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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 4話-2 ※
しおりを挟むいつみても不思議だ、と思いながらルヴィウスは席に着く。
小さなゴーレムはもちろんのこと、テーブルの上の地図は普通の地図ではなく、魔道具だ。
カトレアから「瘴気の濃いところに強い魔物が出る」と聞いたハロルドが、「じゃあ、瘴気の濃度を測って、その地点がどこか分かれば、討伐隊の配置が楽になりますね」と、これを作った。
ハロルドが杖を取り出し、詠唱する。彼が使う魔術陣や詠唱は、レオンハルトですら理解不能だと言う。
「天球の星々、三角の理。偏角と距離、斜辺の比から標の位置を特定せよ。座標軸に下僕を導き、幾何学の光にて答えを示せ」
大型の20体のゴーレムのうち、半分の10体が動き出す。他にも、小さく青いゴーレム、赤いゴーレム、黄色のゴーレムがわらわらと地図の上を動き始める。
「何度見ても素晴らしい魔道具だ」
第一騎士団の団長のビートが言う。
「レーベンドルフ家の次男は変わり者と聞いていたが、妬みからの噂だったのだな」
今度は第二騎士団長のルイズだ。
「これはそのうち、レーベンドルフ家に求婚書が山のように届きそうだ」
この第三騎士団長イワンの言葉に反応したのが、カトレアだ。
「レーベンドルフ伯爵子息、これはどういう仕組みなのか詳しくお聞きしても?」
すっ、とハロルドの横に立ち、地図を指さす。まさか自分が狙われているとは露ほどにも思っていないハロルドは、表情を明るくし、説明した。
「魔の森の周辺に設置した計測器が瘴気の濃さを測り、殿下の魔力で空に飛ばしてもらった気球を起点にして三角関数で位置を計算し、その値を地図に仕込んだ磁気魔力塗料が読み取りまして、ゴーレムを動かしています。瘴気の濃い箇所には強い魔物が出るとイルヴァーシエル公爵閣下がご指摘くださいましたから、大きいゴーレムの場所に実践経験のある強い部隊を、小さいゴーレムの位置には他の部隊を。赤は魔法耐性が強く、青はその逆、黄色は数が多いことを示しています」
「なるほど、素晴らしい魔道具ですわ。ところで、お名前をお呼びする許可を頂けないかしら?」
「ボ、ボクの名前ですか? それはもちろん、お好きなようにお呼びください」
「まぁ、好きなように? では、愛称でお呼びしても?」
「えっ?」
つい、とハロルドの頬を撫でたカトレアは、そのまま頬に口づけをした。
「では、ルド様とお呼びしますわ。わたくしのことはどうか、トアと」
「は、ぃ…、トア様……」
ハロルドは真っ赤になって硬直していた。カトレアはそんな彼の顎を撫で、満足そうに微笑む。
「カトレア」半目になったレオンハルトが言う。「そのくらいにしておけ」
「殿下、わたくし、運命に出会ってしまったようですわ」
「お前はハロルドなのか……」
竜の血が混じるイルヴァーシエル直系の本能と執着。実際に見せられると、正直、引く。しかし、カトレアはレオンハルトに行動の意図を理解され、上機嫌だ。
「そのようですわ。初めてお会いした時から丸飲みにしてしまいたいほど可愛らしくて」
「アレン殿といい、お前といい……。俺の側近はそういう運命にあるのか……?」
はぁ、とため息をついたレオンハルトの横で、ガイルが苦笑していた。
こちらはこちらで、アレンとの愛を順調に育んでいるらしい。まぁ、あの容姿でぐいぐい来られたら、うっかり惚れるのも無理はない。できれば、その“うっかり”が永遠の約束へと育ってくれるといい。
「さて、今日の配置が決まったようだ」
ゴーレムが動きを止めたのを見て、レオンハルトがその場の雰囲気を切り替える。
大きいゴーレム十体が、地図の上にいる。さっそく、各討伐隊の采配を行う。
レオンハルトは単独で魔力値の高い3箇所の魔物対処。それ以外の7箇所を、ガイル、第一騎士団のビート、第二騎士団のルイズ、第三騎士団のイワン、カトレア、そしてエルゾーイを二手に分けた、隊長ゲルニカの部隊と副隊長のシェラが率いる部隊が対応することになった。
「俺はいつもどおり担当分が終わったら他の地点のフォローに回る。ルゥはここ、本陣で怪我人の対処と、瘴気の浄化を頼む」
ルヴィウスは、こくり、と頷いて答えた。
一時間後に出陣との指示を最後に、作戦会議は終了となった。それぞれが自分の管轄する部隊へ、今日の布陣と作戦を伝達するために幕舎を出て行く。
ガイルも一部隊を任されているため、レオンハルトの側を離れた。今回の討伐で武勲をあげ、アレンの婚約者としての資格を得たいのだと、張り切っているらしい。
ちなみに、もう一人の側近、ハロルドはと言うと、もちろんカトレアに拉致されていった。求婚書が届くかもという言葉に、のんびり構えているのを止めたようだ。
