【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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二章:狂った龍と逆さの鱗

二章 1話

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 雨季に入った六月上旬。どこまでも続く鉛色に沈むような灰色の分厚い雲は、耐え切れなくなった涙を溶かすように雨となり、囁くように、しとしと、と葉を鳴らしている。
 木々を濡らす雨は大地に染み渡り、地面には至る所に泥濘が出来ていた。フードのついた外套を羽織ったレオンハルトが足を踏み出すと、彼がそこにいたことを示すように、泥濘んだ足跡が雨水を溜めこむ。

 レオンハルトが近づいたことに反応し、祠の結界が解除され、扉が開いた。
 誰も知らない、レオンハルトだけが来ることを許された秘密の場所。その入り口はどんな天候であっても、彼を迎え入れる。
 いつものようにランプが下へと灯って行く。レオンハルトは中へ足を踏み入れると同時に、魔法で雨水を払い、足元の泥を消した。

  八ヶ月前に十二歳になったレオンハルトの成長は、目覚ましいものがあった。
 見た目はもちろんのこと、魔力がさらに増え、魔法使いとしては他の追随を許さず、「大陸随一の魔法使い」と他国でも評判だ。
 本来ならば、増えすぎた魔力が体を蝕んでいてもおかしくはない。だが、レオンハルトはルヴィウスと出会った。まるで、運命に決められていたかのように。

 ルヴィウスの存在は、何もかもを諦めることに慣れきって、色の無い世界で生きてきたレオンハルトに、世界の美しさを教えてくれた。それだけではなく、人を愛おしく想うことを教えてくれた。
 今はもう、強く自覚している。魔力を吸うことで自分を楽にしてくれるから傍にいたいのではない、と。自分は間違いなくルヴィウスに恋をしているのだ、と。

 地下へと降り立つと、見慣れた古代魔法の魔法陣が美しく煌めく。レオンハルトはいつものように手をかざし、魔力を込めた。
 魔法陣が解除されていく様を見つめながら、そう言えば、とふと思い出す。
 今朝も、何か夢を見たような気がして目が覚めた。どんな夢だったのかは覚えていない。けれど、ルヴィウスとの婚約が整った頃に見たものと似ていたようにも思う。
 レオンハルトが考えにふけっているうちに、扉が開いた。

 暗闇の中に広がる星屑のような空間。
 いろいろな物が浮き、揺らめき、一度として同じ位置に留まらない物たち。
 ここは、持って生まれた才の高さゆえに師を持つことが叶わないレオンハルトに、魔法のあらゆることを教えてくれる場所だ。

 三ヶ月前には、魔力交換と同じ仕組みで魔力を受け渡しできる媒介について書かれた本が現れた。それを読んだレオンハルトは「これはルヴィウスの誕生日プレゼントになる」と閃いた。その準備を進めるうち、再び訪れた際に追加の関連書籍を提示され、結局は別のものを造るに至った。
 我ながらいい出来だ、と思っている。だが、ルヴィウスに渡した時、もしかしたら寂しい気持ちにさせてしまうかもしれない。けれど、子どもではなくなっていく自分たちには必要なものであることは確かだ。

「ほんと、ここが無ければ俺はただの魔力が強いだけの出来損ないだったな」

 そう自嘲したレオンハルトの前に、誘導のランプが現れる。それに先導され、いつも通り奥へと進む。

 そのうちランプが、くるり、と旋回した。見慣れた光景だ。
 ランプは上昇し停止。その後二段階ほど光量が明るくなり、どこからともなくテーブルと椅子、そして用意されるティー・セット。脇には読書用のテーブルランプ。
 準備が整うのを待って、レオンハルトは椅子に座った。
 すると、待っていたかのように一冊の本が現れる。表紙には、『禁書』と『三番目』を意味する古代語。

「なんか、嫌な予感がしてきたな……」

 まるで、あの日のようだ。まさか、また日記だか、予言書だかを読む羽目になるのだろうか。とは言え、ここまで来てしまえば拒否は出来ないかもしれない。
 この禁書庫は、どういう仕組みなのか、自分の意志で帰れる時と、帰れない時があるのだ。

