【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体

五章 一幕 4話-1

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 個に何が起ころうと、世界は循環し続ける。
 まるで、取るに足らない些事だとでも言わんばかりに。

 時は流れ、季節は廻り、陽の光りが地中の息吹を芽吹かせ、木の枝に柔らかな緑が顔を出し始める五月中旬。ルヴィウスは、公爵家の騎士団訓練場にいた。

 キンっ、と金属音が響く。
 右から迫る剣を自身の剣で受け止め、そこに込められた力を受け流したルヴィウスは、それを大きく払い、素早く後退し間合いを取った。しかし、次の攻撃に移る間もなく、ガイルが正面から突っ込んでくる。
 なんとか剣で彼の攻撃を受け止めたが、いかんせん、体格の差は攻撃の重さの差でもある。ルヴィウスは瞬時に後方へ吹き飛ばされた。
 背中を打ち付け、一瞬息が止まる。痛みを認識する前に、次の攻撃に備えようと体が勝手に動いた。しかし。

「終わりです、ルヴィウス様」

 ガイルの剣先が、ルヴィウスの喉元にあった。ぐっと息を詰まらせたルヴィウスは、自分の剣から手を離した。地面に落ちた剣が、乾いた音を響かせる。

 ため息をついたルヴィウスは、そのまま仰向けに寝転ぶ。
 息が上がり、肺が苦しい。やはり実践経験の少ない剣術では、ガイルを負かすことなど到底出来なさそうだ。いや、十二歳から騎士をしている者に、この数か月で勝とうと思うのがそもそも無謀なのだが。

「上達してますよ、ルヴィウス様」

 訓練用の刃を潰した剣を、傍に居た訓練生に渡したあと、ガイルはルヴィウスに手を伸ばした。ルヴィウスは、のそり、と起き上がり、ありがたく手を借りて立ち上がる。
 しかし、立ち上がったのはいいものの、背筋を伸ばして品よく立つことが難しく、両膝に両手をついて項垂れた。

「やっぱり体力が無さすぎる……」

 自己嫌悪に落ち込む。毎日、訓練場を走り込み、腕立てや腹筋などのトレーニングを欠かさないのに、なぜか筋肉が付かない。そういう体質なのだと分かっているが、これでは持久戦が戦えない。

「ルヴィウス様には魔法があるではありませんか」
 ガイルが励ますように言う。

「そうだけど、魔力は無尽蔵じゃないから」

「朝から晩まで魔の森で魔物を討伐できる魔法使いは、ルヴィウス様くらいですよ」

「レオなら数日は平気だと思うけど」

「殿下は規格外です。それに、お目覚めになってからのルヴィウス様は、凶龍を討伐した頃の殿下と同じくらいお強いではありませんか。王国の端から端まで転移陣なしで移動できるのは、殿下とルヴィウス様くらいですよ」

「でも、曲がりなりにも騎士団に入ったんだから、やっぱり剣で戦えないと格好付かないよ」

「何を仰いますか。騎士団は、魔剣士としてルヴィウス様を迎え入れたのです。剣技については最低限でよいという条件でしたよね?」

「そうだけど……」

「自信を持ってください。もともと剣術のセンスは良かったではありませんか。少なくとも、訓練生や見習い騎士よりだんぜん強いですよ」

「ほんとに?」

「えぇ、模擬戦に出たら断トツで優勝出来ますよ。実戦を踏まえた本格的な訓練を始めたのが二月からですから、やはりもともと素質がおありだったのです」

 ガイルの遠慮のない誉め言葉に、ルヴィウスは少し頬を赤らめて「ありがとう」と笑った。

「ルヴィウス様、お疲れ様です」

 声のほうを振り返ると、ハロルドが飲み物とタオルが乗ったトレーを持って歩いてきていた。その隣には、アレンもいる。彼もまた同じように飲み物とタオルが乗ったトレーを持っていた。

「お飲み物とタオルをどうぞ」
「ありがとう、ハロルド」

 ルヴィウスはありがたく冷えた水を飲み、タオルで汗を拭きとる。

「頑張ってたね、ルヴィ」
 甲斐甲斐しくガイルの世話をしていたアレンが声を掛けてきた。

「ガイルを借りてしまってすみません」
「いいんだよ、ガイルだってたまには体を思いっきり動かしたいだろう?」
「そうですね……、紙とペンはつくづく性に合いません……」
 ガイルはそう言い、苦笑いした。

 彼は今、アレンに相応しい婚約者になるべく、貴族の基礎教育を受けているのだ。
 王宮で王族の護衛騎士として勤めていたため、マナーについては問題ないのだが、公爵家跡取りの婚約者という立場となると、貴族としての知識が足らない。そのためガイルは、イーリスの実家であるノースランド伯爵家の養子となったあと、王宮の騎士団を辞し、公爵家の騎士団に籍を置きながら、週に三日、基礎教育を受ける日々を送っている。

「焦る必要はないよ」

 そう言いながら、アレンはガイルの頬を優しくタオルで拭った。

「僕がアクセラーダを継ぐのはまだ先のことだし、なにより、ルヴィと殿下より先に結婚するのはやめようって決めたじゃないか」

 その言葉にガイルはアレンの右手を取って、「そうですね」と愛おしそうにその甲に口づける。

「なんか、ごめん。僕の所為で二人の結婚が遠のいてる気がして申し訳ない……」
「なんでルヴィの所為なの? 違うでしょ」
「そうですよ、ルヴィウス様の所為ではありません。私とアレン様がそう決めただけです」
「ちょっと二人とも、あんまりイチャつかないでくださいよ。僕なんかトア様と離ればなれなんですから。まぁ、僕の場合は単純に魔素の濃度が濃すぎてあっちに行けないだけですけど」
「でも、やり取りはしているんでしょ?」

 ルヴィウスがそう聞くと、ハロルドが「はい」と満面の笑みで頷く。

「毎日ご連絡をくださいます。ずいぶん昔に作った魔の森に干渉を受けない周波数の通信魔道具が、こんなところで役立つとは思いませんでした」

「僕はハロルドがカトレア様の求婚を受けたことに驚いたよ」

「だって、トア様と結婚できたら、また殿下の側近としてお仕えできるかもしれないじゃないですか」

「そんなにレオのこと慕ってくれてたんだね、ハロルド」

「違いますよ! あ……っ、いえ、殿下のことは尊敬してます! でもそういう理由じゃなくてですね、殿下の側近に復職できれば、ルヴィウス様のお傍にもいられるじゃないですか。僕、強火なんで! できれば一生、殿下のことが好きでしょうがないルヴィウス様を見ていたいんですよ!」

 なんてブレない男なのか……。内心、カトレアに同情してしまうアレンとガイルだった。

「それよりルヴィウス様、お風呂のご準備が出来ております。今日は公爵家にお泊りになりますよね」
「いや、騎士寮に戻るよ」
「なぜですかっ?」
「なぜって、これでも僕は三月の入団試験にパスした第一騎士団所属の魔剣士だよ。それに、一時的とはいえ公爵家からは籍が抜けてるし」
「久しぶりにルヴィウス様のお世話が出来ると思ったのに……」
「ハロルド……、君は姉上の侍従だからね?」
「ノアール様のお美しさは国宝級ではございますが、公爵家にいらっしゃるうちは幼少期からのご担当者様がお世話されるので、僕の仕事はあまりないのです」

「こらこら、ハロルド。代わりに魔道具の研究をお願いしているから暇ではないでしょ」
 少しあきれ顔でそう言ったアレンが、ルヴィウスを振り返る。
「でもルヴィ、たまには公爵家に泊っていいんだよ? ヴィーもノーラも、もちろんノアも、君の意志を尊重したから一時除籍を認めたけれど、はっきり言って誰も納得してないからね?」

「そうですよ、ルヴィウス様」
 アレンの言葉を引き継ぐように、今度はガイルが眉根を寄せて言う。
「先日、王妃陛下にお会いしましたが、両陛下はもちろん、王太子殿下も、ルヴィウス様を茶会に呼べなくなったと寂しそうにしていらっしゃいました」

「二人の言う通りです」
 ハロルドもぐっと眉根を寄せて言った。
「それに、僕は心配でなりません。殿下との婚約が解消されたと噂が独り歩きしているうえに、貴族の戸籍異動は制度上必ず新聞に載ります。王族の元婚約者の平民と蔑んだ者が、危害を加える可能性があるではないですか。それなのに、騎士寮に住むなんて……」

「ハロルドの言う通りです、ルヴィウス様。私の古巣ですから知り合いには声掛けをさせていただきましたが、四六時中安全とは限りません。騎士の中には騎士道を蔑ろにする者もいます。ですから―――」

 ルヴィウスは右手をすっと上げ、ガイルの言葉を遮った。

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。こう言ってはなんだけど、無詠唱で術を展開できる魔法使いに勝てる騎士はこの国にはいないよ」

 ルヴィウスは本心が読み取れない、貴族然とした笑みを浮かべた。
 子どものころからルヴィウスを見守ってきたアレンは、彼が表に出せない苦しさを抱えているのだと悟った。

「ねぇ、ルヴィ」
 アレンは真剣な眼差しでルヴィウスを見つめた。

 ―――そんなに一人で頑張らなくていいんだよ。

「アレン兄さま?」
 ルヴィウスに名を呼ばれ、アレンは「いや、なんでもない」と苦笑して、思ったこととは違う言葉を発した。

「お腹減らないかなーと思って。ね、ルヴィ、泊まらなくていいから、晩餐を一緒にどう?」
「お腹は減りましたが、夕刻前には帰らないと門が閉まって僕は野宿になってしまいます。お誘いは嬉しいですが、ご遠慮します。お風呂はありがたくお借りしますね」
「ヴィーが泣くよ?」
「父上とはまたの機会に話します。ほら、行きましょう?」

 アレンたちを促すように歩き始めたルヴィウスは、彼らに背を向けると同時に、小さく息を吐いた。

 レオンハルトがエルグランデル皇国へ旅立ってから、すでに半年あまり。
 今日までずっと、家族や友人たちがルヴィウスを支えてくれている。
 我が儘で除籍してもらい、無理やり騎士団に入団した。これ以上、彼らに心配を掛けたくはない。たとえ騎士団でどんな扱いを受けていようとも、泣いて助けを乞うわけにはいかないのだ。
 
 
 
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