3 / 18
幾島家2
しおりを挟む
玄関を跨いだ瞬間、どこか懐かしい感じがした。
どこか遠い昔に感じたことがあるような。
でも思い出せない。
入ってすぐのキッチンがあった。狭いがコンロや水切りには使った形跡があり、生活感が伺える。そこを通り抜け案内されたのは6畳ほどの居間だった。
(うわぁ―――)
思わずため息が漏れてしまいそうだった。
それ程、この空間には美しさが広がっていた。
居間に入った正面には大きな窓があり、ベランダに出られるようになっているようだ。
西日が差し込んでおりオレンジの光が部屋を包みこんでいる。
真ん中にはこたつ机が置いてあるがさほど大きくもなく、3人で食卓を囲むにはやや小さすぎるぐらいのサイズだ。右側には箪笥が鎮座しており、その横に押し入れらしき襖があった。その襖の前には、膝丈ほどにも無いような台の上に、19インチ程度の小さなテレビが置いてある。
昔の、昭和のドラマでみるようなセピア色の空間に、思わず郷愁の念に駆られ、目じりが熱くなる。
でも、それだけではない。
昔確かに感じたことのある雰囲気がして、思わずぼうっと立ち尽くしてしまった。
どうして。
どうしてこんなに懐かしいのだろう。
この懐かしさの正体は一体なんなのだろうか。
「都築さん?」
名前を呼ばれハッと意識を現実に引き戻す。
依頼人の前で、しかも当人の家の中で放心するなどあってはならないことだ。
いつの間にか用意されていたお茶に促されるまま、玄関と部屋の扉を背にした手前の、座布団が置かれている場所に座る。
幾島も正面に座ると改めて挨拶をした。
「このたび、幾島様の担当になりました。都築夜尋と申します。宜しくお願いいたします」
「こちらこそ。宜しくお願いします」
そう言ってお辞儀をすると幾島も併せてお辞儀をした。
「それと、こちらが名刺になります」
「あ、ありがとうございます。頂戴いたします」
幾島に名刺を渡す。このような機会がいつ訪れても良いようにと岩波に渡されていた名刺だ。
信用が最も大事だと自負しているためか、うちの所長はこういうことに細かく目がいくのである。
名刺が差し出されると思っていなかったのか、幾島は背筋をこわばらせるとぎこちなく両手で名刺を受け取った。
「本日は、幾島様に憑いているであろう霊がどのような者なのかを調査させていただきます。
また、その霊がご自宅にどのような影響を及ぼしているのかも併せて調査させて頂ければ、と思っています」
「はい。宜しくお願いします」
「悪夢を見るということでしたので、まずは寝室の方を確認したいのですが…」
「寝室ですか。わかりました」
そう言って幾島は立ち上がると夜尋から見て左手側に移動した。
そこには襖があり、襖を開けると今いる部屋とより少し広いぐらいの、同じような部屋があった。
こちらも窓が南側に付いているため、夕方の光が部屋全体を包み込んでいる。
夜には布団を敷くのだろう。奥にある押し入れと部屋の角に置いてある小さな化粧箪笥以外ほとんどなにもない部屋だ。床は畳になっており、居間と同様、こちらも畳の匂いを僅かに感じ、夕暮れ時と相まってノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
なにか霊的な気配を探すため、夜尋は部屋をあちこち移動しながら調べてみる。
先ほどから思っていたが、幾島の家は狭い割にあまり物が置いてある感じがしない。
というよりは、もちろん物が少ないというのもそうなのだが、きちんと整理整頓されているのだ。
ふと気になり、幾島の方を見やる。
彼の表情ばかりが目立っていたため気づかなかったが、やつれている割には身なりはきちんとしていた。
悪いものが憑りついている家は、散らかっていることが多い。
というのも、霊たちは雑然としたところを好むため、家が散らかっていればいるほど霊は寄ってくるのだ。
そして、寄ってくる霊がいればいるほど、悪い霊が来る確立も上がるわけで。
悪霊に影響された人は、注意力が散漫になりイライラしやすくなるため、さらに家の中が荒れる。
また、本来悪さをしないようなの霊でも、強い気、つまり強い悪意のある霊に影響されてしまう。
そのため、悪霊が一人でもいれば周りの霊が影響されて悪さをしてしまうという悪循環が生まれるのだ。
悪夢を見ると言ということは、何かしら怨念のようなものを想像していた。だから、幾島の家には相当悪い霊がついていると思っていた。
しかし、この部屋から、そして家自体からも全くそんな気配を感じない。
そもそもこの家に上がってから、悪い気のようなものは殆ど感じられていなかった。
(おかしいな…)
何もない家であっても、悪い気というのは必ず存在する。
特に、住人が何かに悩まされていたりすれば、どこかしらから嫌な気配というものはするものだ。
しかし、この家はそれがほとんどなく、それどころか普通の家よりも嫌な気配が薄い。
もう一度、幾島の様子を見やる。
(ここまで実害がある悪夢なのに、その気配がないなんて)
幾島の様子から、どれ程影響力のある霊なのかは想像がつく。それなのに、全く悪い霊の気配がしないなんて、普通ならばそんなのはほぼあり得ない。
しかし、いくら部屋を見渡しても嫌な感じはほとんど感じられなかった。
(もしかして、この人の考えすぎなのか?)
敏感な人ならば、少し怖い思いをしただけでも思い詰めてしますかもしれない。
しかし、そんな思い込みだけでここまでひどくなるだろうか。
季節外れに肝試しをするような人が。
「あの、どうですか?」
口に手を当て深く考えている素振りの夜尋の様子が心配になったのか、幾島が状況を訊ねた。
夜尋は混乱した頭を一旦整理して、どうにか幾島に現状を伝える。
「そうですね…。これと言って何かを感じる気配はあまりありません」
「そうですか」
夜尋とは対照的に幾島は少しホッとした表情になった。
しかし、それならばどうして夜尋は動揺したような表情なのだろうか。
そう思ったのか、少し困惑ぎみに顔をしかめた。
「すみません……。少しお聞きしてもよろしいですか?」
「あっ、はい」
「今のところ被害は幾島さんだけなんですよね」
「はい。家族には変わった様子はありませんので、おそらく被害は私だけだと思います」
「そうですか」
夜尋はもう一度口に手を当て考えた。
やはり、あのやり方しかないだろう。
夜尋も、そしておそらく本人も気が進まないだろうが、原因がわからない以上致し方ない。
「幾島さん、お願いがあるのですが。今こちらでいつも通り寝て頂くことはできますか?」
夜尋は思い切って幾島に提案した。
「へっ!い、今ここで、ですか?!」
幾島はひどく驚いている。
それはそうだ。
常人ならば、客が来ているのに寝るなどという行為を躊躇なくできるはずがない。
しかし、今思い付く限りでは、それしか方法がないのだ。
「悪夢を見るときと、同じ条件であれば現れる可能性があるんです。できませんか?」
「あぁ、なるほど。そうなんですか…」
やはり、気乗りはしないようだ。
「ふぅ」
幾島は目を伏せ、小さく息を吐くと、覚悟したようでこちらに向き直った。
「わかりました。少し待ってください」
そういうと、押し入れの襖を開け布団を出す。
「できれば、いつも寝ている場所でお願いします」
こくり。と、うなずくと押し入れから一番離れた、南の窓際に布団を敷いた。
どこか遠い昔に感じたことがあるような。
でも思い出せない。
入ってすぐのキッチンがあった。狭いがコンロや水切りには使った形跡があり、生活感が伺える。そこを通り抜け案内されたのは6畳ほどの居間だった。
(うわぁ―――)
思わずため息が漏れてしまいそうだった。
それ程、この空間には美しさが広がっていた。
居間に入った正面には大きな窓があり、ベランダに出られるようになっているようだ。
西日が差し込んでおりオレンジの光が部屋を包みこんでいる。
真ん中にはこたつ机が置いてあるがさほど大きくもなく、3人で食卓を囲むにはやや小さすぎるぐらいのサイズだ。右側には箪笥が鎮座しており、その横に押し入れらしき襖があった。その襖の前には、膝丈ほどにも無いような台の上に、19インチ程度の小さなテレビが置いてある。
昔の、昭和のドラマでみるようなセピア色の空間に、思わず郷愁の念に駆られ、目じりが熱くなる。
でも、それだけではない。
昔確かに感じたことのある雰囲気がして、思わずぼうっと立ち尽くしてしまった。
どうして。
どうしてこんなに懐かしいのだろう。
この懐かしさの正体は一体なんなのだろうか。
「都築さん?」
名前を呼ばれハッと意識を現実に引き戻す。
依頼人の前で、しかも当人の家の中で放心するなどあってはならないことだ。
いつの間にか用意されていたお茶に促されるまま、玄関と部屋の扉を背にした手前の、座布団が置かれている場所に座る。
幾島も正面に座ると改めて挨拶をした。
「このたび、幾島様の担当になりました。都築夜尋と申します。宜しくお願いいたします」
「こちらこそ。宜しくお願いします」
そう言ってお辞儀をすると幾島も併せてお辞儀をした。
「それと、こちらが名刺になります」
「あ、ありがとうございます。頂戴いたします」
幾島に名刺を渡す。このような機会がいつ訪れても良いようにと岩波に渡されていた名刺だ。
信用が最も大事だと自負しているためか、うちの所長はこういうことに細かく目がいくのである。
名刺が差し出されると思っていなかったのか、幾島は背筋をこわばらせるとぎこちなく両手で名刺を受け取った。
「本日は、幾島様に憑いているであろう霊がどのような者なのかを調査させていただきます。
また、その霊がご自宅にどのような影響を及ぼしているのかも併せて調査させて頂ければ、と思っています」
「はい。宜しくお願いします」
「悪夢を見るということでしたので、まずは寝室の方を確認したいのですが…」
「寝室ですか。わかりました」
そう言って幾島は立ち上がると夜尋から見て左手側に移動した。
そこには襖があり、襖を開けると今いる部屋とより少し広いぐらいの、同じような部屋があった。
こちらも窓が南側に付いているため、夕方の光が部屋全体を包み込んでいる。
夜には布団を敷くのだろう。奥にある押し入れと部屋の角に置いてある小さな化粧箪笥以外ほとんどなにもない部屋だ。床は畳になっており、居間と同様、こちらも畳の匂いを僅かに感じ、夕暮れ時と相まってノスタルジックな雰囲気を醸し出している。
