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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 7話-1
しおりを挟む夜になり、雲が月を隠し始めると、音もなく雨が降り出した。
もう一週間ほどすると雨季が終わり、植物が成長する初夏が訪れる。そうしたらルヴィウスの誕生日パーティーだ。
グラヴィスから宿泊の許可が下りてすぐ、レオンハルトとルヴィウスは藍玉宮に移動した。
ヒースクリフたちから晩餐の誘いがあったものの、部屋で取ると断りの返事をした。それからレオンハルトは、食事の時と、ルヴィウスが宿泊する部屋の準備が整ったことの連絡以外は、声を掛けるなと、すべての使用人を部屋から遠ざけた。
二人きりの時間を手に入れてすぐ、レオンハルトはルヴィウスに誕生日を祝う言葉を贈った。その時ルヴィウスは、祝いの言葉の順番などどうでもいいことを知った。大事なのは、誰に言ってもらうことが特別で一番うれしいのか、なのだ。
二人はいつものようにソファに座り、取り留めなくこれまでの話をする。
いつも使っているソファは、ルヴィウスが婚約者になってから、レオンハルトの希望で入れ替えたものだ。以前のものと似た紺の布地で、三人掛けより大きなサイズ。奥行きも横幅も広い。奥行きが広い理由は、二人で寝ころぶためでもある。
左側には肘かけの代わりに背もたれが追加されており、レオンハルトはいつもそこへ背を預け、ルヴィウスを足の間に座らせて背中から彼を抱きしめる格好がお気に入りだ。最初こそ恥ずかしがっていたルヴィウスだが、そのうち心地よさに絆され、今ではすっかりレオンハルトを背もたれにしている。
たくさんの話を交わしながら、絶え間なく温もりを感じる時間は、ルヴィウスにとって何物にも代えがたい誕生日の贈り物だった。
二人だけでする食事も、マナーなど気にせず、食べさせ合うことができて楽しかった。
入浴はレオンハルトの部屋付きのバスルームを借りたのだが、今朝の血まみれの状態がまだ記憶に新しく、怖くなってしまったルヴィウスは「一緒に入って」とわがままを言った。
レオンハルトはものすごく困った顔をしていたが、結局ルヴィウスには甘いのだ。ルヴィウスの願いは叶えられ、今は着心地の良い寝衣のボタンを留めてもらっている。
「ほら、出来た」
そう言い、レオンハルトはルヴィウスの髪を梳いた。ふわり、と空気が膨らみ、ルヴィウスの髪が乾く。
「ありがとう、ふふっ」
「なに、どうかした?」
「おそろいだなって思って」
嬉しそうに笑うルヴィウスが可愛くて仕方ない。たかが寝衣のデザインが同じなだけで、こんなにも喜んでくれる。しかし、今から渡す誕生日プレゼントは、彼を笑顔にするだろうか。レオンハルトは内心、不安で堪らなかった。
寝支度を整えて部屋に戻ると、レオンハルトはルヴィウスをソファに座らせ、自分も隣に腰を下ろした。
「プレゼント、渡そうかと思うんだけど」
レオンハルトの言葉にルヴィウスの目が輝く。
「右手出して目をつむって」
言われるまま、ルヴィウスは目を閉じ、右手を差し出した。しばらくすると、手首に何かをつけている感触がする。その温度と肌触りから、金属だということが分かった。
「ルゥ、このままロックかけていい?」
それに頷くと、レオンハルトが古代語を呟く。すると、吸い付くようにぴったりと腕に巻き付いてきた。感触からすると、太さは親指くらいだろうか。
「いいよ、目を開けて」
ルヴィウスが目を開けると、右手首に金色のバングルがあった。繊細な薔薇模様が全体に刻印されていて、レオンハルトの瞳と同じ色の魔石がはめ込まれている。
「お揃いなんだよ」
そう言うと、レオンハルトは自分の左手首を見せた。そこには、銀色のバングル。ルヴィウスへ贈られたものと色違いの同じデザインで、魔石の色は黒だった。
