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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 1話ー2
しおりを挟むふと、進行方向に笑いを堪えている見知った顔たちがあるのが見えた。カトレアにハロルド、アレンとガイル、グラヴィスにエレオノーラ、そして未来の義姉ノアールだ。
それぞれ何かを言いたそうに口元を緩めている彼らに気づいたレオンハルトは、小さなため息をついたあと、そちらへと足を向けた。
「さすが、主君。登場しただけで会場を無音にするなんて、なかなか出来る芸当ではありませんわ」
レオンハルトがやってくるなり、挨拶もなく揶揄うのはカトレアだ。深紅にグレーのパイピングが施された華やかなマーメイドドレスが、良く似合っている。
「別に俺は芸を披露しているわけではないんだが」
「でも特技ですよね、殿下の」
「どういう意味だ、ハロルド」
「人を黙らせるのが上手い―――ぐぅ」
レオンハルトは容赦なくハロルドの顎を掴み上げる。
今夜のハロルドは、カトレアと衣装を合わせているらしく、グレーをメインにところどころ深紅の装飾が入ったデザインの正装だ。さすがに深紅をメインカラーにはしづらかったようだが、彼にしては、よく頑張ったほうだろう。
「お前、図々しすぎると消し炭にするぞ」
「ほんほとひっへへひふひひはほほ(そんなこと言って本当に消し炭にしたこと)―――ぐぇ」
「主君、わたくしの伴侶をいじめないでくださいませ」
カトレアが強引にハロルドを奪って腕の中に閉じ込める。レオンハルトは「ははっ」と笑った。
少し落ち込んでいた気持ちがあっという間に浮上する。本当に、ハロルドの存在はありがたい。ずけずけと遠慮なく物を言い、からかえば思った通りの反応を見せる。何より、いつだってルヴィウスとの仲を信じてくれる。
「なんともないか、ハロルド」
カトレアに抱きしめられたままのハロルドに、レオンハルトは静かな笑みを浮かべて問いかけた。
なんのことを気遣われているかを理解したハロルドは、にかっ、と満面の笑みで言い返す。
「ボクの図太さ、知ってますよね? もう平気ですよ。それに憧れのルヴィウス様に助けてもらったうえにトア様に蜂蜜のプールに落とされるくらいの勢いで甘やかされたんですよ? 復活しないはずないでしょう?」
レオンハルトは短く「そうか」とだけ答えた。蜂蜜のプールは少々想像しづらいが、いつものハロルドに戻ったのならそれでいい。
「二人の激甘ぶりを見せられるこっちの身にもなってほしいよ」
そう文句を口にしたのはアレンだ。
濃緑をメインカラーにした正装は、ガイルの瞳を意識してのものだろう。正式にアクセラーダ公爵家の次期当主として社交界に紹介され始めた彼は、その話術と柔らかい雰囲気で淑女の視線を独り占めしているらしい。おかげで、ガイルはいつも嫉妬心を煽られている。
「ガイルは真面目だからな」
「なぜ私に話を振るんですか、殿下?」
「いや、アレン殿がハロルドを羨ましがってるみたいだから」
「だからって私が真面目だって言う話になるのはおかしくないですか?」
「おかしくないだろう? お前の性格上、結婚するまでは清くいましょう、って言いかねないし」
「それのどこに問題が?」
「ここ?」
と、レオンハルトがむっとした表情のアレンを指さす。
どうやらレオンハルトの予想通り、ガイルが真面目過ぎる所為で愛情表現が足りていないようだ。アレンはもっと先へと進みたいが、ガイルが固辞する。そんなところだろう。
「殿下の言う通り問題だと思うけど?」
アレンが拗ねた顔で言う。途端、ガイルは慌てふためいた。
「アレンっ、あの、違うんです、私はですね、こういうことは順を追って進めたいと言いますか……。って言うか、こんなところでする話じゃないですから、ちょっとだけバルコニーに行きましょう!」
ガイルはアレンの手を引いてバルコニーへと足早に歩いていく。レオンハルトは彼らの背中に「陛下が来るまでには戻れよ~」と声を掛けた。それが聞こえたのか、アレンが顔だけ振り返って頷く。
まったく、仲のいいことだ。レオンハルトは小さく笑った。
心の中が、なんだか温かい。自分のことではないのに幸せを感じられるとは、良き友に恵まれた証だろう。
「殿下」
順番を待っていたかのように、グラヴィスが声を掛けてくる。隣には彼の妻、エレオノーラ。今でも多くの者が憧れてやまない社交界きっての仲睦まじい夫婦だ。
今夜も揃いの夜会服に、メインの装飾はお互いの瞳の色を付けている。これで親としても文句のつけようもないのだから、頭が下がると言うものだ。
「アクセラーダ公爵、公爵夫人、王家の夜会にようこそ」
レオンハルトは芝居じみた口調で軽く頷く程度の挨拶をした。それに反応したのは、グラヴィスではなく、エレオノーラのほうだった。
「まぁ、殿下。わたくしたちの間にそんな堅苦しい挨拶はいらないのではなくて?」
艶やかな黒髪を優雅に結ったエレオノーラが、揶揄って言う。彼女なりに、親密さをアピールしているようだ。
レオンハルトに対して言っているというより、徐々に周囲に集まり始めた貴族らに対し、今でも燻っているルヴィウスとの婚約破棄の噂を消すための言動だろう。
エレオノーラの意図に気づいたレオンハルトは、にこり、と笑って彼女の右手を取り、その甲に口づける仕草で淑女への挨拶をする。
「では、義母上とお呼びしても?」
「もちろんよ」
「いや、まだ早いだろう」
二人のやり取りを止めたのは、グラヴィスだ。
レオンハルトがエレオノーラの手を離すと、彼女はその手に扇を持ち替え、バサっ、と広げ口元を隠す。
微笑んでいるが、エメラルドの瞳に僅かな苛立ちが見える。そのエレオノーラの表情に、グラヴィスは僅かに口端を引きつらせた。天下のアクセラーダ公爵も、愛する妻には弱いらしい。
「旦那様、日取りはまだ決まっていませんが、ルヴィと結婚すれば殿下は私たちの義理の息子ですわ」
「まだ義理の息子じゃない」
「まさか、まだ拗ねていらっしゃるの?」
「拗ねてない」
「いい加減になさいませ。家柄、容姿、才能、性格、資産。殿下は大陸一、完璧な結婚相手ですわ」
「完璧すぎるから認めたくないんじゃないか」
「それはどういう見解かな、公爵?」
俺にどうしろと言うのだ……。レオンハルトが苦笑いする。
グラヴィスは深くため息をつき、父親の顔でレオンハルトを見返した。
「殿下は完璧すぎます」
「ダメだったか? 愛息子の結婚相手として条件はいいと思うが」
「そういうことを言っているのではありません。殿下が私の息子になるなら、もう少し情けないところがあっていいのですよ。親なんて、頼られてなんぼでしょう。あなたは一人でなんでもかんでも背負いすぎます。頼ってくれるつもりがあるのなら、父と呼ぶことを許しましょう」
グラヴィスの愛情あふれる回答に、レオンハルトは数度、目を瞬かせた。まったく、この人は。どこかくすぐったくて、自然と年相応の笑顔になった。
「頼らせてください、義父上。俺はまだまだ未熟者ですから」
レオンハルトの言葉に満足したのか、グラヴィスは大きく頷いた。
「いいでしょう。これからはもう一人の父として殿下を支えましょう」
「ありがたく、甘えさせていただきます。では、家族の一員として、義姉上を王家の控室までエスコートしてもよろしいでしょうか?」
レオンハルトは演技がかった言い回しで、エレオノーラの隣に控えていたノアールに手を差し伸べた。
父譲りの銀髪に、母譲りのエメラルドの瞳、白い肌に黄金律の顔立ち。レオンハルトの兄、王太子エドヴァルドが長年慕い続け、求め続けたただ一人の女性。
同じ公爵家から二人も王家へ嫁ぐとなれば、さすがに反対の声も出るものだ。だが、レオンハルトに課せられた宿命が、二人の想いを繋いだ。こればかりは、レオンハルトも自分がウェテノージルを継ぐ者で良かったと思えてならない。
よろこんで、と答えたノアールはレオンハルトの右手に左手を重ねた。
二人は「また後で」とグラヴィスらに声を掛け、いったんホールを出る。控えていた護衛騎士が待ち構えていたかのように現れ「ご案内します」と二人の前を歩いた。
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