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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 5話-2
しおりを挟む「ところで、ルヴィ」
グラヴィスが、食後の紅茶が出たタイミングで声を掛けてきた。
「公務でエーシャルワイドへ赴かれている王子殿下が今日戻るらしいが、ルヴィの誕生日を祝いに公爵邸にいらっしゃる予定はあるのか?」
「いえ、あの……来てほしいと言われています……」
グラヴィスはその返答に目を丸くした。
「王宮にか?」
「えぇっと、たぶん、レオの部屋、に……?」
グラヴィスが手に持っていたカップを、かちゃんっ、と音を立ててソーサーに戻す。
「ルヴィ、まさか泊まってくるなどという―――」
「ないですっ、ありませんっ!」
「うむ、ならいい。結婚までは節度のある付き合いを心掛けるように。まったく、殿下ときたら口を開けばルヴィのことばかり。執着しすぎだろう」
「うふふ、殿下の場合は溺愛と言うのですわ、旦那様」
「くっつけて執愛って言うのはどうかしら」
「それはいい例えだね、ノア! ぜひ広めよう!」
家族たちの言い様にルヴィウスは熱くなって、パタパタ、と顔を仰いだ。
グラヴィスはレオンハルトの名を挙げて執着と表現したが、エレオノーラとノアールは主語がなかった。そこに『ルヴィウスもね』と暗に込められているような気がしてならない。
「それにしても、殿下も大変ね。いくら魔法の天才と名高いからって、神様と言われる龍を討伐するのに駆り出されるなんて」
エレオノーラは「イーリスが心配していたわ」と続けた。
ルヴィウスは、え? と耳を疑う。公務だと聞いていたから、てっきり視察や使節団の代表として隣国へ行っているのだと思っていた。
「あの……、レオは……、視察などではなったのですか……?」
ルヴィウスの反応に、その場が静まり返る。
「ルヴィ、殿下から贈り物がきていただろう? 手紙など入っていなかったのか?」
グラヴィスの問いかけに、ルヴィウスは、ふるり、と肩を震わせ答えた。
「入っていました……。でも、詳しくは書かれていなくて……」
「殿下はルヴィを心配させたくなくて伝えなかったのよ。二週間は短いようで長いから」
エレオノーラが眉尻を下げ、優し気に微笑んだ。心配しなくていい、そう言いたいのだろう。
「それより、龍を討伐ってどういうことですか……?」
ルヴィウスのその問いに答えたのはノアールだった。
「殿下は、エーシャルワイドに出た凶龍を討伐に行かれたのよ」
「凶龍?」
「尾や頭が二つある龍のことだよ」
アレンの言葉にルヴィウスの顔が青ざめる。
隠しても仕方ないと諦めたような表情で、詳細を続けたのはグラヴィスだ。
「エーシャルワイドには、龍を神と崇める信仰がある。こちらで認識されている竜―――ドラゴンとは違って、山のように大きく、蛇のような長い体の生き物だそうだ。一つ頭に尾が割れていない龍は穏やかで、恵みの雨や太陽を呼ぶ神だそうだが、尾が二股だったり双頭だったり、とにかく体がひと繋ぎにならない龍は凶事と嵐を呼ぶと言われて、狂った神とされ討伐対象となる」
「その狂った神様の討伐に、どうしてレオが行くのですかっ? レオは王族ですよ! おかしいではないですか!」
大きな声を上げたルヴィウスに、アレンが「落ち着いて」と声を掛ける。
「ルヴィ、エーシャルワイドには魔法使いがいないだろう? 三百年前にも凶龍が出たことがあって、その時も我が国から魔法使いが討伐に行ったんだよ。殿下は大陸一と言われる魔法使いだから」
「だからって、レオが行かなくても……っ」
ルヴィウスはきゅっと唇を噛み締めた。そんな彼の頭を、ノアールが慰めるように撫でる。
「エディは止めたって言ってたわ。でも、殿下が行くと言って聞かなかったらしいの」
「イーリスから聞いたのだけれど……、」エレオノーラが眉尻を下げて呟くように言う。「どうしても手に入れたいものがあるって譲らなかったそうなの」
「手に入れたいもの……?」それは、なに?
