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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 1話ー5
しおりを挟む一人目の受賞者は、討伐隊を総指揮したルイズだ。少し緊張した面持ちで壇上に上がった彼を見守りつつ、レオンハルトは「あとで俺からも何か贈ろう」と考えた。
ルイズはレオンハルト直属の第二騎士団の団長であり、長年レオンハルトの無茶を聞いてきた騎士でもある。騎士団長という誇り高い地位に彼を据えたのは、幼き日のレオンハルトだ。討伐や野営、剣術訓練など、たくさんの時間を共に過ごした、もう一人の兄のような存在と言える。
続いて名を呼ばれ舞台に上がってきたのは、ハロルドだった。緊張しつつも、どこか誇らしげな彼が頼もしく見えた。
一年前の討伐に引き続き、今回の最終討伐でも、彼の作った魔道具が作戦立案と騎士の配置に大いに役立った。レオンハルトは、彼にも何か祝いを贈らねば、と考える。そして、ハロルドに渡してガイルに何もないのはおかしいか、とも考えた。
ふっ、と小さな笑みがこぼれた。
あぁ、自分の周りには、こんなにも自分を想い、自分が大切に想う人たちが溢れているのだな。そんな当たり前の幸せがあることに気付いたレオンハルトの心は、静かに凪ぐ湖面のように穏やかだ。
いずれ、彼らを見送る日が来るだろう。けれど、その先に、彼らの血を引く者や彼らが大切にしたものを、見守っていく日々が訪れる。別れは哀しくとも、共に過ごした時間の愛おしさは永遠に残っていく。
「最後に、我が王国が誇る魔剣士、アクセラーダ卿は前へ」
エドヴァルドが最後の褒章受賞者、ルヴィウスの名を呼んだ。
つい昨日、公爵家へ復籍が済んだため、彼は再び家門の名を許された。エドヴァルドが「皆の前で呼んじゃえばわざわざ通達する必要ないよね」と超特急で書類を処理していた。これで彼を“捨てられた”などと蔑む者はいなくなるに違いない。
ホールに「はい」と凛とした声が響く。
招待客らが左右に分かれて作った舞台までの花道を、銀月を思わせる騎士の正装を身に纏ったルヴィウスが儀式用のマントを翻しながら、コツ、コツ、と靴を鳴らして真っ直ぐに歩いてくる。
艶やかな漆黒の髪、シミ一つない白い肌、ルヴィウスの代名詞とも言える銀月の瞳。皆がその美しさに見惚れている。けれど、それはルヴィウスの一面でしかない。公の場では大人びて見えるルヴィウスの愛らしい素顔を知るのは、レオンハルトだけだ。
ルヴィウスは舞台に上がると、ヒースクリフとイーリスに深く頭を下げた。そして一度姿勢を正した後、エドヴァルドの前に進み出て膝をつく。
レオンハルトとは、目が合わなかった。そのことに少し寂しさを感じたレオンハルトだったが、お揃いのバングルがルヴィウスの状態の小さな異常を知らせてくる。どうやら大勢の前で緊張しているらしい。
レオンハルトは、珍しいな、と思いながら見守ることにした。
「ルヴィウス・アクセラーダ卿、其方の活躍により、魔物討伐に終止符が打たれた。卿の活躍を称え、褒章を授与する」
そう定型文を読み上げたエドヴァルドは、傍に控えていた従者から小ぶりの宝石箱を受け取った。
さきほどルイズとハロルドが受け取ったのは、褒章内容を記した目録だったはずだ。なぜ、ルヴィウスだけ違うのだろうか。そう誰もが不思議に思った。
エドヴァルドが「立て」と告げ、ルヴィウスが、すっ、と立ち上がるとマントが翻り、まるで演劇のワンシーンのように映る。ホールでは若い紳士淑女らが、控えめながら黄色い声を上げていた。
―――俺の婚約者なんだから、誰にもやらんぞ。
と、思ったことが顔に出たのか、少しむっとしてしまう。それに気づいたイーリスが「レオン、顔に出ていますよ」と控えめに小言を言ってくる。レオンハルトはわざとらしく咳払いし、同じく小声で「すみません」と返した。
舞台中央では、エドヴァルドが宝石箱をルヴィウスに差し出している。
「よくやってくれた。君の望むものは、もう君のものだ。自由に使うといい」
先に授与されたルイズ、ハロルドへ掛けたものとは明らかに違う、意味深な物言いにも思えるエドヴァルドの言葉。レオンハルトは違和感を覚えたものの、ルヴィウスは理解しているかのように「ありがとうございます」と宝石箱を受け取る。
「ほかに何か望みがあれば聞こう」
またしても、前の二人の時にはなかった展開。今度はレオンハルト以外の者たちも違和感に気づき、僅かに騒めきが起こる。
それを気にも留めず、まるで元よりそういう流れが決まっていたかのように、ルヴィウスは戸惑うことなく答えた。
「では恐れながら、王太子殿下のご婚約にあやかり、この場にて求婚の申し込みをさせていただくご許可をいただけますでしょうか」
ルヴィウスの要求にホールの騒めきが大きくなる。レオンハルトは「やられた……」と額に手を当てて天井を仰いだ。
珍しく緊張していたルヴィウス。目録ではなく褒章の実物そのものを渡されたこと。他の望みを問われる展開。違和感の正体はエドヴァルドとルヴィウスが企てた一世一代のパフォーマンスというわけだ。
「私の婚約にあやかりたいと言うのなら仕方ないな。よい、許す」
エドヴァルドがわざとらしい言い方でルヴィウスの要求を飲む。
シナリオ通りのくせによくやる……。じとり、と兄を見遣るも、当のエドヴァルドは幼子を呼ぶかのように、おいでおいで、をしている。衆人環視の中、レオンハルトには指示に従う以外の選択肢はない。
エドヴァルドに呼ばれる形で傍まで来ると、彼は「頑張って、ルヴィ」と激励を残してそそくさとノアールの隣に戻っていった。
ノアールの口元が「上手くいきましたね」と言っている。ヒースクリフも「レオンは驚いているようだな」と会話に交じり、イーリスなど「映像は撮っているかしら」と言い出す始末。「王妃様、ちゃんと録画してます」と言ったのはハロルドだった。
―――お前ら全員共犯かっ!
