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四章 二幕:望まぬ神の代理人
四章 二幕 6話-1 △
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ルヴィウスは討伐隊の本陣がある地区の治療用幕舎で、運ばれてくる負傷者の治癒を担当していた。
負傷者の中には瘴気を浴び、浄化が必要な騎士や魔法使いもいる。
魔法使いでも治癒や浄化が出来る者もいるが、どちらかというと通常は神官の役割だ。しかし、ルヴィウスはどちらも出来てしまう。そのため、あっちこっちに呼ばれ、討伐中から終了後まで、なかなか忙しい。
その忙しさが、ルヴィウスには嬉しかった。役に立っているという実感が持てるからだ。
「ルヴィウス様、こちらの浄化をお願いします」
「わかりました。いま行きます」
骨折した騎士の治療を終えたルヴィウスは、「お大事に」と声を掛けて次の患者のもとへ急いだ。
討伐隊に参加した当初は、アクセラーダ公爵令息とか、アクセラーダ公子とか呼ばれていた。しかしこの緊迫した状況でその呼ばれ方は長い、と気づき「名前で呼んでください」とお願いしたのだ。今はもう皆に名を呼ばれている。
そうすると敷居が下がるのか、いろんな人が声を掛けてくれて、いろんな話が出来た。公爵令息として邸にいただけでは、経験できなかった貴重な時間だ。
案内された患者のもとへ行くと、エルグランデルのエルゾーイの一人、黒髪を三つ編みにした細目の騎士、パラオだった。体の右半分が瘴気の所為でどす黒く染まっている。
「ルヴィちゃん……」
「すぐ治しますね、パラオ様」
ルヴィウスはパラオの右手を両手で握りしめ目を閉じると、浄化を意味する古代語を呟く。
そして、ゆっくり、ゆっくりと、パラオの体の表面から五ミリほど深いあたりを意識して、拭い去るイメージで魔力を流し込む。
握りしめている手から波紋が広がるように、どす黒い染みがはぎ取られていく。ルヴィウスが目を開けると、パラオの体は元通りに戻っていた。
周りにいた神官や魔法使いたちが、大きくざわつく。浄化のスピードが恐ろしいほど早く正確なのだ。
「どこか痛いとか気持ち悪いとかありませんか?」
「ん、ない」
「良かったです」
「ルヴィちゃん、すごい」
「いえ、そんなこと―――」
「あ~、ルヴィちゃんが浮気してるぅ」
びっくりして振り返ると、黒髪に青い目のあどけなさを残した魔剣士、ジークだ。
「いいなぁ、パラオ。ルヴィちゃんに手ぇ握ってもらえて。俺も握ってほしいなぁ」
「いえ、これは治療のためで」
ルヴィウスは慌ててパラオの手を離した。パラオは、むっとした顔でジークを睨む。
「邪魔」
「ひでぇ、様子見に来た同僚にその態度、ひでぇ」
エルゾーイは皆、仲がいい。二人のやり取りを眺めていたルヴィウスはそう思った。
しかし……なぜに“ルヴィちゃん”呼びが彼らに定着してしまったのか……。いまさら止めてほしいとは言えず、ルヴィウスはもう気にしないことにした。
不意に、幕舎の入口付近が騒がしくなる。なんだろう、とそちらへ目を向けると、負傷者の受け入れを担当している衛生兵が大慌てで「ルヴィウス様はいらっしゃいますかっ!」と大きな声を張り上げだした。
ルヴィウスはパラオとジークに「また後で」と断って、自分を呼ぶ衛生兵のもとへと走った。
「僕はここです! どうかしましたか!」
まさかレオンハルトに何かあったのか。そう思ったが、左耳のピアスに異常を知らせる合図はない。
「ルヴィウス様っ、急いでください! あんな大怪我、ルヴィウス様じゃないと無理です!」
半ば叫ぶかのように、混乱を隠そうともせず、真っ青な顔をして呼びに来た衛生兵。ただ事ではないと感じたルヴィウスが彼の後についていくと、大量の血を流し、浅い息を繰り返して、虚ろな目をする一人の騎士が横たえられている。
その騎士は、ルヴィウスもよく知る人物だった。
「ガイル……っ!」
ルヴィウスは傷の状態を確かめるため、すぐさまガイルが寝かされているマットの傍にしゃがみ込んだ。
「わ、私たちを逃がそうと、おとりになって……っ」
若い騎士が涙を流しながら言った。そう報告する彼もまた、足が石化している。
バジリスクかコカトリスにやられたのだろう。彼は騒ぎを聞きつけてきた神官に「あちらで治療しましょう」と連れ出された。
ルヴィウスは、こく、と一つ息を飲み、再びガイルの状態を伺う。
大怪我を負った友と、その命を託された自分。心臓が、はち切れそうに脈打っていた。
無数の擦り傷に切り傷。左腕は、骨折して骨が皮膚から飛び出ている。「高いところから落ちたんです」と、震える声で誰かが言った。
だとしたら、内臓も損傷しているかもしれない。「頭は打ったの?」と聞くと、「はい」と返ってきた。では、脳も損傷している可能性がある。そして、最大の問題は……。
「右脚が……」
膝から下が、ない。引き千切られたようだ。血が溢れて、肉も骨も見えている。
―――どうしよう……、すぐ治さなきゃ。でも、どこから? どこから治すのが正しいの?