 レオンハルトの意志で帰れる時は、椅子から立ち上がるとランプが降りてくる。彼の意志で帰れない時は、ランプが降りてこない。

 レオンハルトは試しに椅子から立ち上がってみた。上を見上げるが、ランプはピクリとも動かない。どうやら今日は、勝手には帰らせてもらえない日のようだ。

 ため息をつき椅子に座りなおすと、本の表紙が開く。パラパラとページが捲られていき、しばらくすると動きが止まった。
 嫌な予感が、さらに膨れ上がる。レオンハルトは気が進まないながらも、本を手に持った。文字を目で追い始めると、神聖文字が古代文字に。そして現代の文字に変換されていく。

「えぇっと? 物語を歩み始めた私の愛し子……―――やっぱりな」

 曖昧な表現と目に見えない存在に言及するような書き出し。今日は怪しい独り言日記の日らしい。
 仕方ない。再びため息をついたレオンハルトは、先を読み進めることにした。

 ~~~~~~~~~~

 物語を歩み始めた私の愛し子。
 世界の理に挑む私の継承者。
 お前がはこと共に歩むためには、伴侶の体を造り変える神の遺物が必要だ。
 それは、狂った龍の顎の下にある逆さの鱗、逆鱗。
 お前は、筥のためにも、自分のためにも、逆鱗を必ず手に入れなければならない。
 私たちが、永い、永い年月を掛けて、やっとここまで辿り着いたことを忘れるな。
 世界の理と、運命と、使命に翻弄されようとも、お前たちは二度と離されたりしないだろう。

 ~~~~~~~~~~

「二度と、離れたりしない……」

 やはり、ルヴィウスの顔が浮かんだ。
 日記のような記述の禁書。誰が書いたのか分からないが、二冊目ともなると、レオンハルトとルヴィウスのことを示しているとしか思えない。

はこ……」

 十歳の時に読んだ一冊目にも『筥』と、書かれていた。
 管理者を自分、筥をルヴィウス。そう仮定すると、まるで自分たちのことを言っているようにも見える。

 考えを巡らせているうちに、禁書が煌めき出す。どうやら、前回の禁書と同じ状況になるようだ。
 レオンハルトが何度目かのため息をつくと、禁書は光の粒になって消えていった。頭上のランプが点滅する。今日はこれで禁書庫を追い出されるらしい。
「ほんと、勝手な書庫だな」
 再びため息をついたレオンハルトは、席を立つ。すると、再びランプが先導を始める。それに従って歩き禁書庫を出ると、書庫に掛けられていた古代魔法が復元され、結界と罠が出入口を塞ぐ。
 レオンハルトは美しく隙の無いその魔術陣をしばらく見つめたあと、踵を返し、転移魔法で自室へと戻る。

 ローブを脱ぎ、それを壁のフックに掛けると、執務机に向かった。
 レターケースには、新しい手紙が届けられていた。差出人はヒースクリフ・ヒペリオン・ヴィクトリア。国王であるレオンハルトの父親だ。
 レオンハルトは魔法で封を開けると、カードを取り出す。

『六月十一日、エーシャルワイドからの特使を出迎え、晩餐会に出席するように』

 明日の指示だ。詳細は後で侍従が伝えに来るだろう。
 確か明日は、アカデミーに通っている兄のエドヴァルドの代理で、午前中に孤児院と王立病院のへの慰問の予定が入っていたはずだ。そのあとルヴィウスに会いに行こうと思っていたのに……。
「忙しい……」
 ため息を一つついて、しばらく目を瞑って天井を仰ぐ。

 ―――ルヴィウスに会いたい。

 他人が聞いたら呆れるに違いない、と口元に笑みを浮かべる。

 レオンハルトとルヴィウスは、今も二日に一度は魔力交換のために逢瀬を重ねている。
 主にレオンハルトが、就寝前のルヴィウスに転移魔法で会いに行くのだ。そして公式的には、十日に一度、青薔薇園で婚約者同士の交流茶会をしている。
 会いすぎじゃないのか、と周囲には言われているが、当の本人たちは毎日でも会いたいと思っている。

 ぱちり、と目を開いたレオンハルトは、魔法で鍵を掛けてある引き出しを開け、中から大小二つの宝石箱を取り出した。
 小さいほうを開けると、金と銀のバングルが入っている。薔薇模様を全体に刻印し、金のほうには蒼い魔石、銀には黒い魔石を付けてある。

