【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 二幕:呪われた亡者の救済

五章 二幕 3話-1 △

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 空に白くたなびく雲の穏やかさに反し、地上では血生臭い魔物狩りが決行されていた。
 最終討伐六日目。
 今日が最後となるだろうという予測のもと、魔の森を前にして、騎士と魔法使いたちは横一直線に並んで攻撃態勢を取っていた。その数、90名。
 残る10名は、作戦本部に残してきたハロルド、そして彼の護衛を務める騎士2名、救護班として待機する治癒専属の魔法使い5名と、その護衛騎士2名。彼らは野営区域で待機している。

 野営区域を護るドーム型の防御壁は、何物も通さない。中に入るには、術展開を解くか、転移魔法陣を使って直接防御壁内へ移動するかしかない。
 つまり、今日も幕舎に残る者たちは安全を確保されているのだ。

 昨日までの五日間で、森の中に潜んでいた害ある魔物の多くは討伐された。残すは群れを成す狼型の魔物、ダイアウルフのみ。

 丘陵の一番高い位置に立っていたルヴィウスは、眼下に待機する討伐隊の列を確認しつつ、指示を待った。
 下から風が吹き上げてくる。緑が揺れ、どこかから飛んできた樹々の葉が頬の横を掠めていく。

『ルヴィウス、そろそろ準備が整う』

 通信用の魔術陣が刻まれた左耳のピアスから、今回の作戦の総指揮を執る第二騎士団の団長ルイズの声が、ルヴィウスを呼んだ。
 公爵家から籍が抜けた以上、身分はルイズが上。呼び捨てでいいと伝えたのはルヴィウスだ。ルイズの主、レオンハルトの伴侶となる以上は最低限の敬称を付けたい、と言われたが、他の騎士の手前示しがつかないと説得し、なんとか敬称なしで呼んでもらえるようになった。最近ではお互いに硬さも取れ、信頼関係が築けてきているようにも思える。

「僕はいつでも大丈夫です。指示をお願いします」

 ルイズから、わかった、と返ってきた数拍後、一度通信が切れ、再び繋がった。隊全体への通信に切り替えが行われたのだ。これ以降の会話は、討伐隊すべてに伝達される。

『最終討伐の準備が整った』
 ルイズの声に空気が張り詰める。
『本日、魔の森に潜む悪影響ある魔物は我々の手によって排除される。明日以降、この森はその呼び名を変えることになるだろう』

 ルイズがそこで言葉を切ったタイミングで、鼓舞するように騎士たちが剣を、魔法使いたちはロッドを、空へと高く掲げた。

『作戦は単純明快。ルヴィウスがダイアウルフを魔の森から追い出してきたところを、騎士と魔法使い三人一組で応戦、討伐する。数は今朝の探索で270から290と判明している。一人あたり3匹を仕留めれば終わる。難しく考える必要はない』

 緊張を孕んではいるが、ルイズの声は落ち着いている。ルヴィウスはふっと息をついて、目を閉じた。集中し、合図を待つ。

『全員、構えっ! ―――作戦開始!』

 合図とともに、ルヴィウスは転移魔法を発動する。次の瞬間には、魔の森の奥へと着地していた。

 陽の光りが届かない、鬱蒼とした昏い森。気味の悪い鳴き声があちこちから聞こえ、獣の匂いがする。
 以前は身を竦ませるほど恐ろしく感じられたこの空間が、今ではなんともない。それだけ、彼が強くなった証明でもある。

 ルヴィウスが転移した先は、今朝の探索魔法でダイアウルフの群れを確認した位置よりも深い森の中だ。ここから一気に、群れを魔の森の外へと追い立てる。
 両腕を横へと真っ直ぐに伸ばし、手のひらを広げる。囲いを意味する古代語を呟き、自分を中心に扇形になるように、魔力の網を広げていく。

 異変を察知したダイアウルフたちが、気配を殺しながら移動を始めた。それを追い詰める要領で、魔力の網を森の外へ向かって押し出していく。
 網に追い立てられた狼たちは、行き場を失くし、森から飛び出した。そこには、騎士と魔法使いが待ち構えている。

 作戦通りダイアウルフを森から押し出すことに成功したルヴィウスは、一歩足を踏み出すと同時に、討伐の最前線へと転移する。
 直線に並んでいた騎士と魔法使いたちは、すでにその陣形を崩し、各々がダイアウルフに攻撃を繰り出していた。
 ランクの低い魔物とは言え、数は討伐隊の三倍。最初こそ森から飛び出してきたところを不意打ちのような攻撃で対処したことが功を奏したようだが、なかなか次に繋げられないようだ。

 ダイアウルフは普通の狼の二倍ほどの大きさがある。この魔物は、狩りを単独では行わない。一匹目が下肢に飛びかかり、獲物の動きを封じる。そして獲物は藻掻く間もなく、別のダイアウルフに頭から食われる。これが彼らの狩りだ。

 ルヴィウスの目の前で、一人の若い騎士がダイアウルフに飛びかかられた。すぐさま別の個体が飛び出してくる。
 ルヴィウスは騎士に圧し掛かっている個体を魔法で跳ね飛ばし、頭を狙って鋭い牙をむき出しにした別の個体の首を、剣で薙ぎ払った。
 仮にダイアウルフが意思を持っていたとするならば、死を予感する間もなかっただろう。

 獣の胴体と首が別々の場所に転がっている。魔物とは言え、一つの命がただの肉塊へとなり果てた瞬間を目の当たりにしたその若い騎士は、唇を震わせ、事切れたダイアウルフの生々しい死骸から目が離せなくなっていた。年の頃はルヴィウスと同じくらいだ。経験がまだ浅いのだろう。
 ルヴィウスも、最初はそうだった。だから、彼の気持ちがよくわかる。だが、ここは戦場だ。一瞬の気の緩みが、死を招き寄せる。

