神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 一幕:管理者と筥の秘密

四章 一幕 6話-2

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 まるで禁書庫と禁書、そして自分の今までのことを言われているようだ。

 自分が読みたいと思っていないのに、適切と思われる時期に一つずつ現れる、予言書のような禁書。これを冒険の書に置き換えたら、状況はハロルドの説明に酷似する。

 いろいろな情報をあの書庫で得たが、目に見える形で受け取ったものはない。
 強いて言えば、禁書を読んだあと、必ず魔力が増えることだろうか。ルヴィウスが先代の管理者であるニルス―――いまのアルフレドは、歴代最高の魔力を持った管理者だったと言っていた。まさか、管理者としての魔力を、禁書を通し、分割して受け取っているのだろうか。

 管理者は、大きな魔力を持って生まれてくる。その魔力が自身や周りを傷つけないよう、受皿となる筥が用意される。
 もし、管理者が最終的に手にする魔力が、神に匹敵するとしたら、どうだろう?
 一度に受け取ると、その大きさに耐えられないに違いない。だから、禁書という形で受け取る。そして、受け取った力をうまく使えるよう、何かしらの出来事に直面させられる。

 ハロルドの話を参考にするのなら、そうやって幾つ目かの禁書を開き、総ての魔力を回収した時、レオンハルトは管理者として完成するのではないだろうか。

 そう仮定するとして、レオンハルトの物語の最後に待つのは、いったいなんなのだろう。

「殿下、まさかと思いますが、禁書庫が実在するんですか?」
「え? いや……」

 否定しようと思ったが、ハロルドのキラキラと輝く目を見たら、上手い嘘などこれっぽっちも浮かばなかった。
 それに、ハロルドはレオンハルトが通っている禁書庫を“正しく”理解していない。何を言っても問題ない気がする。

「危ないから連れていけないぞ」
「連れて行ってほしいなんて言いませんよ。ボクはモブですよ?」
「なんだ、もぶって」
「脇役ってことです」

 なぜ脇役だとダメなんだ? レオンハルトは理解し難いハロルドの思考回路に、眉間にしわを寄せて首を傾げた。

「殿下が気にするところ、そこじゃないでしょ」ハロルドが眉尻を下げて笑う。「それより、ルヴィウス様のところへ行く前に少し休んだらどうですか。今朝、討伐から戻ったばかりなんですから。疲れた顔して会いに行ったら、ルヴィウス様が悲しみますよ」

 なんだかんだ面倒見がいいハロルドに、「そうする」と答えて席を立つと、いつもルヴィウスと寝転んでいるカウチソファに一人横になった。

 ハロルドが「じゃあ、書類を置いてきます」と部屋を出て行く。それに手を振ったあと、レオンハルトは目を閉じた。

 頭に浮かぶのは、三日前に現れた新たな禁書に書かれていたこと。


 それは、広域防御壁の魔術陣や、自動展開する空を覆う形のドーム型結界など、魔物を食い止める魔法について知るために、夜遅くまで禁書庫で調べものをしていた時に現れた。

 最初は、異変を感じなかった。しかし、時間を忘れて調べものをしているうちに日付が変わっていたようで、目の前に灯りが揺れる気配がし、ふと顔を上げると、いつも自分を誘導するランプが宙に浮いていた。

 こうなると、禁書を読まずに外へ出ることは出来ない。
 レオンハルトは、ランプが導く先に現れた、表紙に『八番目』と刻まれた禁書を、読むしかなかった。

 そこには、こう書かれてあった。

 ~~~~~~~~~~

 総ての欠片が集まる兆候は、森に現れる。
 歪みが消失の定めに抗い、魔素の流れが不安定になり、魔が溢れるだろう。
 欠片を運び、力を宿し、資格を得た管理者に選択の時が来る。

 選べ、自らの運命を。

 共に有ること。
 総てを投げうって救うこと。

 物事には、決まりがある。
 決して変えてはならない、不変の真理。

 土は石になるかもしれないが、石は植物にはなれない。
 人は人であり、その性差や容姿は、世界の理からすれば、髪一本程度の相違でしかない。

 どれほど愛おしくとも、筥は人なのだ。
 狼が狼として生まれたら、羊にはなれないように。

 失いたくなければ、管理者は筥を手離してはならない。
 手離せば、二度と元には戻れなくなるだろう。

 名を与えられた日。初めて触れた日。愛おしいが何かを知った日。
 生と死が同じ意味を持っていた『私』に、生きることを教えてくれた。

 それが誰だったのか、思い出せ。
 お前が愛を知ったのなら、お前は私を継ぐだろう。
 私たちの愛し子よ。
 私たちは、お前たちを待っている。

 ~~~~~~~~~~


 ふっ、と目を開けると、見慣れた天井が映る。

 相変わらず曖昧で、掴みどころのない文面だった。
 管理者が何をする者か書かれていないし、資格がなんなのかも不明だ。
 それに、以前読んだ禁書に出てきた、総てが整った時に救いの手を差し伸べるという“世界樹”が何を意味するのかも、未だに分かっていない。
 ルヴィウスに逆鱗を使うためにも、“世界樹”が何を意味しているのかを知り、そこへ赴く必要があるのに。

「魔が溢れる……」

 今回の禁書に記されていた言葉が、音になって唇からこぼれる。

 これは今まさに、王国の永きにわたる平和を脅かしている状況を示すかもしれない言葉だ。だとすれば、自分が管理者として覚醒する日も近いのだろう。

 すっと左手を天井へとかざしてみる。手首には、ルヴィウスとお揃いのバングル。

『八番目』の禁書を読んだ後、やはり魔力が増大した。ルヴィウスに『体に異変はないか』と聞いたが、『君がすぐ回復魔法を掛けるからむしろ元気だよ』と、レオンハルトの遠慮のない閨での行為を気にしているのだと、勘違いされてしまった。

「まぁ、それくらい、なんともないってことなんだろうな」

 心配する必要はないのだろうか。だが、ルヴィウスを気にかけないという選択は、レオンハルトにはない。

 いま現在、ルヴィウスが受け取っているレオンハルトの魔力は、攻撃として使えば王宮を一瞬で吹き飛ばし、更地にできるレベルだ。
 その膨大な魔力量を受け取りながらも、平然としているどころか無効化しているのだから、筥の役割の大きさには改めて感服する。
 ルヴィウスが居なければ、レオンハルトは人として接してもらえないどころか、魔王として討伐されていてもおかしくない状況に陥っていたことだろう。

 レオンハルトは天井へとかざした自分の左手を、じっと見つめた。

 この手で、何を成し遂げるのだろう。
 何を守り、何者になるのだろうか。

 ルヴィウスは「自分のことなのに無頓着」だと言っていたが、不思議なことに不安はどこにもない。
 人は、知らないこと、初めてのこと、予想がつかないことに、恐怖や不安を覚える。
 その感覚が分からないわけじゃない。だが、自分に関わるまだ見えぬ未来に対しては、当てはまらない。それが管理者たる宿命なのだ。そう思っている。
 
 恐ろしいのは、むしろ―――

 不意に、バングルが震えた。通信魔法を繋げる合図だ。ソファに起き上がり、しばらく待つと、愛らしい声が聞こえてくる。

『レオ?』
「あぁ、聞こえる。準備できた?」
『うん、大丈夫』
「じゃあ、十分後に迎えに行くから、部屋で待ってて」
『僕を召喚してくれてもいいけど』
「それはダメ」
『なんで?』

 ふふっ、と笑いがこみ上げてきてしまう。レオンハルトはルヴィウスの「なんで?」がお気に入りだ。

「今年の誕生日はまだルゥのところへ行けてないから」
『だから今から来てくれるんでしょ。僕の誕生日はまだ半分以上残ってるよ』
「いつもは日付が変わる頃に行ってたって言いたいの」
『大丈夫、今日は事前に邸にいる全員に、“お祝いしないで”って通達しておいたから、レオが僕の誕生日をお祝いしてくれる第一号だよ』
「ははっ、なにそれ。俺、また公爵に睨まれそう」
『僕がレオから一番にお祝いしてもらいたいの。だからみんなに、お祝いしないことが僕への誕生日プレゼントだよって言ってあるから大丈夫』

 可愛いお強請りに、邸中の者が眉尻を下げて了承する様子を思い浮かべ、レオンハルトはくすぐったい気持ちになる。ルヴィウスはこんなにも、自分からの「おめでとう」を特別に思ってくれている。

「ルゥは可愛いなぁ」
『すぐそう言う……』
「ふふっ、実際に可愛いから。それで、お迎えに行っていいですか、愛しい人?」

 そう聞くと、少し間があったあと「うん」と返ってきた。レオンハルトは「待ってて」と告げて通信を切る。

 ソファから立ち上がると、執務机のほうへ向かう。
 机の傍には、ワゴンが置かれていて、ハロルドに頼んだものが、上下二段に分かれて用意されている。
 レオンハルトは確認しながら、一つずつ亜空間へ放り込んでいく。

 りんご、イチゴ、ベリー、ワイルドボアのロース肉に、じゃがいも、ニンジン、たまねぎに葉物野菜各種。チーズに牛乳、白パン、その他調味料。

 これらの食材は、亜空間で繋がった先、魔の森の湖畔にある“秘密の別荘”の保管庫へ、自動的に収納される。

 続いて下段にある、リネン類に着替え一式、訓練用の騎士服に革製の防具。
 こちらも亜空間に放り込む。これらの行先もやはり“秘密の別荘”の各収納庫だ。

 すべての品物を収納した後、レオンハルトは壁のフックに掛けられた青磁色の鞘の剣を取り、フードのついたロングケープを羽織る。

 準備が出来ると指を鳴らして、自分専用の黄金の伝言蝶を二羽呼び出し、「ルゥと“別荘”に行ってくる」と言霊を込めて、ハロルドとガイルへ飛ばした。

 二羽の黄金の蝶が二度その場で羽ばたく。
 それが行き先へと消えるのとほぼ同時に、レオンハルトも室内から姿を消した。
 
 
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