治癒魔法は、治し方に手順がある。レオンハルトから、そう教わった。
例えば、骨折の場合、まず正しい位置に骨を戻し、そのあと骨をくっつけて補正後、周囲の筋肉を神経や血管とともに治し、最後に肉と皮膚を治癒する。
骨の位置を戻さずにくっつければ、曲がったままになってしまう。手順を間違うと、取り返しがつかないのだ。
「ルヴィウス様っ、早く治癒をっ!」
急かす声に、ルヴィウスの手が震える。
ここまでの大怪我となると、治癒魔法で救えても、生きていられるかもしれないが、寝たきりになったり意識が戻らなかったりする可能性もある。なにより、ガイルは騎士だ。やみくもに治療すれば、剣を握れない体になってしまうだろう。
ルヴィウスの頬を、汗が伝う。早く、助けなければ。焦れば焦るほど、手順がわからなくなっていく。
心臓が、ばくばくと音を立てる。喉が、カラカラに乾いていく。
『ルゥ、落ち着いて』
右のピアスから、レオンハルトの声がした。
「れお……、レオっ、ガイルが…っ、すごい大怪我で……っ」
張り詰めていた気持ちが不意に緩んで、ぽろり、と涙が零れた。
『報告は聞いた。俺はいまアースドラゴンの対処にあたっていて、すぐに戻れない』
レオンハルトのその言葉に、ルヴィウスの喉は、ひゅっ、と鳴った。
期待していたと思い知らされた。レオンハルトがすぐに来てくれて、この酷い状況を指先一つ鳴らして解決してしまうのでは、と。
ルヴィウスは頭を振り、手をきゅっと握りしめる。自分がやるしかないのだ。そうしないと、ガイルが死んでしまう。
「……わかった。僕がやってみる」
『そうじゃない、ルゥ』
そう伝えてきたレオンハルトは、全員に会話が聞こえるよう、通信魔法の設定を切り替えた。
『いいか、ルゥ。俺が戻るまで、“状態を維持”してくれ。絶対に治すな』
「治癒魔法は、掛けないの……?」
『そうだ、治癒魔法は掛けるな。今の状態で治癒を掛けると、脚も内蔵も再生できなくなる。だから、ルゥがすることは今から言う三つ。やってくれるか?』
こく、と息を飲んだルヴィウスは、「やる」と力強く返事をした。
『よし、まずガイルに昏睡魔法を掛けろ。痛みや苦しみを和らげてやるんだ。それが終わったら、浄化魔法を掛けて感染症を防ぐ。最後は、状態維持。今の状態を保つようにするために掛けるものだから、保存魔法とやり方は同じでいい。そうすると少なくとも出血は止まる。出来るか?』
「出来る」
いいや、やる。ルヴィウスは涙を拭って答えた。
『すぐに片づけてそっちに行く。俺が行くまでガイルを頼んだ』
「任せて。絶対に死なせない」
頼んだぞ、という声が聞こえた後、ぷつり、と通信が切れた。
大型の魔物と交戦しているというのに、レオンハルトはガイルだけではなく、ルヴィウスのことまで考えてくれた。
二人だけで通信していては、周りが事情を知らずにルヴィウスの邪魔をすると考えたのだろう。だから、いまからルヴィウスがする対処は正しいのだと、そう知らしめるために全員に会話を聞かせた。
ルヴィウスは、ふぅ、と一つ深呼吸をする。ふと視線を上げると、ハロルドが泣きそうな顔で見守っていた。
負傷者の中には瘴気を浴び、浄化が必要な騎士や魔法使いもいる。
魔法使いでも治癒や浄化が出来る者もいるが、どちらかというと通常は神官の役割だ。しかし、ルヴィウスはどちらも出来てしまう。そのため、あっちこっちに呼ばれ、討伐中から終了後まで、なかなか忙しい。
その忙しさが、ルヴィウスには嬉しかった。役に立っているという実感が持てるからだ。
「ルヴィウス様、こちらの浄化をお願いします」
「わかりました。いま行きます」
骨折した騎士の治療を終えたルヴィウスは、「お大事に」と声を掛けて次の患者のもとへ急いだ。
討伐隊に参加した当初は、アクセラーダ公爵令息とか、アクセラーダ公子とか呼ばれていた。しかしこの緊迫した状況でその呼ばれ方は長い、と気づき「名前で呼んでください」とお願いしたのだ。今はもう皆に名を呼ばれている。
そうすると敷居が下がるのか、いろんな人が声を掛けてくれて、いろんな話が出来た。公爵令息として邸にいただけでは、経験できなかった貴重な時間だ。
案内された患者のもとへ行くと、エルグランデルのエルゾーイの一人、黒髪を三つ編みにした細目の騎士、パラオだった。体の右半分が瘴気の所為でどす黒く染まっている。
「ルヴィちゃん……」
「すぐ治しますね、パラオ様」
ルヴィウスはパラオの右手を両手で握りしめ目を閉じると、浄化を意味する古代語を呟く。
そして、ゆっくり、ゆっくりと、パラオの体の表面から五ミリほど深いあたりを意識して、拭い去るイメージで魔力を流し込む。
握りしめている手から波紋が広がるように、どす黒い染みがはぎ取られていく。ルヴィウスが目を開けると、パラオの体は元通りに戻っていた。
周りにいた神官や魔法使いたちが、大きくざわつく。浄化のスピードが恐ろしいほど早く正確なのだ。
「どこか痛いとか気持ち悪いとかありませんか?」
「ん、ない」
「良かったです」
「ルヴィちゃん、すごい」
「いえ、そんなこと―――」
「あ~、ルヴィちゃんが浮気してるぅ」
びっくりして振り返ると、黒髪に青い目のあどけなさを残した魔剣士、ジークだ。
「いいなぁ、パラオ。ルヴィちゃんに手ぇ握ってもらえて。俺も握ってほしいなぁ」
「いえ、これは治療のためで」
ルヴィウスは慌ててパラオの手を離した。パラオは、むっとした顔でジークを睨む。
「邪魔」
「ひでぇ、様子見に来た同僚にその態度、ひでぇ」
エルゾーイは皆、仲がいい。二人のやり取りを眺めていたルヴィウスはそう思った。
しかし……なぜに“ルヴィちゃん”呼びが彼らに定着してしまったのか……。いまさら止めてほしいとは言えず、ルヴィウスはもう気にしないことにした。
不意に、幕舎の入口付近が騒がしくなる。なんだろう、とそちらへ目を向けると、負傷者の受け入れを担当している衛生兵が大慌てで「ルヴィウス様はいらっしゃいますかっ!」と大きな声を張り上げだした。
ルヴィウスはパラオとジークに「また後で」と断って、自分を呼ぶ衛生兵のもとへと走った。
「僕はここです! どうかしましたか!」
まさかレオンハルトに何かあったのか。そう思ったが、左耳のピアスに異常を知らせる合図はない。
「ルヴィウス様っ、急いでください! あんな大怪我、ルヴィウス様じゃないと無理です!」
半ば叫ぶかのように、混乱を隠そうともせず、真っ青な顔をして呼びに来た衛生兵。ただ事ではないと感じたルヴィウスが彼の後についていくと、大量の血を流し、浅い息を繰り返して、虚ろな目をする一人の騎士が横たえられている。
その騎士は、ルヴィウスもよく知る人物だった。
「ガイル……っ!」
ルヴィウスは傷の状態を確かめるため、すぐさまガイルが寝かされているマットの傍にしゃがみ込んだ。
「わ、私たちを逃がそうと、おとりになって……っ」
若い騎士が涙を流しながら言った。そう報告する彼もまた、足が石化している。
バジリスクかコカトリスにやられたのだろう。彼は騒ぎを聞きつけてきた神官に「あちらで治療しましょう」と連れ出された。
ルヴィウスは、こく、と一つ息を飲み、再びガイルの状態を伺う。
大怪我を負った友と、その命を託された自分。心臓が、はち切れそうに脈打っていた。
無数の擦り傷に切り傷。左腕は、骨折して骨が皮膚から飛び出ている。「高いところから落ちたんです」と、震える声で誰かが言った。
だとしたら、内臓も損傷しているかもしれない。「頭は打ったの?」と聞くと、「はい」と返ってきた。では、脳も損傷している可能性がある。そして、最大の問題は……。
「右脚が……」
膝から下が、ない。引き千切られたようだ。血が溢れて、肉も骨も見えている。
―――どうしよう……、すぐ治さなきゃ。でも、どこから? どこから治すのが正しいの?
