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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 4話ー1
しおりを挟む薄桃色の花びらが風に乗って舞っている。レオンハルトは、初めて見る“サクラ”という美しくも儚い植物を見て、ルヴィウスが見たらなんと言うだろう、と考えた。
彼は今、王宮を五つ重ねても足らないくらい高い山の中腹にいる。
まだ夜が明けきらぬうちから登り始め、昼前に到着し、さきほど昼食を取ったところである。
簡易拠点としたターフテント内に設けられた折り畳み式の椅子に座って、レオンハルトは王国とはまったく違う景色を眺めていた。
木々のざわめきに鳥の囀り。まさに、大自然。なんとも、長閑なものだ。
森よりも山や渓谷が多い東の国エーシャルワイドは、自然豊かな穀倉地帯と、のびのびと放牧されて育つ酪農が主要産業の民主国だ。
大陸の東側にあり、国の東端には入り組んだ海岸線。島が幾つか点在し、海に近い領地は漁が盛んだと聞く。なんでも、海の幸を生食するのだそうだ。
おおらかな人が多く、争いを好まず、何事も話し合いで解決することを美徳とする民族が、人口の大多数を占めている。
軍事力は不明だが、防衛に特化した編成の軍部がある。隣国がヴィクトリア王国でなければ、侵略の危険に晒されていたかもしれない。
レオンハルトは、ふぅ、と一息つき、ティーカップではない“湯呑”なる器に満たされた、透きとおる薄緑のお茶を眺めつつ、ここまでの怒涛の十三日間を思い返していた。
ことの始まりは、ルヴィウスを怖がらせてしまったあの日の夜。エーシャルワイドの特使との晩餐の席で、ある話を振られたことが、この地へレオンハルトを向かわせる発端になった。
重い気持ちを隠しながら、味のしない無駄に豪勢な料理を口に運んでいたレオンハルトだったが、食後の紅茶が運ばれてくる段になった頃、予想だにしない運を引き当てることになった。
「失礼は承知ですが、王国……いえ、大陸最強と誉れ高い第二王子殿下のお力をお貸しいただけないでしょうか」
そう切り出した特使の話に、国王ヒースクリフと王太子エドヴァルドは眉をひそめ拒絶の言葉を口にし、王妃イーリスは不安な表情をしながらも「レオンが決めなさい」と言ってくれた。
国王に依頼を拒否されたことで意気消沈し、顔色を悪くした特使に、救いの手を差し伸べたのは他でもない、指名を受けたレオンハルトだった。
レオンハルトは特使に対し、堂々と交渉を持ちかけた。
「全面的に協力する代わりに、頂きたいものがあります」
そう告げたレオンハルトを、特使が救世主を見たような顔で拝んだのは言うまでもない。
国家間の取引となれば、依頼を解決した見返りをもらうことが可能だ。レオンハルトは力を貸す対価に、どうしても手に入れたいと思っていた物を提示した。
その場ではヒースクリフとエドヴァルドの許可は得られなかったものの、特使が対価となる品の受け渡しを承諾したところで、晩餐はお開きとなった。
その後、最後まで反対していた父と兄をなんとか説得し、母からは「危ないと思ったら逃げなさい」と告げられ、晴れて堂々とエーシャルワイドに赴くことが決定したレオンハルトは、急いで出立の準備に取り掛かった。
まずは、水晶柱の準備から行った。
禁書庫で読んだ魔法書の情報を元に、レオンハルトが研究を進めていた、水晶を媒介にしたルヴィウスとの魔力交換。これから数年は、大人と子どもの狭間に置かれ、身体的な接触が悩ましい時期に入る。それに、喧嘩した日は会いたくないだろうから、そういう時にも便利な魔道具を作ろう。それが開発の始まりだった。
しかしその後、追加で読んだ魔導書の情報から、水晶とは別の魔道具が出来てしまい、ルヴィウスの誕生日プレゼントはそちらを渡す予定だ。だから、これを使うことはないと思っていた。だが、こうして使う機会が訪れた以上、研究は無駄ではなかったということだろう。
すでに六本の水晶柱には、魔力を充填済みだった。残る一本に自分の魔力を注ぎ込む作業を急いで行い、ひとまず七日分を用意。併せて、ルヴィウスへ宛てた手紙と、特別に改良した伝言蝶を宝石箱に入れ、翌朝に公爵邸に届くように手配。これで、離れている間もルヴィウスの生活は、出会う前に戻らないで済む。
次に、魔法省への連絡。エーシャルワイドに転移陣を設置後、上級魔法使いを送ってもらうよう依頼。
そして翌日、慌ただしくエーシャルワイドへと出発した。
レオンハルトの魔法をもってしても、初めて行く場所となれば、座標を示す転移陣なくしては飛ぶことができない。
そのため、まずは特使と共に、王都の転移陣を使ってエーシャルワイドに一番近い領地、アンヘリウムにある転移陣へ移動し、そこから七日かかる旅程を、宿を野営に切り替えるなどして五日で走破した。
到着するなり首相官邸で詳細を詰めたあと、予想していたことではあったが、転移陣設置に難を示され、説得に一日かかり、出立から七日目、やっと許可が下り、軍部演習場内に転移陣を設置。
すぐさま改良型高速伝言蝶で魔法省に連絡をし、上級魔法使いを八名呼び寄せたあと、いったん自分だけ転移で帰国した。
帰国したレオンハルトは、急いでルヴィウスのために水晶柱を追加で七本作成し、短い手紙と共に宝石箱へ入れ、公爵邸へ使いを出した。
そして、魔力コントロールの応用で意図的に魔力を増幅させ、転移に必要な魔力が溜まるとすぐにエーシャルワイドへ戻り、調査、報告、作戦立案、準備を行った。
そして今日、エーシャルワイドの依頼を履行するため、そして自分が望む物を手に入れるため、この国の背骨と呼ばれる山岳地帯へとやってきた。
「明日、帰れるかな……」
そう呟いた言葉を否定するように、レオンハルトは軽く頭を振った。
弱音を吐いている場合ではない。明日はルヴィウスの誕生日だ。何が何でも帰らねば。決意を胸にお茶を口に含む。爽やかな苦みが口の中に広がった。
「王子殿下、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
顔を上げると、作戦会議で隣に座っていた軍人だった。凛々しく整った顔に人好きのする表情を浮かべ、真っ直ぐな瞳は紳士的に見える。短く刈り上げた黒髪に、灰色の瞳。軍人とは言っても、人など殺したことは無さそうだ。
そんなことを考えつつも、レオンハルトは「もちろんです」と王子様の顔で答える。
軍人が隣の椅子に腰かける。控えていたのか、衛生兵が彼の前に「どうぞ」と湯呑を置いた。
父のヒースクリフより若く見えるが、軍人の左胸には部隊章をはじめとするバッヂがいくつも付けられていた。襟元の階級章は将補を示している。上から三番目の階級で、幹部だ。確か名前は―――
「シロウ殿、でしたね」
「名前を覚えていただいておりましたか」
「もちろんです。今回の作戦の総責任者様ですから」
「お若いのに、しっかりされておられますね」
「そうでもありませんよ。それより、何か問題でも?」
「いいえ、作戦通り四方向から標的を目標地点まで誘い出しております。お声かけしたのは、“個人的に”お礼と謝罪をお伝えしたく」
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