神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

NOX

文字の大きさ
75 / 156
四章 一幕:管理者と筥の秘密

四章 一幕 4話-1 ※

しおりを挟む
 
 結界の向こう側にある澄み渡った湖面に、臘月が映り込んでいる。躰を光らせる魔蛍まぎょうが点滅しながら舞い、レオンハルトが構築した境界線を越えて迷い込んだ瞬間、ぱちん、と弾かれてさらさらと消えていく。
 すぐそこが魔の森だとは思えないほど、命の終わりさえも美しい景色だ。

 その日の夜遅く、宣言通りルヴィウスの部屋に転移魔法で現れたレオンハルトは、寝支度を済ませて待っていた彼を連れて、魔の森の湖畔にある、秘密の研究所へとやって来た。

 いきなりベッドに連れ込むのでは雰囲気もなにもあったものではないと、ひとまずリビングに連れて来たはいいが、思いのほかルヴィウスが体を強張らせていて、レオンハルトはなんだか懐かしい気がしていた。
 初めてここで二人きりの朝を迎えた時も、最初は緊張で体を硬くしていたものだ。

 ルヴィウスは、ふくらはぎ丈のワンピースタイプの寝衣姿をしている。少し寒そうにしていたため、レオンハルトは「寒い?」と聞きながらすぐさまストールを巻き、魔道具で部屋を暖め始めた。

 レオンハルトの気遣いに「ありがとう」と答えたルヴィウスだったが、まだ少し表情が強張っている。
 レオンハルトにとっては、それさえも可愛らしく感じられた。

「あったかい紅茶か、ココアか。ハーブティーもあるよ。ルゥ、何がいい?」
「えぇっと、じゃあ、ココア」
「わかった。入れてくるから座ってて」

 そう言って、レオンハルトはキッチンへ向かう。とは言っても、仕切りのないLDKだ。リビングのソファに座ったルヴィウスが、キッチンからよく見える。

 普段の様子と比べると、まだまだ顔が強張っている。大胆な言動とは裏腹に、初心なところがやっぱり可愛らしい。

 レオンハルトは、ルヴィウスのためにココアを用意し、自分にはハーブティーを淹れた。

 マグカップを2つ持ってリビングへ戻り、ルヴィウスにココアを手渡して隣に座る。「ありがと」と言ったルヴィウスは、さっそくココアに口を付けていた。それを横目で見ながら、自分もハーブティーを口に含む。すっとした爽やかさが口の中に広がった。

「明日、一日中ずっと一緒にいようか」

 レオンハルトが遠慮なく、願望を口にする。ルヴィウスはその意味を理解し、頬をほんのり染めながら困ったように笑った。

「帰らないと、怒られるんじゃないかな」
「そうかもしれないけど、たぶん俺、浮かれすぎてルゥを離してやれない気がする」

 正直にそう言ったら、ルヴィウスは頬を真っ赤に染めて顔を逸らし「そ、そうなの?」と呟いてココアの入ったカップを、ぎゅっと握りしめた。

 あぁ、可愛い。その想いが溢れて止まらなくなったレオンハルトは、愛おしそうに目を細め、ルヴィウスの横髪を、さらり、と撫でた。

「一緒に怒られてよ、ルゥ」
「だっ、誰かが迎えに来るかもしれないよっ?」
「それはないなー。誰もここには来られないし」
「でも、騎士団と魔法使いは来られるかも……」

 どうやらルヴィウスは、明日を一緒に過ごすことはいいけれど、誰かに邪魔されることを心配しているようだ。
 レオンハルトはルヴィウスの不安を取り除くため、得意顔で言う。

「誰も来ないよ。だって、ここに近づくと迷う魔法掛けてるから」
「そんな魔法あるのっ?」
「あるよ。目的地を誤認させる魔法」
「レオ……、平和な時代に生まれてよかったね……」
「ははっ、よく言われるし、自分でもそう思うよ」

 笑ったレオンハルトは、ことん、とカップをテーブルに置き、ルヴィウスの髪を撫でる。ふわり、と石鹸の匂いがした。

 じっと見つめていると、ルヴィウスの銀月の瞳が少し揺れる。
 レオンハルトはルヴィウスの手からマグカップを奪い、テーブルへ置くと、ゆったりと近づいて、触れるだけのキスをした。

「ルゥ」

 名前を囁いて、顎のラインを撫でる。こく、とルヴィウスの喉が上下した。

「ルゥがほしい。俺にルゥをちょうだい?」

 吐息が絡む距離で囁くと、ルヴィウスがきゅっとレオンハルトの寝衣を握りしめる。体はまだどこか強張っているようだが、その銀月の瞳には決意が見てとれた。

「レオ……」

 甘く呼んで、食むように口づける。

「僕のぜんぶ、レオのものにして」

 どちらからともなく唇を重ねて、互いを強く抱きしめた。
 角度を変えては何度も貪るように唇を重ね合わせ、舌を絡ませる。ただそれだけで、ルヴィウスは体温が上がるような感覚に陥る。

 飲み込めなかった唾液が口の端を伝う。
 ルヴィウスの左手がレオンハルトの髪を掴んで、右手は寝衣の背面を握りしめた。それを合図にしたかのように、レオンハルトはルヴィウスを縦抱きにして立ち上がる。

「んっ、ン…っ」

 不安定さからルヴィウスは、レオンハルトの肩に手を置いた。それでも少しも離れたくなくて、自ら唇を重ね合わせる。

 魔法で寝室の扉を開けたレオンハルトは、ルヴィウスを抱き上げたままベッドへ向かう。

 寝室は、ベッドサイドに魔道具の照明が灯されているだけで、窓からは月の明かりが差し込んでいた。

 ベッドに下ろされたルヴィウスは、上がった息を整えるように肩で息をした。
 ふと目線を上げると、窓から月が見える。前回―――三週間前に来た時とは違う視界に、意識が現実を捉え始めた。

 以前に比べると、幾分か広くなった寝室。真新しい寝具は以前よりも二周りほど大きく、シーツからは花の香りがする。
 乱雑に本が積み上げられていたはずの書棚はなくなって、ドレッサーとクローゼットが新調されていた。ベッドサイドには小ぶりのサイドテーブルと、ほんのり灯る魔道具のランプ。

 そう言えば、さっきまでいたLDKも、壁紙が変わっていたり、ソファとテーブルが新しくなっていたり、ところどころ変わっていたような気がする。

 ここは、ゴーレムをはじめ色々な魔道具や魔法薬を生んだレオンハルトの秘密の研究所だったはずだ。それなのに、以前とは違って、研究所らしさがどこにも見当たらない。

「レオ……、あの……、ここ……、なにかしたの?」
「ここって?」
「レオの研究所、こんなふうだっけ?」
「あぁ、二週間前くらいにちょっと改修工事した」
「か…改修工事?」
「だって、これからもルゥとここで一緒に過ごすことを考えたら、小さい別荘みたいにしたほうがいいかと思って。別荘って言うより、小さい平屋みたいになっちゃったけど」
「えっ、研究スペースはっ?」
「隣に建て増ししたから大丈夫」
「た、建て増し……」

 なんだろう、この人。万能? いや、分かってたけど、器用過ぎない? そう思ったことが顔に出たのか、レオンハルトは苦笑した。

「魔法とゴーレムを使って建てたから、見た目ほど手間暇かけてないよ。研究所のほう、見たかったら明日、案内するけど」

 うん、と頷くと、レオンハルトは「見ても面白いものなんかないよ」と笑う。
 ルヴィウスは「いいの」と呟いて、レオンハルトにすり寄った。どんな小さなことも、レオンハルトのことなら知っておきたい。

 ルヴィウスの髪をゆったりと撫でたレオンハルトは、サイドテーブルの上から小さな小瓶を取り、蓋を開けると中身を口に含んだ。
 そのままルヴィウスに口づけし、口内に含んでいた液体を口移しする。
 ルヴィウスは抵抗することなく、入り込んできたほんのり甘いポーションを、こくり、と飲み下した。
 わざわざ聞くことはしないが、このポーションが、レオンハルトの作った二人専用の避妊ポーションなのだろう。

 小瓶の中のポーションを総て飲み終わったあと、レオンハルトはルヴィウスの腰を抱き寄せた。

「ねぇ、ルゥ、ここに紋を入れてもいい?」

 レオンハルトの指が、ルヴィウスの臍の下を指す。

「い、いいけど、それ、どんな効果があるの……?」

 なんの? とは聞けず、勢いで承諾してみたが、嫌な予感しかしないのは何故なのか。

「俺以外の奴がルゥの中に入れなくなる効果」
「レオ以外の人を受け入れるわけないでしょっ」
「ルゥがそのつもりでも、拐かされたり無理やり迫られたりするかもしれないだろ?」
「バングルにあれだけ保護魔法掛けておいて、まだ心配なのっ?」さすがに呆れる。
「だって、バングルはルゥが自分の意思で外せるし……―――あ、それから、ルゥが気持ちよくなってくると、後ろが濡れる効果も重ね掛けしよう」
「そ……っ」

 それは……、男でありながら受け入れる側になる者としてはありがたいかもしれないが、そういう問題なのだろうか。

「だめ?」
「う……」

 置いていかれる子犬のような目を向けられ、ルヴィウスの男の子としての矜恃はいとも簡単に崩れ去る。

「だ……、だめじゃ、ない、です」

 そう返事をすると、レオンハルトは満面の笑みを浮かべ、さっそくルヴィウスの寝衣を脱がしにかかる。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結】その少年は硝子の魔術士

鏑木 うりこ
BL
 神の家でステンドグラスを作っていた俺は地上に落とされた。俺の出来る事は硝子細工だけなのに。  硝子じゃお腹も膨れない!硝子じゃ魔物は倒せない!どうする、俺?!  設定はふんわりしております。 少し痛々しい。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

処理中です...