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四章 一幕:管理者と筥の秘密
四章 一幕 6話-1
しおりを挟む音もなく降り続いた雨が、夜明けとともに引いていった。
六月二十五日、今日はルヴィウスの十七回目の誕生日だ。十月のレオンハルトの誕生日までのわずかな期間、二人は同い年になる。そんな些細なことに喜びを感じているのだと知ったのは、いつのことだっただろう。
初めて互いの総てを手に入れてから、二ヶ月あまり経つ。
あの日は帰るなり双方の親たちから特大の雷が落ち、一週間の謹慎処分を言い渡された。
もちろん、レオンハルトの魔力をもってすれば、謹慎などあって無いようなものだ。
そこでヒースクリフとグラヴィスは、常に従者を同室に控えさせる、という厳しい手段を繰り出してきた。これにはさすがに二人も大人しく謹慎を受け入れる……―――、はずもなく。
監視のために室内にいる従者でも、さすがにトイレとバスルームにはついてこない。そのタイミングを使った、幻影魔法を纏わせたゴーレムと入れ替わる対抗策は、結局、誰にもバレなかった。
レオンハルトに掛かれば、人の目を誤魔化すことなど造作もない。ルヴィウスは初日こそ罪悪感を覚えたが、二日目以降は監視自体に窮屈さと時間の勿体なさを感じ、むしろ率先して抜け出していた。
抜け出した先で二人が何をしていたか。もちろん肌を重ねて愛を確かめ合うこともあったが、基本的にはルヴィウスの魔法の修練に時間を費やしていた。
せっかく手に入れた魔法使いの才。アカデミーには魔法専攻科もある。講義数としては少ないが、引き続き古代語も習うことができるため、ルヴィウスは編入試験を受けることにしたのだ。
グラヴィスを説得し、試験を突破するためにも、魔法を上達させたいルヴィウスの希望を叶えようと、レオンハルトは積極的に力を貸した。
月が替わる頃にはグラヴィスの説得も済み、五月に編入試験を受験。この六月から、ルヴィウスは正式に魔法専攻科へ通っている。
史上初、後天的な魔法使いの資質を開花させた者として、新聞の一覧を飾るに至った。
ルヴィウスのこととは別に、ヒースクリフやイーリス、グラヴィスを交えての話し合いの席も提案した。
このことについては、催促に催促を重ねたが、なかなか返事が来ず、やっと日程が決まったのはつい先日だ。
ルヴィウスの誕生日パーティーの日ならば、全員が揃い、また、一同に会していても勘繰られることがないとの判断で、パーティー終了後、公爵家にて、ヒースクリフ、イーリス、グラヴィス、アレン、そしてレオンハルトとルヴィウスが集まることになっている。
「何か気になることでもあるんですか、殿下?」
ハロルドに声を掛けられ、はっと我に返る。
レオンハルトは「いや、なんでもない」と答え、脱いだケープを手渡した。
ハロルドはそれを受け取り、コートハンガーに吊るして形を整える。
「今日はこのあとルヴィウス様とお出かけですね。また“秘密の別荘”に行かれるのですか?」
「あぁ、あそこなら邪魔が入らないからな」
「今日中に、お帰りくださいね」
「……善処する」
「今・日・中・に! お帰りください!」
「…………」
「殿下? もう一度いいましょうか?」
「分かった。今日中に帰る」
「ルヴィウス様も、今日中に公爵家へお返しくださいよ?」
「…………」
「で、ん、かっ!」
「はいはいはい、わかったよ! 今日中にルゥを公爵家へ送り届ける!」
「“はい”は一回!」
「なんだ、その謎ルールは!」
「故郷の風習です!」
「お前は王都生まれだろうが」
「一つ前のですってば! とにかく、午前中に持ってきた書類ぜんぶサインくださいっ! 終わらなかったらお出かけは無しですよ!」
「お前は乳母か」
「従者ですが、なにかっ?」
レオンハルトは可笑しそうに声を上げて笑い、執務机に着くとハロルドが手渡してくる書類の一枚一枚にサインをし始めた。
ハロルドの遠慮のない物言いや態度が、レオンハルトは気に入っている。
無礼だと言う者もいるが、裏表のない彼の存在は、腹の探り合いが苦手なレオンハルトにとって、第二王子の仮面を被らなくても済む貴重な人物だ。
臣下でありながら友と呼べるのは、ハロルドとガイルだけだろう。なにより、ハロルドは聖女騒動時に大きな助けとなった。いずれこの恩を返さねばと思っている。ただ一つ、納得がいかないのは……
「叡智の光とは思えんな……」
「なんですか?」
「いや、なんでもない。それにしても、魔の森の近隣地区では魔物が増えているな」
「そうですね。討伐嘆願書が例年の三倍です。騎士団と魔法使いで対処できるレベルの魔物ばかりですが、各都市の転移陣から魔の森までは単騎で駆けても一週間は掛かりますし……」
「警備隊と物理の防御壁では限界もある。俺が魔法で蹴散らして魔の森に沿った結界を張ればしばらくはしのげるだろ」
「ボクとしては不服です」
「なにが?」
書類から顔を上げたレオンハルトは、横に控えていたハロルドを見上げた。彼は悔しそうに眉根を寄せ、難しい顔をしている。
「殿下は魔法の天才ですし、剣術も才があってお強いです。ですが、だからと言って、殿下一人に背負わせるのはどうかと思うのです」
