。
わずかな聴衆を前に、演出上の工夫か蜜柑箱の上でそれは行われていた。
「諸君、我々はアメリカに救われた。やはりおばさんたちに政治などを任せたのはまちがいであったのだ。アメリカ型の自由に物を言える社会をつくろうじゃないか!」
誰であろう、忘れもしないその声の主は、東風平を尋問した委員のひとり、あの銀縁眼鏡で進行役を務め、嫌らしい官僚答弁的発言を繰り返した、欧米かぶれの大学助教授、藪であった。
(生き残ってやがったのか!)
東風平は自然と拳を握りしめていた。
爆撃で死んだか、政治犯として収容でもされているかと思えば、変節してのうのうと政治家に立候補までしているとは、うまく新たなる権力にでもすり寄ったというのか。
それにしても、言うに事欠いて、自由に物を言える社会とは何事か……
「表現の自由こそが……」
「おまえにそんなことを言う資格があるか!」
藪が受けたのは、聴衆の拍手ではなく、強烈なアッパーカットであった。
血の混じった泡を吹き、倒れた藪は、東風平の足下でただひとこと、「暴力反対!」と叫んでいた。
収容所内には人権がなく、つらい日々であった。
体重もへり、長髪も剃られた。
何よりも漫画を描けないのがつらかった。
獄中で自殺した師匠の気持ちもわかるというものだ。
しかし、自殺するほどの勇気があるわけでもない。
絶望的な日々が寿命が尽きるまで続くかと思われたある日、東風平は強烈な振動で目を覚ますことになった。
看守たちが大あわてで走り回っているのを見かけた。
何度も何度も振動は続いた。
巨大な振動であった。
初めは地震かと思われたが、どうも様相がちがう。
しかし、事情を探ろうにも看守たちは口をつぐみ、東風平たちに事情を知る術はなかった。
ただただ、眠れぬほどの振動と、時折聞こえる悲鳴と怒号に堪えるしかなかった。
20日ほどして、東風平の前に意外な訪問者が現れる。
故郷へ帰っていた元漫画家の友人、山田であった。
「やあ、東風平、えらく痩せたなあ」
山田は看守に命じて錠を開けさせ、東風平を獄中から連れ出した。
「一体、何がどうなってるんだ?」
「ま、まずは風呂にでも入れよ」
東風平は風呂から上がると、食堂に案内され、そこで1人の軍服姿の外国人を紹介された。
長身で青い目とブルネットの髪が特徴的な外国人は、流暢な日本語でドノヴァン中佐と名乗った。
歳は30だという。
説明される事情は東風平を驚かせた。
毎日聞こえた振動の正体は、隣国の共産主義国から降り注いだミサイルであったという。
精度の悪いミサイルは日本各地にでたらめに降り注ぎ、日本中は大混乱に陥った。
幸いにも核ミサイルではなかったので、世界的な死滅は免れたものの、日本は霞ヶ関も永田町もミサイルの被害を受け、指導者たちはちりぢりになり、無政府状態となった。
隣国指導者が国際社会から追い込まれ、自棄になり日本を攻めたらしかった。
自衛隊を廃止し、米軍基地を追い出した日本のおばさん政府を嫌ったアメリカが、共産主義国を煽動して日本を攻めさせたという噂もあったという。
ただし、ドノヴァンはその噂を笑って否定した。
ドノヴァンは東風平と山田のファンであると告白した。
ふたりの漫画のキャラクターをメモ帳に瞬時に書いたところを見ると、本物らしかった。
元々、日本製漫画のファンで、少しでも日本漫画の神髄に触れるため日本語を学んだという。
隣国は多国籍軍により征伐され、混乱した日本には新GHQが設置された。
おそらく日本は再度、アメリカの手によって、洗脳されることになるだろう。
日本語ができるということで、新GHQに配属されたドノヴァンは、尊敬する東風平が刑務所に入れられ、山田が断筆し故郷にいるという事実を知り愕然とし、手を尽くしたという。
「裁判もせずに牢屋に入れるなんて、日本の政治メチャクチャね。信じられないよ」
ドノヴァンが流暢な日本語で言うと、東風平は憎たらしい委員たちの顔を思い出していた。
数日後、幸いにも焼け残った自宅に戻った東風平は、規制解除された報道から、意外な人物の正体を知った。
委員会のメンバーのひとりで、唯一その経歴がわからなかった安田が、なんと共産主義国のスパイであったというのである。
関西で女性団体を結成し、政権に取り入っただけでなく、すこやか法を提案したのも安田であったという。
その行方は杳として知れない。
(日本政治は隣国の間者によって、精神からして崩壊させられていたのか……)
背筋が寒くなる思いをする東風平であったが、これを漫画にするかなとたくましい一面も見せていた。
委員会の横暴に対して戦った東風平は、今ではヒーロー扱いされ、仕事の依頼も殺到していた。
外出し、焼け野原を東風平は歩いた。
選挙演説がどこからか聞こえた。
新GHQ主導で新たに選挙が行われるのであった。
景気のいい演説が聞こえた。
わずかな聴衆を前に、演出上の工夫か蜜柑箱の上でそれは行われていた。
「諸君、我々はアメリカに救われた。やはりおばさんたちに政治などを任せたのはまちがいであったのだ。アメリカ型の自由に物を言える社会をつくろうじゃないか!」
誰であろう、忘れもしないその声の主は、東風平を尋問した委員のひとり、あの銀縁眼鏡で進行役を務め、嫌らしい官僚答弁的発言を繰り返した、欧米かぶれの大学助教授、藪であった。
(生き残ってやがったのか!)
東風平は自然と拳を握りしめていた。
爆撃で死んだか、政治犯として収容でもされているかと思えば、変節してのうのうと政治家に立候補までしているとは、うまく新たなる権力にでもすり寄ったというのか。
それにしても、言うに事欠いて、自由に物を言える社会とは何事か……
「表現の自由こそが……」
「おまえにそんなことを言う資格があるか!」
藪が受けたのは、聴衆の拍手ではなく、強烈なアッパーカットであった。
血の混じった泡を吹き、倒れた藪は、東風平の足下でただひとこと、「暴力反対!」と叫んでいた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる