【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

NOX

文字の大きさ
26 / 177
二章:狂った龍と逆さの鱗

二章 5話-4

しおりを挟む
 
「あ~、これはすごい惨状だな」

 血まみれの状況を確認し、レオンハルトが辟易とした表情で言う。

「部屋のほうも血まみれだったよ。こんなに血が出て大丈夫なの?」
 いまさら聞くことではないが。
「大丈夫。大半が俺の血じゃないから」
「は?」
 それはいったい、どういう事だろうか。

 ルヴィウスの疑問には答えず、レオンハルトは右手を、すいっ、と振った。すると、ほんのり床や壁が光り、血の痕が消え、瞬く間に元の状態へと戻っていく。清浄と浄化の魔法を掛けたらしい。気づくと、レオンハルトも自分も身ぎれいになっている。

 浴室内から洗面台付近までを元通り綺麗にしたレオンハルトは、続いて自室内にも魔法を掛けた。あっという間に見慣れた状態に戻る。

 レオンハルトの行動を目の当たりにしたルヴィウスは、「よかった」とは到底思えなかった。
 レオンハルトは、すべてを原状回復した。何事もなかったかのように。腹部の傷もすでにふさがり、元通りだ。彼はきっと、文字通り何もなかったことにするのだろう。知らないだけで、今までもこんなことが何度もあったのだろうか。そう思うと、だんだんと腹が立ってくる。彼は、力を過信し、自分を大事にしていない。

 ―――僕にとっては一番大切な人なのに!!

「さすがにちょっと疲れたかな」
 どさり、とソファに腰を下ろしたレオンハルトが苦笑いを浮かべる。

 イライラする。ルヴィウスはきゅっと拳を握った。
 自分のことを棚に上げてと言われるかもしれないが、話し合うことから逃げて、二週間も会えなくて、その間なにをしていたかも教えてくれなくて、不安にさせて、寂しくさせて、帰ってきたと思ったら血だらけで倒れてて……―――失うかもと思った恐ろしさをぜんぜん分かってないっ!!

「レオ」

 ルヴィウスはレオンハルトの前に立ち、真剣な面持ちで問いかけた。

「ねぇ、なんでこんな無茶したの?」
「あ~……、それはー……、着替えてからでいいかな?」
「逃げずに、いま教えて」
「別に逃げてなんかないよ。でも、ちょっと説明が難しいって言うか、事情があるって言うか」

 レオンハルトは笑顔でそう言い返した。ルヴィウスには、彼のその笑顔が造り物だということが良く分かっている。レオンハルトはこのまま、のらりくらり、適当な言い訳をして追及を逃れたいのだ。

「心配かけたのは悪かったと思うけど、俺は魔力が強いし、人間離れしてるところがあるから、そう簡単には―――」
「だからなにっ?」

 そう言ってレオンハルトの言葉を遮ったルヴィウスは、実力行使に出た。彼の膝の上に乗り、向き合った状態でじっと彼を見据える。銀月の瞳は、怒りを湛えるように潤んで揺れていた。

「勘違いしないで! レオは魔力が強くて魔法も使えて無敵みたいに振舞うけど、人間なんだよっ? 僕と同じ、ただの人なんだ! 神様じゃないんだよ! もっと大事にしてよっ、自分のこと!」

 ルヴィウスの剣幕に、レオンハルトは蒼い瞳を揺らした。さっきまでの取り繕うような表情は消えている。
 ルヴィウスは一つ息をついて、レオンハルトの頬を両手で包み込んだ。

「ねぇ、レオ。どうして無茶したの?」

 逃がしてもらえないと観念したレオンハルトは、一つため息をついてから答える。

「……欲しいものがあったから」
「それ、母上も言ってた。レオの欲しいものって、なに?」
「龍の…逆鱗……」
「龍の逆鱗? なにそれ?」
「ルゥが、俺がいなくても困らなくなるもの」
「はぁっ? 冗談でも怒るよっ!」
「冗談じゃないよ」

 レオンハルトはルヴィウスの左手を、指を絡めて繋ぐと、しっかり握りしめ、真摯に蒼い瞳を向けた。逃がすものかと思ったのはルヴィウスなのに、捕らえられたのもまた彼だった。

「ルゥ、人は誰かの手を借りて産まれてきて、誰かと共に生きていくことは出来ても、誰かと一緒に死ぬことはできないんだよ」

 それは事実で、正論だった。この世の不文律であり、誰にも曲げられない理。だけれども、そうだねと軽々しく受け入れられるものでもない。

「言ってる意味、わかんない……」
「大事なことだよ」
「わかんないよっ! わかりたくなんかないっ!」
「ルゥ」
 レオンハルトはルヴィウスを抱き寄せた。
「すぐじゃないよ。もっと先、いつかの話」
「いつかって、いつ?」
 ぐすっと鼻を鳴らして、ルヴィウスはレオンハルトにしがみついた。
「ずっと歳を取ってからが理想かな。だから、それまで一緒にいてくれる?」
「聞かなくてもわかるでしょっ」
 素直に答えるのが癪だった。
「わかるけど、言って」
 レオンハルトは笑って言った。