「なんにせよ、」グラヴィスが眉根を寄せ、ため息をつく。「殿下の向こう見ずなところには困ったものだ。昨日王宮へ伺った際には陛下から、ルヴィに殿下を諫めてもらえないかと言われた。無茶をしすぎるから、と。まったく、いくら魔法の天才だからと言っても、不死身じゃあるまいし。万が一のことがあれば二度と―――」
「お父様っ」
ノアールの咎める声と視線がグラヴィスに飛ぶ。グラヴィスは軽く咳払いをし「たとえ話だ」と言い訳した。
ルヴィウスは体が冷えていくのを感じた。
この二週間、レオンハルトが何をしていたかまったく知らなかった。何も聞かされていなかったことを悔しく感じるよりも先に、思いもよらない結末の可能性があることに手が震えてくる。
―――もしかして、二度と会えない……? 最後が、あんな別れ方になるの……?
ノアールが「大丈夫よ」と肩をさすってくれるが、気休めにすらならなかった。
―――どうしよう、レオがいなくなったら、どうしたらいいんだろう。
震える両手をきゅっと握りしめた時、強張った表情の執事長が伝言蝶を入れた小さな鳥かごを持って食堂へ入ってきた。
レオンハルトがルヴィウスに直接送るような特別な黄金の伝言蝶とは違う、普通の伝言蝶だ。
普通の伝言蝶は直接本人に届かない。届け先の邸の文書係が回収し、各個人宛の鳥籠に振り分けられる。これは一般的な貴族向けの伝言蝶の仕組みで、平民は家計を節約するため、昔ながらの郵便を使うらしい。
「お食事中失礼いたします。旦那様とノアール様に王宮から至急の伝言蝶が届きました」
そう言うと執事長は、すばやく鳥かごを開け、伝言蝶を放つ。グラヴィスに宛てた蝶は彼のもとへ飛び、別の一羽はノアールへと飛んだ。二人はそれぞれの蝶を手の中に収め、羽ばたきが止まるのを待って開いた。文面を確認するなり、二人とも顔色を変える。
「すぐに王宮へ行く」
「お父様、私もご一緒させてください。わたくしが王妃様とエディのお傍に参ります」
グラヴィスは頷き、執事長に指示を出す。
「すぐに馬車をまわせ。それから、アレン」
「わかってる。任せて」
そう言うと、アレンはすぐさま席を立って出ていった。そして、グラヴィスは戸惑うルヴィウスの傍に歩み寄り、膝をついて彼を見上げると、慰めるように頬を撫でて言った。
「何かあれば連絡する。ルヴィは家から出るな。わかったな?」
張り詰めた緊張感から、ルヴィウスは頷くことしか出来なかった。ノアールがまた「大丈夫よ」と言って肩をさすってくれる。
二人が足早に食堂を出て行くのを見送ると、侍従が「お部屋へ戻りましょう」と声を掛けてくる。ルヴィウスはそれにも、頷くことしかできなかった。
部屋の前までついてきてくれた侍従が「お茶をお持ちしますか?」と聞いてきたため、必要ないこと、そして、しばらく一人にしてほしいことを伝え、ふらつきを感じながらも部屋に入る。
扉が閉まると、わずかに張っていた気持ちが途切れ、その場に座り込んでしまった。
喉が張り付いて、うまく息が出来ない。指先が冷たくなり、呼吸が浅くなっていく。底のない恐怖を感じたのは、生まれて初めてだった。
グラヴィスは邸にいるようにと言っていた。ノアールは「大丈夫」と言った。でも、王宮から届いた連絡に、二人とも慌てていた。はっきりと言われなかったけれど、もしレオンハルトが帰還したことを知らせるものだったら、あんな表情で慌てることはないだろう。彼に、何かあったに違いない。
「レオ……っ」
言い知れぬ不安から、涙が込み上げてきた。涙が零れそうになったけれど、決めつけるのはまだ早い、泣くものか、と意地で顔を上げる。その時だった。
目の前に、虹色に光る伝言蝶が羽ばたいていた。二回目に届いた宝石箱に入っていた手紙には、なんと書かれてあっただろうか。
―――俺が王宮に帰ったら、虹色の伝言蝶が起動する。
そうだ。そう書かれてあった。これは、レオンハルトが帰ってきた合図だ。
「レオ……っ!」
大好きな人の名前を呼んで、立ち上がった。
ひらひらと舞う七色に輝く特別な伝言蝶。それを、そおっと、壊れないように手のひらに捕まえる。
―――もし会いに来てくれるなら、手のひらにその蝶を捕まえて俺を呼んで
会いたい、会いたい、会いたい! いますぐ君に会いたいっ!
「レオっ!」
その瞬間、浮遊感が体を包み込む。次いで、ふわり、と地に足が着く感覚がした。
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