「騎士団と魔法使いもいるぞ」
「殿下が討ち零した小物を片付けてるだけじゃないですか。見習いクラスでも出来ますよね。ボク、出来る人がやればいい精神は嫌いです」
「分からんでもないが、俺は王族だし責務がある。俺の力が役に立つならいいことだろう?」
「そうですけど、そうじゃないんですってば。もうっ、殿下は人間離れしてるから感覚が凡人と離れてるんですよ。まったく、ボクの気も知らないでっ」
「心配してくれてるのか?」
「当たり前じゃないですか!」
「魔王になったかもしれないのに?」
「ならなかったでしょ!」
二人は、テンポのいい会話を繰り広げながら、書類にサインを済ませていく。
魔の森と接する領地は、細かく分ければ150を超える領区町村がある。騎士団や魔法使いを派遣しているところもあるが、総ての箇所に装備を含む部隊まるごとを転移魔法で一気に飛ばすことは不可能だ。
そのため、転移陣があり、かつ、小規模部隊でも対応できそうな箇所には、騎士団と魔法使いを陸路で派遣。それが出来ない地域を、レオンハルトが対応することになった。
その数、およそ80。いまサインしているのはレオンハルトがこの一ヶ月の間に対処し、討伐完了を報告するためのもので、およそ半分の39の区町村の嘆願書だ。
「なぁ、ハロルド」
レオンハルトは最後の一枚にサインをし、それを手渡しながらハロルドを仰ぎ見た。
どうやって説明しようか。少し戸惑った。
禁書庫や管理者、筥など、制限が掛かっている言葉を使わずに、ハロルドへ物事を伝え、意見をもらわねばならない。彼は禁書が言うところの『叡智』だ。レオンハルトの疑問の靄を晴らしてくれるヒントをくれるかもしれない。
「どうしました、殿下?」
「あぁ、えぇっと、たとえばなんだが、ある決まった場所に行き、そこで必要な情報を得て帰って来る、みたいなことを繰り返す意味を想像できるか?」
ハロルドは書類を揃えて書類箱に入れながら、瞬きの回数を増やして黙り込む。
曖昧過ぎる上に説明不足な文脈を、彼なりに考えてくれているようだ。
「聖女騒動のあと、」ハロルドが話し始めた。「僕が記憶持ちだって話しましたよね」
「あぁ、聞いた。その世界で読んだ物語に俺とルゥが出てきて、お前はルゥが“おし”なんだろう?」
「そうです。その世界にはいろんな物語が溢れていて、自分で登場人物を動かすことが出来るものもあるんですよ」
「へぇ、チェス盤のようにか?」
「ん~、説明が難しいんですけど―――あ、そうそう、これなら分かりやすいかも」
そう言い、ハロルドは背後の壁に掛かっていた大陸地図を示した。
「殿下を登場人物の一人と仮定します。殿下は王宮の誰も知らない秘密の場所―――たとえば、ガッチガチに魔法が張り巡らされた禁書庫のような場所を発見します」
レオンハルトは驚いて息を飲んだ。制約が掛かっているはずの内容を、ハロルドが話している。これはどういうことだ。
しかし、疑問はすぐに晴れた。
「それがRPG、ゲームの物語の起点です」
「あーる? げぇむとはなんだ」
「RPGはロールプレイングゲームのことで、ゲームは先ほど言った、自分で登場人物を動かす物語のことです」
「なるほど」
レオンハルトは頷いた。
自分が通う禁書庫を指していないため、ハロルドが話す内容には制限が掛からないらしい。
「殿下は物語の主人公です。禁書庫で殿下の前に現れた冒険の書1の指示で、魔の森へ行きます。そこで達成条件となる魔物を討伐し、必要なアイテムを持ち帰り、禁書庫へ再び向かいます。すると禁書庫は冒険の書2を殿下に与えます。持ち帰ったアイテムは記録魔法の起動用や、今後の冒険に必要な錬成アイテムに使われます。重要なのは、記録魔法です。殿下が万が一、次の指示に失敗しても、殿下が冒険の書1の条件を達成したことは記録されているので、何かあっても冒険の書2から、再び物語を始められます」
「物語が先に進めば進むほど、その仕組みの重要性は高くなるな」
「そうです。各冒険の書の達成条件はいろいろあって、魔物討伐、仲間集め、伝説の人物に会いに行く、隠し扉を発見する、亡国へのルートを見つける、など多彩です。物語の始まりは起点に近いところを中心に、物語の中盤以降は国を超えて長距離移動。徒歩や馬、転移魔法など方法はいろいろあっても、条件を達成するたびに起点の禁書庫へ戻り、進捗を記録し、新しい冒険の書を手に入れ、最後は何かしらの目標達成がある」
「それが、げぇむか?」
「いろいろあるゲームのほんの一部の例えです。ここで大切になることは、起点です。ある決まった場所へ行き、そこで必要な情報を得て帰って来る。これはルールであると同時に、達成条件の一つです。戻って来ることが大前提ですが、先に進むためには“持って帰ってこなければならない何か”があります。もしくは逆に、この物語を攻略している殿下が、冒険の書を達成するたびに、その場所へ行くことによって何かを得て、それが積み重なり、必要数に達すると物語が完結する」
ハロルドの説明に、レオンハルトは黙り込んだ。
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