「喜んでくれるかな……」

 レオンハルトは自らが作成したバングル型魔道具を眺め、誕生日当日の二十五日が待ち遠しいと思いながら、これを渡した時のルヴィウスの表情を想像する。

 大きな瞳を丸くして驚くだろうか。それとも、バングルに施した術の用途を知り、銀月の瞳を寂し気に潤ませるだろうか。大喜びはしないだろうと予想しているが、それでも意味のあるものだと思ってくれたらいい。そして、自分たちが大人に近づいていることを自覚するきっかけになってくれればいいと考えている。

 もう一つの大きい宝石箱を開けると、そこには大人の人差し指ほどの大きさの透明な水晶柱が七本、整然と並べられている。魔の森でのみ採取できる特殊な水晶で、バングルを作る前は、こっちを誕生日プレゼントにするつもりだった。せっかくだから、バングルと一緒に渡すつもりではあるけれど。

 水晶の一本を取り出したレオンハルトは、両手にそれを握りしめて、ゆっくりと魔力を流し込む。
 ルヴィウスが一日に消費するより少し多めの魔力を閉じ込め終えると、水晶柱をまた宝石箱へ戻した。そして、自分に起きている変化に気づく。

「え……? 魔力が増えてる……?」

 レオンハルトはじっと、自分の右手を見つめる。
 水晶柱に込めた分だけ、魔力は減っているはずだが、それにしては体内に残っている魔力がずいぶんと多い。むしろ、今朝よりかなり増えている。それも、体内で生成してしまう魔力が、だ。
 このまま過ごし、うっかり誰かに触れでもしたら火傷をさせてしまう。隣国の特使の対応をしなければならない以上、魔力の調整はしておかなくてはならない。

「仕方ない、魔物でも狩りに行くか」

 はぁ、とため息をついた。今日はため息ばかり着いている気がする。

 しかし、なぜ急に魔力が増えたのか。こんなことは今までに一度も―――

「あ⋯⋯」

 唐突に、思い出した。
 禁書庫で、初めて予言書だか日記だか分からない文面のあの禁書を読んだ日。あの日も急激に魔力が増え、困ったレオンハルトは魔の森へ魔物狩りに行った覚えがある。

「つまり、あの妙な文面の禁書を読むと魔力が増えるのか?」

 どういう仕組みなのだ、いったい。あの奇妙な禁書を読むと魔力が増える、と仮定したとして、それを避ける方法などあるのだろうか。
 禁書庫はレオンハルトにとって宝の山だ。通わないという選択はない。普段ならレオンハルトが求めている書籍を、司書がいるかのように的確に選んで運んできてくれる。しかし、あの奇妙な禁書はそうではない。レオンハルトが望もうと望まなかろうと、今日のように強制的に読まされるとしたら、避けようもない。

「目を瞑るか?」

 いや、ダメだろう。読み終わらないと書庫から出られない魔法が掛けられている気配があった。読んだ後に追い出されるのも似たような術だろう。

 疑問はまだある。あの禁書に振られた数字だ。
 一冊目には『二番目』、二冊目には『三番目』と刻まれていた。もし三冊目が目の前に現れ、その禁書に『四番目』と刻まれていたとしたら、いったい『一番目』はどこにあるのか。

 しばらく黙り込んで考えたあと、レオンハルトは思考を放棄することに決めた。

「よし、後回しにしよう」

 まだあの手の禁書は二冊目だ。三冊目が出てきたら逆らわずに読んでみて、その後の魔力量を確認し、対処はそれから考えよう。

 宝石箱の蓋を閉めたレオンハルトは、再びヒースクリフからのカードを手に取った。
「エーシャルワイド、か」
 王国の東にある国だ。特使が来るのは知っていた。晩餐は呼ばれるだろうとも思っていたが、出迎えもか。と、頬杖をつく。

 ―――お前は、筥のためにも、自分のためにも、逆鱗を必ず手に入れなければならない

 禁書には、そう書かれてあった。“筥”のために必要な神の遺物。狂った龍の逆さの鱗。
 たしか、エーシャルワイドは、龍を神と崇める風習があったはずだ。
 そして明日、東の国エーシャルワイドから特使がやってくる。どんな用件なのかは、レオンハルトには知らされていない。

 これは果たして、偶然だろうか。見えない力に踊らされているような気がして、気分が悪い。
 レオンハルトは一つ息をつき、宝石箱を引き出しに戻すと魔法の鍵を掛けた。そして、再びローブを羽織る。

 まずは魔の森へ行って魔物狩りだ。そのあと王宮図書館へ行こう。エーシャルワイドについて詳しく知る必要がある。特に、彼の国で神と呼ばれる龍について。

 
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