136 / 177
五章 二幕:呪われた亡者の救済
五章 二幕 2話
しおりを挟む討伐開始から最初の三日間は、一帯の魔物の数を減らすことを目標に作戦が進められた。
一日目は、ファイアフォックスとキラーシェーヴルのせん滅。二日目には、アイアンベア、三日目はディアマン。
どの日も、最も活躍したのはルヴィウスだった。
昨日は休息日で、五日目の今日は最終日に向けて散らばっているダイアウルフの群れを攻撃エリアに誘い出す作戦が決行されている。
ルヴィウスは、探索魔法で魔物を追いながら、森の樹々を除けて走り、転移し、無数の氷の矢で仕留め、時には剣で首を落とす。彼が討ちもらした魔物は、エドヴァルドの命を受けてガイルが率いることとなった第一騎士団選抜隊と、ルイズが率いる第二騎士団選抜隊が魔法使いたちと連携し、危なげなく討伐した。
面白くないのは若手の騎士と経験の浅い魔法使いたちだ。王都から遠く離れた辺境まで遠征してきたのに、丘陵を挟んだ魔の森と反対側の野営区域で、大した活躍も出来ず補助要員として警備や衛生兵として待機を命じられ、ただそこにいることだけを強いられている。
しかも、野営区域には、ハロルドが開発した魔道具と、エルグランデルが提供した特殊な魔石、そして魔道具を起動させるに足る魔力を持つルヴィウスのおかげで、透明で大きなドーム型の防御壁が張り巡らされており、魔物の侵入を防いでいる。
補助要員とされた彼らの目には、警備は形だけのものだという認識だ。治癒や回復魔法を担当する衛生兵として待機中の若手魔法使いたちも、ルヴィウスの活躍により擦り傷程度の怪我人しか出ず、力を発揮する場面がない。
死傷者も出ず討伐が順調に進むことは、組織全体として喜ばしいことだ。しかしながら、自分の活躍を思い描き、上から目を掛けてもらいたいという欲を抱く者たちにとって、順調すぎることは悪でもあった。
「なんなの、あいつ」
赤毛を三つ編みにした若い魔法使いは、救護用の幕舎に待機を命じられ、苛立ちを隠すこともなく、愚痴を零した。
エスタシオに近い領地の子爵家の次女、ルル・マーロウだ。
「ここら一帯に張ってる結界もルヴィウスの魔法なんだろ?」
この区域に到着した初日に、巡回警護の途中で救護用幕舎に顔を出したことでルルと意気投合した若手騎士、ペニー・ミレニウムは不服そうな表情で言った。
彼はアンヘリウム男爵が統治する領に居を構える子爵家の次男だ。
「あいつ、前線でアイアンベアを真っ二つにしたらしいな」
ペニーの隣に立っているのは、王都にほど近い街の出身で、裕福な商家の次男、リントン。
ペニーの同期の騎士で、騎士団の中でルヴィウスの悪い噂を積極的に広めた者の一人でもある。彼がそうした理由に、大した計画性はない。単に、ルヴィウスが気に食わないのだ。
「一人で探索も防御も攻撃もするんだから、化け物よ」
ルルの隣で、包帯の筒を放り投げて遊んでいるのは、アンネリーゼ・シリケ。
アカデミーを優秀な成績で卒業し、“期待の新人”として魔法省に入った男爵令嬢だ。
「レオンハルト第二王子殿下と婚約破棄したって話、嘘だったのかしら?」
ルルが自身の赤毛を指でくるくると弄びながら言った。
「破棄になったから公爵家から勘当されて騎士団にいるんだろ」
ペニーが吐き捨てる。彼もリントン同様、ルヴィウスのことが気に食わないようだ。
「でもあいつ、去年の大討伐で活躍するまでは、無魔力だったよな?」
リントンが不思議そうに首を傾げる。
「そうなのよ!」
ルルが勢いよく言った。
「魔力量は生まれた時にはもう決められているの。だから、途中から魔法使いになるなんてあり得ないのよ! 去年の大討伐の時も活躍したって噂だけど、それも怪しいわ!」
「つまり、」ペニーが身勝手な推測を口にする。「レオンハルト殿下に何らかの魔道具を作ってもらって、偽装して魔剣士やってるってことか?」
「それがバレて公爵家を追い出されたのかもね。そう言えば、春ごろに彼に泣かされて騎士団を退団した奴らがいるって聞いたけど、本当?」
アンネリーゼが誰に問いかけるでもなく言う。
それに答えたのは、リントンだ。
「本当だよ。なんでも、剣術のアドバイスが欲しいって呼び出しておいて、手を出されたって訴えたらしいぜ」
「なにそれ、ひどい! 殿下に捨てられて寂しいからって、自分で誘惑しといて襲われたって訴えたわけ? どういう神経してんのっ?」
ルルはリントンの言葉を歪曲して捉え、憤る。
「あの容姿で誘惑されたら断るやついないだろうな」
ペニーが下卑た笑みを浮かべる。
それに対し、アンネリーゼが眉を寄せて言う。
「綺麗な顔して誰にでも足を開く悪役令息ってやつ?」
「市井でそういう物語が流行ってるんだっけ?」
