神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 二幕:呪われた亡者の救済

五章 二幕 5話-1

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「少し休憩にしましょう」

 レオンハルトにそう声を掛けたのは、カトレアだった。
 エルグランデルの柘榴の宮殿にある執務室で、レオンハルトは決裁の書類の山を片付けることに追われていた。
 ペンを置き、インク壺に蓋をして席を立つと、ぐっと腕を天井へ向けて伸ばし、下ろすとともに息をつく。

 王族としての教育を受けたとは言え、兄であるエドヴァルドのように机に向かうことに向いていないレオンハルトは、以前から執務は苦手だった。
 ヴィクトリア王国にいた頃は、表向き王位継承に興味がない第二王子を演出するためにも、政治や国の施策立案などの業務からは少し距離を置いていたし、なにより第二騎士団を引き連れて魔物の討伐へ向かうことのほうが多かったうえに、それが性に合っていた。

 だが、これからは違う。レオンハルトは管理者として、そして君主として、エルグランデルの統治を行わなければならない。それは一国の王になるのと同義だ。
 王国に比べると人口が少ないとは言え、独自の文化や宗教、習慣や法がある。覚えるより慣れろのスタイルを選んだレオンハルトは、こうしてカトレアに助言をもらいながら、実務を通してエルグランデルの統治者として、この国のことを学んでいる。

 レオンハルトのこういった積極的な姿勢に、カトレアたちは焦らなくてもいいと言ってくれるが、彼にはそうも言っていられない事情がある。

 レオンハルトがこちらへ来て、もうすぐ一年。定期的に魔物を討伐してきたこと、そしてレオンハルトがこの地に留まっていることで、魔素が薄まり、最近は青空が見られるようになってきた。

 魔の森はすでに実りの森となり、獣はいるが魔物はほとんど見かけない。居たとしても、小型のウサギやネズミに似た危険のない種ばかりだ。いずれは広大な森の何ヶ所かを切り開き、ヴィクトリア王国、エーシャルワイド、エスタシオと国交を繋げることになるだろう。
 その頃には、エドヴァルドが王位を継ぎ、エルグランデル皇国は一領土として王国に吸収され、ヴィクトリア帝国が誕生しているに違いない。
 と言うよりも、そういう計画がすでに走り出している。

 そもそも、エルグランデル皇国とヴィクトリア王国は一つの国だった。エルグランデルの民たちにしてみれば、王国と再び一つとなることが悲願であり、希望なのだ。
 魔素が薄くなれば、産まれてくる子どもは長寿ゆえの苦しみに悩まされずに済む。そうなれば、広い世界へ飛び立てる。
 人生の選択肢が増え、自分の可能性を試すことが出来、魔力の相性でなく心を大切にする縁を結ぶことが出来る。それによって悩み、苦しむかもしれないが、それが人の営みであり、人らしさでもある。

「とうとう来月ですね、エドヴァルド王太子殿下の婚約を祝う夜会」

 カトレアが執務机の上に紅茶を用意してくれる。レオンハルトは「そうだな」と答え、窓の外に広がる蒼く晴れ渡った空をしばらく見つめたあと、再び席に戻った。

 さっそくカップを手に持ち、紅茶を一口飲む。飲みなれた紅茶の渋みに、ふっと息をついた。

「まぁ、発表されるのは兄上の婚約だけじゃないけどな」

「主君のエルグランデル領主の就任も発表されますね」
 レオンハルトの侍従の1人、ルーベンが決裁済みの書類を纏めながら言った。

「ご婚約者のルヴィウス様の褒章授与式も兼ねているんですよね?」
 そう言ったのは補佐官のウルスだ。
 レオンハルトの補佐官の一人で、イルヴァーシエル公爵家の臣下、シャラメ侯爵家の次男。
 茶色の髪に、グレーの瞳。レオンハルトと同じくらいの身長だが、細身のため少し低く見られやすい。例にもれず彼も、歳は四十五歳だが、見た目は二十歳前後だ。エルグランデルの政治経済に精通しており、その分野では宰相的な立ち位置にいる。

 執務室での話題の通り、来月十月二十日、ヴィクトリア王国では、貴族だけでなく、経済発展に尽力した商人や職人、秀でた研究を続ける学者や、国益につながる魔道具を開発した魔道具士、功績をあげた魔法使いや騎士、そして隣国の要人らを招いた大夜会が開かれる。

 その舞台で発表されるのは、主に三つ。
 一つ目が、エドヴァルドとノアールの婚約の発表。

 二つ目が、レオンハルトの二十歳の誕生日をもって―――つまり来年、エルグランデル皇国はヴィクトリア王国と合併を予定していること。

 三つ目が、魔の森の討伐完了と功績者の表彰と褒章授与だ。

 ハロルドとカトレアの婚姻についても発表される予定だが、どうやら天才魔道具士を手離したくない派閥があるようで、婚姻後の家名等についてまだ結論に至っていないようだ。
 とは言え、何もかもに一区切りがつく。もう一度、世界樹の元へ行く日もそう遠くないだろう。

「私どもはまだお会い出来ていないのですが、ルヴィウス様はどんな方ですか? 閣下はお話されたことがあるのですよね?」
 そう言ったのはウルスだ。

「それはもう愛らしい方よ」カトレアが上機嫌で言う。「月の神を具現化したような容姿でね、お優しく芯の強い方なの」

「お世話する侍従や侍女たちが張り切りそうですね」
 ルーベンが何気なく言った一言に、レオンハルトはむっとしてカップをソーサーに戻した。

「ルゥの世話は俺がするからいい」
「主君が直接されるのですか?」
 ウルスが目を丸くする。
 ルーベンも驚いて口を開いた。
「主君は魔力量の事情もあり私どもがお世話することが叶いませんが、ルヴィウス様は問題ありませんよね?」

「魔力量の問題じゃない。俺の気持ちの問題だ」

 レオンハルトの発言に、ルーベンとウルスが顔を見合わせ、その後、吹き出すように笑った。

「主君、嫉妬しすぎではありませんか」
「黙れ、ルーベン。俺はルゥを誰にも触らせたくないだけだ」
「それを嫉妬というんですよ、主君」
「ウルスまで……。とにかく、ルゥの世話は俺がするから専属の侍従や侍女は無用だ」

 そう言い切ったレオンハルトに、ルーベンもウルスも「はいはい、分かりました」とあきれ顔で苦笑する。
 普段は大人びた行動や言動の多い主の意外な一面を知り、彼らはルヴィウスに会うことがより楽しみになった。

「では主君、執務を続けましょう。今日は王国の討伐最終日ですから、早々に終わらせてルヴィウス様を労いに行かれてはいかがですか?」

 カトレアの言葉に、レオンハルトは「そうする」と答えた。
 バングルを通して伝わるルヴィウスの状態は、正常だが魔力の消費が大きい。きっと、討伐が大詰めなのだろう。

 ウルスが次の決済書類を取り出すと、ルーベンがカップを下げる。見事な連携にレオンハルトは「よし、やるか」と気持ちを切り替え、ペンへと手を伸ばす。

 指先がペンに触れようとしたその瞬間、レオンハルトの右耳のピアスが、チリッ、と熱くなった。ルヴィウスのピアスに仕込んだ自動展開の防御魔法が発動した合図だ。

 レオンハルトはすぐさま立ち上がった。

「カトレアっ、あとは頼む!」
「はいっ?」
「ルゥのところへ行ってくる!」

 言い終えるが早いか、魔法の展開が早いか。レオンハルトは執務室からルヴィウスの存在自体を着地点として、転移魔法を発動した。
 
 
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