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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体
五章 一幕 4話-5
しおりを挟む推薦状がない者たちは、三月の下旬に開催される騎士団入団試験に挑むことが許されている。
ただし、この試験を受けられるのは、身分が平民の者のみ。挑むためには、除籍され貴族の身分を捨てる必要がある。もう何十年と、挑戦した貴族はいない。当然のことだろう。訓練を受けたにもかかわらず推薦状が出なかったということは、剣の素質がないということなのだから。
ルヴィウスは剣のセンスがあると言われてきたが、推薦状を発行できる規定の訓練を受けているわけではない。そして、規定の訓練をすべて受けるには期間が足らない。そのため、推薦状なしで騎士団に入るためには、除籍して平民になる必要がある。
ルヴィウスは冷めてしまった紅茶の表面に視線を落としながら、考えを巡らせた。
グラヴィスが提示した二つの懸念事項。これらをクリアし、騎士団に入団する。
一見難しそうに見える問題だが、たった一つの策で両方の問題を解決できる。ただそれには、自分の覚悟と、周囲の人達の理解と決断が要る。それに、その策を実行するとなれば、最悪、レオンハルトとは結婚できない。だが、そのリスクを背負ってでも、ルヴィウスはレオンハルトのために出来る限りのことをしたいのだ。
「父上」
ルヴィウスはグラヴィスを真っ直ぐに見据えて言った。
「僕を除籍してください」
グラヴィスは予想していたのか、苦虫を潰したような顔をする。
一見無茶に見えるこの手段が、実は最も現実的でもあることに気づいていたのは、ルヴィウスだけではないようだ。
公爵家から除籍されれば、他の家門からの求婚状は来なくなる。貴族派の家門にとって、平民に成り下がったルヴィウスに利用価値はないからだ。
さらに、入団のハードルも随分下がるに違いない。魔法も剣も使えることで、前衛も後衛も、さらには衛生班でも活躍できる多彩な才能を持つルヴィウスを入団させたい騎士団側は、剣術技術が他の入団希望者より多少劣っていようと、必ず合格を出してくるだろう。
グラヴィスは一度開きかけた口を閉じ、しばし逡巡した後、ダメだと分かっていながらも別の提案をした。
「転移陣でエルグランデルへ行ってはどうだ? アクセラーダ公爵邸とイルヴァーシエル公爵邸を繋ぐ転移陣で、一度、殿下に会って相談するのもいいんじゃないか?」
「現実的ではありません。レオ一人が行き来するならともかく、僕が向こうへ行くには膨大な魔力が必要です。それをどこから持ってくるのですか。向こうへ迷い込んだ時は、世界樹に呼ばれたからであって、僕ひとりの力で飛んだわけではありません」
それはそうだが、とグラヴィスは黙るしかなかった。
二つの公爵邸に設置された転移陣は、アレンやカトレアが行き来するために設置したものだ。しかしこの転移陣、魔の森を超える必要があるため、人を対象にする場合は膨大な魔力が必要になる。
以前、エルグランデルへ迷い込んだ時は、レオンハルトがいたから簡単に帰ってこられた。
アレンが年に一度の行き来をする際は、幾つもの魔石を用意し、エルグランデル側でカトレアやエルゾーイの面々がフォローすることで転移できていた。
要は、簡単に行ったり来たり出来るものではないということだ。
「それに、僕もレオも、直接会うにはまだ準備が足りません。父上は騎士団入団から話を逸らしたいだけではないのですか?」
核心を突かれたグラヴィスが、ぐっと押し黙る。
その後、結局、ルヴィウスの説得に折れたグラヴィスは「危ないことをしないこと。区切りがついたら再び公爵家に籍を戻すこと」を条件に頷いたのだった。
その後の一ヶ月半、ルヴィウスはガイルと剣術の訓練に勤しんだ。
皇国にいるレオンハルトは、ここまでの経緯の簡単な概要をルヴィウスから、詳細をハロルドとカトレアを経由して知らされていた。彼は、怪我の心配はしても、反対はしなかった。ルヴィウスの魔力量と、彼に教え込んできた魔法の技術が、彼自身を守ると分かっているからだ。
そして三月に入り、試験の申し込みと同時に除籍されたルヴィウスのことは、王都で大きな話題となった。無論、その後の試験の結果は言うまでもない。
そもそもルヴィウスは剣術のセンスがあるだけでなく、すでに魔の森での実戦経験があり、先の討伐では功績もある王国史上三人目の魔剣士である。
騎士として体力が心もとないという不安要素はあるが、やはり無詠唱で瞬時に魔法を使えることが大きくその点をカバーしている。グラヴィスの読みどおり、騎士団が欲しがらないわけがないのだ。
そうして季節が春へと向かう三月下旬、ルヴィウスは魔剣士として王宮に上がり、騎士団寮に入寮を果たしたのだった。
ベッドの上で目を瞑り、今日までの目まぐるしい日々を思い返していたルヴィウスは、ふっと目を開けた。
視界に、右手首のバングルが映る。
今はもう、レオンハルトと繋がっていないバングル。でも、今もレオンハルトの魔力が宿る大切な宝物。辛いことがあるたび、このバングルを握りしめて、一人、ベッドの中で声を押し殺して泣いた。
どんなことをしてでも、騎士団に入団する。その覚悟はあった。けれど、入団後の扱いは、予想以上に酷いものだった。
三月の入団試験をパスして騎士となった者は、未所属の騎士団員として日々訓練を受ける。正式な配属が決まるのは七月の模擬戦の結果が出てからだ。ただ、ルヴィウスについては扱いが違っていた。
ルヴィウスは他の騎士見習い達と比べると、騎士としての実力は低いが、魔法込みの実戦では現在の王国の騎士では勝てる者を探すほうが難しい。
一対多であれば多少は騎士に分があるだろうが、高位魔法使いの全方位保護壁を剣で破れる騎士など、ソードマスタークラスでなければ難しい。そして今現在、大陸にソードマスターは存在しない。
要は、規格外ともいえるルヴィウスがどこかに所属すれば、全体のパワーバランスが崩れる。そういう理由でルヴィウスは、籍こそエドヴァルド直轄の第一騎士団だが、実際には要請を受けて現場へ派遣される形の、フリーの騎士として王宮に仕えることになった。出陣要請がない日は、訓練生らと共に、剣術訓練に参加している。
扱いが違うのは、なにも所属だけに限らない。
レオンハルトが“王国を代表してエルグランデルの正常化に赴いて”以後、3人目の魔剣士となったルヴィウス。
騎士団上層部は王族とも距離が近く、ガイルとも旧知であるため、ルヴィウスを邪険にする者はいない。が、地方出身の貴族や平民の騎士、見習い訓練生はそうではない。
優秀な第二王子に捨てられた、元貴族の見目の良い平民に堕ちた美少年。
それが、彼らの認識だ。
本来なら二人部屋となる寮だが、ルヴィウスの同室者はいなかった。
最初は気を遣わせたのだろうかと思った。が、貴族間での本音を隠した嫌味の応酬とは異なる、あからさまな蔑みの視線が、そうではないことを物語っていた。
最初は、上に報告するまでもない、足を引っかけられたり、肩をぶつけられたりなどの小さな嫌がらせの数々から始まった。
食堂でコップの水を掛けられたこともあった。訓練でペアを組む相手がいないことや、片づけを押し付けられることなどは日常茶飯事だ。
十七年生きてきて、初めての経験だった。人目があるところでは、貴族として培った、感情を表に出さない癖が役に立ち、表情一つ変えることなく、ただ、ただ、無視を決め込んだ。
その動揺しない様が拍車を掛けたのか、嫌がらせは日に日にエスカレートした。それでも、ルヴィウスは顔色一つ変えずに、対処した。
けれど、心はナイフを突き立てられたかのようだった。だから、寮の自室へ戻ると、ベッドにもぐり、声を殺して泣いた。
そうやって悪意を向けられることに慣れてきた先日、地方貴族出身だという青年ら五人によって、ルヴィウスは倉庫に閉じ込められた。もちろん、彼らと共に。
彼らの目的は、単純な嫌がらせではなく、性犯罪だった。捨てられたルヴィウスを慰めてやる、というのが彼らの言い分だ。
ルヴィウスはそこで初めて、魔法を使って反撃した。
王宮敷地内では、基本的に魔法が禁じられている。平均的な魔法使いは、王宮に設置されている魔道具により、魔法を封じられる。
魔力の高い魔法使いが王宮を訪ねる場合は、魔力封じの枷をする決まりになっている。
ルヴィウスも普段は足枷を付けている。が、支給される足枷に彼の魔力量を封じるほどの力はない。
指定された場所や許可された訓練場以外の場所で魔法を使うと、警報が鳴る。ルヴィウスが反撃したことで警報が鳴り、警備の騎士が飛んできたことで、この日のことは事件扱いとなってしまった。
ルヴィウスを襲おうとした五人は別々に聴取を受け、それぞれが辻褄の合わない話をしたことで疑いが高まり、聴取官の「家からの指示か」との一言に慄いた一人が崩れたのを皮切りに、結局は全員が自白することになった。
ルヴィウスは自己防衛のための致し方ない魔法の使用ということで情状酌量され、お咎めなしとなった。
結局、ガイルやハロルドの心配はすでに現実になっていたのだ。ルヴィウスの意志によりまだ公にはされていないが、時間の問題だろう。それに、この事件を機に周囲はより遠巻きになったように思う。
「別にいいけど」
ルヴィウスは薄っすら目を開いて呟いた。
友を作るために騎士団に入ったわけではない。誰とも話さない日もあるが、地位のある上官らや所属のはっきりしている騎士たちとは上手くやれている。
孤独を感じはするが、くだらないことをけしかけてくる人間と慣れあう必要はない。
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