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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体
五章 一幕 4話-2
しおりを挟む公爵邸での訓練後、ルヴィウスは風呂を借りて汗を流し、すぐに騎士寮に戻るつもりだった。ところが、タイミングがいいのか悪いのか、茶会から帰ってきたエレオノーラとノアールに捕まり、小一時間引き留められ、「門が閉まるので」と、なんとか説得し、転移魔法で王宮正門前に戻ってきたのが、一時間ほど前のこと。
そのあと食道に寄り、夕食用にサンドイッチとミルクを貰い、騎士団寮の自室へ戻った。
持ち帰った軽食をいったんテーブルの上に置き、剣とバッグを壁のフックに掛けると、ブーツを脱ぎ、ベッドに倒れ込む。
「疲れた……」
呟いて、目を閉じる。
公爵邸は、二週間ぶりだった。単純に、休みが二週間ぶりだったからだ。
ガイルに稽古を付けてもらうためとは言え、こうも何度も実家に帰る羽目になるとは。家を出た覚悟は何だったのかと、自分の甘さに自嘲する。
疲れているのに、眠くない。それでも少し体を休めたくて、目を瞑る。
何も考えないようにしよう。そう思えば思うほど、レオンハルトの声が、温もりが恋しくなってくる。
ルヴィウスは「レオ……」と愛おしい人の名を呼んで、右手首のバングルを握りしめた。
そうして、目を覚ましてからの目まぐるしい日々のことを思い返す。
ルヴィウスが目を覚ましたのは、四ヶ月前―――年が明けた一月の半ばだった。
公爵邸の自室のベッドで意識を取り戻したルヴィウスは、窓の外の景色が変わっていること、そして机の上の暦が新たな年を示していたことで、季節が一つ先に進んだことを知った。そして、自分の体に起きている変化に、静かに涙を零した。
いつも体内にあったレオンハルトの魔力がかなり減っていた。いや、単純に量が減っているという表現は正しくない。減っているのは量ではなく割合だ。
レオンハルトの魔力と同じくらいの比率で、今まで感じたことのない色の魔力が渦巻いている。だからこそ、悟った。あぁ、彼が逆鱗を使ったのだ、と。もう、筥としての役目を終えたのだ、と。
眠っている間、ルヴィウスは永い、永い夢を見ていた。
ウェテノージルとイグドラシエルの、淡く愛おしい恋と、強すぎる愛ゆえの破滅の記憶。この記憶を夢見たことで、はっきりしたことが二つある。
一つ。エルグランデルへ間違って転移し、魔の森に迷い込んだ際、泉で会った人がイグドラシエル―――世界樹だということ。
二つ。彼が渡してきた赤い実は、どこかに落として失くしたと思っていたが、ルヴィウスの中にあったということ。
レオンハルトと共に王宮に泊ったあの日、ルヴィウスは気が付いたら禁書庫にいた。いや、気が付いたらというより、あそこで起こったことを内側から見ている状態、と言ったほうが正しい。
意識はあるが、自分ではない何者かが体を動かし、声を発していた。
「ウェテノージルの欠片……」
イグドラシエルが渡してきたあの赤い実は、ウェテノージルの欠片だった。それも、記憶が宿った一番重要な欠片。本来ならば、レオンハルトが受け取るべきものだったはずだ。それをなぜ、ルヴィウスが受け取ることになったのか。
疑問は、まだある。
マイアンから受け取った欠片は、どうなったのか。そして、レオンハルトが来る前に、禁書庫で自分の身に起きた事象は、なんだったのか。
あの日、ウェテノージルに意識を奪われたルヴィウスは、レオンハルトだけが入ることを許された禁書庫に呼ばれた。
いや、ルヴィウスが呼ばれたのではなく、彼の中のウェテノージルが強い意志を持って禁書庫を訪れた、と言うのが正しい。
禁書庫を訪れたルヴィウスの姿をしたウェテノージルは、一冊の禁書を召喚した。その禁書は、本来ならば管理者に力と欠片を渡すためのもの。だが、ルヴィウスの前で勝手に開き、封印されていたウェテノージルの九つ目の欠片と力が、ルヴィウスの体に取り込まれた。
しかし、ルヴィウスは筥だ。魔力を貯める器がない。そのため、欠片だけを受け取り、行き場を失くした膨大な魔力は、再び禁書に戻った。
