【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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二章:狂った龍と逆さの鱗

二章 4話-3 △

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 レオンハルトは、谷間を臨む巨岩の先端に立った。その先は奈落だ。
 谷底から吹き上げる強風が、レオンハルトの漆黒の騎士服の裾をはためかせていく。蜂蜜色の柔らかい髪は、逆立っているようにも見えた。

『殿下、龍が攻撃地点の谷に入ります』

 耳につけたピアス型の魔道具を通して、王国の魔法使いが伝えてくる。
 上級魔法使い四名が、四方向から渓谷の上空に、見えない網を張った。凶龍は飛べないと言うが、万が一飛翔して逃げられることを阻止するためだ。

 ここまでは、作戦通り。あとは、山中や渓谷の各所で、凶龍を谷へと追い込む任務を遂行した東西南北各拠点の全四百名の撤退が完了すれば、レオンハルトの出番だ。

 谷間の奥から、強大な魔力の波動を感じる。その方向を睨んでいると、龍の影が見えた。

 龍が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてきている。その間に、東、南、北の各拠点から撤退完了の知らせが届く。残るは、西の尾根にいる部隊、百名の撤退を待つばかりだ。

 最後の撤退完了の知らせが届く前に、レオンハルトの眼下に龍が姿を現す。

 谷間の半分を埋めるほどの大きな体をくねらせ這いずる、蛇のような長い体。鋭い鉤爪をもつ短い脚が二本、右足に宝玉を握りしめ、全身が藍色の鱗で覆われている。細く切り立った丘ほどもある大きな岩に巻き付くようにして身を起こしたその龍は、三百年前の尾が二股の凶龍とは違い、双頭の姿をしていた。

 龍の二つの頭が、警戒して辺りを見回している。そして、くるりと西側に首を向けたかと思うと、耳をつんざくほどの咆哮を上げた。
 衝撃波が木々をなぎ倒し、岩肌をめくり上げていく。木霊した咆哮が小さくなるころ、通信魔道具から混乱した声が届いた。

『転移陣が損傷して撤退できません!』

 西拠点に配置されている魔法使いからだ。
 レオンハルトであれば、転移先に陣があれば移動が可能だが、他の魔法使いは違う。転移陣から転移陣にしか飛べない。つまり、今もたらされた報告は、西拠点に残る隊員らは転移による撤退が出来ないことを意味する。

 レオンハルトは舌打ちすると、ひらり、と谷底へ向けて体を翻した。

「残りの人数は?」落下しながら問う。
『十二名です!』
「次の攻撃に備えて周囲に防御壁を展開。戦闘終了まで動かず待機」
『はいっ!』
「任せた。必ず、君を含む“十三名全員”を帰還させよ。これは命令だ」

 そう命じられた魔法使いが、わずかに声を震わせて「お任せください」と答える。
 レオンハルトは、魔法使いが自分を数に入れていないことに気づいていた。大切な民を切り捨てることなどしない。それはレオンハルトの王族としての信念だ。

 魔法で落下速度を調整しながら、龍を視認する。
 龍は、西の尾根に首を向けていた。今にもまた大きく咆えそうだ。
 西拠点の現状は分からないが、二度目の衝撃波を受ければ山崩れを起こしかねない。防御壁ごと埋もれてしまえば、救出は魔法使いの魔力切れまでという時間との闘いになる。それは避けたい。

 レオンハルトは右手に火球を放つ準備をした。

「本部、聞こえるか」

 通信しながら、レオンハルトは準備していた火球を放ち、龍の意識を自分へと向けると、西の尾根側に五重の防御壁を展開した。すぐさま龍に向き直ったが、炎が当たったことで腹を立てたのか、龍が大きく口をあける。

 まずい! 瞬時に防御壁を繰り出したものの、耳をつんざくほどの咆哮と共に、無数の氷の刃が飛んできた。

 術の展開がわずかに遅かったのか、自分を守るために展開した防御壁が薄い。分かってはいても、張り直す余裕もなければ、地面に着地することも、攻撃を押し返すこともできない。

 龍が、怒りに身を任せ暴れている。
 刃が魔法の壁を突き破ってくる。
 初めて、死を予感したその時、氷の刃が防御壁を割って、レオンハルトの右わき腹を抉った。

「ぐ……ぅっ!」

 逃げようにも、次の攻撃に備えて防御壁を解くわけにはいかず、動くに動けない。
 どうする? どうすればいい?
 焦りで頭が真っ白になっていく。

 通信魔道具から、誰かが「殿下っ!」と叫んでいる。その声にかろうじて冷静さを取り戻した。

 どうすれば被害を最小限に抑え、龍を屠ることができるだろうか。
 レオンハルトは、龍が繰り出す攻撃の隙をついて防御壁を張り直し、再び飛んでくる無数の氷の刃に耐えながら、必死に考えた。

