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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 2話-1
しおりを挟む静けさの中に、時折、湖畔の水面を揺らす風の音が窓を撫でていく。結界が必要なくなった湖畔の“秘密の別荘”の周囲には、夜に鳴く鳥の声や、秋の虫の音が穏やかに響いている。
主要な挨拶を終わらせた段階で夜会を切り上げてきたレオンハルトとルヴィウスは、誰にも邪魔されない二人だけの秘密の場所に転移魔法でやってきた。以前から逢瀬に使っていた森の近くの家だ。
研究所だった小屋を増設し、小さな家に改築したのはレオンハルトだ。ここは二人にとって思い出深い場所で、大事なことはすべてここで交わし合った気がする。
大切な話はもちろんのこと、初めてすべてをさらけ出し深いところまで触れ合ったのも、初めての混じり合いも、情交のほとんどはここだった。
二人は別荘に到着するやいなや、堅苦しい正装を解き、施されていた化粧やヘアセットを洗い流したい欲求に駆られ、すぐさまバスルームに直行した。
じゃれ合いながら互いの体を洗い、時折、溢れる欲情のままに唇を重ねて肌を触れ合わせた。とは言え、我を忘れる前にどちらもが「また後で」と、昂る前にこみ上げてくる熱を押し止めた。大事な話が出来ていないと、お互いに理解していたからだ。
バスルームから出た二人は、寝衣に着替えてリビングのソファに腰を下ろし、ふぅ、と同時にひと息をつく。タイミングが合ったことに少しだけ驚いて、顔を見合わせた。それから小さく笑い合う。
「ルゥ、髪、乾かしてあげる」
レオンハルトのその言葉に、ルヴィウスは、うん、と頷き、無意識に目を瞑る。その無防備な愛らしに、レオンハルトは苦笑した。
見慣れたワンピースタイプの寝衣を着たルヴィウスの髪を、両手で梳くように撫で、同時に魔法で髪を乾かす。レオンハルトの手がルヴィウスの後頭部を撫でた時には、彼の黒髪は、さらり、と乾いていた。
今さらだが、ルヴィウスが騎士寮にいた時、二人部屋を一人で使っていてくれて本当によかった。こんな色っぽい姿を他人に見せるなど、許せるものではない。
「レオの髪は僕が乾かしてあげるね」
そう言ってルヴィウスは、レオンハルトが自身にしたのと同じように、彼の髪を梳いた。
毎日のように自分に掛けていた魔法だ。以前はミルクを温めることさえ苦戦していたが、いまはもう無意識であっても繊細な魔力制御が出来るようになった。
「できたよ」
さらり、とレオンハルの横髪を梳いたルヴィウスは、そのままレオンハルトにすり寄り、キスをした。
ちゅっ、と軽いリップ音が響く。唇が離れると同時に、大好き、と囁いた。胸の奥が、きゅう、と甘くなったレオンハルトはルヴィウスの腰を抱き寄せて、キスを返す。
「俺も大好き」
想いに応えたあと、吐息の混じる距離で見つめ合って、二人は再び唇を重ねた。
何度しても、し足りない。何度だって口づけたい。触れ合うだけのキスも、貪るようなキスも、舌を絡ませるキスも、息が出来ないほどの深いキスも、ぜんぶ、ぜんぶ、最初から最期まで二人だけで交わすものであってほしい。
唇を離した後、どちらからともなく鼻先をすり寄らせた。
どう言葉を紡いでいけばいいだろう。
何から話せばいいだろう。
レオンハルトには伝えたい想いがあり、ルヴィウスには伝えなければならない事実があった。
先に動いたのは、レオンハルトだった。
ルヴィウスから体を離したレオンハルトは、自身の管理下にある亜空間から、数刻前に彼から贈られた逆鱗を宝石箱ごと呼び出した。
「ルゥ、逆鱗が二枚ある理由、教えてくれる?」
宝石箱を開け、虹色に輝く龍の鱗を見せながらレオンハルトが問いかける。ルヴィウスは一つ頷き、経緯を語った。
「レオが凶龍を討伐した当時、エーシャルワイドに特使として逆鱗を受け取りに行ったのはエディ兄さまだったこと、覚えてる?」
「あぁ、俺の捜索の礼と逆鱗の受け取りに兄上が行った。でも、持ち帰ったのは一枚だっただろう?」
「じゃあ、逆鱗と一緒に持ち帰って来たもの、覚えてる?」
「龍の宝玉か?」
「そう。他にも、凶龍の素材をたくさん持って帰ってきたよね」
「それを魔法省は欲しがった。だから父上は、逆鱗と宝玉以外の龍の素材を扱う許可を出した」
「当時の彼らはそこで満足した。でも、もし同じものが二つあると知ったらどうすると思う?」
当時の状況を思い出し、レオンハルトは眉根を寄せた。
「あー……、確かに。一つ寄越せって言ってきただろうな」
「そう。だからエディ兄さまは、最初から逆鱗は一枚だった、ということにするって決めたんだ。レオが命がけで手にしたものを、他人に渡すなんて冗談じゃないって思ったんだって」
「兄上、あぁ見えて俺のこと大好きだからな」
レオンハルトは、くつくつ、と喉を鳴らして笑う。ルヴィウスも、ふふっ、と笑った。
「レオだって、エディ兄さまが大好きでしょ」
「俺は普通だと思うけど」
レオンハルトは照れ隠しのつもりか、逆鱗を手に取り、照明に透かしてみたり、ひらひらと振ってみたりしながら弄び、再び宝石箱へと戻した。
