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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 4話-2
しおりを挟むシロウは居住まいを正すと、レオンハルトに対し、すっと頭を下げた。
「この度は我が国の問題に多大なる助力をいただき、心よりお礼申し上げます。また、王子殿下に頼り切りの作戦となってしまったこと、殿下の御身を危険に晒してしまうこと、本当に申し訳ございません」
真面目な人だ。レオンハルトはそう思った。
きっとシロウは、二人きりになるタイミングを見計らい、今日この時まで、言葉をずっと胸の奥に温めていたのだろう。他の場面で口にしてしまえば、公式記録に残ってしまう。国と国の話し合いの場に、感謝と謝罪の言葉は重く圧し掛かる。特に、謝罪は簡単に口にするものではない。
「顔を上げてください、シロウ殿。むしろ、俺を最前線に出すわけにはいかないと、エーシャルワイドの皆さまは最後まで俺の身を案じた作戦を考えてくれたではありませんか。それで充分ですし、こちらにも充分メリットがあります」
自分が欲しているものが、この国にある。これは取引だ。それ相応の対価をもらうリスクを背負うのは必要なこと。暗にそう伝えようとしているレオンハルトの言葉に、シロウは「痛み入ります」と顔を上げた。
「ところで、今回、討伐に成功した暁には龍の鱗をお望みと聞きましたが、差し支えなければ理由をお聞きしても?」
探られている? そう考えたが、シロウの表情を見る限りそうでは無さそうだ。
「そうですね……、婚約者のため、です」
レオンハルトの返答に、シロウは「そうでしたか」と言い、茶を一口飲んだ。追及は終わるかと思われたが、話は続いた。
「王子殿下は、婚約者様を愛しておられるのですね。命を懸けて神に挑むほどに」
「はい、誰よりもあの子を愛しています。だから、どうしても鱗が必要なんです。この国にしか生息しない、魔物のドラゴンではなく、神の化身である龍の鱗が」
「確かに、我が国では、龍は神の化身です」
シロウはサクラが咲く遠くの山へと目を向けた。
「ですから、本来ならば討伐することも鱗をお渡しすることもできなかったでしょう」
「俺は運がいい」
「えぇ、本当に。まさか凶龍が出現するとは思いませんでしたから。前回の出現は三百年前で、尾が二股だったと記録にはあります。その際も王国には多大な助力をいただきました。二つに割れ凶をもたらす龍は神ではありません。ですから、討伐する必要がある。そしてその鱗も、不吉なものとして扱われるため、我が国には不要なものです」
「俺にとっては、龍の鱗であれば吉凶は問いません。手に入れるのは無理だと諦めていたから、特使様にお話をいただいて、こんな強運があるんだなと思いました」
「一枚は確実に存在を確認出来ております」
「一枚あれば充分です」
「そうですか。しかし、こういうのを、運命と言うのでしょうね。殿下の強運に、我々も微力ながらお力添えさせてください」
「よろしくお願いします、シロウ殿」
レオンハルトの自信に満ち溢れた表情に、シロウは満足げに頷いた。
ちょうどそこに、彼の部下が「イタガキ幕僚長、最終確認をお願いします」と声を掛けてきた。シロウは「では、失礼します」と席を立ち、軍人特有の一礼をして、テントを出て行く。
軍人らしい彼の背中を見送り、レオンハルトは改めて自分の強運に感謝する。
龍の逆鱗。レオンハルトがどうしても手に入れたい、神の欠片。
禁書庫で逆鱗を手に入れろという一文を見てから、王宮図書館でエーシャルワイドのことを調べた。その過程で、三百年ほど前、今回のようにエーシャルワイドに凶龍が出現し、王国が討伐に手を貸した記録があった。その際の報酬の一部として逆鱗が王国に渡ったものの、その後消え失せ、記録だけが残った。
禁書には「伴侶の体を造り変える神の遺物」とあった。
もし、三百年前にも管理者と筥が存在していたのなら、逆鱗が使われたのではないか。
そう考えたレオンハルトは、ひとつの仮説を立てた。
管理者が龍を討伐し、逆鱗を手に入れる。なんらかの方法を持って逆鱗を使い、筥の体を造り変えたとしたら? そうやって筥を守ったのだとしたら。
体を作り変えられるということは、魔力を貯めこむ器がないルヴィウスに、器を作ってやることも可能だということだ。
その仮説にたどり着いたからこそ、禁書の内容に拘わらず、逆鱗を手に入れたくなった。けれど、シロウが言うように龍はエーシャルワイドの神だ。殺して逆鱗を奪うわけにはいかない。王宮図書館で調べた直後は、さすがに無理かと諦めかけた。しかし、特使が凶龍討伐の話を持ってきた。これを逃すわけにはいかなかった。
レオンハルトは椅子から立ち上がると同時に、体内の魔力制御を、制限から増幅に反転し、補助的につけていた魔力遮断の足枷を外した。
テントから数メートル先に進んだところで立ち止まり、目をつむる。
深い呼吸を繰り返し、意識を集中した。
遮断されていた自然界にあふれる魔力が体に巡り、体内で生産される魔力も大幅に増幅を始めている。
さらに魔力操作に係る古代語を呟くと、体内で生まれるものと自然界から取り入れた魔力が混ざり合い、急激に膨らんだ。
普段なら、こんなことはしない。だが、今日は膨大な魔力が必要になる。
狂ったとは言え、神に挑むのだ。魔王にでもなるつもりで挑まなければ。
差し違えるわけにはいかない。必ず無事に帰らなければいけない。愛しい、愛しい、あの子のいる場所に。
ざぁっと、強い風が吹き抜けていく。
ものすごいスピードで魔力膨れ上がり、満ちていく。
自分の中に、今までになかった冷酷で凶悪な顔が現われたことに気がついた。今なら、世界すらも壊してしまえそうだ。
遠くで誰かが「山岳中央拠点、撤退します」と言っている。
あふれ出る魔力に、誰もレオンハルトに近づけない。
拠点から人の気配が無くなっていく。
そして、この拠点を任されていた魔法使いが背後で声を張り上げた。
「殿下っ、ご武運を!」
それに振り向かずに手を挙げて答えると、周りから人の気配が完全に消えた。この拠点にいた人間は全員、山裾に仮設した作戦本部へと、転移陣を使って撤退が完了したようだ。
この撤退は、攻撃開始までのカウントダウンが始まったことを意味する。
レオンハルトは、ゆっくりと目を開けた。
冷たく蒼い瞳が、すぅ、っと細められる。彼は、凍るような笑みを浮かべて呟いた。
「さぁ、神殺しを始めよう」
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