【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 5話 △

 陽が高くなった午後。各討伐隊が任された地区で掃討戦を開始してから、半日以上が経った。
 じりじりと焼けるような暑さが、体力も魔力も消耗しかけている討伐隊を苦しめる。

「陣形を崩すな! 目を合わさず下がれ!」

 ガイルは、騎士20名と魔法使い10名からなる30名の部隊を率い、魔物との交戦を繰り広げていた。

 最初は、ダイアウルフの群れだった。
 そのうちグレートボアが雪崩のように走ってきて、カタパルトラビットとケリュネイアが森から飛び出してきた。
 あまりの数の多さに打ち零しがあり、それをどう始末したものか、と考えた時だった。

 森の奥から、バジリスクが現れたのだ。
 先程の獣型の魔物たちは、上位の魔物であるバジリスクから逃げてきたのだ。

 この大型の蛇の魔物は、目が合うと石化したり、毒を吐いたりする。甲高い声で叫んで五感を乱すコカトリスに比べたら、幾分か戦いやすい。少なくとも、ガイルはそう思っている。

 ガイルの指示で魔法使いがバジリスクを拘束し、動けない間に騎士団が背後に回って剣を突き立て、最後はガイルが首を落とした。
 わぁっ、と討伐隊から歓声があがる。ガイルは、ふぅ、と一息つき、剣を振って魔物の血を払った。

 バジリスクは討伐したが、安心している場合ではない。打ち零した小型から中型の魔獣を追わなくては。
 そう気を引き締め、部隊に指示を出そうとした時だった。
 森から、耳をつんざくような叫び声をあげ、コカトリスが現れた。しかも、二頭。

 バジリスクを仕留めたことで上位の魔物はもういないだろうという隙ができていたのか、騎士のうち数名が目を合わせてしまい、体の一部が石化してしまった。

 突然のことで対応が間に合わず、陣形が崩れる。ガイルは動ける騎士に、石化により動きを封じられた騎士の救助を指示し、魔法使いと数名の騎士を連れてコカトリスの意識を引き付けるため、新たに陣形を組み直し攻撃を開始した。
 だが、叫び声と吐き出される毒に苦戦し、じりじりと後方へ下がるのを余儀なくされている。

 魔法使いたちはすでに攻撃魔法を繰り出せるだけの魔力がなく、毒を防ぐ防御壁をなんとか保っている程度だ。
 騎士たちも暑さと疲労、そして負傷からくる出血で限界に達している。
 このまま挑むより、一度転移陣から本陣に撤退したほうがいい。そう判断して徐々に下がっているのだが、状況は芳しくない。

 魔法使いたちの防御壁が、コカトリスの絶叫による衝撃波により、一枚、また一枚と割れていく。
 追い詰められている。そう感じ、汗が頬を伝った。その時。

 空気が振動するほどの叫び声が響き渡り、右前方から別のコカトリスが現れた。
 正面と左右を塞がれ、さらには最後の防御壁が砕け散った。討伐隊の全員が動揺する。この状況で毒を吐かれでもしたら、全滅だ。

「くそ……っ」

 ぎりっ、と奥歯を噛み締めたその瞬間、前触れもなく、ピキッ、という硬い音がしたかと思うと、瞬く間に森の空気が凍り付いた。

「大丈夫か、ガイル」

 空を振り仰ぐと、レオンハルトが上空にいた。
 三頭のコカトリスはすでに凍り付き、死すらも気づいていないようだった。

 地上に降りたレオンハルトは、「間に合ってよかった」と笑った。
 ガイルは「ありがとうございます」と礼を言い、自分の両頬を、ぱしん、と叩いて気合を入れ、部隊を振り返る。

「人数を確認しろ。負傷者を先に本陣に転移させる」

 指示を出すと、「はい」と力強い声があちこちから戻ってくる。ガイルはそのことに、少しだけほっとした。
 レオンハルトが来てくれたことで、隊員たちの士気が再び上がったようだ。

 魔法使いたちは転移陣へ向かい、転移の準備を始めた。動ける騎士は負傷者を運びながら、人数確認を行う。

「ガイル様」一人の若手騎士が慌てて駆け寄ってきた。「一人足りません」
「誰が足りない?」
「ジェシーです。コカトリスが出た時、足が石化したのを見ました。距離が遠くて助けに行けなくて……。ピアスの通信魔道具で呼びかけたんですが、返事がないんです」
「どこで見た」
「左の茂みです」
「私が探す。全員、撤退の準備をしろ」
「俺も探そう」
「殿下は次のところへ。あと数時間で日が暮れます」
「だが……」
「バジリスク一頭にコカトリスが三頭も出たんです。ここにはこれ以上出てきませんよ。あとは撤退するだけです」