これで、ルヴィウスが受け取った欠片は、二つ。逆鱗により器が造られた今の彼の魔力が人並外れて大きいのは、その所為だ。
分からないことだらけだ。けれど、これだけは、はっきりしている。
「僕と離れたらだめだよ、レオ」
一緒にいなくては、意味がない。それは管理人と筥だからではない。運命を共にすることを決められた者同士だからでもない。
愛しているから。ただ、それだけ。
しばらく窓の外を眺めていたルヴィウスだったが、踵を返し、鏡台の前に座った。
三ヶ月ぶりの自分の顔。髪が以前より伸びている。願を掛けて、レオンハルトに会えるその日までこのまま伸ばそうか。そう考えていた時、不意に鏡の中の自分の顔が笑みを浮かべた。
『やっと起きたか』
自分じゃない誰かが、自分の顔をして話しかけてくる。ルヴィウスは少し、むっとした表情を浮かべた。
「おはようございます、ウェテノージル様。僕の姿を借りて、好き勝手やってくれましたね」
『そう怒るな。物事は順調に運んでいる』
自分の顔を借りた鏡の中のウェテノージルが、利己主義的な言い方をする。ルヴィウスはつい、睨みつけてしまった。
「あなたが説明を端折った所為で、レオが無駄に傷つきました」
『私は口数が多いほうではない。それに、あの時は時間がなかった』
「どうしてこんなまどろっこしいことを?」
『まどろっこしい?』
「僕をイグドラシエル様に呼ばせたり、レオが受け取るはずの欠片を僕に受け取らせたりしたことです」
『そんなことが重要か?』
「はぐらかさないでください。どうして僕が管理者の欠片を受け取る必要があったんですか?」
『こちらの事情だ。それに、お前が寝ている間に、預けた欠片は私が回収し一つにした』
「イグドラシエル様の欠片とひとつにしたのですか?」
『エルの欠片は、世界樹にお前を呼ぶために渡したものだ。すでにイグドラシエルが回収している。代わりに、私の最も重要な欠片を預かってきたではないか』
「赤い実のことですね」
『そうだ。これで納得したか?』
「いいえ、欲しい答えにはなっていません」
『お前がどう思おうが関係ない。強いていえば、レオンハルトが神になるには時期尚早、ということだ』
「時間稼ぎをしたと?」
『そういう見方もある』
「別の見方もあるんですね」
ウェテノージルは面倒くさそうに右の眉を上げた。
『筥でなくなったお前が、自分で自分を守れるようにするため。そして、今度こそお前という存在を喪失しないためだ』
「どういうことですか?」
『いまここですべてを説明するのは難しい。レオンハルトが私たちを継げば、話してくれるはずだ。お前の選択はその先にある』
「僕の選択?」
『そうだ。お前が自ら選ぶ。それこそが、わが友の願いだ。とにかく、お前は手に入れた力で危険を回避すればいい』
どこか高慢な態度をとるウェテノージルを、ルヴィウスはぐっと眉根を寄せて睨みつけた。しかし、鏡の中の自分の顔をしたウェテノージルは、涼しい顔をしている。これ以上、お前の質問に答える気はない、とでも言うかのように。
ルヴィウスは、一つため息をついて、「わかりました」と呟いた。
『お前、真っ直ぐすぎるな』
「は?」
『そんなに素直で大丈夫か』
「どういう意味ですか?」
『もっと粘れということだ。もう少しこう、交渉術的なことは出来ないのか? まったく、お前もレオンハルトも、見ていて危なっかしいぞ』
「そう言われても……」
なぜ急に神の代理人に説教を受けることになったのか。ルヴィウスは納得がいかず、憮然とした表情でウェテノージルを見る。
鏡の中の自分の顔をしたウェテノージルは、どこか呆れているように見えた。そして「まぁ、いい」とため息をつき、話し始める。
『ルヴィウス、お前にはやらなくてはいけないことがある』
「レオのために、ですか?」
『お前のためでもある』
きゅっ、と拳を握りしめたルヴィウスは、姿勢を正し「教えてください」と訴えた。ウェテノージルは満足げに笑みを浮かべる。
『まず、お前の中にあるレオンハルトの魔力の痕跡をすべて消し去れ。そうすることで、エルの祝福が正常に機能する』
「祝福? イグドラシエル様が、僕に祝福をくださったのですか?」
『そうだ。エルに会った時、祝福しようと言われなかったか?』
「えぇっと……、お礼に祝福を渡しておく、とは言われました」
『それだ。通常の魔力交換や魔力の補充ならまだしも、お前のように体の組織ひとつひとつにレオンハルトの痕跡がある状態では、祝福の力そのものを阻害する。出来るだけたくさん魔力を使う環境下に身を置け。魔物の討伐などもってこいだ』
「分かりました。出来るだけ魔法を使って魔力を減らし、新たに取り込んだ魔力が僕のものになるよう努めます」
『そうしろ。レオンハルトは今、誰にも触れられないほどの魔力を宿している。魔力制御を覚えたとしても、三〇分が限度だろう。だが、お前は別だ。お前の中のレオンハルトの魔力が薄まれば薄まるほど、祝福の影響が増し、触れ合えるようになる。まぐわいたいなら早々に魔力を排出することだな』
太々しく笑う鏡の中の自分の顔をしたウェテノージルに、ルヴィウスはカッと顔を赤らめて目を逸らした。
年相応の反応を見せるルヴィウスに、ウェテノージルは満足げに微笑む。だからこそ、少し意地悪を言ってみたくなった。
『私やエルにとっては瞬きほどだが、人として三つの季節を離れて過ごすことは存外長いぞ? レオンハルトが待てるとでも?』
「手紙を書きます、毎日でも」
『読むか分からないのに?』
「読ませますよ。レオの扱いには慣れてますから」
『どうやら主導権を握っているのはお前のほうらしいな。レオンハルトよりお前のほうが強そうだ』
「違います。二人だから強くいられるだけです。それに、僕は諦めないって決めてるから。連れて行ってくれない、迎えにも来ない。なら、僕が行けばいい。それだけです」
『レオンハルトがお前を諦めるとは考えないのか?』
「諦めるかもしれませんね。あの人は、案外弱いから。でもね、レオが僕を愛さないなんて、あり得ないんです」
『ずいぶんと自信があるのだな。あいつは人ではない化け物になったのだぞ?』
「じゃあ聞きますけど、ウェテノージル様はイグドラシエル様が普通の人になったとしたら愛せないのですか?」
『そんなわけあるか』
「じゃあ、僕の気持ちも分かるでしょ」
『お前……、私が神の代理人だという緊張感などどこにもないのだな』
「もっと敬いましょうか?」
『嘘くさいからそのままでいい。それと、頼みごとをする前に、ひとつ忠告だ。悪意には気を付けろ』
「悪意……?」
『そうだ。生者の悪意は呪われた亡者を呼び、亡者は大いなる力によって操られる。お前はまだ安全ではない。お前に欠片をわざわざ受け取らせ、魔法使いにしたのは、自ら危険を回避することが出来るだけの力を与えるためだ。お前は何があろうと、死んではならない。お前を失えば、レオンハルトは魔王になる。わかるな?』
ルヴィウスは唇を引き締め、小さく、だがしっかりと頷いた。
『まぁ、ここまでくれば安全ではないだけで、お前がよほどの能無しではない限り、死にはしない。亡者は大いなる力の最後のあがきのようなものだ。憐れなそれを救えば、すべてが納まるところにたどり着く』
「救えばって、誰が救うんです?」
『お前だ』
「僕ですか? レオじゃなくて? 方法は教えてくださるのですよね?」
『知らん』
「えぇっ? ウェテノージル様が知らないのに僕ができるわけがないでしょっ?」
『知らんものは知らん。迷える魂を癒すのはエルの領域だからな。私とエルの知識を詰め込んだ禁書庫を取り込んだレオンハルトなら分かるだろ。あやつに聞け』
他人事だと思って……、とルヴィウスは咎めるように目を細める。ウェテノージルはそれを笑い飛ばした。しかし、すぐに真剣な面持ちでルヴィウスを捉える。
『ルヴィウス、最後に一つ、頼みがある』
「はい、なんでしょうか」
『あるものを手に入れてほしい』
「それは、レオに必要なもの、という認識でいいでしょうか」
『そうだ。それがなければ、総ての欠片を再び一つに戻す時、レオンハルトが死ぬ』
ひゅっ、とルヴィウスの喉が鳴った。無意識に、両手を握りしめる。喪失の恐ろしさから、肩が震えた。
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