【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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一章:特異な二人の出会い

一章 2話-2

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 想いがあふれて言葉になりそうになった瞬間だった。
 ノックの音とともに、「殿下」と、控えめだがしっかりと聞こえる声量で侍女が声を掛けてきた。
 ルヴィウスは、ビクリ、と体を強張らせたが、レオンハルトは、ふぅ、と一息ついただけで冷静そのものだ。

「殿下、お召し物をご用意いたしました」
 侍女の声が扉越しにそう伝えてくる。

「ルヴィウスが着られるものはあったか?」
「はい、新しいものでなく恐縮ですが、殿下が一昨年着ていたものを保管しておりましたので、そちらをご用意いたしました」

 上の者が使っていたものを、下の者に下賜するのは誉れとすることもある。悪い対応ではないだろう。それに、自分が身に着けていたものをルヴィウスが着る。その事実がレオンハルトの淡くも重い欲を満たす。

「アクセラーダ公子のお支度をお手伝いいたします故、こちらに控えさせていただきますが、よろしいでしょうか」
 侍女の言葉に、ルヴィウスが不安の色を浮かべる。その理由を理解出来ているレオンハルトは「心配ない」と彼の髪を撫でた。

「ルヴィウスの支度は俺がする。皆、下がれ」
「しかし、殿下―――」
「下がれと言った。次はないぞ」
 強く言い切ると、ドアの向こうから「承知いたしました」と返事がし、ドアの開閉音がしたあと、しばらくして人の気配が消えた。

 ルヴィウスは、ほっと息をつく。しかし、このままくっついているわけにはいかない。離れるためにレオンハルトの体を遠慮がちに押した。

「あの…っ、そろそろ離れたほうが、いいかと思―――ぅわぁっ」

 ルヴィウスが言い切る前に、レオンハルトは彼の体を抱き上げ、バスタブから出た。
 そのままバスルームを出ると、ドアと衝立の間のスペースにルヴィウスをそっと下ろす。そして再度、その小さな体を、きゅっ、と抱きしめると、耳元で古代語をささやいた。
 瞬間、春風のような温かさが二人を包み、空気が、ふうわり、と膨らんで、一息する間に消えた。

「ほら、乾いたぞ」

 抱擁を解いたレオンハルトの得意げな顔に、ルヴィウスは間抜けにも口を開けてしまう。
 乾いた? なにが? 疑問に思い自分の服を見ると、すっかり乾いていた。えぇ? と思い、髪も触ってみる。さっきまでずぶ濡れだったのに、しっかり乾いている。

「ま…、魔法……?」
 こんな魔法、聞いたことも見たこともない。

 魔法を使うには当然、魔力が必要だ。しかし、魔力があっても魔法が使えるというわけではない。だから、魔道具が存在する。また、魔力を杖や魔法陣、詠唱などの媒介を利用し、その力を扱う事に長けた人を、魔法使いと呼ぶ。生まれた時に備わる資質によって魔法使いになれる彼らですら、日常生活では魔道具を使っている。
 だからこそ、この世界の便利な生活用品は、魔力を動力源とする魔道具であふれている。個人の魔力で動かす人もいるが、魔石に貯めておいた魔力を使って動作させるのが一般的で、魔法で生活のあれこれを済ます人などいない。
 風呂に水を貯めるのも、湯を沸かすのも、髪を乾かすのも、それぞれ魔道具と魔石を使用する。体内の魔力は作動させるためにスイッチを入れる時に使う程度だ。
 だがしかし、レオンハルトは魔道具を使用せず、すべてを魔法で行ってみせた。これはどういうことだ、とルヴィウスの頭は混乱する。

「“俺と同じ”で、ルヴィウスも一人で着替えられるだろう?」

 侍女が用意した着替え一式を示され、とりあえず、こくり、と頷いた。レオンハルトに、するり、と髪を撫でられ「支度ができたら出ておいで」と言われ、また頷く。
 レオンハルトはフックに掛かっていた自分用の着替えを手に、衝立の向こう側へ行ってしまう。そしてドアの開閉音が聞こえ、空間の中に彼の気配は無くなってしまった。どうやら自室へと戻り、そちらで支度しながらルヴィウスを待ってくれるようだ。

 ルヴィウスは戸惑いつつも、着替えをすることにした。
 着ていた服を脱ぎ、レオンハルトのお下がりの服に袖を通す。若干、大きい。それに対し、ほんの少しの悔しさを感じて、むぅ、っと唇がとがった。侍女は「一昨年」と言っていた。八歳の時の寸法が、九歳の自分より大きいとは、これいかに……。いやいや、そんなところ張り合っても仕方ないではないか。

 ルヴィウスは気を取り直し、ボタンを留めていく。
 身支度を整えながら、ルヴィウスはバスルームでのレオンハルトとのやり取りを思い出した。

 レオンハルトに抱きしめられている間、今まで感じたことのない心地よさに包み込まれた。だからきっと、レオンハルトは気づいている。ルヴィウスが、魔力を吸収してしまう特異体質であることを。