ルヴィウスはその様子を見つめながら、素直じゃないんだから、と眉尻を下げる。
「それでね」ルヴィウスが話を続ける。「エディ兄さまは、二枚目の逆鱗を隠すことにしたんだ」
「龍の宝玉に隠したのか? でも、どうやって? 宝物庫に入れる前に確認作業で魔法省の上層部だって実物を見るだろう?」
「エディ兄さまが陛下に相談して、陛下がアレン兄さまに頼んだんだ。確認作業で人前に出される数時間だけ、二枚目の逆鱗を宝玉の台座に隠せるように。台座は逆鱗の魔力を遮断する魔道具の箱になっていて、魔法長官たちの目を誤魔化した。そのまま龍の宝玉として宝物庫に納められた二枚目の逆鱗の所有者はエディ兄さま名義になっていたから、僕は騎士団で功績をあげて、エディ兄さまからそれを譲ってもらう話を取り付けたんだ」
「そんなまどろっこしいことしなくても、俺が取ってきてやったのに」
「君はこの国の王子なんだから、そんなことしたらダメでしょ。それに、狂龍の討伐から時間が経って龍の素材の研究をし尽くした魔法省が、どうにかして龍の宝玉を手に入れられないか狙ってたから、大義名分でエディ兄さまから僕が受け取って、多少強引にでも皆の前で“これはレオの”って言う必要があったんだよ」
もちろん、その過程で魔法省に睨まれて悪い噂を流されるなどの嫌がらせを受けたわけだが、証拠がはっきりないため、嫌疑の状態で法務部が捜査中だ。
「その方法が公開プロポーズ?」
「そうだけど……恥ずかしいから忘れてほしい……」
「忘れないよ。ずっと覚えとく。それで、時々誰か捕まえて自慢する」
「もうっ、心の中にしまっておいてっ」
ぺしり、とルヴィウスがレオンハルトの肩を叩いた。痛くもない叩かれた場所を擦りながら、レオンハルトが冗談めかして言う。
「事情は分かったけど、ルゥが苦労しなくても父上や兄上と話して何か別のものとすり替えちゃえばよかったのに」
「ウェテノージル様に“お前が手に入れろ”って言われたの」
「はぁ? なに、あいつ、そんなこと言ったのか? なんでそんなまどろっこしいことさせるんだ。今度会ったら文句言ってやる」
「そうしないといけない理由があったんだよ」
「なに、どんな理由があるわけ?」
「僕が君にとって有益な存在だっていう存在証明?」
「なにそれ、意味わかんないんだけど」
「僕もよく分からないよ。でも、僕はそれがなくても、自分の力で手に入れて君に渡したかったんだ」
「どうして?」
「どうして、って……、それは……、だから……っ、なんていうか……っ」
「なにか他に理由があった?」
顔を覗き込むようにして問い詰めると、ルヴィウスは頬を赤らめて声を上げた。
「僕が自分でレオのために何かしたっていう事実が欲しかったんだよっ」
「ルゥはいつも俺のためにいろんなことしてくれてるよ?」
「そういうんじゃなくて! レオと違って、僕は自分で手に入れたものを君に贈ったことがないだろう? だから、どうしても、自分の力で…手に入れたかったんだ……」
言葉尻が窄んでしまったルヴィウスの言い分に、レオンハルトは何度か瞬きした。
そんなこと、と言いそうになって言葉を飲み込む。レオンハルトも、ルヴィウスには何でもしてあげたいと思っている。ルヴィウスが同じことを思っていてもおかしくはない。
「ルゥ、一生懸命努力して、頑張って、自分の力で手に入れてくれたんだな」
レオンハルトは、ふわり、と抱き寄せて、ルヴィウスの背中をさすった。
無茶としか言いようがない方法で騎士団に入って、嫌がらせをされたり、孤立したりしながらも、諦めずに自分の決めた道を真っ直ぐに進んできてくれた。たどり着く先に、レオンハルトが居ると信じて、迷わずに、真っ直ぐに。
レオンハルトは「ありがとう」と呟いて、ルヴィウスを抱き締めなおすと彼の髪を何度か撫でた。
うん、と短く答えたルヴィウスの声は、ほんの少し上擦っていた。
ルヴィウスにとって騎士団に入団したばかりの頃は、こんな嫌がらせくらい平気だと、自分に言い聞かせる日々だった。
手を差し伸べてくれる人が居ることは知っていたが、簡単にはその手を取れなかった。魔法を自在に使えるようになっていなければ、レオンハルト以外の人に穢されていたかもしれない危険な目にも遭った。それでも挫けずここまでやってこられたのは、ぜんぶ、レオンハルトの傍にいると決めた自分の願いを叶えるため。
「ねぇ、ルゥ」
レオンハルトは抱きしめる腕を緩め、ルヴィウスの頬を撫で彼と目を合わせる体勢を取った。
「すごく嬉しいけど、でも、二枚目の逆鱗でルゥの何を変えるんだ? もしかして、俺みたいに不死になりたいの?」
そうすれば、永遠に一緒に居られる。でも、今のレオンハルトはそれを望んでいない。だから、答えによってはルヴィウスとしっかり話し合う必要がある。レオンハルトが望まなくとも、ルヴィウスが強く望んでいて、犠牲を払うことなくそれが叶う方法があるのであれば、譲歩することも考えなければならない。
けれど、ルヴィウスの答えは全く予想外のものだった。
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