神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 二幕:呪われた亡者の救済

五章 二幕 5話-3

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 名を差し出させることで亡者に縛りを与えたレオンハルトは、再び竜の言葉で問いかけた。

『ダリウス・アンヘリウム。其方の願いを聞こう』

 慈悲の言葉に、ダリウス・アンヘリウムは涙を流した。

「みつけて……ぼくの……おとうと………」

 悲しき亡者となり果てたダリウスが、途切れ途切れに答えた。

『其方、誰かに殺められ亡者になったのか?』

 その問いかけに、ダリウスは小さく頷いた。どうやら、ダリウス・アンヘリウムの死は単純な事故ではないようだ。

 体が透け始めているダリウスに近づいたレオンハルトは、彼の額に右手をかざした。ごくごく僅かに、触れたことのある嫌な魔力の波長が指先を刺激した。その小さな痕跡にレオンハルトは、いつだったか禁書庫で読んだ魔導書に記されていた特殊な呪いだと気づく。ならば、今回の襲撃がどうであれ、これ以上ダリウスの魂を穢すのは憐れだ。

 レオンハルトは左手に親指の爪ほどの蒼の魔石を召喚すると、それを右手に持ち替えた。

『我が其方の罪を赦す。その身を我に預け、しばし眠れ。近いうちに願いを叶え、輪廻へ返そう』

 赦しの呪文を贈ると、ダリウスは「ありがとう」と儚く笑い、さらさらと金色の粒子になる。金の粒子はしばし宙を舞い、そのあと蒼い魔石に吸い込まれていった。

 粒子の残滓が魔石に取り込まれるのを見つめていたレオンハルトは、小さくため息をついた。
 役に立つのかと疑問に思っていた魔導書の内容は、このためのものだったらしい。そうなると、ルヴィウスの力が必要になってくるだろう。

「レオ……」

 ルヴィウスの声に呼ばれ、レオンハルトが振り返る。手に持っていた魔石は、いったん亜空間へしまい込んだ。
 不安げに瞳を揺らす愛おしい存在を安心させたくて、レオンハルトは歩み寄るなりそっと抱きしめる。

「怪我はない? 魔物はどうなった?」
「怪我はないし、魔物はすべて討伐した……。ガイルとルイズ騎士団長と、他にも何人か加勢してくれたから……」
「ルゥに怪我がなくてよかった。ハロルドも無事だよ。まだ眠ってもらってる」
「そう、よかった……」

 そこで言葉を切ったルヴィウスは、レオンハルトの背をきゅっと抱きしめ返し、少し震える声で問いかけた。

「ねぇ…、いまの……、なに……? レオを刺した騎士だよね……? なんで消えたの……?」

 抱きしめる腕を緩めたレオンハルトは、ルヴィウスの揺れる銀月の瞳を見つめ返した。そして頬に手を滑らせ、落ち着かせるように撫でる。

「彼は亡者だよ。悪意に引き寄せられた、未練を残したまま死んだ過去を持つ哀れな亡者だ」

 レオンハルトの言葉に、ルヴィウスの肩が震えた。

「じゃあ、あれが……ウェテノージル様が言ってた、操られた亡者……?」
「ウェテノージルが言ってた? なんて言ってたんだ?」
「悪意には気を付けろ、って。生者の悪意は亡者を呼び、呪われた亡者は大いなる力に操られる、って」

 確か、イグドラシエルも、亡者には気をつけろと言っていた。
 不安に瞳を揺らすルヴィウスを、レオンハルトはしっかりと抱き寄せる。

「もう大丈夫だよ。俺が魔石に閉じ込めて預かっているから」

 背中をさすりながら、レオンハルトはルヴィウスにそう言った。ルヴィウスは「うん」と頷いて、レオンハルトの背中に腕を回す。強張っていた体から力が抜け、ルヴィウスの安堵がレオンハルトに伝わる。
 レオンハルトは「もう大丈夫」ともう一度囁いた。