なにか霊的な気配を探すため、夜尋は部屋をあちこち移動しながら調べてみる。
先ほどから思っていたが、幾島の家は狭い割にあまり物が置いてある感じがしない。
というよりは、もちろん物が少ないというのもそうなのだが、きちんと整理整頓されているのだ。
ふと気になり、幾島の方を見やる。
彼の表情ばかりが目立っていたため気づかなかったが、やつれている割には身なりはきちんとしていた。
悪いものが憑りついている家は、散らかっていることが多い。
というのも、霊たちは雑然としたところを好むため、家が散らかっていればいるほど霊は寄ってくるのだ。
そして、寄ってくる霊がいればいるほど、悪い霊が来る確立も上がるわけで。
悪霊に影響された人は、注意力が散漫になりイライラしやすくなるため、さらに家の中が荒れる。
また、本来悪さをしないようなの霊でも、強い気、つまり強い悪意のある霊に影響されてしまう。
そのため、悪霊が一人でもいれば周りの霊が影響されて悪さをしてしまうという悪循環が生まれるのだ。
悪夢を見ると言ということは、何かしら怨念のようなものを想像していた。だから、幾島の家には相当悪い霊がついていると思っていた。
しかし、この部屋から、そして家自体からも全くそんな気配を感じない。
そもそもこの家に上がってから、悪い気のようなものは殆ど感じられていなかった。
(おかしいな…)
何もない家であっても、悪い気というのは必ず存在する。
特に、住人が何かに悩まされていたりすれば、どこかしらから嫌な気配というものはするものだ。
しかし、この家はそれがほとんどなく、それどころか普通の家よりも嫌な気配が薄い。
もう一度、幾島の様子を見やる。
(ここまで実害がある悪夢なのに、その気配がないなんて)
幾島の様子から、どれ程影響力のある霊なのかは想像がつく。それなのに、全く悪い霊の気配がしないなんて、普通ならばそんなのはほぼあり得ない。
しかし、いくら部屋を見渡しても嫌な感じはほとんど感じられなかった。
(もしかして、この人の考えすぎなのか?)
敏感な人ならば、少し怖い思いをしただけでも思い詰めてしますかもしれない。
しかし、そんな思い込みだけでここまでひどくなるだろうか。
季節外れに肝試しをするような人が。
「あの、どうですか?」
口に手を当て深く考えている素振りの夜尋の様子が心配になったのか、幾島が状況を訊ねた。
夜尋は混乱した頭を一旦整理して、どうにか幾島に現状を伝える。
「そうですね…。これと言って何かを感じる気配はあまりありません」
「そうですか」
夜尋とは対照的に幾島は少しホッとした表情になった。
しかし、それならばどうして夜尋は動揺したような表情なのだろうか。
そう思ったのか、少し困惑ぎみに顔をしかめた。
「すみません……。少しお聞きしてもよろしいですか?」
「あっ、はい」
「今のところ被害は幾島さんだけなんですよね」
「はい。家族には変わった様子はありませんので、おそらく被害は私だけだと思います」
「そうですか」
夜尋はもう一度口に手を当て考えた。
やはり、あのやり方しかないだろう。
夜尋も、そしておそらく本人も気が進まないだろうが、原因がわからない以上致し方ない。
「幾島さん、お願いがあるのですが。今こちらでいつも通り寝て頂くことはできますか?」
夜尋は思い切って幾島に提案した。
「へっ!い、今ここで、ですか?!」
幾島はひどく驚いている。
それはそうだ。
常人ならば、客が来ているのに寝るなどという行為を躊躇なくできるはずがない。
しかし、今思い付く限りでは、それしか方法がないのだ。
「悪夢を見るときと、同じ条件であれば現れる可能性があるんです。できませんか?」
「あぁ、なるほど。そうなんですか…」
やはり、気乗りはしないようだ。
「ふぅ」
幾島は目を伏せ、小さく息を吐くと、覚悟したようでこちらに向き直った。
「わかりました。少し待ってください」
そういうと、押し入れの襖を開け布団を出す。
「できれば、いつも寝ている場所でお願いします」
こくり。と、うなずくと押し入れから一番離れた、南の窓際に布団を敷いた。
0
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
【完結】第三王子、ただいま輸送中。理由は多分、大臣です
ナポ
BL
ラクス王子、目覚めたら馬車の中。
理由は不明、手紙一通とパン一個。
どうやら「王宮の空気を乱したため、左遷」だそうです。
そんな理由でいいのか!?
でもなぜか辺境での暮らしが思いのほか快適!
自由だし、食事は美味しいし、うるさい兄たちもいない!
……と思いきや、襲撃事件に巻き込まれたり、何かの教祖にされたり、ドタバタと騒がしい!!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる