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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 1話ー3
しおりを挟む「殿下とは、二人きりで話す機会があまりありませんでしたわね」
ノアールが言った。レオンハルトは苦笑する。
「それは仕方ないことだと思います。兄上は義姉上のことに関しては存外嫉妬深いから」
「実の弟にさえ嫉妬されていらっしゃったの?」
驚いた、とノアールはエメラルドの瞳を大きく見開く。
「もちろん。そもそも、王太子の立場で婚約者を擁立しなかった時点で、ものすごい執着ですから。義姉上、結婚したら大変ですよ」
肩をすくませて言うレオンハルトにノアールは、ふふふ、と笑う。
「大丈夫ですわ。わたくしも存外、嫉妬深いですから」
「義姉上が?」
「えぇ。社交界でどれだけ牽制してきたことか。エディを渡すくらいなら決闘を申し込んでやるっていうくらいの勢いでやってきたつもりです」
「ははっ、母上が王妃の素質があるって褒めるわけだ」
「あら、王妃陛下がわたくしをそんなふうに評価してくださったの? うれしいわ。エディの隣に立つために自分を磨いてきたんですもの」
「いずれ、俺も義姉上に跪く日が来るんでしょうね」
「先の話ですわ。まだ、わたくしが殿下に跪かなくては」
「本気で言ってます?」
ふふふ、とノアールは小さく笑った。彼女はもう覚悟を決めているようだ。
今夜、ノアールは正式に王太子の婚約者として発表される。それはいずれ、この国の王妃になるということ。きっと、素晴らしい王妃になることだろう。エドヴァルドの戴冠式の日、彼女はその隣に立っている。もしかしたら、その頃には彼らに子どもがいるかもしれない。
未来を想像し心の中が温かさに包まれる。
そうやって、レオンハルトは改めて気づいた。大切にしたいのは、ルヴィウスだけではないのだと。
たとえ最愛の伴侶を失う日が来たとしても、他にも護りたい存在が居たとしたら。もしも、そうやって永遠の未来が続いていくのだとしたら。
―――生きていけるだろうか。いつか、ルゥを失う日がやって来たとしても。
ノアールをエスコートして王族控室までやって来ると、案の定、エドヴァルドに「なぜお前がノアを連れてくるのだ」と睨まれた。べた惚れしている婚約者がいる弟にさえ嫉妬するとは、心の狭い兄だ。
そんなことを思いながらも、「義姉上があまりにお綺麗だったので手が出てしまいまして」と揶揄ってやった。
当然、エドヴァルドは黙っていない。
「ノアに許可なく触ることは許さん」
「許可があればいいんですか?」
「いや、許可しない」
「でしょうね。そういう粘着質なところ、嫌われますよ」
「そんな態度を取っていると、ルヴィにお前の弱みを告げ口するぞ」
「ルゥにバレて困るような弱みはありませんが?」
「ほぉ、強気だな。ルヴィのことが気になって気になって、彼の部屋に映像球を仕掛けようとしたのは誰だったかな」
「してませんっ! そんな昔のこと持ちださないでくださいよ!」
「してないけど、しようとしていただろ。ルヴィが知ったらどんな顔するかなぁ」
「ルゥに言ったら怒りますよ!」
久しぶりにエドヴァルドと普通の兄弟らしい言い合いをし、それをノアールが傍で笑う。
王家に生まれ、大きな責務を背負っていても、他の家の兄弟と何ら変わらない。
生まれた時からエドヴァルドはレオンハルトの兄で、いつも彼の背中を追いかけて育ち、時にはその才能を羨んだ。
エドヴァルドは物心ついた頃から、弟である自分を“第二王子”ではなく“弟”として接してくれた。今までも、これからも、ずっと、エドヴァルドはレオンハルトの大切な兄だ。
「ちょっと二人とも、おめでたい日に兄弟げんかでもしているの?」
