【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 4話-1

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 それは、帷子時かたびらどきの八月のことだった。
 炎陽の下に、くらくらい森の奥から、数多の黒き物が溢れだした。スタンピードだ。王国は、数百年ぶりの危機に直面した。

 今まで魔の森の境界線を越えてくる魔物は獣型が多く、その代表は狼型のダイアウルフや、猪型のグレートボア、小型のものだとカタパルトラビットなどが一般的だった。多少珍しいものを挙げるのなら、黄金の角と青銅の蹄を持つケリュネイアという鹿型の魔物あたりだろう。

 しかし、今月の十日に魔の森からあふれ出したのは、よく見るそれらの魔物に加え、レオンハルトでなければ入れないような森の奥深くに生息する、ドラゴンに成れなかった異形と言われるワームや、大型の蛇バジリスク、鶏頭のコカトリス、巨体で闊歩するアースドラゴンが混ざっていた。

 レオンハルトが、自身の強すぎる魔力を調整するために張り巡らせていた長距離結界壁による防御、そして先代の管理者の記憶を持つアルフレドの助言もあり、七月下旬にはすでに国王からの勅令で魔の森に近い市区町村の民は一時避難を済ませていたため、被害は最小限に食い止められていた。
 住人が消えた村々は再建を前提に、騎士団と魔法使いが共闘する討伐隊のための駐留地となり、魔の森に沿って陣営が敷かれている。

 最初のスタンピードが確認されてから約三週間、今日から九月だ。
 アルフレドの先代管理者としての記憶と、カトレアが持ってきた過去の記録から推測すると、あと一週間もすればこの異常な状況も落ち着くのでは、という見立てだ。
 このスタンピードは、管理者に対する最後の試験の意味があるのではないか、と二人は言っていた。管理者の魔力の大きさに比例したスタンピードが起こり、対処できれば資格ありとみなされる。そういう意味合いがあるらしい、という話だ。

 つまり今回、魔物の出現が広範囲に及び、かつ、強力な魔物が溢れ出てきている理由は、レオンハルトの魔力の大きさが関係しているということになる。
 もしかしたら自分の所為だと落ち込むかと思ったのだが、レオンハルトは「腕が鳴るな」と強い決意を湛えた目で笑っていた。ルヴィウスはそのことに、少しだけほっとしている。

 ルヴィウスは銀の騎士服に身を包み、自分に与えられた幕舎を出た。彼は今、魔の森の中央から少し南にある駐留地にいる。
 すれ違う騎士や魔法使いたちが頭を下げてくる。それに応えながら、作戦本部のある中央の幕舎へ向かう。

「ごきげんよう、ルヴィウス様」

 後ろから声を掛けられたルヴィウスは、振り返った。
 そこには、グレーの髪を後ろで一つに縛り、あの日見た赤褐色の軍服を身に纏ったカトレアが居た。
 今回のスタンピードがあまりに広範囲に及んだため、エルグランデルから部隊を連れて応援に来てくれたのだ。

「カトレア様、ごきげんよう。お泊りの幕舎に不便はありませんか?」
「大丈夫ですわ。こうみえて討伐隊の指揮官です。野営もお手の物ですのよ」
「エルゾーイの皆さまもご不便がないといいのですが」
 カトレアは「ご心配なく」と笑った。

 エルゾーイとは、カトレア直属の部隊で、今回エルグランデル皇国から派遣されてきた皇国を代表する特級魔剣士七名の総称だ。ルヴィウスが転移魔法を失敗し、エルグランデルへ飛んだ日、レオンハルトと剣を交えた七名がそうだ。

 ヴィクトリア王国は永く平和だったこともあり、各騎士団も魔法使いも、実践経験が乏しい。そのため、ヒースクリフが王命で「過去最大の討伐隊を編成する」と通達した際には、誰もが多かれ少なかれ青ざめた。
 しかし同時にエドヴァルドから「討伐に、実力を兼ね備えた援軍を頼んだ」と発表があり、臣下たちも最初は喜んだ。だが、今まで国交がなかったエルグランデル皇国からの軍人だと知り、すぐに反対の声を上げた。軍事国家と言われていたのだから、侵略を不安視されて当然だ。

