いつか灰になるまで

CazuSa

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幾島家2

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玄関を跨いだ瞬間、どこか懐かしい感じがした。
どこか遠い昔に感じたことがあるような。

でも思い出せない。

入ってすぐのキッチンがあった。狭いがコンロや水切りには使った形跡があり、生活感が伺える。そこを通り抜け案内されたのは6畳ほどの居間だった。

(うわぁ―――)

思わずため息が漏れてしまいそうだった。
それ程、この空間には美しさが広がっていた。

居間に入った正面には大きな窓があり、ベランダに出られるようになっているようだ。
西日が差し込んでおりオレンジの光が部屋を包みこんでいる。
真ん中にはこたつ机が置いてあるがさほど大きくもなく、3人で食卓を囲むにはやや小さすぎるぐらいのサイズだ。右側には箪笥が鎮座しており、その横に押し入れらしき襖があった。その襖の前には、膝丈ほどにも無いような台の上に、19インチ程度の小さなテレビが置いてある。

昔の、昭和のドラマでみるようなセピア色の空間に、思わず郷愁の念に駆られ、目じりが熱くなる。

でも、それだけではない。

昔確かに感じたことのある雰囲気がして、思わずぼうっと立ち尽くしてしまった。

どうして。

どうしてこんなに懐かしいのだろう。
この懐かしさの正体は一体なんなのだろうか。

「都築さん?」

名前を呼ばれハッと意識を現実に引き戻す。
依頼人の前で、しかも当人の家の中で放心するなどあってはならないことだ。

いつの間にか用意されていたお茶に促されるまま、玄関と部屋の扉を背にした手前の、座布団が置かれている場所に座る。
幾島も正面に座ると改めて挨拶をした。

「このたび、幾島様の担当になりました。都築夜尋と申します。宜しくお願いいたします」

「こちらこそ。宜しくお願いします」

そう言ってお辞儀をすると幾島も併せてお辞儀をした。

「それと、こちらが名刺になります」

「あ、ありがとうございます。頂戴いたします」

幾島に名刺を渡す。このような機会がいつ訪れても良いようにと岩波に渡されていた名刺だ。
信用が最も大事だと自負しているためか、うちの所長はこういうことに細かく目がいくのである。
名刺が差し出されると思っていなかったのか、幾島は背筋をこわばらせるとぎこちなく両手で名刺を受け取った。


「本日は、幾島様に憑いているであろう霊がどのような者なのかを調査させていただきます。
また、その霊がご自宅にどのような影響を及ぼしているのかも併せて調査させて頂ければ、と思っています」

「はい。宜しくお願いします」

「悪夢を見るということでしたので、まずは寝室の方を確認したいのですが…」

「寝室ですか。わかりました」

そう言って幾島は立ち上がると夜尋から見て左手側に移動した。

そこには襖があり、襖を開けると今いる部屋とより少し広いぐらいの、同じような部屋があった。

こちらも窓が南側に付いているため、夕方の光が部屋全体を包み込んでいる。
夜には布団を敷くのだろう。奥にある押し入れと部屋の角に置いてある小さな化粧箪笥以外ほとんどなにもない部屋だ。床は畳になっており、居間と同様、こちらも畳の匂いを僅かに感じ、夕暮れ時と相まってノスタルジックな雰囲気を醸し出している。

なにか霊的な気配を探すため、夜尋は部屋をあちこち移動しながら調べてみる。

先ほどから思っていたが、幾島の家は狭い割にあまり物が置いてある感じがしない。
というよりは、もちろん物が少ないというのもそうなのだが、きちんと整理整頓されているのだ。

ふと気になり、幾島の方を見やる。

彼の表情ばかりが目立っていたため気づかなかったが、やつれている割には身なりはきちんとしていた。

悪いものが憑りついている家は、散らかっていることが多い。
というのも、霊たちは雑然としたところを好むため、家が散らかっていればいるほど霊は寄ってくるのだ。
そして、寄ってくる霊がいればいるほど、悪い霊が来る確立も上がるわけで。
悪霊に影響された人は、注意力が散漫になりイライラしやすくなるため、さらに家の中が荒れる。

また、本来悪さをしないようなの霊でも、強い気、つまり強い悪意のある霊に影響されてしまう。
そのため、悪霊が一人でもいれば周りの霊が影響されて悪さをしてしまうという悪循環が生まれるのだ。

悪夢を見ると言ということは、何かしら怨念のようなものを想像していた。だから、幾島の家には相当悪い霊がついていると思っていた。
しかし、この部屋から、そして家自体からも全くそんな気配を感じない。
そもそもこの家に上がってから、悪い気のようなものは殆ど感じられていなかった。

(おかしいな…)

何もない家であっても、悪い気というのは必ず存在する。
特に、住人が何かに悩まされていたりすれば、どこかしらから嫌な気配というものはするものだ。
しかし、この家はそれがほとんどなく、それどころか普通の家よりも嫌な気配が薄い。

もう一度、幾島の様子を見やる。

(ここまで実害がある悪夢なのに、その気配がないなんて)

幾島の様子から、どれ程影響力のある霊なのかは想像がつく。それなのに、全く悪い霊の気配がしないなんて、普通ならばそんなのはほぼあり得ない。
しかし、いくら部屋を見渡しても嫌な感じはほとんど感じられなかった。

(もしかして、この人の考えすぎなのか?)

敏感な人ならば、少し怖い思いをしただけでも思い詰めてしますかもしれない。
しかし、そんな思い込みだけでここまでひどくなるだろうか。
季節外れに肝試しをするような人が。

「あの、どうですか?」

口に手を当て深く考えている素振りの夜尋の様子が心配になったのか、幾島が状況を訊ねた。
夜尋は混乱した頭を一旦整理して、どうにか幾島に現状を伝える。

「そうですね…。これと言って何かを感じる気配はあまりありません」

「そうですか」

夜尋とは対照的に幾島は少しホッとした表情になった。
しかし、それならばどうして夜尋は動揺したような表情なのだろうか。
そう思ったのか、少し困惑ぎみに顔をしかめた。

「すみません……。少しお聞きしてもよろしいですか?」

「あっ、はい」

「今のところ被害は幾島さんだけなんですよね」

「はい。家族には変わった様子はありませんので、おそらく被害は私だけだと思います」

「そうですか」

夜尋はもう一度口に手を当て考えた。
やはり、あのやり方しかないだろう。
夜尋も、そしておそらく本人も気が進まないだろうが、原因がわからない以上致し方ない。

「幾島さん、お願いがあるのですが。今こちらでいつも通り寝て頂くことはできますか?」

夜尋は思い切って幾島に提案した。

「へっ!い、今ここで、ですか?!」

幾島はひどく驚いている。
それはそうだ。
常人ならば、客が来ているのに寝るなどという行為を躊躇なくできるはずがない。
しかし、今思い付く限りでは、それしか方法がないのだ。

「悪夢を見るときと、同じ条件であれば現れる可能性があるんです。できませんか?」

「あぁ、なるほど。そうなんですか…」

やはり、気乗りはしないようだ。

「ふぅ」

幾島は目を伏せ、小さく息を吐くと、覚悟したようでこちらに向き直った。

「わかりました。少し待ってください」

そういうと、押し入れの襖を開け布団を出す。

「できれば、いつも寝ている場所でお願いします」

こくり。と、うなずくと押し入れから一番離れた、南の窓際に布団を敷いた。
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