そう確信した時、ホールの騒めきの中に「ルヴィ、頑張れ」とアレンの声が聞こえてきた。
まさかと思いレオンハルトがホールを振り向くと、グラヴィスにエレオノーラ、アレンの隣に居るガイルまで、どこか緊張した面持ちで事の行方を、固唾を飲んで見守っている。
―――そっちも共犯かよ!
なんたることか! 知らされていなかったのは自分だけらしい。どうしてこうなったかは分からないが、こんな衆人環視の中、ルヴィウスを困らせるわけにはいかない。
レオンハルトは「こほん」と無駄に咳払いをしたあと、ホールの騒めきに向かって流し目を向け、唇に人差し指を当てて無言の訴えをした。すると、それまでの騒めきがさざ波が引くように落ち着き、代わりに気を利かせた室内楽団が柔らかく控え目な音量の音楽で花を添える。
ふぅ、と一つ深呼吸をしたルヴィウスはマントを翻してレオンハルトの前に跪き、真っ直ぐに彼を見上げた。
「ヴィクトリア王国第二王子殿下であり、未来のグランデル大公であらせられるレオンハルト・ルース・ヴィクトリア様、私、ルヴィウス・アクセラーダはあなた様に結婚を申込みしたく存じます。どうか私に、貴方と共に永遠を歩む許しをいただけませんでしょうか」
そう言い切ったルヴィウスは、褒章でもらったばかりの小さな宝石箱の蓋をあけ、レオンハルトに差し出した。
差し出された宝石箱に納められていたのは、七色に輝く龍の鱗。
「は……?」
なぜ、これがここに? レオンハルトの頭は混乱した。
ルヴィウスは立ち上がり、レオンハルトの両手を引き寄せ宝石箱を握らせると、その上に自分の両手を重ねる。そのことでルヴィウスへと向いた蒼い瞳の視線を、銀月の瞳がしっかりと見つめ返す。
「貴方が永遠を生きるのなら、私も永遠を生きましょう。貴方が死するのなら、私も共に黄泉へと参ります。どうか、私の唯一となってください」
ルヴィウスの手に包まれたレオンハルト手が、僅かに震えている。
「なんで…? ルゥに使ったはずなのに……」
戸惑うレオンハルトを愛おしそうに見つめるルヴィウスの瞳には、誰にも譲らない、という決意が滲んでいた。
何度も、何度もルヴィウスに言われてきた。一人にしない。傍に居る。僕の愛は重いんだよ。一緒にいさせて。
いつも、いつも、いろいろな言葉で届けられてきたルヴィウスからの変わらない想い。
戸惑いに揺れる蒼い瞳を見つめながら、ルヴィウスは少しだけ悪戯っぽい顔で笑う。
「レオが討伐した凶龍、頭がいくつあったっけ?」
「えぇっと……、ふ…ふたつ……」
「だから逆鱗も二枚だよ。これは君の分」
「いや、でも、もらってきたのは一枚だった気がするんだが……」
「そのあたりの話は長くなるから、また後で。それで、レオの返事は? 少し考える? 断るなら―――」
「断るなんて選択肢、俺にはないぞ!」
つい、大きな声が出てしまった。おかげで、逆鱗を差し出されたことへの驚きで停止していた思考が、自我を取り戻す。
「じゃあ、返事をくれる?」
僅かに首を傾げたルヴィウスは、誰にも見せたくないほど愛おしかった。
出会ってから今日までの日々、いつだってレオンハルトを傍で支え、信じ、愛し続けてきてくれた唯一無二の存在。
レオンハルトは、立場も、背負った運命も忘れ、“ただのレオンハルト”として笑みを浮かべた。その無垢で柔らかな表情に、ホールの人々は魅了される。
―――俺の愛する人。俺に、この世界で生きていく最初の理由をくれた人。そして、永遠に愛していく人。
レオンハルトは逆鱗の入った宝石箱を左手で受け取り、右手でルヴィウスの左手をそっと引き寄せて、その甲にキスをした。
愛している、そう想いを込めて。
「卿の求婚をお受けします。どうか俺と結婚してください」
レオンハルトの返答に、わっと歓声が上がる。
ルヴィウスが耳元で「ありがとう」と囁く。くすぐったさを覚えたレオンハルトは、ふっ、と笑い、ルヴィウスの頬に口づけた。応えるように、ルヴィウスもレオンハルトの頬にキスを贈る。
二人の仲睦まじい様子は、彼らをモデルにした小説『蜂蜜色の王子とかささぎの鏡』のラストシーンそのものだった。
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