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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 1話-1
しおりを挟む十月中旬を過ぎた二十日。
秋の気配を色濃く纏う夕闇が訪れる頃、ヴィクトリア王国の王宮には、馬車が長い列を作っていた。
今日に限り、家門付きの馬車に乗る貴族は王宮の一層目の検問を免除されている。二層目で警備担当の騎士らの検問を受け、三層目の迎賓区の馬車停めで降りた招待客らは、一番大きな夜会ホールへと流れていく。
ホールに設けられた幾つかの入場ゲートでは、魔力の波長が招待者であると確認が取れる特殊な招待状を係りの者がチェックしている。大きな混乱や遅滞もなく、招待客らはホールへと入場していった。
シャンデリアの水晶が煌めき、磨き上げられた大理石の床にその光りが散りばめられている。
豪華な装飾が施された広間には、招待客を楽しませる華やかな音楽が優雅に流れ、紳士淑女らの笑い声や囁きが、その旋律に心地よく重なっていた。
淑女らが纏う鮮やかな色彩のドレスは、まるで咲き誇る花々のようだ。繊細なレースや刺繍、そして宝石たち。夜会の正装に身を包む紳士たちも彼女らに劣らず、パートナーと色合いを合わせたその装いは、華々しさがある。
壁際には色とりどりの花々が活けられ、甘く芳醇な香りを漂わせている。
卒なく歩き回る給仕らが品よく配っていく銀製の盆に乗せられたグラスからは、時折、炭酸の弾ける音が聞こえ、黄金色の歓迎酒が国王らの登場を待つ招待客らの会話をより雄弁にした。
開け放たれたバルコニーからは宝石を散りばめたかのような夜景が広がり、そこからの景色は夜会の熱気をしばし忘れさせる静けさがあった。
レオンハルトは4名の重要な招待客を連れ、ホールの入場ゲートの中でも特に重要な来賓―――隣国の招待客など―――を通すゲート前に現れた。
「エーシャルワイドの首長夫妻と、エスタシオの教皇聖下、パートナーのマイスナー卿をお連れした」
そう宣言したレオンハルトを、ゲートの警護をしていた上級騎士の2名が、心なし頬が上気した顔で見つめる。
上質な漆黒の生地に、袖や襟に施された銀の刺繍の正装を纏い、いつもは下ろしている前髪を後ろへと流し、より大人びた表情となったレオンハルトは、まさに神が造った芸術品そのもの。誰もがその姿に目を奪われ、一瞬我を忘れてしまうほどだ。
「おい……? 通ってもいいか?」
「はっ、はいっ!」
「失礼しました!」
ざっ、と機敏な動きで両端に避けた2名の騎士の間を、レオンハルトが訝し気な表情で通っていく。彼の後ろに続いたエーシャルワイドの首長夫妻と、マイアン、アルフレドは小さく笑っていた。
今夜のレオンハルトは美の暴力と言っても過言ではない。職務を忘れて魅入ってしまうのも、仕方のないことだろう。
ホールに入ってすぐ、エーシャルワイドを担当する外交官がやってきた。レオンハルトは彼に首長夫妻を任せると、マイアンとアルフレドを彼らに割り当てられたスペースへと案内する。
ホールの正面は、五段ほどの階段が左右に付けられた半円形の舞台になっている。背面の壁には、世界樹と竜を象ったヴィクトリア王国の国旗が掲げられ、中央には国王と王妃、王太子とその婚約者、そしてレオンハルトのための椅子が置かれている。
会場には後方に立食用スペースが設けられており、入場ゲートと反対側の壁側にはソファや椅子なども設置されている。ホールを出れば休憩室が幾つもあり、それぞれの部屋の前には係りの者がいる。
舞台を正面に見て、レオンハルトは左前へと進んだ。そこには紗のカーテンで仕切られた迎賓用の椅子とテーブルが用意されている。先ほど外交官へと案内を任せたエーシャルワイドの首長夫妻は、ここと反対側に用意された同等のスペースへ案内されている。
マイアンとアルフレドが席に着くと、控えていた担当給仕がテーブルの上にシャンパンや一口大のオードブル、軽食が乗った皿を並べていく。準備が整ったところを見計らい、レオンハルトが右手を上げると、彼らは音もなくカーテンの外へと下がった。
「陛下たちが来るまで楽にしていてください」
レオンハルトがそう言うと、アルフレドが「ありがとうございます」と笑う。
装飾の少ないシンプルな聖騎士の正装だが、そのことが整った顔立ちのアルフレドの良さを、より引き立てている。今夜は他国の夜会の場であることから、聖剣は留守番だ。
「久しぶりに殿下とお話出来て楽しかったです」