母であるイーリスの声がした。国王であるヒースクリフもいる。
大国を治める為政者でありながら、良き父と母でいてくれた二人。レオンハルトは、心から感謝した。こんなにも恵まれた家族の元に生まれてこられたことを。
「たまには喧嘩もしますよ。俺と兄上はこの世で二人きりの兄弟ですから」
そう言うと、エドヴァルドが目を瞬かせ、そのあと僅かに頬を赤らめて肘でレオンハルトを小突いた。
「そういう言い方、本当にお前は人たらしだな」
「人たらしは兄上でしょ?」
「どっちもだ。まったく、幾つになっても子供だな」
そう終止符を打ったのはヒースクリフだった。楽しそうに目を細め、息子二人を見つめている。隣では、イーリスが「そうね」と母の顔で微笑んだ。
二人とも、大きく成長した。危なっかしいこともたくさんあった。
どうしようもない運命の下に生まれたレオンハルトに、親としてたくさん悩んだ。
いつもは聞き分けのいいエドヴァルドが、どうしても彼女がいいのだと訴えてきた時は、つらい思いをさせた。
たった二人しかいない、愛すべき息子たち。もう、彼らは自分の足で自分の道を歩いて行ける。この人だと心に決めた、たった一人の人と共に。
「ノアール、緊張してる?」
イーリスがノアールに寄り添った。
イーリスはずっと、お茶会と称してノアールに王妃教育を施してきた。エドヴァルドの希望が叶う時がきたら、誰からも反対されないように。その真意を汲み取って、泣き言一つ言わずについてきてくれたノアールの存在は、イーリスにとって、すでに娘のようなものだった。
「いいえ、お義母様。やっとエディの横に並びたてるのだと、嬉しくてたまりません」
「ノア、ありがとう」
エドヴァルドがノアールの左手を握りしめる。ノアールはその手をしっかりと握り返した。
「今まで待っていてくれてありがとう、エディ。明日からは、今まで我慢していたことを全部やりましょう」
「そうだね。手を繋いで歩いたり、人前で君に愛を囁いたりしてもいいのだと思うとタガが外れそうだ」
「ふふふ、そうね。でも、結婚式前に子が出来るのはちょっと困るかしら」
「えっ! いやっ、それはっ、さすがにっ」
慌てるエドヴァルドと対照的に、ノアールは冷静だ。あまりの可笑しさに、レオンハルトは声を上げて笑った。
「ははっ、兄上が押されてるっ」
笑うレオンハルトの隣で、ヒースクリフとイーリスが目を細めて幸せそうに微笑む。
「手綱を引くのはノアールのようだな」
「まぁ、夫婦円満の秘訣よね」
「む……、私の手綱もイーリスが引いていると言いたいのか?」
「あら、今頃気づいたの、クリフ?」
二人の仲睦まじいやり取りに、エドヴァルドが声を掛ける。
「表向きはともかく、我が家で最も強いのは母上ですよ、父上」
「そう言うな、エディ……―――レオン、お前のところはどうだ」
「はい?」
急に話を振られ、レオンハルトは首を傾げる。
「ルヴィとお前、どちらが主導権を持っているんだ?」
そんなことを聞いてくると思わなかったレオンハルトは、気恥ずかしさを覚えながら苦笑し、素直な気持ちを答えた。
「そんなの、父上と兄上と同じですよ。ルゥに勝てるわけないでしょ」
「はははっ、それではお前のところも家族円満だな」
「どんな判断基準ですか」
「大事な判断基準よ」イーリスが大真面目に言う。「どっちが勝つか負けるかじゃないの。どっちも、相手には勝てないな、って思っていることが大事なのよ」
その言葉に、ノアールは頷き、男性陣は全員が目を瞬かせる。
相手に勝てないと思うということは、譲歩する気持ちがあると言うこと。譲れないものがあったとしても、話し合う気持ちがあるということ。それはどんな関係性であれ、円滑に、円満に、同じ時間を歩んでいくための条件だ。
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