 魔力は生きとし生けるものすべてに存在する。しかし、ルヴィウスには魔力が存在しなかった。それどころか、触れた人の魔力を吸い取ってしまうのだ。
 生まれてすぐ、母の魔力を吸い取った。そのあと、乳母のものを。そして、世話をしてくれる侍従や侍女のものを。それが発覚するまで、公爵家は三年を要した。
 なぜかルヴィウスの周りの者が体調を崩していく。最初に異変に気づいたのは、邸宅の使用人らを管理する侍女長と執事長だった。彼らの仮説を聞き、比較的魔力が多いグラヴィスがルヴィウスの体に触れ、事実が発覚した。
 なぜなのか、どういう仕組みなのか。誰にも分らない。以来、ルヴィウスが触れるものは、無機物だけになった。それはルヴィウスを常に、孤独にした。けれど今日、その孤独に気づいてくれる人が現れた。

 着替えを済ませたルヴィウスが出てくると、レオンハルトはソファに座っていた。ガラスの天板のローテーブルには茶器が並んでいて、レオンハルト自らポットからカップへと紅茶を注いでいるところだった。

 第二王子なのに紅茶を自分で淹れるの? 小さな衝撃を受けつつも、茶を淹れたこともないのに「自分がします」と気遣うのも違う気がする。この場合、どう行動し、何と発言することが正解なのだろうか……。

「ルヴィウス、隣に座れ」

 戸惑っていたところに指示を出され、何故だかほっとした。
 ルヴィウスは駆け寄り、レオンハルトの隣に座る。そして、はっとした。これは公爵子息の自分が取るべき行動として正解なのだろうか……。
 ぐるぐると何かを考えていることがよく分かるルヴィウスの表情を見て、レオンハルトは眉尻を下げて微笑む。

「気楽にしてくれ。紅茶は少しぬるめで甘くしておいた ―――あぁ、その前に少し身だしなみを整えよう」

 そう言い、レオンハルトは甲斐甲斐しくルヴィウスの身だしなみを整え始める。
 シャツの襟を直し、ジャケットの袖や裾の皺を直したあと、髪型を整える過程で、するり、と耳に髪を掛ける。最後にルヴィウスの頬を指の背で撫でおろし、うん、と満足げに笑うと、「ゆっくり飲むといい」とソーサーごとカップを手渡した。

 気恥ずかしさからルヴィウスは、小さくお礼を口にするのが精いっぱいだ。他に何をどうしたらいいか分からず、受け取った紅茶を口に含むことしかできない。しかし、口の中に広がる好みの甘さと、火傷を気にすることのない温度に、また、ほっとした。彼の隣はどうしてこんなにも安心するのだろう。

 ルヴィウスが落ち着いたことを確認したかのように、レオンハルトは「答え合わせをしてもいいだろうか」と問いかける。ルヴィウスは僅かに逡巡し、「はい」と答えてカップをソーサーとともにテーブルに戻した。

 答え合わせ。たぶん、誤魔化しは効かない。それどころか、説明や言い訳さえいらないはずだ。レオンハルトはすべて分かっているのだから。

 少し緊張した面持ちのルヴィウスの髪を撫でたレオンハルトは、「嫌なことは答えなくていい」と前置いてから話し始めた。

「まず、左手首に着けていた魔道具の腕輪だが、はめ込まれていた魔石に魔力を入れたのは公爵で、それは今日ここへ来るために必要だったのだろう? 大っぴらに公開しているわけではないが、王宮の警備の一環で魔力の波長を読み取る魔道具を設置しているからな」

 ルヴィウスは、ただ頷いた。
 魔力には波長があり、親族は似通う性質がある。これを応用したのが、警備用の魔道具だ。その魔道具は二親等以下を判別するため、グラヴィスの魔力波長でルヴィウスの入宮は許可された。無論これだけでは安全が完全に確保されないため、各警備門では事前の登録リストと入宮許可証を人の目で確認する態勢がとられている。
 レオンハルトはバスルームで「魔法分野は得意」と言っていた。魔力量が大きい者は、波長を読み取って個を識別できると聞く。国内では魔法省長官と神殿神官長がそのレベルに達しているとの話だが、レオンハルトも彼らと同等、もしくはそれ以上のレベルなのだろう。

「それから、」レオンハルトは次の答え合わせに進む。「腕輪からは、術式の気配もした。魔石を埋め込む穴に魔方陣を刻んで、魔石に込めた公爵の魔力で発動させているのだろうな。術式は、魔力遮断。欠乏症の治療に使われる術式を反転して応用すれば可能な術だ。だが、ルヴィウスが使うには副作用が大きすぎる。あれは二度とはめるな」

 少し強い口調で言い切ったレオンハルトは、内心、腹を立てている。
 魔力を遮断するということは、生命維持に必要な力を遮断することにもつながる。遮断し続ければルヴィウスが衰弱する。そんなことは認められない。

 しかし、ルヴィウスには、レオンハルトの言葉を受け入れられない理由があった。
 あの腕輪が無くてはルヴィウスは外に出られないし、誰にも会えない。腕輪がない状態で触れたからと言って、相手が即座にどうこうなるわけではないが、幼い頃たくさんの人を不調にしてきた記憶から、たとえ自分が重篤な事態になる危険があるのだとしても、“お守り”がない状態で人と会うなど、恐ろしくてたまらない。

 膝の上で、ぎゅう、っと握りしめられたルヴィウスの手に、レオンハルトは自身の手を重ねる。
 ルヴィウスは条件反射でその手を払いのけたのだが、レオンハルトは少し乱暴に手を引いて彼を腕に抱きとめた。
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