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五章 二幕:呪われた亡者の救済
五章 二幕 5話-4 △(一部内容が不穏なので念のため)
しおりを挟む「被害者はこの四人か?」
レオンハルトは問いかけながら、一体、一体、被せられていた布を丁寧に捲り、傷痕を確認する。どの遺体も、酷い有様だった。
「はい」ルイズが答えた。「今回の討伐で野営地区に待機となった騎士2名と魔法使い2名です」
「名前は分かるか?」
「先ほど判明しました。殿下の位置より向かって左から、エスタシオに近い領地の子爵家の次女、魔法使いのルル・マーロウ。エーシャルワイドに近いアンヘリウム男爵領の子爵家次男のペニー・ミレニウム。王都にある商家の次男リントン。彼とペニーは同期の騎士です。最後は、アカデミーを優秀な成績で卒業後に魔法省に入った男爵令嬢、魔法使いのアンネリーゼ・シリケ」
「ハロルドについていた護衛騎士2名を含めると全部で6人か」
「ニックとロイがやられたのですかっ?」
レオンハルトの報告にガイルが声を上げた。顔が青ざめている。どうやら親しい騎士仲間のようだ。
隣に居たルヴィウスが慰めるように、ガイルの背中をさすった。「ハロルドは……」と消え入りそうな声で呟いた彼に、ルヴィウスが「レオが助けてくれたから無事だよ」と伝える。「そうですか」と答えたガイルの声は、涙を堪えているのか震えて掠れていた。
遺体の傷を確認したレオンハルトは、布を元に戻し、しばし黙とうを捧げ、立ち上がった。
「ルイズ、話がある」
「はい。では、あちらの幕舎へ」
レオンハルトは頷いた後、ルイズに続く。しかし、思い返したかのようにルヴィウスを振り向いた。
「ルゥ、頼みがある」
レオンハルトにそう声を掛けられたルヴィウスは、きゅっと唇を引き締めた。
きっと、まだ心に恐怖を抱えている。けれど、ルヴィウスの銀の瞳は、力強さを取り戻しかけている。だから、乗り越えるきっかけを与えたい。レオンハルトはそう考えた。
「ハロルドの護衛をしていた騎士たち―――ニックとロイの汚れを綺麗にしてやってくれ。丁重に弔ってやりたい」
そう告げたレオンハルトに、ルヴィウスは何かを言いかけ、そして口を噤む。あの凄惨な現場に行けというのは、やはり酷だったか。
「ルゥ、辛いなら無理に―――」
「綺麗にするだけじゃなくて、彼らが負った傷も治していい?」
レオンハルトの言葉を遮って、ルヴィウスが言った。その声は、犠牲になった彼らを丁寧に弔ってやりたいという思いと、恐怖を乗り越えようと挑む力強さを纏っていた。どうやら、いらぬ心配だったようだ。
「全体の被害確認は終わったから、問題ない。出来るか?」
「やり方は……分かる。でも……」
ルヴィウスは口籠った。
死者に治癒や回復、再生魔法は使えない。あくまで物体として、復元魔法を掛けることになる。浄化魔法だけならともかく、復元魔法を使うとなると、ルヴィウスの中に残っている魔力量では、少し心もとない。
「いいよ。ルゥ、おいで」
レオンハルトが両腕を広げると、ルヴィウスは彼の意図に気づき、すぐに駆け寄った。
ルヴィウスの手を取ったレオンハルトは、彼の細い腰を抱き寄せて、深く、深く口づける。
恥ずかしげもなく、さも当たり前の行為のように口づけを交わす二人に、ルイズや他の者たちは驚き、そして何となく目を逸らした。彼らの口づけの意味を知るガイルだけが、涙を堪えて唇をきつく引き結ぶ。
ガイルにとって、今回犠牲となったニックとロイは仲の良い騎士仲間だ。戦闘で犠牲になれば、五体満足で帰還できる騎士は少ない。遺体の状態によっては、棺を一度も開くことなく、家族や友が最期の別れをする。だが、ルヴィウスは『傷を治してもいいか』とレオンハルトに聞いた。ニックとロイはレオンハルトとルヴィウスの慈悲により、家族や友と顔を合わせて別れの時間を過ごすことが出来るだろう。
「これくらいで足りそう?」