ルルが思い出したかのように呟いた。
「苦労なく育って、地位も名誉も権力もあって、下々のことなんて興味なかっただろうに、平民落ちとは同情するね」
リントンが歪んだ笑みを浮かべて蔑む。
この場に、ルヴィウスとレオンハルトを慮る者は一人もいないようだ。あるのはただ、妬み、嫉みなどを源とした悪意だけ。
人の悪意は、この世の者ではない存在を引き寄せる。だが、そのことを知る者は少ない。特に、経験値の浅い彼らのような者たちには、知るすべがないだろう。
「王太子殿下の騎士団所属の友人が言っていたんだが」
ペニーが妬みの感情を隠しもせず、口を開いた。
「討伐が終わった後に討伐隊の慰労のための夜会が開かれるんだってさ。主役はもうルヴィウスに決まってるんだって。褒章があるらしいよ」
「なるほどな。水面下ではすでに決定事項で、怪しく思われないためのご活躍ってわけだ」
リントンが不遜な笑みを湛えて言う。
「自分の力じゃないくせに、活躍したと思わせて王太子殿下から栄誉を賜るつもりなんだわ。最低ね」
ルルが正義感を前面に出して憤った。
「本当の実力を暴いて恥をかかせてやりたいわ」
アンネリーゼが目を吊り上げて言う。
その直後、今までずっと黙って話を聞いていた一人の騎士が、口を挟む。
「少し痛い目を見てもらうのはどうだろう」
急に声を掛けられて驚いた四人の目が、声を発した騎士へと向けられる。
誰だっけ? 一瞬、四人が眉根を寄せる。しかしすぐに、もう一人いたことを思い出して表情を和らげた。
「なんだ、ダリウス様か」
ペニーがほっと胸を撫でおろす。
会話に加わった五人目の若手騎士、ダリウス・アンヘリウム。ペニーが住む、エーシャルワイドとの国境を有する領地を治める男爵家の長男だ。
ダリウスは、にこり、と笑い四人の輪の中に入る。
「いい案があるんだ。聞かないか?」
ダリウスがそう言うと、五人は自然と顔を突き合わせて声を落とし、魔物を使った作戦を立てた。どうにかして、ルヴィウスを引きずり降ろしてやりたい。そんな悪意が全員の心の中に巣食っていく。
討伐はすでに終盤に差し掛かっており、最終日の明日は、ダイアウルフの群れの討伐を主軸として攻撃が展開されると聞いている。
ダイアウルフの魔力量は、脅威ではない。群れといっても、統率されていなければ、チームで挑めば若手でも対応可能な魔物だ。
ダリウスは、これを使って脅すだけでいい、と生気のない目で笑った。さらに彼は四人に対し、煽てるようにこう付け加える。
少しは騒ぎになるかもしれないが、それも目的のうち。衆人環視の中、ルヴィウスの本当の実力を暴くことが出来れば、咎められるどころか賞賛されるかもしれない。わざわざこんな遠くまで来た優秀な君たちが、なんの成果も上げられないなんて、おかしいだろう?
四人は、そのとおりだ、と納得し、迷うことなく計画を実行することを決める。
行き当たりばったりで、成功するとは思えない。それでいて、他人を大きく巻き込む計略だ。だが、根拠のない自信が、四人の思考を支配し始めている。
大したことにはならない。被害は少ないはずだ。加えて、この程度のことなら笑い話になるに違いない、と。
四人は、そう考えていた。
そう、四人にとっては、ただの脅かしの計画であって、それ以上の覚悟などありはしなかったのだ。
人は誰しも心に闇を飼っている。常にその自覚があれば、自分が必ずしも正しいわけではないと、思いとどまることが出来る。
しかし、自分の中にある闇から目を逸らしている者は、昏い中から招く手を振り払う術を持ち得ない。
そうして育った悪意は、亡者を呼び寄せる。
彼らが過ちに気づくのは、いつだって事が起こったあと。気づいて後悔したとしても、その時にはもう、やり直しはきかないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される
コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。
その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。
ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。
魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。
騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。
※他サイトにも掲載しています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる