36 / 177
三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏
三章 一幕 2話-1
しおりを挟むガタン、と馬車が揺れた。その小さくはない衝撃に、ルヴィウスは、はっとして目を覚ました。
「起きたのか?」
声のほうを見上げると、レオンハルトが愛おしそうに自分を見つめている。どうやら肩を貸してくれていたようだ。
「ごめん、寝ちゃってた……」
「かまわないよ。初めての長旅で疲れが出ているんだろう。ルゥは市井の宿に泊まるのも初めてなんだから、よく頑張ったよ」
レオンハルトの労いの言葉に、ルヴィウスは眉尻を下げて苦笑する。
ヴィクトリア王国の王都から神聖国エスタシオに出発してから八日目の、十二月十六日。レオンハルトを代表とする和平協定再締結のための使節団三十名は、昨日のうちに国境を渡り、神聖国エスタシオに入国した。今は、エスタシオの国教会から派遣された第二聖騎士団に先導され、中央都市エミリオールに入ったばかりだ。
この八日間、レオンハルトとルヴィウスは、普段は共にできない日常を一緒に過ごした。
馬車の中では常に隣に座っていたし、立ち寄った街で宿泊した宿では、就寝までの時間を同じ部屋で過ごした。食事も一緒だったことで、レオンハルトの好き嫌いを知ることができて、ルヴィウスは夢心地だった。
当然、レオンハルトも浮かれているのだが、随伴してきた臣下や世話人たちの手前、だらしない顔をするわけにはいかないと、人の目があるところでは“完璧な第二王子”の顔を張り付けている。
無論、臣下らが「今日も殿下が婚約者を溺愛しているな」と、微笑ましく二人を見守っていることに、彼らは気づいていないのだが。
「あのね、レオ」
ルヴィウスはレオンハルトにすり寄ると、彼の右手に自分の左手を絡めた。
レオンハルトは「どうした?」と柔らかい笑みを浮かべてルヴィウスに目を向ける。
「なんて言うか、公務なのにレオとずっと一緒だから……、特別なご褒美もらったみたいな気分」
「そうだな。俺も、こんなに毎日、四六時中ルゥといられるなんて夢のようだよ」
レオンハルトはそう言い、ルヴィウスのつむじに口づけた。
嬉しくなったルヴィウスが、幸せそうに笑みを浮かべて顔を上げる。二人の目が合うと、どちらからともなく近づいて触れるだけのキスをした。
―――早く結婚したいな。
お互いにそう思っていたが、照れくさくて口には出せない。
こんなことで狼狽えるなんて、なんだか恥ずかしい。何か別の話題を振らなくては。どちらもがそう考えた。何かちょうどいい話題はないだろうか。その答えを先に出したのは、ルヴィウスだった。
「ねぇ、レオ。エスタシオのこと、少しおさらいしたい」
ルヴィウスは自分を褒めたくなった。この話題より相応しいものはないだろう。初の外交への理解度の確認も出来るし、なにより真面目な話題で誰に聞かれても恥ずかしくない。
「そうだな、そうしよう」
レオンハルトも同意した。ちなみに、「さすが俺のルゥ」と心の中で褒めまくっていたことは、黙っておくことにする。
「えぇっと、和平協定が初めて結ばれたのは、一七〇年前だよね?」
「あぁ。関係性が悪かったというわけではないが、それまでは積極的に外交はしてこなかったらしい。どちらが先に言い出したかは記録にないけど、魔の森に近い領地に出る魔物は、エスタシオにとっても他人事ではないからな。当時の教皇と国王が正式に協定を交わしたことが、和平協定の始まりだ」
こくん、とルヴィウスが頷く。
「王国にとっても、恩恵が得られるって、記録には書かれてあったね」
「近代王国史を読んだんだな」
「うん、姉上が外交に行くなら読んでおくといいっておっしゃって」
「さすがノアール嬢、兄上のためならなんでも積極的に取り組む姿勢は素晴らしいな」
「本人は、臣下としては当然だって言うけど、まぁ、それを信じている人は身近にはいないよね」
苦笑いするルヴィウスに、レオンハルトも「そうだな」と笑う。
はっきりと言葉に出せないもどかしさはあるが、身内は誰もかれもが二人を応援している。叶うなら、エドヴァルドが想いを貫き、ノアールを王太子妃に。そう願わずにはいられない。
