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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 6話
しおりを挟む離れていた時間を埋めることに小一時間を費やしたあと、二人は身支度を整え、「とりあえず報告しに行こう」と、国王への接見申し込みのため侍従を呼んだ。それが、三時間ほど前のこと。
その直後は、王宮中が上へ下への大騒ぎだった。が、現在は少し落ち着きを取り戻し、徐々に通常業務へと戻る者が増えてきている。
「まったく……、胃に穴が開くかと思ったぞ……」
癖のない蜂蜜色の髪をくしゃりとかき上げたその人は、アクアマリン色の瞳で、呆れた、と訴えていた。ヴィクトリア王国の国王、レオンハルトの父ヒースクリフ・ヒペリオン・ヴィクトリアだ。
レオンハルトは「だから、謝っているではありませんか」と憎まれ口を叩き、「謝って済む問題か!」と、また怒られる。
ここは、国王と王妃が住まう黄金宮の談話室。
ヒースクリフ、レオンハルト、ルヴィウスのほか、王妃イーリスに、グラヴィスとノアール、そして、母譲りのプラチナブロンドに、ブルートパーズ色の瞳を持つレオンハルトの兄、王太子エドヴァルド・トゥルース・ヴィクトリア。
彼らは、公的な話し合いを終わらせ、騒動をひとまず沈静化させた後、身内のみの話し合いをするため、ここへ移動してきたのだ。そして、公的記録に残らないからと、レオンハルトはここでしこたま怒られた。
くどくどくどくど……かれこれ三十分以上は叱られただろうか。レオンハルトの隣に座っているルヴィウスは、身を縮めて嵐が去るのを待つしかない。
「まったくもう」
イーリスは右頬に手を当て、溜息をついた。
「いくらチート……―――こほん……―――ちょっと特別な魔法使いだからって、無茶しすぎではないかしら。エーシャルワイドの軍部のみな様が総出で夜通し捜索してくださったのよ?」
「それは……申し訳なかったと……。でも、魔力が底を尽きそうで止血しか出来なくてですね……。龍を屠ったところまでは覚えているのですが、どうもそのあと無意識に転移魔法を発動してしまったらしくて、気づいたらどこだか分からない山中で、しかも明け方だったから焦ってしまって……」
「殿下、まさかとは思っておりましたが……」
ノアールが額を抑えて呆れる。
「ルヴィの誕生日だからって、救助要請より転移用の魔力を貯めることに時間を使うのはどうかと思いますわ。無意識に転移魔法を使ったのだって、ルヴィに会いたすぎてでしょう?」
「ノアの言う通りだよ、レオン」
エドヴァルドもため息交じりに弟を窘める。
「その場に倒れてくれていたらもっと早く見つけてもらえただろうに、余計なことをして。いくら今回の討伐がエーシャルワイドからの依頼とは言え、戦闘後に報告もなく行方不明になるやつがあるか」
「そうは言いますが、兄上、毎年ルゥには一番に祝いの言葉を伝えていましたし、今年も―――」
「初耳ですが、殿下」
グラヴィスの笑みが般若のようになる。
「まさか、毎年ルヴィの部屋へ忍び込んでいたわけではありませんよね?」
レオンハルトは「あー……」と困った笑みを浮かべるしかない。
「ともかく、」ヒースクリフがため息交じりに言う。「レオンが見つかったことは魔法省から先方へ連絡を入れたから、のちに正式に捜索への感謝を伝え、何か贈ることとしよう」
「父上、よければ私に礼状を届けるお役目をさせてください。対価を持ち帰るのに、立場のある者がいたほうが良いでしょう。レオンがあちらに転移陣を設置したことですし、早ければ翌日には戻れます」
「そうだな……」
そう独り言のように呟いたヒースクリフはしばらく考え込んだが、結論がでたのか頷くような仕草のあと、エドヴァルドに指示を出した。
「では、エドヴァルドを代表とした使節団を編成して訪問するとしよう。日程などは明日以降、補佐官らと詰めることにする。それと、レオン」
「はい」
名を呼ばれたレオンハルトは背筋を伸ばし顔を上げた。
「あとで伝言内容を教えるから、シロウ殿に手紙をしたためるように。エドヴァルドに持って行かせる」
「シロウ殿ですか?」
レオンハルトはエーシャルワイドで世話になった軍人の顔を思い浮かべながら、瞬きをした。
「お前の無事を聞いてすぐに連絡をくれた御仁だ。“殿下がお困りの際はぜひお力になりたい”とのことだ。しかも、国を通さずともよいらしいぞ。義理堅い御仁に気に入られたな」
からからと笑うヒースクリフに、レオンハルトは少し恥ずかし気に「はい」と頷いた。
いくら大国の王族であろうと、他国の重要ポストにある人物とよい関係を築ける機会はそうそうない。個人的に良好な関係を築くのなら、なおさらだ。
今回レオンハルトはそれをやってのけた。計算したうえでの行動ではないだろう。だが、紛れもないレオンハルトの行動の結果だ。息子の成長が、ヒースクリフには純粋に嬉しかった。
年相応の反応をするレオンハルトを眺めていたヒースクリフだったが、ふと、息子の隣で静かに縮こまっていたルヴィウスへと目を向ける。
「ルヴィウス、今日は誕生日だそうだな」
