【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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二章:狂った龍と逆さの鱗

二章 5話-1

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 今朝は、雨季の合間の晴天で、澄み切った青空が広がっていた。
 自室の窓扉から清々しいほどの青を見上げたルヴィウスは、届かないと分かっていながらも「おはよう」と、隣国にいるレオンハルトを想い、朝の挨拶を呟く。

 ふっと小さく溜息をつき、宝石箱に一本だけ残った水晶柱と、虹色の伝言蝶に目を向ける。
 あれから二週間。レオンハルトは公務で隣国へ行ったままだ。

 最初の宝石箱が届いてから七日後、次の七日分の水晶が入った宝石箱が、短い手紙とともに王宮から届いた。

『ルゥの誕生日には必ず帰る。俺が王宮に帰ったら、虹色の伝言蝶が起動する。もし会いに来てくれるなら、手のひらにその蝶を捕まえて俺を呼んで』

 手紙には、そう綴られていた。今日はルヴィウスの誕生日だ。虹色の特別な伝言蝶は、まだ羽ばたかない。

 ルヴィウスは今日まで、毎日一本ずつ、ベッドの中で会えない愛しい人の魔力を水晶から吸った。
 両手で握りしめると、水晶は僅かに光り、レオンハルトの魔力をルヴィウスに与えてくれる。込められた魔力がすべてルヴィウスに吸収されると、水晶は役目を終え、小さな光の粒になって消えていく。
 何も残らないことに寂しさを覚えたけれど、体を満たす温かい魔力に、気持ちが和らぎ、レオンハルトの体温まで感じられそうで、寂しさは愛おしさに変わるばかりだった。

 ―――会いたい。抱きしめたい。言葉を交わしたい。そして、いつものように口づけたい。魔力交換が必要なくなっても、僕だけに口づけをしてほしい。

 離ればなれだったこの二週間、ルヴィウスは、自分がレオンハルトのことをどれだけ好きか、彼をどれほど求めているかを、強く自覚する日々を送った。
 そうして自分の気持ちをはっきり認識すると、あの時の感情の意味も鮮明になってきた。

 レオンハルトを突き飛ばしてしまったあの時、確かに怖いと思った。でもそれは、レオンハルトや行為そのものが怖かったのではない。
 レオンハルトは誰からみても魅力的だ。反対に、自分には何もない。魔力交換が必要ないという話に、彼の傍にいられる大義名分を失くす予感に怯えた。更には、習ったばかりのことが頭を過ぎって、急に恐ろしくなった。

 レオンハルトが、なんの魅力もない自分の体に触れて、失望したらどうしよう。まだ大人には程遠い丸みのある子供を脱しきれない男の体を見て、落胆したり、嫌悪感を抱かれたりしたらどうしよう。
 そういった後ろ向きの怯えが、レオンハルトを拒絶することに繋がった。

 レオンハルトが悪いのではない。自信のない自分に原因があったのに、ひどく彼を傷つけてしまった。子どもの頃のレオンハルトは、触れることで人を傷つけ、いろんなことを諦めてきた。自分も同じ苦しみを味わってきたのに、過去を思い出させるようなことをしてしまった。

 謝るべきだろうか。それも考えた。でも、違う気がした。だから、会えたらちゃんと言葉にしようと決めた。自分の弱いところ、自信のないところ。もう怖くないから、レオンハルトの熱を教え込ませててほしい、と。触れて、口づけて、深く入り込んで、自分を染め上げてほしい、と。

 ルヴィウスは宝石箱から虹色の伝言蝶を取り出し、そっと口づけた。

「レオ、大好き……」

 レオンハルトに、恋をしている。ルヴィウスは、はっきりそう自覚した。この気持ちも、レオンハルトにきちんと伝えたいと思っている。

 不意に、扉をノックする音が聞こえた。
「ルヴィウス様、ご朝食のご準備が整いました」
 担当の侍従が迎えに来たようだ。伝言蝶を蓋を開けたままの宝石箱に戻し、ルヴィウスは「わかった。いま行く」と答える。
 扉の近くまで行くと、待ち構えたかのように開く。扉を開けてくれた侍従に「おはよう」と挨拶すると、挨拶とともに「おめでとうございます」と誕生日を祝う言葉が返ってきた。「ありがとう」と返したけれど、一番はレオンハルトが良かった、と少し気落ちした。

