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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏
三章 一幕 2話-2
しおりを挟む馬車は心地よい揺れを続けながら、歩くより少し早いスピードで進む。
窓のカーテンの隙間から見える中央都市エミリオールは、クリーム色を基調とした建物が多く、その多くはレンガに似た素材のようだった。
人々は皆、似たような恰好をしている。生地の色は多彩だが、男性はゆったりとしたワンピースに似たカズラを着て、下はワイドパンツを履いている。
カズラには手のひらほどの幅のストール―――ストラと呼ぶ帯を斜めがけにし、腰のあたりで一つ結びにしていた。
女性はと言うと、やはりワンピースに似たカズラに、ロープタッセルのような編み込まれた帯をウェストでゆったりと縛っている。
ほとんどの人が馬車に対し、胸に左手を当て右手で十字を切り、小さく頭を下げていく。
これは客人に対し、歓迎と幸福を祈るこの国の挨拶だ。内心どう感じているか知る術はないが、少なくとも表向きは歓迎されていると考えてよいだろう。
街の中央道を一時間半ほど進むと、馬車がゆっくりと停車した。しばらくすると扉がノックされ、ガイルの声がする。
「殿下、ルヴィウス様、迎賓館に到着いたしました。開けてよろしいでしょうか」
騎士然とした声音で許可を求めてくるガイルに、レオンハルトは「許す」と答えた。
馬車の扉が開き、タラップが下ろされる。
馬車は、正門側に扉が向くよう、迎賓館を背に停車していた。
数十メートル先には背の高い装飾鉄柵が施され、その向こうに市井の人々が詰めかけている。王国から来た王子とその婚約者の姿を見るために、集まったようだ。
レオンハルトが王子の表情を顔に張り付けて馬車から降りると、歓声が上がった。
今日のレオンハルトは、騎士団が賓客をもてなす際に着用するような、儀仗服を元にしたデザインの礼装を着ている。
濃紺に金のボタンとパイピング、肩から胸元にはタッセルの装飾、服布より二段階ほど濃い紺色のマントの中央には、レオンハルトの印章。白い手袋を着用し、外交が目的であるため剣の所持はないが、剣帯は装着している。
長身で手足の長い完璧なバランスの体格をより引き立たせる着衣の麗しき王子に、集まった大勢の人々は興奮気味だ。
「ルゥ、おいで」
差し出されたレオンハルトの左手を取って、ルヴィウスはゆっくりと馬車を降りる。
彼が姿を現した瞬間、先ほどの騒ぎが嘘のように鎮まった。
レオンハルトと同じ布地の、背面だけが長いロングコートと、膝下丈のパンツ。シルバーのベストに柔らかいシフォンのフリルシャツ。白のソックスに、ソールが太い黒のハイヒール。胸元には、レオンハルトの瞳の色のブローチ。
少年らしく愛らしい格好はもちろんだが、ルヴィウスの宵闇を思わせる黒髪と印象的な銀の瞳は、見た者の庇護欲を掻き立てる。
レオンハルトが馬車を降りた時と違い、民衆の反応がないことを不安に思ったルヴィウスは、僅かに悩んだ末、出立前に王妃イーリスがくれた助言通り、小首を傾げて、にこり、と微笑んだ。
すると、割れんばかりの歓声が上がる。
びっくりしたルヴィウスの肩を抱いたレオンハルトが、笑顔のまま「近づく奴がいたら消す」と、不穏なことを呟いたが、その声を拾ったのはガイルだけのようだ。
「大歓迎のようですね、殿下」
「主にルゥがな」
「ハロルドがいたら煩かったでしょうね」
レオンハルトが王国で留守番中のハロルドを想像し、肩をすくませる。
今回の使節団に、ハロルドは同行していない。彼曰く「ついて行きたいのは山々ですが、万全には万全を期す必要があるのでボクはお留守番します」と、研究室に引きこもってしまった。