「はい、国王陛下」ルヴィウスは緊張の面持ちだ。
「なにか望むものはあるか?」
なぜ突然っ? 国の最高権力者の申し出に、ルヴィウスは内心冷や汗をかいた。
ちらり、とグラヴィスを伺うと、こくり、と頷かれる。希望があれば遠慮するな、と言う事だろうか。
「そう言えば」ヒースクリフが思い出したかのように言う。「龍の鱗はルヴィウスのために必要なのだったな。受け取ったあと渡すか?」
「いえっ、そのっ、それについてはなんと言いますか……」
「父上」レオンハルトが説明を引き継ぐ。「ルゥと話して、今すぐ必要になるものではないと判断しました。それに、使い方の詳細もまだ不明ですし。ですから、いったん宝物庫へ納めてください。できれば、確実にルゥの手に渡るようにしたいので、婚約契約書の修正を求めます」
ヒースクリフは「なるほど」と頷いた。口約束だけでなく、文書でも“これはルヴィウスのもの”としたいらしい。
「そこまでする理由は?」
「魔法省です」
レオンハルトの返答に、ヒースクリフの右の眉が上がる。そう来るか、とヒースクリフは思った。
魔法使いは皆、勤勉だ。だからこそ、秘密や謎を解きたがる。神の鱗が手に入ったとなれば、研究したがるに決まっている。所有権を大雑把に“国”とすれば、横やりを入れてくるに違いない。ならば、明確に個人の持ち物としたほうが安全だ。
「いいだろう。ルヴィウスに受け取る権利があることを明日にでも書き加えよう。それでいいか、ルヴィウス」
ルヴィウスは「はい、ありがとうございます」と答え、胸を撫でおろす。もう答える必要はないと思ったのだ。
しかし、そこはやはりレオンハルトの父である。そう簡単に逃がしてくれるような人ではない。
「で、ルヴィウス、欲しいものはなんだ?」
えぇっ、逆鱗の話で終わったのでは。狼狽えたものの、隣にいるレオンハルトに「なんでも言っていいぞ」と言われてしまえば、何か答えるしかない。
ルヴィウスはしばし逡巡し、ソファから降りて臣下の礼を取ろうかとしたが、ヒースクリフに「そのままでよい」と言われてしまい、迷ったものの、再びレオンハルトの隣に座りなおす。そして居住まいを正してから、ヒースクリフを真っ直ぐ見つめた。
「国王陛下、お許しいただけるのであれば、レオンハルト殿下との時間をいただきたいのですが」
ルヴィウスのお願いごとが予想外だったのか、目の前をヒヨコが三歩あるいたような間を置いたあと、レオンハルトはじめその場にいた全員が、顔をゆるゆるにした。
ルヴィウスは彼らに「なんだこの可愛い生き物は!」と思われているなど露知らず、ずうずうしかっただろうかと思いつつ、聞かれてもいないのに、お願い事の理由を伝える。
「その……、ずっと会えなくて寂しかったので、レオンハルト殿下ともっと一緒にいたくて……」
「はははっ、なるほどな」
ヒースクリフは未来の義理の息子の可愛らしさに破顔した。
「ヴィーとノーラが大事にするわけだ。ノアとは別の可愛さだな、エディ」
「やっと気づきましたか、父上。ノアは可愛く美しく、ルヴィは愛らしいのですよ」
エドヴァルドがなぜか自慢げに答える。
「お前も大概だな。しかし、レオンが溺愛していると聞いていたが、これはそうなるのも頷ける。よし、分かった。ルヴィウス、今日は泊まっていくといい」
これに慌てたのはグラヴィスだ。
「クリフっ! お前っ、なんてこと言い出すんだ!」
「いいじゃないか、ヴィー、お前の息子の誕生日なんだし」
「いいわけあるか!」
「落ち着いてちょうだい、グラヴィス。ルヴィにはちゃんと貴賓館の来客間を用意させるわ」
イーリスはとても楽しそうに言う。グラヴィスは「当たり前だ!」と言い返した。そしてこのやり取りに便乗してきたのは、王太子エドヴァルドだ。
「安心してくれ、公爵。さすがに同衾は私もどうかと思うし。あ、ノアも泊っていってはどうかな? チェスの続きもしたいし、ルヴィの隣の客間を使ってもらえば、ちゃんと別々に寝たってことの証明になるじゃないか」
「ならないわよ、エディ。王子殿下の魔法に壁なんて関係ないでしょう?」
「そうか。う~ん……、でも泊まっていってよ。私がノアとゆっくり話したい」
さすが王家。家族みな、ちょっと強引なところがよく似ている。だが、そんなところも好ましい。ルヴィウスはこっそりと、小さく笑った。
ノアールは少し眉尻を下げてグラヴィスの顔を伺う。
「お父様、よろしいですわよね?」
決定権を委ねられたグラヴィスは、うっ、と言葉に詰まる。
ノアールは「こうなったら仕方ないですよ」という顔をしているし、ルヴィウスは「お願い、父上」と祈るようにこちらを見ている。そして、レオンハルトは期待に目をキラキラさせ、ヒースクリフとイーリス、エドヴァルドは「もちろん許可するよね」と言いたげに、王族スマイルで圧を掛けてくる始末。
結局、グラヴィスは折れるしかないのだ。
「わかった」
グラヴィスが言った途端、レオンハルトとルヴィウスは「やった!」と抱き合い、エドヴァルドとノアールは微笑みあい、ヒースクリフとイーリスは満足げに手を握りしめ合っていた。
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