 ねぇ、言って。耳元で囁かれ、胸がきゅっと締め付けられる。レオンハルトの温もりを確かめながら、自分が心に決めたことを思い出した。

 ―――そうだ、ちゃんと言葉にしようって決めたんだった。

 すり、っとレオンハルトの肩に頬を摺り寄せたルヴィウスは、少し涙声で言葉を紡ぐ。

「レオ、聞いてくれる?」
 そう言い、大好きな人に、きゅうっ、としがみつく。
「なに? 何でも言って」
 レオンハルトは優しい声音で答えると、ルヴィウスを抱きしめ返し、ゆったりと髪を撫でた。

「レオを突き飛ばしちゃったとき、僕、怖かったんだ」
「わかってる。ごめんな、俺が―――」
「ううん、分かってない」

 レオンハルトの言葉を遮ったルヴィウスは、抱きしめる腕を緩めて、身を起こした。長い睫毛を震わせながらも、彼の蒼い瞳を真っ直ぐに捉える。

「僕、自信がなかったんだ。レオはすごく素敵で、カッコよくて、いろんなことが出来て、大人っぽくて、王子様で、みんな君に見惚れるでしょう?」
「うーん……、そうでもないと思うけど……」
「そうなの。でも僕は子供っぽいし、一人じゃ何もできない。今さっきだって、魔力が足りなくて苦しそうにしてるレオに何もできなかった。そんな僕がレオの傍にいてもいいのかなって―――」
「ルゥ、それ以上言ったら怒るぞ」
「自分だって、自分のこと大事にしないくせに、僕だけに言うのはずるい」
「……それは、ごめん。でも、ルゥ、たとえルゥ自身であっても、俺の大事なルゥを悪く言わないで。ルゥはすごく魅力的だし、俺にとって特別な人だよ」
「それは僕がレオの魔力を吸えるからでしょ?」
「なんでそうなるの……―――あ~……、でも、そうかぁ……」

 レオンハルトは天井を仰ぎ、ルヴィウスは首を傾げる。

 自分の不甲斐なさに、レオンハルトは溜息をついた。
 大事なことを、何も伝えてなかった。大切にしすぎて、自分のいいように解釈して、ルヴィウスの気持ちをおざなりにしていた。

「ごめん、ルゥ。俺の所為」

 そう言い、レオンハルトはルヴィウスの顔をそっと包み込み、額を、こつん、とくっつける。

「好きだよ、ルゥ。初めて会ったあの日、君は俺に一番と唯一をくれた。今までちゃんと伝えてなくて、不安にさせてごめん。これからはたくさん伝えるよ、大好きだよって」
「それは……婚約者だから?」
「違うよ。ルゥがルゥだからだよ」
「僕、子供っぽいよ」
「成長途中だよ。それに、ルゥはすごく可愛い」
「成長したら可愛くなくなるかもしれないよ」
「ルゥの可愛さは容姿じゃないから心配ない」
「運命の人が現われたらどうするの?」
「運命にはもう出会ったよ。ルゥが俺の運命だから」
「魔力、コントロールできるようになってきたんだよね? 僕じゃなくてもいい日がくるかもしれないよ?」
「そんな日、永遠に来ないよ。魔力を吸ってくれるからルゥがいいわけじゃない」
「本当に、僕でいい?」
「ルゥがいいの。ルゥじゃなきゃダメなの」

 レオンハルトは、わかってくれた? と、誰にも見せたことのない甘ったるい微笑みで、つぅ、とルヴィウスの頬を撫で上げる。ルヴィウスは胸の奥が、きゅっ、と甘くしびれる感じがした。

 ―――あぁ、この人が好きだな。誰にも渡したくない。

 自然と、そう思えた。恋をしていると気づいた日より、昨日より、今この瞬間、もっと、もっとレオンハルトを好きになっている自分がいる。

「僕も、レオが好き。僕もレオがいいし、レオじゃなくちゃ嫌だ」

 初めて言葉にして伝えた。言葉にして伝えた途端、この想いに居場所ができて、二人の関係に婚約者とは別の名前がつく。
 恋人。今日から二人は、婚約者であり、恋人の関係になる。

「ね、ルゥ。それで、さっきの返事は? これからも俺の傍にいてくれる?」

 ルヴィウスは顔を上げ、レオンハルトを見つめた。潤んだ瞳に見つめられ、レオンハルトの心が温かくなっていく。

「レオと、ずっと一緒にいる。だから、レオもずっと一緒にいて?」

 そう言い、ルヴィウスはレオンハルトに、すりっ、と身を寄せて、縋るように抱き着いた。レオンハルトは「もちろんだよ」と、温かく愛しい温もりを抱きしめ返す。

 一緒にいよう。ずっとずっと。ずぅっと先にある死が、二人を分かつまで。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

吸血鬼公爵の籠の鳥

江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。 血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。 吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...