 当初の予定では、吹き飛ばして更地にしてもいいという許可のもと、山の西側に向けて攻撃魔法を展開する予定だった。だが、それでは西の尾根に取り残された十三名が犠牲になる。彼らを守るためには、反対の東側へ攻撃するしかないが、その先には今回の作戦本部がある。東に向けて極大魔法を展開すれば、各拠点から作戦本部へ撤退を済ませた全部隊がなんらかの被害を受けるかもしれない。
 作戦本部にいる上級魔法使いは、七人。作戦本部から一番近い軍部施設、第八陸軍基地は五キロ先。そこにはエーシャルワイドの首都郊外にある軍部訓練場と行き来するために設置した転移陣がある。それなら……―――

 レオンハルトは宙を蹴って身を翻し、西の尾根を背にする位置に移動すると、龍を正面に捉え、声を張り上げ指示を出した。

「作戦変更! 東へ向けて攻撃魔法を展開する! 作戦本部の人員をすべて第八陸軍基地へ転移させろ!」
『しかし―――』
「荒っぽくなるが計算上は可能だ!」
『やりましょう』それはシロウの声だった。『軍人の退避に丁寧さは必要ない。荒くて結構』
『いや、でも―――』
「魔法使いの底力を見せろ! なんのために魔法使いになった! 最善を尽くせっ!!」

 わずか十二歳の叱責が飛ぶ。ほんの僅かの無言のあと、力強い声が返ってきた。

『三分……いえっ、二分ください!! 全員退避させます!!』
「頼んだ!!」

 レオンハルトは背後にある西の尾根と自分の防御壁を強化し、それ維持をしたまま、加速と加重を重ね掛けした無数の風の刃を龍めがけて飛ばした。
 続いて、渓谷の両側の岩壁に複数の火球を放ち、龍の上に巨岩を落とすことで動きを阻害する。
 いくつもの術を同時多発展開したことで息が上がり、浮いていられなくなったレオンハルトは谷底に降りた。体がふらつき、片膝をついてしまう。

 ―――しっかりしろ! こんなところでくたばるなっ!!

 自分を鼓舞し、なんとか立ち上がる。
 複数の術展開が影響して、魔力がどんどん減っていく。氷の刃に抉られた右わき腹から血が溢れ出ている。治癒魔法で治したいが、ここまでの傷を素早く治すとなるとかなりの魔力を消費する。ギリギリまで背後を護りながら極大魔法で龍を仕留めるとなると、出来る限り魔力を温存しておきたい。

 龍が痛みにのたうち回り、空に向かって叫び狂っている。
 耳をつんざくような竜の咆哮が空を震わす。
 嘶きに呼応して風が吹き荒れ、大粒の雨が降ってくる。
 稲光が走り、落雷と共に岩が割れ、龍の叫びが衝撃波としてレオンハルトの展開している五重の防護壁を一枚、また一枚と割っていく。

 脇腹から、ドクドクと血が溢れているのが分かった。焼きごてを当てられているかのように熱い。冷や汗が出て、視界が霞む。気持ちがぐらつく。楽になりたい。傷を治したい。でも、いま傷を治してしまったら、龍を屠ることができない。

「ルゥ……っ」

 レオンハルトは愛しい人の名を呟いた。

 ルヴィウスに会いたい。会うためには、生きて帰らなければならない。でも、愛しいあの子の優先順位を下げるようなことはしたくない。あの愛しい子は、自分の唯一で、一番で、総てだから。

 最後の防御壁が割れる少し前、通信魔道具からひび割れた声が届く。

『撤退完了!!』

 瞬間、レオンハルトは防御壁の解除と同時に攻撃を押し返し、地面を蹴る。
 加速魔法を重ね掛けて速度を上げ、龍の目の前に飛び出した。そして、ありったけの魔力で大鎌を作り、双頭龍の首めがけて振り下ろす。
 その衝撃波が谷底を掘り返し、山を吹き飛ばし、地面を抉っていく。

 龍の双頭が、どしゃり、と落ちる。地響きを立てて倒れた胴体から、大量の血が噴き出した。それが雨と混じり、レオンハルトの全身を真っ赤に濡らしていく。
 もう、立っていられなかった。
 遠のいていく意識の中で、レオンハルトが想うのはルヴィウスのこと。

 ―――ルゥのために、逆鱗……、回収しないと……。それに……、明日……帰るって、約束……

 瞼が重さに耐えられず、閉じていく。レオンハルトの視界が真っ暗になる。雨の冷たさも、龍の血の生ぬるさも、わき腹の抉られた傷の痛みも、何も感じなかった。

「―――……る、ぅ……」

 レオンハルトの意識は、暗闇に落ちていった。
 
 
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