今までの誕生日プレゼントとは、重みが違う。初めて、レオンハルトが選んでくれた大切なアクセサリー。ルヴィウスは嬉しそうに笑顔を浮かべ、「ありがとう」と呟く。
少し照れくさくなったレオンハルトは、それを隠す勢いで、一気に捲し立てるかのようにバングルの説明を始めた。
「いろんな魔法を組み込んだんだ。防御に解毒なんかの保護魔法。解呪は文献がなくて出来なかったけど。まぁ、今の時代、呪いは過去の遺物で、使える術者もいないから大丈夫だと思う。それから反射魔法。悪意や殺意がある攻撃を、そのまま相手に返すんだ。通信魔法もつけたよ。これからはこのバングルがあれば、離れてても話が出来る。出来るって言っても、今は距離が限られてて、王宮と公爵邸くらいまでだけど。それから、位置探知魔法。もちろんピンポイントで分かるわけじゃなくて、ざっくり大まかにしてあるよ。プライベートは大事だから。公爵邸の屋内か屋外か、くらいかな。俺だけルゥの位置が分かるのはどうかと思って、ルゥも俺の位置が分かるようにしてあるんだ。それと、ルゥがいつでも俺を召喚できる術も組み込んだし、俺がルゥを召喚することもできる魔法も組み込んだ。魔石を転移陣代わりにするんだよ」
「え……、じゃあ、例えば、レオがエーシャルワイドへ行って、そこに僕を召喚するとか、できるってこと?」
「もちろん」
たいしたことでもないかのように答えるレオンハルトに、ルヴィウスは眩暈を覚えた。
プレゼントは嬉しい。レオンハルトが一生懸命に考えて作ってくれたのだと分かるから、何をどうしたって今までで一番の宝物だ。だけど、でも……
「盛り込みすぎじゃない……?」
「え、褒めてよ。これだけの術を魔方陣じゃなくて薔薇模様に組み込むのめっちゃ苦労したんだから。もしかして、嬉しくない?」
「嬉しいよ! すっごく嬉しい! でも、同時にちょっと怖い……」
「怖い?」
「だって、組み込まれてる魔法を考えたら国宝級だよ?」
「国宝になんてならないよ。ルゥにしか使えないし。俺のはルゥの、ルゥのは俺の同意がないと外せないしね」
「ごめん、もう一回言って」
いま、さらっと聞き流しちゃいけないこと言ったよね? ルヴィウスの眉根が寄る。
「このバングル、俺の魔力でしか使えないんだけど、勝手に外れたら困るから、サイズぴったりになる魔法もかけてあるんだ。ルゥの成長に合わせて輪が勝手に広がるから安心して。そうそう、外せないとなると洗えないから、接地面ごと清潔魔法が掛かるようになってるよ。安心した?」
いや、聞きたかったのはそういうことじゃなくて。ルヴィウスは苦笑いを浮かべる。
「そう、だね……安心はした。えぇっと、同意がないと外せないっていう部分の説明、もう一回聞いていい?」
「あ、うん。つまり、俺のバングルを外す時は、ルゥの同意がいる。で、ルゥのバングルを外す時は、俺が同意しないと外せない。でも、外したい時ってある? 俺はないと思うんだけど」
ルヴィウスは「う~ん……」と考える。
グラヴィスが“執着”と言っていたが、なんとなくその片鱗が見えた気がした。それが嫌ではない自分もどうかと思うが。
しかし、レオンハルトが同意しないと外れないのは、ちょっとどうかと思う。そう答えを出したルヴィウスは、代替案を提案した。
「えぇっと、僕の意志で外せるようにしてほしいかな。それで、外した時はレオが分かるようにしてくれる?」
「今のままじゃだめ? ルゥにはこれ、外してほしくないんだけど」
「そうだね……外すつもりはないけど、僕の意思で外せないのはダメ、だと思う……」
レオンハルトは「そうかぁ」と少し残念そうな顔をして、ルヴィウスの手首からいったんバングルを外す。そのあと手のひらに乗せたバングルに何事かを呟いた。すると反応するようにバングルがほんのり輝く。そして光りが消えると、彼は「はい、これでいいよ」と笑い、再びルヴィウスの手首にバングルを戻した。
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