「我が国の権力図だが、」レオンハルトが話題を元に戻す。「協定締結前は、王族と貴族に権力が集中し過ぎていた。そこでエスタシオとの和平協定を利用し、国内に神殿や教会を置くことにより、第三の勢力を樹立させることが、当時の国王、スヴェン二世陛下が目指したことだ」
「神殿や教会は、宗教っていう領域にありながら、民の拠り所でもあるからね」
「そういうこと。スヴェン二世は平民の地位向上に力を入れていたからな。神殿や教会を受け入れ、平民へ門戸を開くことで、彼ら自身に権利と平等という思考を広め、王家や貴族に声を上げてもいいという自由文化が花開いた。今の王国の良い部分は、スヴェン二世の統治力によるものが大きいと思う」
「そうだね。この歴史がなかったら、もしかしたらガイルはレオの側近にはなれなかったかもしれないね」
「ガイルだけじゃない。優秀な多くの民が、血筋という理由だけで埋もれていただろう。和平協定は、大きく国が繁栄し、今のように安定している礎でもある」
このような事情も相まって、両国は良好な交流を続けていくためにも、毎年この時期に国の代表が国境付近で会談し、再締結の調印式を行っている。
「五年前は、王太子殿下が使節団の代表だったね」
レオンハルトがどこか懐かしむような表情で、頷く。
「兄上にとって初めて代表を任される外交だったはずなのに、顔色一つ変えず飄々とやり遂げたことに、この人は未来の国王なんだってことを実感したよ」
「王太子殿下は交渉事や根回しが得意だものね。五年ごとに王族が出席するようになったのは、今の陛下による発案なんでしょう?」
「あぁ、父上が立太子した際に提案したそうだ。通常は宰相や外交官が、エスタシオのそれに当たる人物らと調印式を行うけど、さらなる友好を築くことを目的に、五年ごとに王族が出席することを推進した。こちらがそうしたため、エスタシオ側も礼儀を尽くそうと、王族が出席する場合は、教皇または第一聖騎士団団長が代表を務めるようになったんだ」
それを聞いて、ルヴィウスが少し表情を強張らせた。
「責任重大だね」
レオンハルトは眉尻を下げ、ゆったりと笑みを浮かべる。そして、ルヴィウスの横髪を耳に掛けながら、不安を取り除こうと言葉を掛けた。
「大丈夫だよ。もともと友好的な関係なんだから、普通に笑って話して仲良くなればいいだけだ」
ルヴィウスは少しだけ表情を和らげて「そうだね」と微笑む。そして、「そう言えば」と、思い出したかのように首を傾げた。
「王国史には載ってなかったけど、魔力と神聖力ってどう違うの?」
「似て非なるところはあるけれど、基本は同じだよ」
「呼び方が違うだけ?」
「まぁ、乱暴な言い方をすればそうだな」
「丁寧な言い方をするとどうなるの?」
興味を持たれるとは思わず、レオンハルトは少し驚いた。彼を真っ直ぐに見つめるルヴィウスの瞳には、好奇心の色が浮かんでいる。
愛らしい婚約者の疑問に答えようと、あまり専門的にならないことを心掛けながら、レオンハルトはなるべく簡潔な説明をしていった。
「一番大きな違いは、力の発生源だよ。魔力は自然から取り入れるけど、神聖力は体内で生まれるんだ。だから、神が与えた力とされ、神聖力と呼ばれている」
「えっ、じゃあレオの魔力って、神聖力でもあるのっ?」
「まぁ…、そう言っても間違いじゃないかも。ただ、魔力と神聖力にはもう一つ大きな違いがあるんだ」
「どんな違い?」
「使い方の違い」
「使い方?」
「そう。魔力は転移魔法が可能だけど、神聖力は出来ない。自分以外の対象物の召喚は可能だけどね。その場合は、片側通行じゃなくて相互通行になる」
「相互……? どういうこと?」
レオンハルトは胸元についていたブローチを外し、ルヴィウスの右手に乗せた。そして自分の左手に、ポケットから取り出したハンカチを置く。
「転移魔法は片側通行だ。このハンカチが、俺の手からルヴィウスの手に移るみたいに」
そう説明しながら、ハンカチをルヴィウスの右手に移動させる。
「ここまではいい?」
ルヴィウスは、こくり、と頷く。
続いて、レオンハルトは再びハンカチを自分の左手に戻すと、召喚の説明をした。
