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五章 二幕:呪われた亡者の救済
五章 二幕 9話-3
しおりを挟む「ダリウス」
レオンハルトが呼びかけると、ダリウスはすっと視線を向けた。
「リーノに触れられるようにしてやる」
その言葉に、弾かれるようにリーノがレオンハルトを見上げた。ダリウスも目を見開いて驚いているように見える。
実のところ、ルヴィウスも驚いていた。亡者と生者が触れあえることが出来る魔法など、あるのだろうか。
「5分……―――いや、10分だけ時間をやる。リーノと話せ」
別れをしろ、そう言っているのだと理解したダリウスが、しっかりと、覚悟を決めた顔で頷いた。
レオンハルトは指を鳴らして、一体のゴーレムを呼び出した。それを見たルヴィウスは、なるほど、とレオンハルトがやろうとしていることに気づく。
ゴーレムは魔力を注入した魔石を核として埋め込まれ、それを原動力として動いている。ダリウスは亡者だが、襲撃時には剣を持つなど物理を操ることが出来ていた。それは魔力を帯びた状態をある程度の間、維持できる証拠でもある。
つまり、理論上はゴーレムと一体化してその体躯を操ることが可能だと言うことだ。不十分なところをレオンハルトが魔石を媒体にして補助するのだろう。
ダリウスが顔のないゴーレムに吸い込まれていく。レオンハルトが何かの魔法を重ね掛けしている。そのうち、ゴーレムがダリウスの姿を纏い始めた。
みるみるうちに、ダリウスはゴーレムという媒体を介し、彼岸から此岸に召喚された。
「これを握ったまま離すな。俺とルゥは外にいる」
レオンハルトはダリウスを封印していた蒼い魔石を彼に渡した。ダリウスはそれを受け取り、頭を下げる。
「ありがとうございます、殿下」
初めて、ダリウスの声を聞いた。凛と透き通った柔らかい声だ。顔を上げ、優しく微笑むその横顔に、リーノが見惚れている。
レオンハルトとルヴィウスは、室内に二人を残し、ドアを開けて外に出た。ドアが閉まる直前、ルヴィウスが二人の様子を窺い見ると、ダリウスがリーノを抱き上げて頬にキスをしていた。
お互い、想い合っている。どんな苦境に立たされようと、互いの存在が生きる意味となって今日までの日々を支えてきた。それなのに、別れなければならない。亡者と生者は共にはいられないからだ。
この後の二人のことを想って落ち込んだ表情を浮かべるルヴィウスの肩を、レオンハルトは抱き寄せた。
「ルゥ、協力してほしいんだけど」
「なにをするの?」
「ダリウスとリーノ、このまま別れさせるの、嫌なんだよね、俺。それがこの世の摂理から外れることだっていうのは承知の上で、手を差し伸べてやりたい」
「それは、僕もだよ。でも、ダリウスをずっとゴーレムの中に入れたままには出来ないよね?」
「それは俺もしたくない。だから、違う方法を取りたいんだ」
「レオの魔力をもってしても、ダリウスの体を復活させるのは難しいと思うけど……」
「そんなことしたらダリウスがアンデッドになっちゃうじゃないか。俺は魔王であって悪魔じゃないぞ」
「そんなこと言ってないでしょ。それに君は魔王でもない。冗談言ってないで、二人を救う方法を教えてよ」
ルヴィウスがむっとした顔を向けると、レオンハルトは悪戯っぽく笑って答えた。
「聖下とマイスナー卿。あの二人と同じことをしようと思って」
ルヴィウスはレオンハルトの意図を分かりかねて、首を傾げる。
エスタシオの教皇聖下マイアン・グリフィードと、聖剣の主アルフレド・マイスナー。彼らは一つ前の管理者と筥だ。そして、その時の記憶を持ったまま、生まれ変わっている。
「あぁっ!」
意味が分かったルヴィウスは大きな声を上げた。
レオンハルトは不敵に笑う。
「出来る気がするんだけど、ルゥはどう思う?」
「出来そうな気がする!」
「だろ? 聖下とマイスナー卿は、世界樹イグドラシエルの祝福を受けて生まれ変わった。魂の欠片を一つずつ握りしめて。運命に導かれるように、同じ国、同じ時代に」
「二人が記憶を持って生まれ変われた条件は、魂の欠片を持っていることと、世界樹に祝福されること」
「俺の魔法でダリウスの魂の一部を欠片にして魔石に閉じ込めて、それをリーノに持たせよう。リーノは生きているから魂を欠片にすることは出来ないけど、彼の血液を封じ込めた魔石を欠片の代わりにダリウスの魂に埋め込めばいける気がするんだ」
「そして僕がダリウスに、記憶を持ったまま生まれてこられるよう祝福をする」
「絶対とは言えない」
「でも、かなりの高確率で聖下たちと同じことを再現できる」
二人は互いに見つめ合って頷く。ルヴィウスが先ほどまで感じていた落ち込んだ感情は、どこかへ飛んで行ってしまった。
ルヴィウスの表情が明るくなったことに、レオンハルトはほっとした。傍に居る時はいつだって、幸せや喜びを感じていてほしい。
「実は聖下たちにリーノを預けられないかって考えてるんだ」