なんのことだか分からず首を傾げていたレオンハルトに、イーリスが「彼には彼の役目があるのよ」と言っていたので、何か事情があるのだろうと放っておくことにした。
出迎えてくれた民衆にしばし手を振り応えていた二人は、聖騎士の一人に「中へご案内します」と声を掛けられる。
騎士に案内され、紅いベルベット地のカーペットが敷かれた大理石の階段を上がった。
そこでもう一度振り返り、レオンハルトは手を挙げる。歓迎に対する感謝の意を示したのだ。
集まった民衆は歓声と拍手を送り、その場にいた皆が、賓客をもてなすための迎賓館がここまで引き立つ貴賓は初めてだと、口々に誉めそやした。
レオンハルトたちが招かれた迎賓館は、神聖国エスタシオの中央都市エミリオールの中心にある大聖堂の隣に建っている。
白い大理石の外壁に豪華な装飾。中央には大きなドームがそびえ立っている。
正面玄関は壮大な階段と美しい彫刻に彩られ、見るものを圧倒させる。右奥には噴水と庭園があり、常春のエスタシオだからこそ楽しめる淡い色合いの花々が彩を添えている。
背後で扉が開く気配がし、レオンハルトは「行こうか」とルヴィウスをエスコートした。
迎賓館の中に足を踏み入れると、エントランスには数十名の聖騎士が並んでいた。彼らは、歓迎と祝福の十字を切った後、頭を垂れる。
ここまで馬車を先導してきた第二聖騎士団は教会直属で青の騎士服だが、新たに出迎えに出てきた彼らは純白の騎士服を身につけている。彼らは最も地位の高い教皇直属の聖騎士団、第一聖騎士団だ。
「ようこそおいでくださいました、ヴィクトリア王国第二王子殿下。お待ちしておりました」
「わざわざの出迎え、感謝します」
レオンハルトが声を掛けると、騎士たちはすっと顔を上げ、姿勢を正す。
聖騎士が両側に分かれて整列すると、一人の聖騎士がレオンハルトたちの前に進み出る。
レオンハルトが、こくり、と頷くのを確認し、ガイルは後ろへと控えた。レオンハルトも前へと進み出る。
「遠いところお越しくださいましてありがとうございます。第一聖騎士団団長、アルフレド・マイスナーと申します」
代表して声を掛けてきた第一聖騎士団の団長アルフレド・マイスナーは、教皇の名代で、今回の会談では最高責任者でもある。
黄金色の髪に、ルビー色の瞳。一九〇cmという長身に整った顔立ち。エスタシオ国内でも教皇と人気を二分するという美丈夫だ。
「こちらこそ、歓迎していただき疲れも吹き飛びます。お顔をお上げください、マイスナー卿」
「ありがとうございます、第二王子殿下」
「ところで、教皇であらせられるグリフィード聖下は……」
言葉を濁したレオンハルトに、アルフレドは「はい」と表情を曇らせる。
本来ならば、国境付近で会合と調印式を行う。しかし今回、教皇が病床に伏しているとのことで、エスタシオ側から中央都市での調印式を提案された。レオンハルトの外交デビューにはうってつけとあって、王国側は了承し、この度の来訪となったのだ。
「王子殿下、そちらの可愛らしい方は」
アルフレドが、レオンハルトの少し後ろで控えていたルヴィウスに目を向ける。心なし、アルフレドの瞳が煌めいているように見えるのは気のせいだと思いたい。
「紹介します。私の婚約者、ルヴィウス・アクセラーダ公爵子息です」
レオンハルトが外向き用の一人称で自分を紹介していることに少しくすぐったさを覚えながら、ルヴィウスは見惚れるほどのボー・アンド・スクレープで礼を尽くす。
「ヴィクトリア王国第二王子レオンハルト殿下の婚約者、ルヴィウス・アクセラーダと申します。お出迎えありがとうございます、マイスナー卿」
「ようこそ、エスタシオへ。どうぞアルフレドとお呼びください」
ルヴィウスが姿勢を戻して顔を上げると、アルフレドは右手を差し出していた。これは断れそうにない、と思ったルヴィウスは、にこり、と笑って彼の右手に自身の右手を重ねた。
「では私のこともルヴィウスとお呼びください、アルフレド様」
レオンハルトに倣ってルヴィウスも一人称を“私”とした。そのことが気恥ずかしくて、ほんのり頬が染まってしまう。
アルフレドは「光栄です」と、ルヴィウスの甲に口づけを落とす。騎士としての挨拶だと分かってはいるが、この至近距離でやられると挑発されているようにも思える。レオンハルトは内心苛立った。
「お疲れでしょうから、晩餐会までお部屋でお寛ぎください。お部屋までご案内を―――」
「エスタシオへようこそ、殿下! 遅れてごめんなさい!」
大きく甲高い声が、アルフレドの言葉を遮る。
その場にいた者たちが一様に驚いて声のほうに目を向けると、淡い桃色のシフォン生地でできた巫女服を纏った黒髪黒目の美少女が、元気に手を振りながらこちらに走り寄ってくるところだった。
彼女の発言からレオンハルトが目的だと察したガイルは、「お下がりください」と、すっと前に出て二人を背に庇う。
ここがエスタシオではなくヴィクトリア王国内ならば、抜剣していたところだ。
「そこまでです。それ以上近寄ることは許しません」
アルフレドもガイルの横に立ち、レオンハルトたちの盾になる。
「もうっ、ちょっと挨拶するくらいいいでしょう? アルってばケチなんだから」
「私はあなたに名を許しておりませんが」
アルフレドの表情が冷たいものになる。どうやら二人の関係性はよろしくないようだ。
「愛称くらい別にいいじゃない。アルは真面目すぎだと思うわ。それより、レオンハルトに挨拶させてよ」
嬉々とした表情で、ぴょんぴょんと跳ねるかのように話す少女に、ルヴィウスは驚いてしまった。
挨拶どころか、許可も得ていないのに、公の場で高位の者の名前を呼ぶ。私的な場なら注意や話し合いで済むが、外交という特殊な場面では罰せられてもおかしくない行為だ。
「お下がりください。御名は許可を得てからとあれほど―――」
「もうっ、うるさいなぁ! 邪魔だからどいてっ」
少女は、つぃ、と右手の人さし指を振った。途端、アルフレドがよろめき、ガイルが彼とは反対側に倒れ込んだ。
少女が魔法で何かをしたと判断したレオンハルトは、咄嗟にルヴィウスを背に隠す。
「それ以上近づくな」
言霊に魔力を乗せ、少女の動きを止める。すると少女は一瞬驚き、右の眉を上げて邪悪な色を纏うように笑った。
「へぇ、あたしを止められるんだね、レオンハルト」
「お前に名を許した覚えはない」
「ふふっ、あたし、強くてかっこいい人、大好きっ!」
そう言うと、少女は勢いよくレオンハルトに抱き着いた。
普段のレオンハルトなら、このような事にはならないだろう。が、予想外の行動だったことはもちろん、初級程度の威力に抑えたとはいえ、彼の掛けた拘束魔法をこともなげに解いたことに驚いて、隙ができてしまった。
「離れろ」
レオンハルトが声を低くして睨みつける。しかし少女は「ふふっ」と笑うばかりだ。
「ねぇ、和平協定を結びにきたんでしょ? 聖女にその態度はどうなのかしら?」
少女の言葉に、無理にでも引きはがそうとしたレオンハルトの手が止まる。
聖女は教皇と並び、高い地位にある。しかし、エスタシオが聖女を迎えたという情報はなかったはずだ。だが、迎賓館に立ち入ることができること、なによりこの傍若無人な振る舞いに対しアルフレドが強く出られないところから察するに、少女が聖女という立場にある可能性は大きい。
つまり、最低限の礼儀を尽くさねばならないということだ。
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