【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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二章:狂った龍と逆さの鱗

二章 5話-3 △

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 ゆっくり目を開けると、通いなれたレオンハルトの自室、バルコニーへと続く、互い違いにステンドグラスがはめ込まれた天井まである大きな窓扉の前だった。
 掌を開くと、中にいたはずの伝言蝶は消えている。

 部屋を見回してみた。
 陽の光が差し込んで、濃いブラウンの絨毯にステンドグラスの色とりどりの光りが落ちている。その光景に違和感を覚え、一歩、足を踏み出してすぐ、体が硬直した。

 絨毯に、大きな黒い染み。人一人分くらいの大きさだ。その染みは、引きずるような痕を残して伸びていて、ある方向へと続いている。
 視線で痕跡を辿っていった先で、微かに水が落ちる音がする。ルヴィウスは染みを避けながら歩き、寝台を正面に見て右手奥へと進んだ。

 近づくにつれ、鉄が腐った生臭いような、吐き気がするような、嗅いだこともない異様な匂いに顔がしかめ面になっていく。
 じわっと、足の先を濡れた感触が襲う。知らずに染みを踏みしめていたようだ。白い室内履きの靴は、真っ赤に染まっていた。そこで初めて、これは血液なのだと気づいた。心臓が早鐘のように打っている。

「レオ……、いるの……?」

 問いかけた声が、ひどく震えている。
 あけ放たれたドアの向こうに、大きな鏡が見える。
 床が、真っ赤だった。洗面台の淵から、赤いしずくが、糸を引くように落ちていく。

 ―――不死身じゃあるまいし。

 グラヴィスの言葉が脳裏をよぎり、ざぁっと血の気が引いた。

「レオ……っ、レオっ、いるのっ!?」

 返事はない。
 意を決し、血だらけのそこへと足を踏み入れる。
 足元を取られ、転びそうになった。バスルーム手前の衝立は倒れていて、扉は空いている。
 血の跡は中へと続いていて、追うように視線を向けると、そこにはバスタブにもたれ掛かるようにしてレオンハルトが座り込んでいた。

「レオっ!!!」

 慌てて走り出すが、床の血に滑って派手に倒れこむ。痛みなど感じる余裕もなく、すぐさま立ち上がり、何度か足を滑らせながら、やっとのことでレオンハルトの元へとたどり着いた。
 彼は力なく項垂れ、浅い呼吸を繰り返している。傍に座り込んだものの、触れていいかどうかの判断がつかない。

「レオっ! レオ!! 聞こえるっ? しっかりして!!」

 声を掛けるが、返事がない。血の気のない顔は、土や血で汚れていた。あんなに美しかった蜂蜜色の髪も、泥と血にまみれている。
 近づいて分かったが、黒い騎士服がひどく濡れていた。右わき腹あたりは大きく破れ、皮膚が裂け赤い肉が見えている。まさか、この赤い液体すべてが彼の血だとでもいうのだろうか。

 ―――どうしよう、どうしよう、どうしよう!! レオが死んじゃうっ!!!

 混乱と衝撃でぼろぼろと涙が零れてくる。息が浅くなり、手が震えてきた。

 ―――怪我をしているのは僕じゃないのにっ! なんとかしなくちゃいけないのにっ!

 パニックに陥るルヴィウスの指に、何かが触れた。
 顔を上げると、僅かに瞼を開けたレオンハルトが、浅い呼吸を苦し気に繰り返しながら、声を絞り出す。

「ル、ゥ……、ぉ、ちつけ……っ、し、んぱいな、い……」
「何言ってるのっ? こんなにいっぱい血が出てるんだよ! 僕っ、治癒魔法出来る人呼んでくるっ!」
「ダメ、だ………」力のないレオンハルトの手が、するり、とルヴィウスの手を撫でた。「誰も……呼ぶ、な………―――っ」
「でもっ、だってっ、こんなにいっぱい血が……っ!」
「す、ぐ……な、おる……」
「まさか自分で治癒魔法かけるのっ!?」
「もう……、かけて、る……、ま、りょ、くが……た、らなくて……―――」

