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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 2話-1
しおりを挟む「これで大丈夫だから、書類を商会に届けておいて」
そう言ってルヴィウスは、代理でサインを施したいくつかの書類を、傍に控えていた執事にまとめて渡した。
執事は「ありがとうございます」と受け取ると、頭を下げる。そして「後ほどお茶をお持ちいたします」と付け加え、足早に当主執務室を出ていった。
扉が閉まり、部屋に一人になったルヴィウスは、一つため息をついた。
衣装合わせの日と翌日、合わせて二日間、ルヴィウスは王宮に宿泊した。
事前に裁決出来るものはヒースクリフらが前倒して処理し、残った業務は宰相や担当部署長が代理で進めているのだが、どうしたって王族が判断すべき業務は出る。
それらに加えて聖女に対応する業務の総括をレオンハルトが担当しているため、ルヴィウスは彼を補佐するために王宮に滞在した。
業務自体は滞りなく進めることが出来、一昨日、一月十日、無事に聖女一行を“表向き”出迎えることが出来た。
だが、ルヴィウスはそのタイミングで公爵家へ戻されてしまったのだ。なるべく聖女―――百々華と接触してほしくない、というレオンハルトの意向だ。
そして、レオンハルトだけが聖女の対応をするのも対策として甘いのでは、との判断で、高位貴族が供に対処に回ることとなり、グラヴィスをはじめ、王都に身を置く公爵家、侯爵家、伯爵家の各当主や後継者が王宮に滞在し、補佐を務めている。
公爵夫人であるエレオノーラと後継者であるノアールは、王宮から避難する形でアクセラーダ公爵家の別荘に滞在することになったヒースクリフたちの対応で、彼らと一緒に別荘にいる。
当主のグラヴィスはレオンハルトの補佐として“聖女御一行”の対応に出ているため、必然的にアクセラーダ公爵家はルヴィウスが代理で執務をすることになったのだ。
とは言っても、重要な案件は事前にグラヴィスが処理しており、代理処理するものは命を受ければ執事長でも決裁が可能なものばかりだ。しかし、慣れないことをすれば気疲れもする。
ルヴィウスは公爵家の印章を元の位置に仕舞い、引き出しに鍵を掛けると、その鍵を手に書棚へ向かった。
グラヴィスに教えられた通り、決まった手順に沿って何冊かの本を手前に引くと、書棚の一部が手前へとゆっくりスライドしてくる。空いたスペースに下から箱がせり上がってくるからくりだ。
ルヴィウスが現れた箱へ鍵を置くと、自動的に収納され、書棚は勝手に元の形に移動し始めた。
書棚が何事もなかったかのように元通りになる頃、室内の照明魔道具が、ふわり、と灯る。
窓の外に目を向けると、夕闇が迫っていた。
ノックの音がし、許可を出すとメイドがティー・セットをワゴンに乗せて入室してきた。卒なく準備を終えた彼女は、「ご当主さまがお戻りになられるそうです」と付け加え、ワゴンを引いて出ていった。
執務机の手前のソファに腰かけたルヴィウスは、用意された紅茶を一口飲み、その温かさに、ほっと息をつく。
―――父上が戻られるということは、なんとか無事に市井の視察が終わったということか。
ルヴィウスは、あのとんでもない聖女と丸一日一緒に居ざるを得なかった父の苦労を思い、苦笑いを浮かべた。
聖女一行が来訪した一月十日。この日、レオンハルトは、彼を補佐するために集まった六名の貴族とともに、聖女一行を出迎えた。
そして翌日の十一日から帰国前日までの三日間は、二人一組となって対応することが決まっている。
十一日は、ウルドイ侯爵家とミルタリス伯爵家が、王宮を案内した。これは大きな問題なく無事に済んだと報告を受けている。
来訪から三日目の今日、十二日は、アクセラーダ公爵家とヘイリル侯爵家が市井を案内した。グラヴィスはさぞかし疲れたことだろう。
明日、十三日は、ダンデル伯爵家とバジリス伯爵家が中心となって、王宮庭園で茶会を開く。
十四日の夜には小さいながらも舞踏会が予定されており、翌十五日の午前には、帰国の途に着いてもらうことになっている。
聖女一行のスケジュールを思い返し、レオンハルトに邪魔されずに彼女と会う機会は明日しかなさそうだと、ルヴィウスはカップをソーサーに戻してため息をついた。
明日、百々華は王宮の庭園で茶会をする。場所は、第三層にある貴族らに茶会を許可している区画にある、ガラスの温室庭園だ。
ちょうどレオンハルトと舞踏会の最終打ち合わせのため、青薔薇園で交流茶会の予定があり、ルヴィウスも王宮に行く。その帰りに立ち寄る形で、第二王子の婚約者が聖女に挨拶をするため顔を出したとしても、不思議ではないだろう。
ルヴィウスはきゅっと拳を握りしめ、右手首にはめられた黄金色のバングルを見つめた。
外したら、レオンハルトにバレる。でも、外さなければ目的を達成できない。きっと、外した瞬間、レオンハルトは自分のところへ転移してくるだろう。だから、チャンスは一度きりだ。
「レオ、ごめんね……」
ルヴィウスはバングルに唇を寄せ、愛おしい人を想った。
きっと、彼は怒るだろう。悲しむかもしれない。けれど、ルヴィウスにも譲れないものがある。
「君の隣は僕だけのものだよ」
―――誰にも渡さない。神様にだって譲りたくない。誰かに取られるくらいなら、二人で永遠の眠りについてしまいたい。
思考の闇に沈みかけた時、ガチャリ、とドアが開いた。はっとして顔を上げると、疲れ果てた表情をしたグラヴィスだった。
「父上、お疲れさまでした」
ルヴィウスがそう言うと、グラヴィスは「あぁ」とだけ呟き、向かいのソファに倒れこむ勢いで寝ころんだ。
とても公爵家の当主が取る行動ではない。が、それくらい疲労を溜めこんでいるということだろう。
「疲れた……」
その一声で、グラヴィスが今日一日、聖女に振り回されたことが予想できる。これは少し愚痴聞きの相手をしてやったほうがいいだろう。
「何があったかお聞きしましょうか?」
そう提案したルヴィウスに、グラヴィスは「聞いてくれるか!」と、がばりっ、と起き上がる。そして捲し立てるように文句を並べ始めた。
「あの聖女、頭がどうかしているんじゃないかっ? 私は既婚者でエレオノーラを愛していると言っているのに、私のアカデミー時代に召喚されていたら自分のものになるはずだったと自信たっぷりに言うのだぞ! そればかりか、ヒースクリフも自分に惚れていたに違いないと言い出す始末だ! 不敬という言葉があの女の頭の中にはないのかっ?」
「ないでしょうね……」
「世界の中心が自分だと思っている愚かな女だ! それに、エスタシオからの報告では召喚したのではなく、迷い込んだだけだというじゃないか! なぜ召喚されたと思い込んでいるのか、意味が分からんっ! しかも魔物が溢れ出すだとか、魔王が誕生するだとか、荒唐無稽なことを言って民を不安にさせるような話をし出すわ、あっちこっちで魅了を乱発するわ、問題行動しかなかった! 殿下が魅了を相殺する魔道具をくださらなかったら王都が混乱に陥っていたかもしれん! 今日だけでいくつ罪名を積み上げたことか!」
「それも作戦のうちですし」
「それはそうかもしれんが……。なんにしても、あれは控え目に言って魔女だ」
「父上、それは魔女に失礼です。魔女は魔法使いと同じく貴重な人材ですよ。多少いじわるな時があるだけです」
「そうだな。魔女は嘘を付けない代わりに、意地悪な質問をしてくるだけだからな。それも彼女らなりの自己防衛だというし」
「ところで父上、彼女の護衛を務めている聖騎士、名前は分かりますか?」
「オルトラン・オブリ―という男だ。聖騎士団副団長という肩書だが、あれは荷が勝ちすぎているな」
「副団長? 聖騎士団はどの騎士団ですか? 第一か第二だと思うのですが」
「いや、単に聖騎士団と呼ばれているらしい。名簿もそうだった」
ルヴィウスは「そうですか」と呟いた。
今回の訪問に合わせた急ごしらえの騎士団か。一度名簿に目を通しておく必要がありそうだ。
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