そう言ったのはマイアンだ。エスタシオを代表する教皇として出席しているため、アルフレド同様、華美な装飾は控えているものの、質のいい織物で仕立てられた最上級の神官服は、見る者に彼の美しさを雄弁に語っている。
「リーノに会ってみていかがでしたか」
レオンハルトが率直に聞いた。リーノの預け先候補として、すでに昨日のうちに二人に引き合わせている。
リーノの反応は、まずまずだった。いや、相手がマイアンとアルフレドでなくても、同じ態度だったかもしれない。ダリウスに会うために、彼なりの覚悟があるのだから。
マイアンは、花が綻ぶように笑った。
「ぜひ、私たちに預からせてください。あれだけの神聖力となれば、王国より我が国に居たほうが生きやすいでしょう」
マイアンの言葉に同調するようにアルフレドが頷いて、言葉を付け加える。
「何より、私たちと同じ、運命の人との再会を控えた子です。彼の伴侶を探す手伝いもしてやりたい」
アルフレドはダリウスのことも気にかけているようだ。自分がマイアンに会うまでの日々を思い出しているのかもしれない。
「リーノの神聖力は、きちんと扱えるようになれば聖下に匹敵するレベルではないかと思うのですが」
レオンハルトがそう言うと、マイアンは伏し目がちに答えた。
「そうですね……。よく今まで見つからずに過ごせたものだと驚きました」
「こう言ってはなんですが」アルフレドが言う。「家族が彼を遠ざけていたことと、エスタシオから遠く離れた場所に居たことが良かったのかもしれません」
「あの子の伴侶たる魂が闇烏に呪われたことも、彼が下手に教会に目を付けられずに済んだ結果を引き寄せたのでしょう」
「そう言えば、殿下。殿下の魔力をあまり感じませんが、あの膨大な魔力をもう制御できるようになったのですか?」
アルフレドの問いかけに、レオンハルトは苦笑いする。
「さすがにこんな大勢の前で魔王並みの魔力を溢れたままにさせるわけにはいきませんから。制御もしていますが、魔力遮断の足枷も付けています。念のため、マイスナー卿がくださった手袋も」
冗談めかして手袋をした手を見せるレオンハルトに、マイアンとアルフレドは胸を痛めた。
ウェテノージルを継ぐ。それがどれほど残酷なことか、特にアルフレドには容易に想像できた。
「殿下、何度も申し上げておりますが、一人で抱えてはいけません」
アルフレドが、少し不安げな表情を浮かべるレオンハルトに気づいて優しく声を掛けた。先代管理者だった彼は、伴侶が自分より先に衰えていくことの怖さを知っている。
「まだ時間はあります。それに、殿下は私とは違い、魂に干渉する魔法を使える」
「その代償が不死です。俺は永遠に生きたいわけじゃない」
「分かっています。皆で考えましょう。殿下とルヴィウス様が幸せになれる方法を」
何かを堪えているのか、レオンハルトはぐっと唇を引き締めたあと、眉尻を下げて「ありがとうございます」と笑った。
無理に浮かべたその笑みが、マイアンとアルフレドにはつらく映った。
「ご歓談中失礼します」
紗のカーテンの向こうから、案内の担当者が声を掛けてきた。
「陛下の準備が整い、こちらへ移動中とのことです。あと三十分ほどでご到着とのことですので、殿下におかれましては王族控室へご移動願います」
レオンハルトはため息交じりに「わかった」と告げた。担当者はすぐにその場を離れていく。
まだ三十分あるとは言え、ヒースクリフらの入場までに会場の招待客らを既定の位置に移動させなければならないことを考えれば、ギリギリ間に合うかどうかだろう。
「では、また後ほど」
レオンハルトはそう言い、軽く頭を下げてマイアンたちの元を後にした。
ホールに姿を現したレオンハルトの靴音が、カツン、と響く。
同時に、音楽が止む。それまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
ホールを横切るように堂々と歩いていたレオンハルトだったが、あまりの静けさと多くの視線に異変を察知し、大勢の人がいるであろう舞台とは反対側に顔を向けた。
招待客らの視線はすべて、レオンハルトに向けられていた。
―――あぁ、俺の所為か。だから正装は嫌いなんだ。
そう思いながら、第二王子の仮面を被って、にこり、と笑う。
「皆、今夜は楽しんでもらえると嬉しい。もうすぐ陛下が入場される。係りの案内に協力して移動を頼む」
レオンハルトが会場に行き渡るよう大きく言葉を発した。言い終えた瞬間、わっ、と会場が歓声に沸く。ひらひら、と右手を振ったあと、再び歩を進めた。
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