治癒魔法は、治し方に手順がある。レオンハルトから、そう教わった。
例えば、骨折の場合、まず正しい位置に骨を戻し、そのあと骨をくっつけて補正後、周囲の筋肉を神経や血管とともに治し、最後に肉と皮膚を治癒する。
骨の位置を戻さずにくっつければ、曲がったままになってしまう。手順を間違うと、取り返しがつかないのだ。
「ルヴィウス様っ、早く治癒をっ!」
急かす声に、ルヴィウスの手が震える。
ここまでの大怪我となると、治癒魔法で救えても、生きていられるかもしれないが、寝たきりになったり意識が戻らなかったりする可能性もある。なにより、ガイルは騎士だ。やみくもに治療すれば、剣を握れない体になってしまうだろう。
ルヴィウスの頬を、汗が伝う。早く、助けなければ。焦れば焦るほど、手順がわからなくなっていく。
心臓が、ばくばくと音を立てる。喉が、カラカラに乾いていく。
『ルゥ、落ち着いて』
右のピアスから、レオンハルトの声がした。
「れお……、レオっ、ガイルが…っ、すごい大怪我で……っ」
張り詰めていた気持ちが不意に緩んで、ぽろり、と涙が零れた。
『報告は聞いた。俺はいまアースドラゴンの対処にあたっていて、すぐに戻れない』
レオンハルトのその言葉に、ルヴィウスの喉は、ひゅっ、と鳴った。
期待していたと思い知らされた。レオンハルトがすぐに来てくれて、この酷い状況を指先一つ鳴らして解決してしまうのでは、と。
ルヴィウスは頭を振り、手をきゅっと握りしめる。自分がやるしかないのだ。そうしないと、ガイルが死んでしまう。
「……わかった。僕がやってみる」
『そうじゃない、ルゥ』
そう伝えてきたレオンハルトは、全員に会話が聞こえるよう、通信魔法の設定を切り替えた。
『いいか、ルゥ。俺が戻るまで、“状態を維持”してくれ。絶対に治すな』
「治癒魔法は、掛けないの……?」
『そうだ、治癒魔法は掛けるな。今の状態で治癒を掛けると、脚も内蔵も再生できなくなる。だから、ルゥがすることは今から言う三つ。やってくれるか?』
こく、と息を飲んだルヴィウスは、「やる」と力強く返事をした。
『よし、まずガイルに昏睡魔法を掛けろ。痛みや苦しみを和らげてやるんだ。それが終わったら、浄化魔法を掛けて感染症を防ぐ。最後は、状態維持。今の状態を保つようにするために掛けるものだから、保存魔法とやり方は同じでいい。そうすると少なくとも出血は止まる。出来るか?』
「出来る」
いいや、やる。ルヴィウスは涙を拭って答えた。
『すぐに片づけてそっちに行く。俺が行くまでガイルを頼んだ』
「任せて。絶対に死なせない」
頼んだぞ、という声が聞こえた後、ぷつり、と通信が切れた。
大型の魔物と交戦しているというのに、レオンハルトはガイルだけではなく、ルヴィウスのことまで考えてくれた。
二人だけで通信していては、周りが事情を知らずにルヴィウスの邪魔をすると考えたのだろう。だから、いまからルヴィウスがする対処は正しいのだと、そう知らしめるために全員に会話を聞かせた。
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