 反対派を説得して了承を得るまで待っていては、魔物が国を脅かす。そう判断したヒースクリフは、国王と言う立場と権限を大いに活用し、カトレアたちの召喚を押し切った。
 その後、レオンハルトは訓練場で頻繁にエルゾーイの面々と手合わせし、エドヴァルドやノアール、グラヴィスにエレオノーラ、こちらではルーウィック伯爵として顔が知られているアレンが、積極的にカトレアを茶会に招待し、なおかつ社交界で彼らのことや、エルグランデル皇国のことを話して聞かせた。
 同時に、ハロルドの管轄にある王妃の子猫たちが、計画的に王宮や邸の使用人に、カトレアたちを身近に感じられるような話を広げ、さらには彼らに街でさえずらせ、魔物の襲来に怯える民に「強力な助っ人がきた」「もう怯えることはない」と印象操作を行った。
 さらに、エルグランデル皇国で流行りの菓子や、王都でも人気の恋愛小説が向こうでも読まれていることなど、他愛もないことをあちこちの出版社で記事に取り上げさせ、毎日のように『向こうも自分たちと同じ』という感覚を刷り込んだ。

 人は、何度も見たり聞いたりすることで親近感を持ち、好感を上げるものだ。計算されつくされ、そうとは知らずに見聞する情報は特に深層心理に強く働きかける。
 作戦は功を奏し、エルゾーイたちの実力と人懐っこさに各騎士団が気を許し、彼らの魔法技術に魔法使いたちの警戒が解けるころには、彼らを指揮する立場のカトレアは“紅の薔薇騎士”と呼ばれ、社交界の華と言っても過言ではないほどの人気を確立していた。

 その結果、討伐の出陣式で王都を馬で行進した時には、軍服を纏うカトレアの凛々しさに男女問わず黄色い声が上がり、エルゾーイの中でも顔立ちの良い三人が手を振れば沿道の民も手を振り返し、双子の魔剣士が魔法でシャボン玉を飛ばしたことで子ども達が大喜びするなどして、魔物討伐への出征にもかかわらず、王都はお祭り騒ぎだった。
 こうなると、僅かに残っていた文官系の反対派も口を噤むしかない。

 そして、満を持しての大討伐初日となった八月二十日。討伐隊としての最初のスタンピードへの対応は、まずまずの成果を上げることが出来た。
 その後も、騎士らは共に食事を摂ることで協調性が生まれ、魔法使いたちは実践の場で繰り広げられる術に目を輝かせ、チームワークの良さが日に日に増している。

「そう言えば、先日、初めてコカトリスに遭遇しました」
 ルヴィウスが思い出したかのように言う。
「石化の攻撃を躱して討伐されたとお聞きしましたわ」
「先手必勝で目を潰したまでは良かったんですけど、怒らせて毒をまき散らせて少々苦労しました」
 ルヴィウスはその時の様子を思い出し、苦笑いした。

 怪我人を収容するため、衛生兵らと共に現場に出たのだが、そこに通常より小さいコカトリスが現れたのだ。成体になりきっていない個体だったのだろう。それでも上位の魔物には違いない。現場にいた魔法使いは残りの魔力が少なく、動ける騎士も少なかった。
 レオンハルトを呼ぼうかと思ったが、彼と取り組んだ魔の森での訓練を思い出したルヴィウスは、いける、と思った。
 もちろん一人で立ち向かったわけではないが、指示を出し、コカトリスをかく乱し、最後は自ら首を落として討伐した。反省点をあげるとするなら、実践的な剣術をもっとしっかり学んでおくべきだった、という点だろうか。

「上位の魔物ですもの、苦労せずに討伐するのは難しいですわ」
「コカトリスって、雄の鶏が生んだ卵を、雌のヒキガエルが温めると生まれるんですよね?」
「えぇ、奇妙な生き物ですわ」

 カトレアがものすごく嫌そうな顔をした。過去になにかあったのだろうか。

「それにしても、殿下の側近は素晴らしいですわ」
「ガイルですか?」
「騎士の方の剣技も素晴らしいですが、わたくしは魔道具士の方が気になりますの」
「あぁ、ハロルドですね」
「えぇ、とても可愛らしい方だわ」

 カトレアはほんのり頬を染め、目を細める。ルヴィウスは「ん?」と思ったが、あえて聞くのは遠慮した。

 作戦本部に着くと、タイミングがいいのか悪いのか、ちょうどハロルドが中央の楕円テーブルに地図を広げているところだった。
 テーブルにはすでに、レオンハルト、ガイル、第一騎士団団長のビート、第二騎士団団長のルイズ、第三騎士団団長のイワン、そしてエルゾーイの隊長ゲルニカがついている。

「おはようございます、ルヴィウス様、イルヴァーシエル公爵閣下」

 地図を広げ終え顔を上げたハロルドは、挨拶を済ますなり作戦に必要な準備に取り掛かる。彼は箱から大小色とりどりの親指サイズのゴーレムをテーブルに並べていった。
 
 
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