 食堂に入ると、家族全員が揃っていた。彼らに加え、今朝は昨日到着した大好きなお客様もいる。

「おはよう、ルヴィ。誕生日おめでとう」
「おはようございます、父上。ありがとうございます」

 ルヴィウスは父のグラヴィスに礼を言い、姉であるノアールの隣席に着いた。

「おはよう、ルヴィ」

 向かいの席の母が、女神のような微笑みで挨拶をくれた。
 艶やかな黒髪に、エメラルドの瞳。染み一つない白い肌と、庇護欲をそそられる愛らしい顔立ち。父が惚れ込んだ名門伯爵家の元令嬢にして、王妃イーリスと並ぶ社交界の華、エレオノーラ・アクセラーダ公爵夫人。微笑まれた人は恋に落ちる、などというとんでもない都市伝説すら生んだ美女だ。

「おはようございます、母上」
「今日は私の可愛いルヴィの誕生日ね。おめでとう。あなたの日頃の行いが良いのかしら。雨季の終わりとはいえ、こんなに晴れ渡るなんて」

 エレオノーラに言われ、なんと答えたらいいか分からなくなったルヴィウスは、そうでしょうか、と返すに留めた。

「おはよう、そしておめでとう、私の可愛い弟君。よく眠れたかしら?」
「おはようございます、姉上。はい、レオの魔力のおかげでよく眠れました」
「ふふっ、朝から惚気るの?」
「ちが……っ、そんなつもりはなくてですねっ」
「否定しなくてもいいじゃない。もう悩み事に答えは出たのかしら?」

 ノアールの問いかけに、ルヴィウスは頬を染めつつも、しっかりと頷いた。

 今回の件については、ノアールだけでなく、未来の義兄エドヴァルドにも心配をかけてしまった。隣国からレオンハルトが戻り、彼と話したあと、礼と謝罪を伝えるために王太子エドヴァルドに茶会の申し込みをさせてもらえるか聞いてみなければ。

「おはよう、ルヴィ」

 声の主はエレオノーラの隣に座っている人だ。ルヴィウスは笑顔で「おはようございます」と挨拶を返す。

「ふふっ、今日も可愛いね、ルヴィ。お誕生日おめでとう。プレゼントはまた後で渡すからね」
「はい、楽しみにしています、アレン兄さま」

 アレン兄さま、と呼ばれた人は、茶目っ気たっぷりにウィンクを返した。
 兄さま、と呼んだが、ルヴィウスの兄弟ではない。彼の名はアレン・ルーウィック。銀の髪にルビー色の瞳、色白で線が細く儚げな美青年だが、グラヴィスも一目置くほどの人物だ。
 物腰は柔らかいが、交渉事には長けている。アクセラーダ公爵家の遠縁で、ルーウィック伯爵家の若き当主でもある。管轄領が辺境にあるため、年に一度、こうしてルヴィウスの誕生日を祝うために数週間、公爵家に滞在しているのだ。ここ数年は、公爵家に滞在したあと、領地に戻らず長期で王都のタウンハウスに滞在している。

「アレン兄さまはいつまで経ってもお綺麗ですわね」
 ノアールが羨ましそうに言う。アレンは苦笑いを返した。
「そうでもないよ。最近はちゃんと歳を取ってる」
「最近は、ってまたご冗談を。歳を取ってると言っても、私が子どもの頃とちっとも変わらないではありませんか」
「うちは若く見られる血筋だから」
 にこり、と余所行きの笑顔をされ、ノアールは小さくため息をついて追及を諦めた。
 ルヴィウスは気づかれないよう、アレンをちらりと盗み見る。

 確かに、ノアールが疑問に思うのも頷ける。
 初めてアレンに会ったのは、確か三つの時だ。その頃のことはあまりよく覚えていないが、あれから九年も経つのに、今も昔も大きな変化はない気がする。強いて言えば、どこか人ならざる雰囲気だった気配が薄くなったところだろうか。

 そんなことを考えているうちに、給仕係の使用人たちが朝食を取り分けて並べていく。
 彼らは代わるがわる、誕生日を祝う言葉を掛けてくれる。
 他の貴族家がどうか知らないが、アクセラーダ公爵家では『誕生日の者へは祝いの言葉を掛ける』これが伝統となっている。普段から使用人同士も行っているようだ。始めたのは、陽気で貴族らしくない変わり者と言われる曽祖父らしい。そのためか公爵家では、使用人たちとの距離が近く、彼らの忠誠心も厚い。

 ルヴィウスは朝食を取りながら、次々掛けられる祝いの言葉に感謝を返した。これを繰り返していくうち、ルヴィウスはありがたいと思いながらも、残念な気持ちにもなる。レオンハルトからの「おめでとう」が、どんどん順位を下げていくからだ。

 こんなことは、初めてだ。去年までは、目が覚めると王宮の自室から転移してきたレオンハルトがいて、誰よりも早い「おはよう」と「おめでとう」、そしてキスをくれたのに。
 
 
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