唇を離したレオンハルトが問いかける。頬を撫でてやると、ルヴィウスが「うん」と頷いた。その短いやり取りで、周囲は二人が口づけによる魔力の補充をしたのだと気づく。
「殿下」ガイルが声を掛けた。「私もルヴィウス様を手伝っていいでしょうか」
「もちろんだ。辛い役目だが、任せていいだろうか」
「はい。大事な友をこの手で送り出させてください」
ガイルの赤くなった目を見つめ、レオンハルトはしっかりと頷いた。
ルヴィウスがガイルに駆け寄り「行こうか」と伝える。はい、と答えたガイルは一つ深呼吸をして気持ちを整え、その後、周囲にいた騎士たちに声を掛け、彼らとルヴィウスと共に、被害のあった幕舎へと向かった。
その背を見送ったレオンハルトは、ルイズに「行こう」と告げる。ルイズは一つ頷き、被害を免れた幕舎へとレオンハルトを案内した。
二人が入った幕舎は、備品を保管するために建てられたものだった。救護用の備品から野営に必要な日用品まで、保存魔法が掛けられた木箱に納められ、整然と積み重ねられている。
「殿下、お話とは」
ルイズが神妙な面持ちでレオンハルトに問いかけた。レオンハルトは言葉を選んでいるかのように、少し考えたあと口を開く。
「あの4人、ルゥに好意的ではなかったな?」
レオンハルトの意図を捉えあぐねたルイズは、瞬きを一つしたあと、戸惑いながら答えた。
「どうでしょうか……、そのような報告は届いておりませんが……」
「そうか」
レオンハルトはそこで黙り込んでしまった。
ルイズの頭に、今回の討伐隊指揮官としての采配に何か間違いがあったかと、少し不安が過ぎる。
「彼らの傷だが」
「あの4人の、ですか」
「あぁ。彼らの傷、魔物に付けられたものだけではなかった」
ルイズが遺体の状態を思い出そうと記憶を手繰る。
「確かに、ダイアウルフに傷つけられたにしては傷口が綺麗なものがありました。まるで剣で切られたかのような……―――まさか、殺人ですか? 犯人は討伐隊の中に?」
「いや」レオンハルトはすぐさま否定した。「彼らは生贄にされたんだろう」
「い…、生贄、ですか? そんな、まさか。呪いじゃあるまいし」
「そのまさかの呪いだ」
「禁術ですよ? しかも呪術師は絶滅しています」
「アンヘリウム男爵家を調べてくれないか」
繋がりが見えない会話の流れに、ルイズはまた目を瞬かせた。
「アンヘリウム男爵家、ですか?」
「あぁ。特に、四、五年前に起こった、ダリウス・アンヘリウムの落馬事故について」
「それが今回の襲撃に関係があると?」
「きっかけにはなっただろう。彼は事故ではなく殺されているはずだ」
「いや、殿下、それはちょっと突拍子もないと言いますか。だいたい、誰がそんな話を殿下にしたんです?」
「本人だ」
言い切ったレオンハルトに、ルイズは深いため息をつく。
「殿下……、死者と話せるとか言いませんよね? いくら殿下でもまさかそんな―――」
「その、まさか、だよ」
ルイズは笑い飛ばそうかと思った。だが、レオンハルトがあまりにも真剣な面持ちでいたから、冗談とは思えなくなってしまった。大陸随一の魔力量を誇り、魔の森さえも一瞬で越えてくる稀代の魔法使いレオンハルトなら、まさかが可能なのかもしれない。
ルイズは眉根を寄せて言った。
「殺人はそれだけで重罪ですよ。貴族殺しとその隠ぺいは、首謀者はもちろん、その者に連なる直系親族の降格や身分のはく奪、場合によっては無期懲役、身内殺しなら極刑の判決が出てもおかしくありません」
「だから事故死に見せかけてるんだろう」
「つまり、身内の策略でダリウス・アンヘリウムは命を落としたと?」
「七つ下に弟がいたはずだ。兄のダリウスに比べれば平凡だという話を聞いた覚えがある。名は確か、リーノ・アンヘリウム。後妻の子だから、ダリウスの血の繋がらない兄弟になるな」
「まさか、後妻が黒幕だと言うんですか?」
「当時、ダリウスは十七だったはずだ。その七つ下ならリーノは十歳。兄弟仲は良好でも、出来のいい兄に嫉妬することはある」
「まるで経験者のように言うんですね」
「経験者だからな。次期国王の優秀な兄を持つと、自分がやけに小さな存在に思えてくる時があるよ。小さい頃は兄上を困らせてやろうと悪戯したこともあった。リーノも同じで、たまたまやってしまった悪戯が落馬事故に繋がったとしたら?」
ルイズはこれまでの一般的な判例を思い出しながら、自分の考えを述べる。
「年齢や殺意の有無を加味すれば、少なくとも罪に問われることはないでしょう。厩舎係や邸を管理する執事長や侍従長、もしくは当主に管理責任が問われる可能性はあります。事情が公になれば、男爵家の醜聞にもなる。リーノは社交界から弾き出されるでしょうね。後継者は別の人間になるでしょう」
「夫人はそれを望まないだろう。とにかく、帰還後に調べてくれ」
「承知しました。殿下はいつまで王国に?」
「このまま来月の大夜会までいるつもりだ」
「エルグランデルを離れても大丈夫なのですか?」
「だいぶ魔素も薄まったし、俺一人なら転移でいつでも帰れるからな。あぁ、そうだ。ルゥとハロルドを連れて先に王都へ戻っても構わないか? できればガイルも連れていきたい」
「もちろんです。ハロルドの容態は?」
「外傷はすべて治した。後遺症も残らないはずだ。だが、心まではどうにもならない。だからあいつの婚約者を呼ぼうと思ってる。きっと助けになるはずだ」
「そうですね、ハロルドのためにも先に戻られたほうがいいでしょう。こちらのことはお任せください。男爵家の件は私の指揮下にいる諜報部隊を使います。連絡は随時」
「そうしてくれ。すまないな、仕事を増やして」
「いいえ、第二騎士団は今でもレオンハルト殿下直属の騎士団ですから。殿下のお役に立てるのなら騎士冥利に尽きます」
「そう言ってくれると心強い。それから犠牲者の遺体だが、あとで俺とルゥが引き取りに来るよ」
「殿下自らですか?」
レオンハルトは少し哀し気に頷いた。
「ここから王都まで帰るには日数が掛かるだろう? その間、誰かが保存魔法を掛け続けなければならない。俺とルゥなら転移陣でどこへでも運び入れられる。少しでも早く、遺族のもとに返してやりたい。特にニックとロイ。ガイルと顔見知りなのに俺が知らないってことは、彼らは近衛か第一騎士団だろう? 父や兄上の指示でハロルドの護衛についたのなら、葬儀の準備を王家の補佐官たちがするはずだ。名誉なことかもしれないが、家族との別れの時間が十分に取れるとは言えない。だが、俺とルゥが転移魔法で家門の邸に送り届ければ、最期の別れの時間をしっかり取れるじゃないか」
「それはそうですが……、殿下のご負担にはなりませんか?」
ルイズが心配そうにレオンハルトを見る。レオンハルトは苦笑して答えた。
「ルイズがどこまで聞いてるか知らないが、今の俺は本気を出せば大陸を更地に出来る程度には強いよ。誰かを連れて何度か転移するくらい、なんてことないんだ」
「そんな大げさな」
冗談でしょう、と笑うルイズに、レオンハルトは少し寂し気に笑った。その表情に、ルイズはすぐに表情を引き締める。
ルイズは第二騎士団の団長として、レオンハルトと付き合いが長い。人並外れた魔力量と魔法の才能を、天才と褒め称える者もいれば、化け物じみていると陰で罵る者もいる。そのことにレオンハルトが傷ついていることも、その傷を唯一癒せる者がルヴィウスであることも、ルイズは知っている。
「殿下がお伽噺の魔王と同じくらい強かろうと、私にとっては仕えるべき主です。心配くらいさせてください」
ルイズの心のこもった言葉に、レオンハルトは「そうか」と柔らかく笑った。
力も権力も併せ持つレオンハルトを前にして、委縮する者も少なくない。だがルイズはこうして一人の人として仕えてくれる。レオンハルトは内心、近しい者に恵まれていることに感謝した。
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