「レオ……」
「ん?」
「ウェテノージル様が、亡者を救えばすべてが納まるところにたどり着くって言ってた」
「そうか」

 腕の中で顔を上げたルヴィウスは、戸惑いに銀月の瞳を揺らす。

「あのね、それは僕がやらなきゃいけなくて、その方法はレオが知ってるって言ってたんだけど、分かる?」

 レオンハルトは腕を緩めると、ルヴィウスのこめかみに口づけ、そのあと目を合わせて笑みを浮かべた。

「分かるよ」
「本当?」
「あぁ。しかもタイミングも申し分ない。今回の討伐でルゥの中に蓄積されてた俺の魔力、ぜんぶ使い切ったみたいだからな。魔力不足を補うために渡した分はルゥの体を形成するものじゃないから問題ないだろう。これでルゥはイグドラシエルからもらった祝福を完璧に使えるようになるはずだ」
「僕がイグドラシエル様から授かった祝福で亡者を救うんだよね?」
「そうだよ。今すぐどうこう出来ないから、準備が整うまで少し待ってて。とりあえず、ガイルやルイズのところに案内してくれる? 亡くなった騎士たちを弔ってやりたいし、この事態の真相をはっきりさせないと。それから、カトレアも呼んでやりたい。ハロルドの傍にいたいだろうし、ハロルドもカトレアに会いたいだろうから」

 ルヴィウスは頷いて「こっちだよ」と歩き始めた。
 レオンハルトは、するり、と手を伸ばし、ルヴィウスの右手に自身の左手の指を絡める。きゅっと握りしめると、ルヴィウスが安堵の表情で微笑む。誰にも甘えようとしないルヴィウスが、この世でたった一人、自分だけに弱さを見せ、助けを乞う。それがレオンハルトに得も言われぬ悦びを与えた。

 ルヴィウスは、もっとも被害の大きかった救護用幕舎へとレオンハルトを案内した。
 周囲には討伐されたダイアウルフの骸が、あちこちに横たわっていた。戦闘の名残か、それとも襲撃の際に被害にあったのか、いくつもの幕舎が壊れたり破れたりしている。

 視界の先に、ガイルやルイズをはじめ、騎士と魔法使いたちが沈痛な面持ちで立ち尽くしているのが見えた。彼らの視線は、布を掛けられた状態で地面に寝かされている四体の遺体に捧げられている。

「ルイズ、ガイル」

 声を掛けたのはレオンハルトだ。ぱっと顔を上げたルイズとガイルに、周囲もつられてこちらを振り向く。

「レオンハルト殿下っ?」ルイズが驚いて声を上げた。
「なぜこちらに?」ガイルも目を丸くする。

 その後、二人はすぐさまレオンハルトの前に膝をついた。他の騎士や魔法使いたちも二人に続き、すぐさまレオンハルトに最上位の敬意を表する。

「挨拶はいい、皆、立って楽にしてくれ」

 レオンハルトの指示に、「はい」とルイズが立ち上がる。ガイルや他の者たちもそれに倣い、立ち上がった。

 レオンハルトはガイルに「ルヴィウスを頼む」と告げ、繋いでいた手を離そうとした。が、ルヴィウスが、きゅっ、と握り返してくる。すぐに「あ、ごめん」と手を離したルヴィウスだったが、顔色が悪い。危険が去ったことで、張り詰めていた糸が切れたのだろう。

 酷く損傷した騎士の遺体に、大怪我を負った友。さらには、レオンハルトが剣で貫かれる瞬間を目の当たりにしてしまった。目に見えなくとも、心に大きな傷を負ったに違いない。

「ルゥ、おいで」

 レオンハルトは人目も憚らず、ルヴィウスを引き寄せた。しっかりと抱き寄せて、背中をさすり、髪を撫でる。

「ごめんね、動揺しちゃって……」

 なんとか取り繕おうとするルヴィウスの額に、レオンハルトはキスをした。同時に、魔力を纏わせた癒しの効果を持つ古代語を囁く。すると、ルヴィウスを苛んでいた体の冷たさが和らいだ。強張っていた顔も、心なし緩む。

「すぐ済むから、ガイルと一緒にいてくれるか?」

 指の背で頬を撫でながらそう告げると、ルヴィウスは、こくり、と頷いた。レオンハルトは「いい子」と囁いて、ルヴィウスの頬にキスをする。そうして時間を掛けてルヴィウスを落ち着かせたあと、目配せでガイルを呼び、彼に最愛の存在を託した。

 ルヴィウスから離れたレオンハルトは、襲撃の被害に遭った遺体の傍に近づいた。
 
 
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