「ルゥ」
名前を呼ばれたルヴィウスは、両腕を広げるレオンハルトの胸に飛び込んだ。
「レオ、強いからって無茶しないでね」
「わかってる。まぁ、でも今の俺は神様なみに強いらしいから、よっぽど大丈夫だけど」
「そういう過信が怪我のもとだよ。いい? 勝手に怪我を治したりしないでね。僕の役割なんだから」
「そんなこと出来ないように、左のピアスに俺の状態が分かる魔法を組み込んだだろう?」
ルヴィウスは「うん」と呟いたあと、レオンハルトの腕の中で顔を上げた。
蒼い瞳と銀の瞳が見つめ合って、ゆったりと近づく。唇を重ねると、ルヴィウスの腰を抱くレオンハルトの腕が強まった。同じように、レオンハルトの背中を抱きしめるルヴィウスの腕にも力が入る。
「ん……っ」
唇を少し開いたら、レオンハルトの舌が入り込んでくる。昨夜は抱き合わず、魔力交換もせずに眠った。レオンハルトがバングルに流す魔力を調整していることもあり、ルヴィウスの体内はいま、魔力が足りていない状態だ。
角度を変えては唇を深く重ね合わせて、舌を絡ませる。心地よい魔力がルヴィウスの体を満たしていき、愛おしさが溢れていく。
「出発が一時間後じゃなかったら抱いてたかも」
キスの合間にレオンハルトが囁いた。
「じゃあ、今日は一緒の幕舎で寝よう?」
「誰かに気づかれるかも」
「遮音魔法と隠ぺい魔法かけて」
「それこそ何してるかバレバレだぞ」
「バレたら嫌なの?」
「……嫌じゃない」
ルヴィウスが、ふふっ、と笑う。するり、と首に腕を回し、強請るようにもう一度唇を重ねた。その直後。
ばさり、と幕が開く。エルゾーイの隊長ゲルニカと、副隊長で赤髪の暗殺系騎士、シェラが立っていた。
「あー……、ごめん」シェラが苦笑いする。
「邪魔してすまん」ゲルニカはどこか居心地が悪そうだ。
「いや、構わない。地図を見に来たのか?」
レオンハルトは顔色一つ変えず、むしろ何事もなかったかのように、ルヴィウスの髪をひとつ撫でて対応した。
「そう。エルゾーイを二つに分けて、一つをオレが担当するから」
シェラが平然と言う。どうやら、彼は気にしていないようだ。
「地図を見せるから入ってきていいぞ」
そう言いながらも、レオンハルトはルヴィウスの腰から手を離さない。
これでは説明の邪魔になるのでは。そう思ったルヴィウスが離れようとすると、ぐっと腰を引き寄せられ、唇を重ねさせられた。
「んんっ」
くちゅ、と濡れた音がし、唇が離れる。解放されるかと思ったが、レオンハルトはルヴィウスのこめかみにもキスをした。
「魔力、足りてる?」
「だ、だいじょうぶっ。いま満タンだからっ」
「ならいい。ルゥも無理するなよ」
するり、とルヴィウスの手に触れたレオンハルトの蒼い瞳には、愛おしい銀月の瞳が映っていた。
ルヴィウスは「わかった」と答えると、ゲルニカとシェラの横を「失礼しますっ」と小走りで通り過ぎる。
「あのさぁ」
シェラがルヴィウスの背中を見送りつつ、呆れて言う。
「いつもこういう感じ?」
「まぁ、だいたい?」
「オレら、これから毎日こういうの見せられるわけ?」
「そうだな。慣れてくれ」
「殿下には羞恥心がないのですか?」ゲルニカが半目で言う。
「ない」
言い切ったぞ、この王子様! ゲルニカとシェラの笑顔が固まる。レオンハルトは二人のその表情を笑った。
「ははっ、なんて顔してるんだ、二人とも。新しい顔が増えたから牽制しておかないと、って思っただけだよ」
「何を言っておられるのです、殿下。私は妻帯者ですよ」
「お前じゃないよ、ゲルニカ」
「オレか」
そう言い自分を指さすシェラに、レオンハルトは温度のない笑みを浮かべる。
「気に入っているだろう、ルゥのこと」
「そりゃまぁ、可愛いなぁって思うけどね」
「やらんぞ」
「そういう意味合いじゃないんだけど」
「愛称で呼んでただろ」
「ルヴィちゃん? 許可はもらったよ。あと、隊長以外のエルゾーイはみんなそう呼んでる」
「そうか」
「言っとくけど、オレらルヴィちゃんの味方だから」
「どういう意味かわからんな」
「なんかあったら、殿下じゃなくてルヴィちゃんの味方するよってこと」
「なんもないから安心しろ」
「へぇへぇ、さよーですかぁ。それでオレの担当地区はどこですかねぇ」
不遜な態度に不敬な物言い。だが、レオンハルトはそれが気に入っている。
遠慮がないのは嬉しい。ハロルドも遠慮がないほうだが、シェラはもっと遠慮がない。
最初のころはゲルニカが注意していたが、レオンハルトが必要ないと告げたのだ。エルゾーイの中でレオンハルトと最も早く打ち解け、そして最も大きな信頼を得たのは、間違いなくシェラだろう。
地図を挟んで討伐戦の話をするレオンハルトとシェラを、ゲルニカは微笑ましく見守っていた。
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