 しばし逡巡したレオンハルトは、森へ目を向け、しばらく何かを探るように木々を見ていた。探索魔法で森の中を確認しているようだ。

「そうだな、あとは小物ばかりのようだ。何かあればすぐに呼べ。魔法使いたちには転移陣用の魔力石を渡しておく」

 ガイルが頷きを返すと、レオンハルトは踵を返し転移陣の準備をしている魔法使いたちに魔石を渡す。そして次の討伐地点へ転移していった。

 ガイルはふっと息をつき、氷漬けにされた三頭のコカトリスを見上げる。

「殿下の手にかかれば上位の魔物も瞬殺だな」

 それがいいことか悪いことか、判断がつかない。だが、この大きすぎる力の所為で、レオンハルトはいつもどこか無気力だった。いや、自分に無頓着と言うべきか。無茶を平気ですることに、側近護衛のガイルは無力感に苛まれることも多かった。
 レオンハルトの万能感に対し、捻くれた感情を抱いたわけではない。物理的に守る必要のない主人だからこそ、せめて精神的に支えになれる臣下でありたいと思っていた。
 だが、想いとは裏腹に、レオンハルトはいつも笑って「大丈夫だ」と言うばかりだった。

 しかし、最近のレオンハルトは変わった。“ちゃんと怪我をしてくる”のだ。そしてルヴィウスが甲斐甲斐しくその怪我を癒す。
 その様子を思い浮かべたガイルは、ふっと笑みがこぼした。

「やっと人らしくなりましたか、うちの殿下は」

 ガイルは独り言をつぶやくと、剣を鞘に戻し、報告のあった茂みのほうへ歩いて行った。

 足りない騎士をさっさと見つけて連れて帰り、今夜も通信魔道具でアレンと他愛もない話をしなければ。そんなことを考えながら、ガイルは右耳につけたピアスから通信魔法を展開し、行方不明の騎士に声を掛ける。

「ジェシー、どこにいる。聞こえるか?」

 ザザっ、とノイズが聞こえる。よく耳を傾けてみると、息遣いが微かに聞こえた。そして羽虫の飛ぶ音より小さな声で、返答がくる。

『……で、す』
「なんだって?」
『こ、こで、す』

 声が震えている。あたりを見渡すと、茂みの中から手を振っている。

「見えた。すぐ迎えに行く」
『し、しずかに、きて、くだ、さい』

 何かあったのだと察したガイルは、足を止め、転移陣の近くにいる騎士に連絡先を切り替える。

「聞こえるか」
『はい、撤退準備はできています』
「すぐに発動できるか?」
『そうですね、殿下が魔石をくださったので可能です』
「わかった。準備しておいてくれ」
『わかりました』

 念のための準備を終えたガイルは、慎重に、足音にも気を配って草むらへと近づく。
 探していた騎士は震えながら待っていた。足を見ると、石化している。
 バジリスク討伐後のコカトリスの出現には誰もが驚いた。うっかり目があってしまったのは、不運としか言いようがない。

 手を貸して立ち上がらせると、ジェシーは震える手で森の奥を指さした。

 少し開けたところに、地面が見える。いや、地面ではない。穴だ。真っ暗な穴が、ぽっかりと開いている。

「くそ……っ」
 ガイルは小さく唸った。

 地面に開いたあの穴は、ワームの巣だ。しかも、特大の。
 バジリスクとコカトリスがいたから、出て来なかったのだろう。しかし今はもう天敵がいなくなった。代わりにいるのは、餌となる人間だ。

 走ればすぐに地中から襲われる。どうにかして気を逸らさなければ。

「誰か、凍ったコカトリスを砕くことは出来るか」

 通信魔法で問いかける。しばしの間があり、誰かが答えた。

『転移用の魔力を殿下が用意してくださったので、残った魔力で亀裂を入れることは出来ると思います』
「転移陣の近くにいたまま出来るか?」
『はい。炎の玉を飛ばします』
「では、通信を切ったあと、三つ数えたらやってくれ。目の前にワームの巣がある。全員そこから離れるな。破砕音に誘われてワームが出てきたら負傷者から順に転移を開始してくれ」

 ひゅっ、と息を飲む音が聞こえた。そのあと「わかりました」と返答があり、通信が切れる。

 ガイルはジェシーをゆっくり抱え上げると、氷漬けのコカトリスのほうを見た。
 ボールほどの大きさの炎の玉が、凍ったコカトリスめがけて飛んでいく。
 ガンっ! と、ぶつかり、しばらくすると、ピキピキと割れる音がし始める。
 その音に反応したのか、地面が振動した。ワームが移動している。ガイルは思い切って走り出した。

「全員撤退っ!」

 バリンっ、と砕ける音がした。
 次いで、地鳴りがし、地中から大口を開けたワームが飛び出してくる。
 ワームが跳ね飛ばした土が空から降ってきて、バラバラと体に当たる。ガイルはジェシーを抱えたまま必死に転移陣まで走った。

 あと少し。転移陣の前で数名の騎士が待ち構えている。そのうちの二人が駆け寄ってきて、ガイルからジェシーを受け取った。

「いけっ、走れ!」

 そう指示を出し、剣を抜いて振り返る。
 目の前の地面が隆起し、足を取られる。現れた大きな口と無数の鋭い歯。剣を突き刺すと同時に、ワームの口がガイルの右足に齧り付く。そのまま大きくブンっと振られ、聞いたことも無いような破砕音と断裂音が自分の体からした。
 一瞬、宙に浮いたような感覚がし、そのあと背中から強い衝撃にさらされる。
 ガイルの意識は、そこで途切れた。
 
 

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