 ―――時間が掛かってるだけ……

 レオンハルトが息を吐くほどの微かな声で言った。ルヴィウスは零れる涙を手の甲で拭う。

「わかった、わかったからっ!」
「て……、にぎ……って……ほし、ぃ……」

 うん、と伸ばしかけた手を止めた。
 昨夜、水晶柱から魔力を吸った。体の中にレオンハルトの魔力が満ちている。だから、彼の魔力を吸ってしまうことはないはずだ。だが、もし、こんな状態の彼から魔力を吸ってしまったら? そう思ったら怖くて躊躇ってしまう。

 ルヴィウスが何を心配しているのかを察したレオンハルトは、力が入らない手でルヴィウスの左の小指を握った。

 ―――大丈夫。

 そう言われているような気がして、ルヴィウスはレオンハルトの右手を握りしめた。本当は抱き締めたかったけれど、どこに傷があるか分からない。うっかり傷口が開くようなことになれば、彼を苦しめるだけだ。

 握りしめたレオンハルトの手が微かに震えている。寒いのだと気づいたルヴィウスは「待ってて」と言い、バスルームを出た。洗面台の横の棚から、ありったけのタオルを持って戻り、それを慎重にレオンハルトに重ね掛けしていく。
 あとは、祈るだけ。ルヴィウスはもう一度レオンハルトの右手をとり、両手に包み込んだ。

 ―――神様、神様、お願いです。レオを連れて行かないで。僕から取り上げないで!

 手を握ることしか出来ない。祈ることしかできない。レオンハルトの魔力が自分の中にあるのに、いつも彼に任せっきりだったから、魔力を彼に渡す方法がわからない。どうしてこんなにも自分は無力なのだろう。

 どれくらい祈っていたのか。気が付くと、浅い呼吸を繰り返していたレオンハルトの息遣いが落ち着き始めた。徐々に、ゆっくりと、回復していくのが分かる。
 土気色だった表情が、少し血色を取り戻してきている。意識が浮上してきたのか、彼が、すぅっと蒼い瞳を開いた。

「レオっ、僕が分かるっ?」
「ルゥ……」

 ルヴィウスの手を握り返し、レオンハルトが悪戯っぽく笑う。

「ごめん、ルゥが血で汚れた……」
「こんな時に気にするのがそんなことなのっ!? 怒るよっ!!」

 涙目で怒るルヴィウスに、レオンハルトは、ははっ、と笑って答えた。まだ全回復とはいかなさそうだが、命に関わるレベルは脱したようだ。

「ルゥ、少しだけ、ルゥの中の俺の魔力、返してもらっていい?」
「少しじゃなくてたくさん返したい!」

 そう言うルヴィウスの勢いにレオンハルトは「たくさんはいらないよ」と返し、するり、と頬を撫でる。ルヴィウスは、こくっ、と一つ息を飲んで、それからゆっくりと近づいた。

 唇が重なる。少し開くと、レオンハルトの舌が入り込む。いつもより体温が低い。そのうち鉄の味が口の中に広がった。しばらく唾液を混ぜ合わせていると、体内の魔力が減っていくのを感じた。それがなんだか、嬉しかった。

 唇を離したレオンハルトは「ありがと」と笑った。ルヴィウスは「ううん」と首を振り、彼の様子を伺う。さっきよりもずっと、顔色がいいようだ。
 ふぅ、っと一つ息をつき、レオンハルトが何かを呟く。すると、ふわっ、と空気が膨らんだ気がした。

「よし、復活」

 そう言うと、レオンハルトは飄々と立ち上がった。ルヴィウスは信じられないものを見るかのような目で、彼を見上げた。ねぇ、ついさっきまで死にそうになってなかった?

「だからちょっとでいいって言っただろう?」

 そう言い、手を伸ばしてくる。なんだか憎たらしいほどの回復スピードだ。さっき何かを呟いたから、新しい魔法でも生み出したのだろう。
 ルゥ、と呼ばれ、ルヴィウスは溜息を一つつくと、その手を取って立ち上がった。
 
 
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