「召喚は、相互通行。つまり、ハンカチをルゥの手に移すなら、ブローチを俺の手に移す必要がある」
そう言い、ルヴィウスの手からブローチを取り上げ、代わりにハンカチを置いた。
「なるほど召喚っていうより、交換って感じなんだね」
「そう。例外は一つだけ。別の世界から特別な力を引っ張ってくる場合は、片側通行」
「そんなことできるの?」
「聖女伝説がそうかな。まぁ、世界樹と同様、お伽噺の世界の話だけど」
へぇ、とルヴィウスは瞬きしたあと、レオンハルトの手からブローチを取り、彼の胸に付け直した。レオンハルトは「ありがと」と礼を言い、ついでにルヴィウスのこめかみに口づける。
ルヴィウスはくすぐったそうにしながらも、ほんのり目尻を染めて笑顔を浮かべた。
「違いはそれくらい?」
「いや、他にもある。神聖力は、攻撃を目的とした術展開を前提としていない」
「火球とか、氷矢とか、そういうのは出来ないってこと?」
「分かりやすいところで言うなら、そう。ただ、神聖力が強い人の中には、自分を守るために念力を使える場合がある」
「物を動かすってこと?」
「そういう理解でいいと思うよ。物を動かすって、うまく使えば攻撃にもなる。教皇や聖騎士、神官でも上位の人は、念力が使えるだろうな。あと、魔法にはない術が存在する」
「どんな術?」
「魅了。文字通り、術を掛けられた人は術者に魅了され、程度の差こそあれ、言うことを聞いたり、尽くしたりしてしまう」
「なにそれ、怖い」
「魔法だと、威嚇とか威圧とかは出来るけど、魅了は出来ないからどんな感じか想像もつかないけど。まぁ、でも、俺には効かないよ。それに、ルゥも。バングルの保護魔法があるからね」
「他の人は大丈夫かな」
「心配ない。そもそも、強い神聖力がないと魅了は使えない。エスタシオの高位者たちは神に仕えて生きている。神の意志に反することはしないよ」
ルヴィウスは「そうなんだ」と呟き、一瞬でも疑ってしまったことを恥じた。全面的に信用するのも良くないが、きちんと知りもしないことで疑うのは以ての外だ。
気を付けよう。そう思い直したあと、他に何か聞いておくべきことはないだろうか、と考える。
右斜め上を見上げながらしばらく考えを巡らせたルヴィウスは、「あれ?」と今度は左斜め上を見上げて呟いた。
「王国に神聖力を持って生まれる場合って、あるの?」
「あるよ。特にエスタシオに近い領地では、長い歴史の中で混血があったからか、魔力じゃなくて神聖力を持って生まれる子がいる。数は少ないみたいだけど。差別があるわけじゃないけれど、魔力の扱いと神聖力の扱いって違いがあるらしいから、生活に支障が出る場合は、王国内の神殿に身を寄せて制御を学んだり、エスタシオに移住したりする」
「じゃあ、エスタシオとは仲良くしておきたいね。王国に生まれてきた子が行き場をなくすのは嫌だもの」
レオンハルトは「そうだな」と相づちを打って、ルヴィウスの左手を取り、指を絡めて繋いだ。
ルヴィウスもレオンハルトも、幼少期は人と違うことに悩み、孤独を感じてきた。救われる術があるのなら、希望を見出し、生きていける。そんな思いが浮かび、二人は今回の外交に、自分たちなりの意味合いを見出せたような気がした。。
32
あなたにおすすめの小説
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される
コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。
その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。
ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。
魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。
騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。
※他サイトにも掲載しています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる