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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 4話-1 ※
しおりを挟む結界の向こう側にある澄み渡った湖面に、臘月が映り込んでいる。躰を光らせる魔蛍が点滅しながら舞い、レオンハルトが構築した境界線を越えて迷い込んだ瞬間、ぱちん、と弾かれてさらさらと消えていく。
すぐそこが魔の森だとは思えないほど、命の終わりさえも美しい景色だ。
その日の夜遅く、宣言通りルヴィウスの部屋に転移魔法で現れたレオンハルトは、寝支度を済ませて待っていた彼を連れて、魔の森の湖畔にある、秘密の研究所へとやって来た。
いきなりベッドに連れ込むのでは雰囲気もなにもあったものではないと、ひとまずリビングに連れて来たはいいが、思いのほかルヴィウスが体を強張らせていて、レオンハルトはなんだか懐かしい気がしていた。
初めてここで二人きりの朝を迎えた時も、最初は緊張で体を硬くしていたものだ。
ルヴィウスは、ふくらはぎ丈のワンピースタイプの寝衣姿をしている。少し寒そうにしていたため、レオンハルトは「寒い?」と聞きながらすぐさまストールを巻き、魔道具で部屋を暖め始めた。
レオンハルトの気遣いに「ありがとう」と答えたルヴィウスだったが、まだ少し表情が強張っている。
レオンハルトにとっては、それさえも可愛らしく感じられた。
「あったかい紅茶か、ココアか。ハーブティーもあるよ。ルゥ、何がいい?」
「えぇっと、じゃあ、ココア」
「わかった。入れてくるから座ってて」
そう言って、レオンハルトはキッチンへ向かう。とは言っても、仕切りのないLDKだ。リビングのソファに座ったルヴィウスが、キッチンからよく見える。
普段の様子と比べると、まだまだ顔が強張っている。大胆な言動とは裏腹に、初心なところがやっぱり可愛らしい。
レオンハルトは、ルヴィウスのためにココアを用意し、自分にはハーブティーを淹れた。
マグカップを2つ持ってリビングへ戻り、ルヴィウスにココアを手渡して隣に座る。「ありがと」と言ったルヴィウスは、さっそくココアに口を付けていた。それを横目で見ながら、自分もハーブティーを口に含む。すっとした爽やかさが口の中に広がった。
「明日、一日中ずっと一緒にいようか」
レオンハルトが遠慮なく、願望を口にする。ルヴィウスはその意味を理解し、頬をほんのり染めながら困ったように笑った。
「帰らないと、怒られるんじゃないかな」
「そうかもしれないけど、たぶん俺、浮かれすぎてルゥを離してやれない気がする」
正直にそう言ったら、ルヴィウスは頬を真っ赤に染めて顔を逸らし「そ、そうなの?」と呟いてココアの入ったカップを、ぎゅっと握りしめた。
あぁ、可愛い。その想いが溢れて止まらなくなったレオンハルトは、愛おしそうに目を細め、ルヴィウスの横髪を、さらり、と撫でた。
「一緒に怒られてよ、ルゥ」
「だっ、誰かが迎えに来るかもしれないよっ?」
「それはないなー。誰もここには来られないし」
「でも、騎士団と魔法使いは来られるかも……」
どうやらルヴィウスは、明日を一緒に過ごすことはいいけれど、誰かに邪魔されることを心配しているようだ。
レオンハルトはルヴィウスの不安を取り除くため、得意顔で言う。
「誰も来ないよ。だって、ここに近づくと迷う魔法掛けてるから」
「そんな魔法あるのっ?」
「あるよ。目的地を誤認させる魔法」
「レオ……、平和な時代に生まれてよかったね……」
「ははっ、よく言われるし、自分でもそう思うよ」
笑ったレオンハルトは、ことん、とカップをテーブルに置き、ルヴィウスの髪を撫でる。ふわり、と石鹸の匂いがした。
じっと見つめていると、ルヴィウスの銀月の瞳が少し揺れる。
レオンハルトはルヴィウスの手からマグカップを奪い、テーブルへ置くと、ゆったりと近づいて、触れるだけのキスをした。
「ルゥ」
名前を囁いて、顎のラインを撫でる。こく、とルヴィウスの喉が上下した。
「ルゥがほしい。俺にルゥをちょうだい?」
吐息が絡む距離で囁くと、ルヴィウスがきゅっとレオンハルトの寝衣を握りしめる。体はまだどこか強張っているようだが、その銀月の瞳には決意が見てとれた。
「レオ……」
甘く呼んで、食むように口づける。
「僕のぜんぶ、レオのものにして」
どちらからともなく唇を重ねて、互いを強く抱きしめた。
角度を変えては何度も貪るように唇を重ね合わせ、舌を絡ませる。ただそれだけで、ルヴィウスは体温が上がるような感覚に陥る。
飲み込めなかった唾液が口の端を伝う。
ルヴィウスの左手がレオンハルトの髪を掴んで、右手は寝衣の背面を握りしめた。それを合図にしたかのように、レオンハルトはルヴィウスを縦抱きにして立ち上がる。
「んっ、ン…っ」
不安定さからルヴィウスは、レオンハルトの肩に手を置いた。それでも少しも離れたくなくて、自ら唇を重ね合わせる。
魔法で寝室の扉を開けたレオンハルトは、ルヴィウスを抱き上げたままベッドへ向かう。
寝室は、ベッドサイドに魔道具の照明が灯されているだけで、窓からは月の明かりが差し込んでいた。
ベッドに下ろされたルヴィウスは、上がった息を整えるように肩で息をした。
ふと目線を上げると、窓から月が見える。前回―――三週間前に来た時とは違う視界に、意識が現実を捉え始めた。
以前に比べると、幾分か広くなった寝室。真新しい寝具は以前よりも二周りほど大きく、シーツからは花の香りがする。
乱雑に本が積み上げられていたはずの書棚はなくなって、ドレッサーとクローゼットが新調されていた。ベッドサイドには小ぶりのサイドテーブルと、ほんのり灯る魔道具のランプ。
そう言えば、さっきまでいたLDKも、壁紙が変わっていたり、ソファとテーブルが新しくなっていたり、ところどころ変わっていたような気がする。
ここは、ゴーレムをはじめ色々な魔道具や魔法薬を生んだレオンハルトの秘密の研究所だったはずだ。それなのに、以前とは違って、研究所らしさがどこにも見当たらない。
「レオ……、あの……、ここ……、なにかしたの?」
「ここって?」
「レオの研究所、こんなふうだっけ?」
「あぁ、二週間前くらいにちょっと改修工事した」
「か…改修工事?」
「だって、これからもルゥとここで一緒に過ごすことを考えたら、小さい別荘みたいにしたほうがいいかと思って。別荘って言うより、小さい平屋みたいになっちゃったけど」
「えっ、研究スペースはっ?」
「隣に建て増ししたから大丈夫」
「た、建て増し……」
なんだろう、この人。万能? いや、分かってたけど、器用過ぎない? そう思ったことが顔に出たのか、レオンハルトは苦笑した。
「魔法とゴーレムを使って建てたから、見た目ほど手間暇かけてないよ。研究所のほう、見たかったら明日、案内するけど」
うん、と頷くと、レオンハルトは「見ても面白いものなんかないよ」と笑う。
ルヴィウスは「いいの」と呟いて、レオンハルトにすり寄った。どんな小さなことも、レオンハルトのことなら知っておきたい。
ルヴィウスの髪をゆったりと撫でたレオンハルトは、サイドテーブルの上から小さな小瓶を取り、蓋を開けると中身を口に含んだ。
そのままルヴィウスに口づけし、口内に含んでいた液体を口移しする。
ルヴィウスは抵抗することなく、入り込んできたほんのり甘いポーションを、こくり、と飲み下した。
わざわざ聞くことはしないが、このポーションが、レオンハルトの作った二人専用の避妊ポーションなのだろう。
小瓶の中のポーションを総て飲み終わったあと、レオンハルトはルヴィウスの腰を抱き寄せた。
「ねぇ、ルゥ、ここに紋を入れてもいい?」
レオンハルトの指が、ルヴィウスの臍の下を指す。
「い、いいけど、それ、どんな効果があるの……?」
なんの? とは聞けず、勢いで承諾してみたが、嫌な予感しかしないのは何故なのか。
「俺以外の奴がルゥの中に入れなくなる効果」
「レオ以外の人を受け入れるわけないでしょっ」
「ルゥがそのつもりでも、拐かされたり無理やり迫られたりするかもしれないだろ?」
「バングルにあれだけ保護魔法掛けておいて、まだ心配なのっ?」さすがに呆れる。
「だって、バングルはルゥが自分の意思で外せるし……―――あ、それから、ルゥが気持ちよくなってくると、後ろが濡れる効果も重ね掛けしよう」
「そ……っ」
それは……、男でありながら受け入れる側になる者としてはありがたいかもしれないが、そういう問題なのだろうか。
「だめ?」
「う……」
置いていかれる子犬のような目を向けられ、ルヴィウスの男の子としての矜恃はいとも簡単に崩れ去る。
「だ……、だめじゃ、ない、です」
そう返事をすると、レオンハルトは満面の笑みを浮かべ、さっそくルヴィウスの寝衣を脱がしにかかる。
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