レオンハルトが言った。
「そうなの?」
「リーノの意見を聞いてからと思ってるんだけど、ルゥはどう思う?」
「いいと思う。聖下もアルフレド様も、事情を話したらきっと協力してくれるよ。むしろ積極的にダリウスを探してくれるかも」
「リーノの神聖力の強さを考えれば、聖下と同じくらい不老だろうし、ダリウスがかなり年下で生まれてきても何てことないだろう。それでも、出会えるまでは辛いはずだ」
「でも、二度と会えないよりずっと希望を持てるよ」
ルヴィウスの言葉にレオンハルトは「そうだな」と頷いて答え、そのあと何故か表情を陰らせて空を見上げた。
「どうかした?」
気になって声を掛けたルヴィウスに、レオンハルトは空を見上げたまま独り言のように呟く。
「俺は……、ルゥを失った後、どうやって生きていけばいいんだろうな……」
いつか、別れがやって来る。しかも、永遠の別れだ。人として生きるルヴィウスと共に歩ける時間は、彼の寿命が尽きるまで。エルグランデルへ移り住んでも、かの地の魔素は薄まってきている。それを考えれば、いくらルヴィウスが大きな魔力を宿していても、数百年余りが上限だろう。
自分を置いて逝くのは、ルヴィウスだけではない。一人、また一人と先に旅立ち、いずれは永遠に一人だ。永遠を生きることの孤独に、どれほど耐えられるだろう。心が壊れてしまう前に、永遠に眠りにつける術を見つけたほうが、いいかもしれない。
「レオ」
ルヴィウスがレオンハルトの腕にしがみ付く。
「一人にしないって約束したじゃないか。今まで黙ってたけど、本当は―――」
まだ不死じゃないんだよ。そう告げようとしたルヴィウスだったが、ドアがきしむ音と、ダリウスの「お待たせしました」という声に、言葉を遮られてしまった。
小屋を出てきたダリウスは、リーノを抱きかかえていた。しがみ付くようにしてダリウスの首に腕を回しているリーノは、ぐずぐずと泣いている。
「離れたくない……っ」
リーノが涙声で訴える。ダリウスは「ごめんね、リーノ」と、緩く結わえられた彼の髪を撫でた。
二人の様子を窺っていたレオンハルトだったが、するり、とルヴィウスの腕を解いて彼らに歩み寄った。
「ダリウス、お前の魂の一部をリーノに預ける気はないか」
「それは、どういう……」
戸惑うダリウスを他所に、レオンハルトはリーノの背中を軽く叩いた。リーノはダリウスに抱かれた状態のまま、目を真っ赤にしてレオンハルトを振り返る。
「リーノ、もう一度、ダリウスと巡り合う運命を手に入れられるとしたら、ひと時の別れを我慢できるか?」
「どういうこと……?」
「ダリウスはずっと前に死んでる。それは分かるな?」
リーノはレオンハルトの説明に頷いて答える。
「彼は君が心配で、ずっとこの世界に身を置いている。それは魂が穢れて輪廻に戻れなくなる行為だ。リーノが強い神聖力を持っているから、ダリウスはこれまで魂を穢すことなく留まっていられた。でも、これ以上は難しい。リーノもダリウスが悪霊になるのは嫌だろう?」
リーノは、二度、頷いた。
「だから、一度さよならしよう。再会できる特別なさよならだ。その為には、リーノの血が少しだけ必要で、ダリウスの魂から少しだけ欠片を取り出すことも必要なんだ。どっちも痛みを伴うけれど、俺の魔法とルゥの祝福でダリウスを見送れば、二人はもう一度出会える。かなりの歳の差になるかもしれないけど、リーノはダリウスを待てる?」
「僕のほうが、お兄さんになるってこと……?」
「まぁ、簡単に言えばそういうことかな。リーノがすることは三つ。少しだけ血を分けてくれること、ダリウスを見送ってあげること、そして待っている間に神聖力の扱いを学ぶこと。出来そう?」
リーノは手の甲で涙を拭うと、ダリウスに「おろして」と言った。ダリウスがそっと下ろすと、リーノは背筋を伸ばし、しっかりとレオンハルトを見据える。
「僕、頑張ります。だから、兄さまと……生きてる兄さまともう一度会わせてください」
それはリーノの強い、強い、願い事だった。それこそ人生の総てを懸けても叶えるのだという覚悟が感じられるほどの。
レオンハルトは「よし」と頷いてリーノの頭を撫でた。
「ダリウスはどうする? リーノの願いを叶えるために、俺の話に乗るか?」
「もちろんです。もう一度リーノを愛する機会を得られるのなら、どんな痛みにも耐えてみせます」
ダリウスにも迷いなどなかった。お互いに、望みは同じ。共に、生きていくこと。そのための代償が痛みとひと時の別れだと言うのなら、喜んで差し出そう。
ダリウスがリーノの頬を撫でる。
「リーノ、待っていて。必ず私が見つけてみせるから」
「待ってる。兄さまをずっと、ずっと待ってるよ。大人になった僕に会いに来てね」
もちろんだ、と答えたダリウスは、リーノの左手を取り、そっと薬指に口づける。永遠の約束を誓うおまじないだ。
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