 返り血が掛かった頬を手の甲で拭ったルヴィウスは、青ざめたまま座り込んでいる騎士の胸倉をつかみ上げる。

「立てっ! しっかりしろっ!」

 命のやり取りをする場で呆然自失となるなど、死を手繰り寄せる行為に他ならない。ルヴィウスの覇気に、騎士は、はっと我に返り、頭を振ると「ありがとうございます!」と声を上げ、仲間の元へ戻るなり剣を構え直す。

 その直後、ひときわ大きく通る遠吠えが空に響き渡った。ダイアウルフたちの動きが一瞬止まり、遠吠えに呼応するように威嚇の唸り声を発する。

 それは、反撃への咆哮だった。

 それまで単純な本能に従って動いていたダイアウルフたちが、四頭~五頭のまとまりになり、役割を決められたかのような連携を取り出した。
 一頭が先陣を切り、別の一頭は目標が射程距離に入った瞬間に先陣を切った仲間の陰から飛び出す。後ろに回り退路を塞ぐ個体と、側面から飛びかかって来る個体。しかも、こちらの技量を図るかのように、討伐や実践に不慣れな若手騎士や魔法使いを狙い始めた。
 作戦開始からもうすぐ一時間が経とうとしている。長引けばこちらが不利だ。

「ルイズ騎士団長」

 ルヴィウスは通信魔法でルイズに呼びかけながら、探索魔法を展開する。その僅かな隙をつきダイアウルフが飛びかかってきたが、ルヴィウスは防御魔法で跳ね返した。
 間髪入れず氷の矢を作り出し、起き上がろうとしたその個体めがけて魔力で矢を投げつける。除ける間もなく、ダイアウルフは矢の的となり一声啼いて地面に倒れ込んだ。

『群れの動きが変わったな』

 応戦中なのか、返ってきたルイズの声がどことなく苦しそうだ。

「群れを指揮する魔物がいます」
『やはりいたか、レッドダイアウルフが』
「はい」返答と同時に、探索魔法にひときわ大きな魔力を放つ個体が引っかかる。「位置を特定しました」
『始末できそうか?』
「もちろん。単独行動の許可を」
『許可する』
「ありがとうございます」

 言うが早いか、転移が早いか。ルヴィウスは茂みに潜むレッドダイアウルフの背後に飛んだ。当然、レッドダイアウルフも反応し、素早い動きで茂みから飛び出る。

 ダイアウルフは大きな群れになると、必然的にもっとも強い個体が現れる種だ。群れの頂点に君臨するためには、排除すべき同族を食らう必要がある。その過程で、ただのダイアウルフからレベルが上がった中級の魔物、レッドダイアウルフへと変異する。そうなると、魔力量はもちろんだが、知能も上がる。
 今回の討伐対象となる群れの数からボス的存在を予測はしていたが、数の多さに隠されてしまい、今の今まで見つけ出せなかった。

 ルヴィウスは防御壁の応用で5メートル四方の檻を魔法で作り出し、レッドダイアウルフを閉じ込めた。無論、自分も檻の中だ。

 ルヴィウスが作り出したこの檻は、魔力と咆哮の影響を内側に留める効果がある。おかげで、ダイアウルフの群れが統率を崩し始めた。これで討伐隊の陣形は再び整い、戦果が優位に進みだすだろう。

 ルヴィウスは剣を構え直し、目の前の魔物に集中する。
 レッドダイアウルフが低く唸りながら、ルヴィウスのほうを向く。その眼には怒りが満ちていた。

 他のダイアウルフより、二倍ほど大きい。対峙が長引けば、持久力のないルヴィウスには不利な状況になりかねない。
 どうすべきか。どう攻撃すれば、素早く、安全に討伐できるだろう。ルヴィウスは剣を握り直し、目の前のレッドダイアウルフを睨みつけた。

 閉じた空間での火炎系の魔法は、自分の身も危険に晒す。では、水や氷の刃を飛ばすのはどうだろう。それもまた、レッドダイアウルフの素早さを考えると、手古摺りそうだ。

 睨みあったまま、瞬き三回ほどの時が流れる。

 ルヴィウスが攻撃手法を決め、右手に魔力を練り上げるとほぼ同時に、レッドダイアウルフが地面を蹴った。
 飛びかかって来る巨躯を避けながら、剣を振るう。

 ガキンッ、と金属音がすると同時に、ルヴィウスの剣はその手から離れ、噛みつかれた部分から無残に砕け折れた。

 攻撃を避けたことで地面に強か体を打ち付けながらも、魔力の練り上げと次の攻撃の対処のため、ルヴィウスはすぐさま体を起こす。
 わずかな間に、レッドダイアウルフはすでに方向転換し、ルヴィウスめがけて躍動していた。

 大きな口をあけ、鋭い牙をむき出しにし、咆哮をあげて飛びかかって来るレッドダイアウルフ。
 その勢いに押され、ルヴィウスは後方へと倒れ込んだ。
 圧し掛かられる! その直前、ルヴィウスが展開した魔法の鎖が、レッドダイアウルフの巨躯を、そして鋭い牙をむき出しにした口を、封じるように巻き付き、地面に縫い留める。

 僅か10cmほどに迫るレッドダイアウルフの牙。もう少し近かったら、レオンハルトが組み込んでくれた防御魔法が自動展開していたかもしれない。

 ひどい獣臭が鼻をつく。ルヴィウスは息を止めてレッドダイアウルフの下から這い出ると、ふらつきながらも立ち上がり、息を整えるより前に氷魔法を展開させ、レッドダイアウルフを氷結させて息の根を止めた。
 
 
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